目を開けた瞬間。
空気が違った。
湿っていて、土の匂いが濃い。
海の匂いでも、都会の匂いでもない。
森。
獣。
自然。
それが剥き出しのまま、俺の肺に突き刺さる。
「……うわ」
思わず声が漏れた。
視界に広がるのは、広大な草原と、遠くに見える山々。
どこを見ても人工物が少ない。
いや、少ないというか、ほぼ無い。
電柱もなければ、道路もない。
あるのは木と岩と、そして……遠くに見える小さな村。
俺は顔をしかめた。
「……あー……これ、完全に昔だな」
靴の下の土は柔らかい。
空は妙に澄んでいる。
風が冷たい。
アローラの暑さとは真逆だ。
俺は肩にかけた鞄を確認し、腰のボールケースを触った。
――幻ポケモンたちの気配はない。
いや、正確には。
ボールに戻っている。
よかった。
この時代にビクティニとかディアンシーとか出したら、村が滅ぶ。
俺は深く息を吐き、歩き出した。
遠くの村へ。
あそこなら、情報があるはずだ。
だが、その途中。
俺は妙なものを見つけた。
草むらの向こう。
人影がある。
しかも複数。
全員が同じ服を着ていた。
黒と灰色。
胸には、見覚えのあるマーク。
――赤いG。
俺は足を止めた。
「……は?」
嫌な汗が背中を流れた。
見間違いじゃない。
それは、ギンガ団の紋章だった。
俺は呟いた。
「……ギンガ団って昔はこんな感じだったんだな…」
だが、違和感があった。
俺の知っているギンガ団は、もっと洗練されていた。
未来的で、機械的で、冷たかった。
なのに今目の前にいる奴らは――
妙に「田舎の自警団」っぽい。
服もどこか粗い。
装備も簡素。
それなのに、目だけは鋭い。
俺は慎重に近づき、木の影から様子をうかがった。
すると、彼らは何かを囲んでいた。
……いや、誰かを。
そこにいたのは、若い女の子だった。
ショートカット。
活発そうな雰囲気。
そして――顔が、見覚えありすぎる。
俺は目を細めた。
「……え?」
似てる。
似すぎてる。
ヒカリに。
いや、ヒカリ本人じゃない。
髪型も服も違う。
でも顔の造形が同じだ。
表情も、目の強さも。
俺は確信した。
「……ヒカリの祖先みたいな子がいる…」
その子は、ギンガ団(っぽい連中)に囲まれながら、全く怯えていなかった。
むしろ睨み返している。
……強い。
流石主人公。強い。
ギンガ団の一人が言う。
「おい、お前!勝手に調査区域に入るな!」
少女は即答した。
「調査区域?そんなの知らないよ!」
ギンガ団が怒鳴る。
「知らないじゃ済まされない!」
俺は思った。
……あれ?
ギンガ団って、こんな感じで揉めてたっけ?
もっと宇宙とか理想世界とか言ってたはずだが。
今はただの治安組織に見える。
その時。
草むらが、ざわりと揺れた。
嫌な気配。
低い唸り声。
ギンガ団たちが一斉に振り返る。
「……来るぞ!」
少女も身構える。
俺も、嫌な予感がして目を凝らした。
草むらの奥から、巨大な影が現れる。
赤い目。
異様な体格。
身体から立ち上る、殺気。
――オヤブンポケモン。
しかも、見たことないレベルでデカい。
俺は思わず呟いた。
「……うわ、マジかよ」
オヤブンは、咆哮した。
地面が揺れる。
木が揺れる。
ギンガ団の連中が怯む。
「くっ……!」
少女が叫ぶ。
「ちょっと!あんたたち!何とかしなよ!」
ギンガ団が叫び返す。
「無理だ!あれは手に負えん!」
……おい。
自警団みたいなことしてるくせに、戦闘力低いのかよ。
その瞬間。
オヤブンが突進してきた。
ギンガ団たちが散る。
少女が逃げ遅れる。
「っ!?」
俺は舌打ちした。
――あーもう。
こういうの放っておけない。
俺は木陰から飛び出した。
「おい!!」
全員が俺を見る。
ギンガ団が叫ぶ。
「誰だお前!?」
少女も目を見開く。
「えっ、何!?味方!?」
俺は走りながら、ボールケースに手をかける。
幻ポケモンは出せない。
この時代で出したら世界が終わる。
なら、普通の手持ち。
強いやつ。
頼れるやつ。
俺は叫んだ。
「……久しぶりに行くか」
そしてボールを投げる。
「サンダース!!」
白い光と共に現れたのは、黄色い雷の獣。
耳が鋭く、全身が電気をまとっている。
サンダースは地面に降り立つと、すぐに俺を見た。
目が合う。
懐かしい。
俺は笑って言った。
「レッドの時ぶりだよな?」
サンダースは「シャアアアッ!」と鳴いた。
まるで「遅い」と言うみたいに。
オヤブンが突進してくる。
サンダースが身構える。
俺は叫ぶ。
「高速移動!」
サンダースの身体が雷光になった。
バチバチッ!!
視界から消えるほどの速度。
次の瞬間、オヤブンの横に回り込み、電撃を叩き込む。
「10まんボルト!!」
雷が炸裂する。
オヤブンが唸り、怯む。
ギンガ団たちが驚愕する。
「……は!?速すぎる!!」
少女が叫んだ。
「すご……!!」
だがオヤブンは止まらない。
怒り狂い、さらに暴れる。
その爪が地面を抉り、土が飛ぶ。
木が倒れる。
俺は歯ぎしりした。
「……やっぱこの時代、野生が強すぎるな」
そして俺は、ふと気づく。
草むらの向こうに、赤い影がある。
……別のオヤブン?
いや違う。
あれは――
ヒードラン。
しかも普通のじゃない。
目つきが悪い。
威圧感が異常。
俺は顔を引きつらせた。
サンダースが一瞬だけそっちを睨む。
俺は呟いた。
「……おい、アルセウス」
風が吹く。
返事はない。
当然だ。
俺は苦笑しながら言った。
「……これ、絶対お前の趣味だろ」
少女が俺の方へ走ってきて叫ぶ。
「ねぇ!あんた何者!?助けてくれるの!?」
俺は戦闘態勢のまま答えた。
「とりあえず今は逃げろ!」
「逃げられないってば!」
ギンガ団の一人が叫ぶ。
「おい!お前!そのポケモン使いは何者だ!」
俺は舌打ちした。
説明してる暇はない。
オヤブンが咆哮する。
ヒードランが動く。
地面が熱を帯び始める。
――最悪の組み合わせ。
俺はサンダースを見て言った。
「……行けるか?」
サンダースは牙を剥き、笑ったように鳴いた。
「シャアアッ!!」
俺は笑った。
「よし」
そして俺は叫ぶ。
「サンダース!あのヒードラン、ぶっ飛ばすぞ!!」
雷が走った。
俺のヒスイ生活は――
初日から、地獄だった。
次回
「アルセウスの趣味?」