会議室の空気が、凍った。
さっきまでスーツの偉い人たちが「特別顧問がどうの」とか「リーグの安定がどうの」とか真面目に話していたのに。
今はもう、そんなの全部どうでもよくなっていた。
俺のスマホ画面には、たった一つの文字。
【アルセウス】
――神。
よりにもよって神。
俺はスマホを耳に当てたまま、深く息を吐く。
「……もしもし」
返ってきた声は、冷たくも、やけに楽しそうだった。
『楽しそうだな』
俺は即答した。
「楽しくねぇよ」
スーツの偉い人たちは、完全に固まっていた。
いや、当然だ。
普通に考えて、電話の相手がアルセウスってだけで意味不明だ。
ディアンシーが小さく輝く。
ビクティニが「びぃ」と鳴く。
ミュウが天井近くで、面白そうに回っている。
……お前も共犯だろ。
俺は低い声で言った。
「お前さ、見てただろ」
『当然だ』
「当然じゃねぇよ」
俺は頭を抱えたくなった。
会議室の外で何かが軋む音がする。
ギシ……ギシ……と、床が歪むような。
嫌な予感がした。
スーツの男が恐る恐る呟く。
「……八雲さん、その、外で何か……」
俺は反射的に答えた。
「多分、神です」
偉い人たちが顔面蒼白になる。
……いや、そうなるよな。
次の瞬間。
ドンッ!!
建物が揺れた。
会議室の窓がビリビリと震え、机の上の書類が跳ねる。
そして。
会議室の中央に、光が生まれた。
眩しいほどの白い光。
その光の中から、ゆっくりと姿を現す。
白い体。
金色の輪。
赤い模様。
圧倒的な存在感。
――アルセウス。
神話そのものが、会議室に降り立った。
全員が息を呑む。
スーツの偉い人たちは椅子から立ち上がることすらできず、ただ目を見開いて固まっている。
俺は、スマホを耳に当てたまま、冷めた目で呟いた。
「……いや電話してた意味」
アルセウスは、俺を見下ろして言った。
『久しいな、零』
俺は椅子に座ったまま、手をひらひらさせた。
「はいはい、久しぶり」
アルセウスが視線を移す。
幻ポケモンたちを見て、少し眉をひそめた……ような気がした。
『……随分と増えたな』
俺は即答した。
「増やしたのは俺じゃねぇよ」
ミュウが「みゅっ♪」と鳴く。
アルセウスがミュウを睨む。
ミュウは目を逸らした。
……おい、ミュウ。
お前でも怒られるんだな。
その時、ディアンシーがふわりと前に出た。
神に対しても物怖じしない。
幻ってすげぇ。
アルセウスは、会議室を見渡した。
スーツの偉い人たちは、完全に現実を受け入れられていない顔をしている。
中には口をぱくぱくさせてる人もいる。
アルセウスは淡々と言った。
『人間たちよ。恐れるな』
恐れない方が無理だろ。
俺は心の中でツッコんだ。
アルセウスは俺に視線を戻す。
『……お前は、また騒動を起こしたな』
俺は乾いた笑いを漏らした。
「いや、騒動に巻き込まれただけなんだけど」
『だが、結果として世界は揺れた』
「それは否定できない」
俺はため息をついた。
確かに、アローラは揺れた。
ミュウのオリジンズスーパーノヴァで。
ミュウツーがキレたせいで。
俺は机に肘をついて、アルセウスを見上げる。
「で?今回は何だよ」
アルセウスは静かに言った。
『お前がプレートを集めた理由を、確認しに来た』
俺は一瞬だけ黙った。
――プレート。
俺が集めて、渡したもの。
あれは、俺なりの答えだった。
神に対する反抗でもあり、諦めでもあり、覚悟でもあった。
俺は目を細めた。
「確認って、何を」
アルセウスは答える。
『お前は運命を受け入れたと言った』
『だが本当に、受け入れたのか?』
会議室の空気がさらに重くなる。
スーツの偉い人たちは息をしていない。
幻ポケモンたちすら静かになっている。
俺は小さく笑った。
「……まだ疑ってんのかよ」
アルセウスは淡々と告げる。
『お前は、己の世界を捨てた』
『それは覚悟か、それとも逃避か』
その言葉が胸に刺さる。
痛い。
でも、図星でもある。
俺はしばらく黙ってから、言った。
「……どっちもだよ」
アルセウスは目を細める。
俺は続けた。
「俺はただの高校生だった」
「pi○ivとハー○ルン見て、夢小説読んで、普通に生きてただけだ」
「それなのに突然連れてこられて、チャンピオンやらされて、伝説と戦わされて」
「……そりゃ嫌いにもなるだろ」
アルセウスは黙った。
俺は深く息を吐き、机に置いてあった名刺を指で叩く。
「でもさ、俺はもう分かってる」
「この世界に罪はない」
「ポケモンも、人間も、地方も」
「……悪いのは、お前だけだ」
偉い人たちが息を呑んだ。
いや、当然だ。
神に向かって「お前が悪い」って言った。
俺、命知らずすぎる。
でも、止まらなかった。
俺はアルセウスを真っ直ぐ見た。
「だから言ってやる」
そして、俺は立ち上がった。
幻ポケモンたちが一斉に俺を見た。
ミュウですら静かになっている。
俺は、はっきりと言った。
「てことでよろ。アルセウス」
アルセウスが沈黙する。
俺は続ける。
「俺はもう逃げない」
「この世界で生きる」
「戦う」
「守る」
「……ただし」
俺は指を立てた。
「俺を巻き込むなら、責任は取れ」
「次に俺の人生壊したら、お前が全部謝れ」
アルセウスの目が、ほんの少しだけ細くなる。
怒りかと思った。
だが違う。
――笑っている。
『……良い』
神は、あっさりと認めた。
『それでこそ、お前だ』
俺は眉をひそめた。
「褒めんな。気持ち悪い」
アルセウスは淡々と続けた。
『そして、零』
『お前は今、アローラリーグの特別顧問となった』
『ならば一つ、仕事を与える』
俺は嫌な予感しかしなかった。
「……何」
アルセウスが静かに告げる。
『過去に送った子供がいる』
『時代はシンオウ。いや、ヒスイ』
俺の顔が引きつった。
「……は?」
アルセウスはさらに追撃する。
『その子供は、本来この世界に存在してはならない』
『歪みが生まれた』
『そして、ギラティナが動き始めている』
俺は机を叩いた。
「おい」
アルセウスは動じない。
『断罪ではない。修正だ』
俺は怒鳴った。
「ふざけんなお前!!」
スーツの偉い人たちがビクッと跳ねた。
でも止まらない。
俺はアルセウスを睨みつけた。
「誰が好き好んであんなところに行くかってんだ!!」
『だが、お前は行くだろう』
アルセウスは確信している。
俺は歯ぎしりした。
……確かに行く。
行くしかない。
放っておけない。
俺は大きくため息をついて、鞄を肩にかけた。
幻ポケモンたちが、ぞろぞろついてくる。
スーツの偉い人たちが慌てて立ち上がる。
「え、あの!八雲さん!?契約は!?」
俺は振り返り、疲れた笑顔で言った。
「……すみません。出張です」
そして俺は、アルセウスを睨みながら言った。
「お前がやれって言ったんだろうがよ」
アルセウスは静かに頷く。
『そうだ』
「ふざけんな」
俺はZリングを握った。
そして、最後に一言。
「心配だから行ってくるよ」
アルセウスは静かに、時空の裂け目を開いた。
白い光。
そこに、俺は足を踏み入れる。
そして。
世界が、歪んだ。
次回ヒスイ地方編
「…ギンガ団って昔はこんな感じだったんだな…」