アローラポケモンリーグ関係者――らしいスーツの男に案内されて、俺は建物の中へ連れて行かれた。
もちろん、幻ポケモンたち付きで。
ビクティニは俺の頭の上。
シェイミは足元に張り付き。
マナフィは袖を掴み。
ディアンシーは優雅に浮かび。
ミュウは肩に乗って、何故か偉そうにしている。
……俺は何を連れて歩いてるんだ。
職員の人たちがすれ違うたび、固まっていく。
「……え?」
「……幻?」
「……いや、嘘だろ」
「……あれ、ミュウ?」
やめてくれ。
俺を見ないでくれ。
俺はもう何もしてない。
ただ歩いてるだけだ。
スーツの男が、案内しながら咳払いをする。
「八雲さん。こちらへ」
「はい……」
通されたのは、会議室っぽい部屋だった。
大きい机。
椅子がずらっと並んでいる。
空調が効いてて涼しい。
ありがたい。
……だが空気が重い。
何人か偉そうな人たちが、既に座って待っていた。
その全員が、俺の後ろにいる幻ポケモンを見て、顔を引きつらせる。
当然だ。
普通ならゲームの図鑑でしか見ない。
俺も本来はそうだった。
でも今は違う。
なんか当たり前みたいに後ろにいる。
俺の人生、バグってる。
俺が席に座ると、幻ポケモンたちも勝手に落ち着き始めた。
ビクティニは俺の頭から降りて机の上に座る。
シェイミは床で丸まる。
マナフィは椅子の隣にちょこんと座る。
ディアンシーは優雅に浮かんだまま。
ミュウは天井近くを漂っている。
会議室なのに、神話がいる。
偉い人の一人が、咳払いをした。
「……八雲零さん、で間違いありませんね?」
「はい」
俺は素直に頷いた。
もう隠しても意味がない。
偉い人が、手元の書類を確認しながら続ける。
「元カントーチャンピオン。
その後、ジョウト・ホウエン・シンオウ・イッシュ・カロス地方での活動記録……」
「やめてください」
俺は即座に止めた。
「なんか俺が、世界中で悪いことしてるみたいに聞こえるんで」
偉い人が真顔で言った。
「実際、世界中で事件に巻き込まれてます」
「巻き込まれてるんです!!」
俺は机を叩きそうになって、踏みとどまった。
偉い人が続ける。
「そして……現在、ポケモンリーグ代表取締役」
俺は目を逸らした。
この肩書き、いまだに意味が分からない。
偉い人が静かに言う。
「我々としては、あなたがアローラに来た目的を確認したい」
俺は即答した。
「観光です」
全員が黙った。
沈黙が痛い。
嘘じゃない。
チケットも取った。
ただの観光だった。
海を見て「暑いな」って言っただけだ。
なのにミュウツーとミュウが出てきて爆発した。
何でだよ。
偉い人の一人が、恐る恐る言った。
「……観光で、ミュウツーを出したのですか?」
「違います」
「観光で、Z技を使って海を揺らしたのですか?」
「違います」
「観光で、幻ポケモンを集めたのですか?」
「違います!!!」
俺は叫んだ。
ミュウが「みゅ~♪」と鳴く。
……お前は黙れ。
偉い人が、困ったように眉をひそめた。
「しかし、結果としてアローラ全域が大混乱しています」
「それはすみません……」
俺は素直に頭を下げた。
俺のせいじゃない。
けど、俺が原因みたいなもんだ。
すると、別の偉い人が口を開いた。
「……あなたは、チャンピオンを辞めたのですよね?」
「辞めました」
俺は頷く。
正直、チャンピオンなんてやってられない。
勝手に担がれて、勝手に期待されて、勝手に事件に巻き込まれて。
割に合わない。
やっぱり脇役のほうが俺にはあってる。
偉い人は、そこで少しだけ笑った。
「やはり、そうですか」
そして、まるで待ってましたと言わんばかりに続けた。
「なら、我々の話は早い」
嫌な予感がした。
俺は慎重に尋ねる。
「……何の話ですか?」
偉い人が、一枚の紙を差し出した。
契約書っぽい。
俺は紙を見た。
【アローラリーグ特別顧問 就任依頼】
「……は?」
俺の声が裏返った。
偉い人が淡々と言う。
「アローラ地方は、まだリーグとして未熟です。
あなたの経験と実績が必要です」
俺は即答した。
「無理です」
偉い人がすぐ返す。
「報酬は出します」
「無理です」
「住居も用意します」
「無理です」
「幻ポケモンの保護申請も通します」
俺は一瞬止まった。
……それは、ちょっと魅力的だ。
偉い人が畳み掛ける。
「さらに、アローラで起きた今回の騒動――
“事故扱い”にできます」
「……え?」
俺は顔を上げた。
それはつまり。
炎上の火消し。
偉い人が静かに頷く。
「我々が責任を引き受けます。
あなたの立場も守ります」
俺は喉が鳴った。
……正直、助かる。
助かるけど。
俺は思った。
これってつまり。
“首輪”じゃないか?
逃げられないように。
利用されるように。
でも同時に、俺は理解してしまった。
俺みたいな存在が、自由に動く方が危険だ。
リーグとしても、管理下に置きたい。
当然だ。
俺は、ため息をついた。
そして正直に言った。
「……なんかチャンピオンやめたら誘われました」
偉い人たちは、深く頷く。
「ええ。そういうことです」
俺は顔を覆った。
俺の人生、ほんと何なんだ。
チャンピオン辞めたら自由になると思ったのに。
むしろ、立場と経歴が増えていく。
ディアンシーがきらりと輝く。
ビクティニが机の上で勝利のポーズをする。
シェイミが「しぇあ~」と鳴く。
マナフィが袖を引っ張る。
ミュウが楽しそうに笑った。
「みゅっ♪」
俺はミュウを睨んだ。
「お前、絶対面白がってるだろ」
ミュウは誤魔化すようにくるくる回った。
俺は契約書を見つめる。
そして――。
結局、ペンを取った。
「……分かりました。やります」
偉い人たちが、一斉に安堵の息を吐いた。
「ありがとうございます。八雲さん」
俺は虚無の顔で呟いた。
「俺、ほんとに転職し続けてるな……」
その瞬間。
俺のスマホが震えた。
着信。
画面には――
【アルセウス】
俺は、固まった。
部屋の全員が息を止めた。
幻ポケモンたちも、妙に静かになる。
俺は震える手でスマホを取った。
そして、震える声で呟いた。
「……あいつ、絶対見てた」
俺は、ゆっくり通話ボタンを押した。
「……もしもし」
スマホ越しに、神の声が響いた。
『楽しそうだな』
「……○すぞ」
次回
「てことでよろ。アルセウス」