――結論から言う。
俺は今、全力で走っている。
「待て待て待て待て待て!!」
森の中。
雨上がりの地面はぬかるみ、足が取られる。
なのに。
俺の背後から聞こえるのは、明らかに「人間を殺す気」の足音。
ドゴォン……!!
地面が揺れる。
木が折れる。
枝が吹き飛ぶ。
そして俺の横を、巨大な影が通過した。
オヤブン。
いや、オヤブンってレベルじゃない。
でかすぎる。
目が赤い。
怒りの塊みたいな化け物が、俺を狙って突進してきている。
俺は息を切らしながら叫んだ。
「なんで俺、こんなのに追われてんの!?」
後ろを見る余裕なんてない。
だが見なくてもわかる。
殺意が、背中に突き刺さってくる。
ギンガ団の隊員たちが遠くで叫んでいる。
「逃げろ!!」
「そっち行くな!!」
「木の陰に隠れろ!!」
……無理だろ。
俺は心の中で突っ込んだ。
(隠れてどうなる!?)
オヤブンの攻撃は、木ごと粉砕してくるタイプだ。
俺は必死に森を駆ける。
足が滑る。
転びそうになる。
でも転んだら終わり。
俺は歯を食いしばって走った。
その時。
横から岩が飛んできた。
――ブンッ!!
俺は反射的に身体をひねった。
岩は俺の頬をかすめ、後ろの木に突き刺さった。
バキン、と音を立てて木が折れる。
「……っ!!」
頬に熱い痛み。
血が流れる。
でも止まらない。
止まれない。
俺は叫んだ。
「なんで俺オヤブンの攻撃を避けられてんの!?」
いや、本当に意味がわからない。
普通、死ぬだろ。
こんな状況。
スーパーマサラ人でもなければ!
だが身体が勝手に動く。
足が勝手に跳ねる。
避ける。
転がる。
走る。
……まるで、ゲームの操作キャラみたいに。
俺は息を切らしながら思った。
(これ、俺の反射神経じゃない)
(絶対、何かバフかかってる)
その瞬間。
脳裏に浮かんだ。
アルセウス。
あのクソ神。
あいつが俺をこの世界に放り込んだ時、何かやったに違いない。
「死なれたら困るから」とかいう理由で。
……いや、もっと悪趣味な理由で。
俺は叫んだ。
「アルセウス!!お前、俺に変な加護つけたろ!!」
返事はない。
当然だ。
神は都合が悪い時、絶対に沈黙する。
オヤブンが吠えた。
「グオオオオオ!!」
空気が震えた。
鼓膜が痛い。
俺は思わず耳を塞ぎそうになるが、その瞬間――
地面が爆ぜた。
ドン!!
俺の足元が抉れ、土が吹き飛ぶ。
俺は跳んだ。
反射的に。
考える前に身体が動く。
泥の上を転がり、立ち上がり、また走る。
……避けた。
俺は自分でも信じられなかった。
「いや、俺……何者??」
背後からまた岩。
横から木が倒れる。
前方に地割れ。
俺は全部避けた。
避けられてしまった。
避けるつもりはなかったのに。
俺は泣きそうになった。
「なんで避けられてんの!?怖いんだけど!!」
ギンガ団の隊員が遠くから叫ぶ。
「すごいぞ旅人!!」
「動きが早い!!」
「まるでコンゴウ団の戦士みたいだ!」
褒められてる場合じゃない。
俺は叫び返したい。
(違う!!俺も怖い!!)
だがそんな余裕はない。
俺はボールケースに手を伸ばす。
「サンダース!!」
ボールを投げる。
サンダースが現れ、俺の横に並んだ。
息を整える暇もなく、俺は指示を出す。
「でんこうせっかで俺を引っ張れ!!」
サンダースが「え?」みたいな顔をした。
でも従った。
尻尾で俺の服を掴み、電光石火で引っ張る。
「うわああああああ!!」
視界がブレる。
スピードが上がる。
俺はもはや走っていない。
引きずられている。
オヤブンの攻撃がまた来る。
――ドン!!
だが間一髪。
俺たちは避けた。
俺は叫ぶ。
「おいサンダース!!速すぎる!!」
サンダースは「知らねぇよ」みたいな顔をしている。
その時。
前方に開けた場所が見えた。
崖。
川。
……終わった。
俺は叫ぶ。
「詰んだ!!」
だがサンダースは止まらない。
そのまま崖の縁へ突っ込む。
「ちょっ、待っ――」
俺の身体が宙に浮いた。
世界がスローモーションになる。
川が下に見える。
俺は思った。
(死ぬ)
だが。
次の瞬間。
俺の身体は、川の水面に落ちた。
ドボン!!
冷たい水が全身を包む。
息が止まる。
だが――生きている。
俺は水面に顔を出して叫んだ。
「生きてる!!」
サンダースも川岸に着地していた。
オヤブンは崖の上で止まり、こちらを睨みつける。
だが川を越えられないのか、それ以上は追ってこなかった。
しばらくして、オヤブンは唸り声を残して森へ戻っていった。
俺は川の中で膝をついた。
水が冷たい。
身体が震える。
息が荒い。
そしてようやく、俺は現実を理解した。
……俺、死にかけた。
俺は空を見上げた。
雨雲が流れていく。
青空が少し覗いている。
俺は震えた声で呟いた。
「……なんで俺、避けられてんの?」
ありえない。
普通なら、最初の突進で死んでる。
絶対に。
俺は確信していた。
これは俺の力じゃない。
神の悪趣味な保険。
俺は水に濡れたまま、静かに呟いた。
「アルセウス……お前、俺をゲームの主人公みたいにするなよ……」
返事はない。
でも、絶対に笑ってる。
俺はもう一度、心の中で叫んだ。
(お前の趣味、ほんと最悪だぞ)
次回
「誰ならオッケーだ?」