チュートリアルお兄さん(呪い)   作:夜神桜

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第38話 誰ならオッケーだ?

川から上がった俺は、びしょ濡れのまま膝をついた。

寒い。

冷たい。

死ぬほど疲れた。

 

……いや、さっき死にかけたんだった。

サンダースが隣でブルブル震えながら、水を振り払っている。

パシャパシャと水滴が飛ぶ。

 

俺は息を切らしながら、空を見上げた。

 

青い。

普通に青い。

なのに俺の人生は真っ暗だ。

 

「……なんでこうなるんだよ」

 

口から漏れた声は、自分でも驚くほど弱かった。

 

サンダースが「サン…」と鳴く。

心配してるのか、呆れてるのか、どっちか分からない。

 

俺は立ち上がり、濡れた髪をぐしゃぐしゃとかき回した。

そして――

森の奥を見る。

 

オヤブンは消えた。

だが、あいつが「終わり」だとは思えない。

絶対また来る。

 

というか、この時代そのものが敵だ。

 

俺はボールケースを開けて、指で一つずつ触れていく。

どのポケモンを出すか。

いや。

出していいのか。

 

それが問題だ。

 

この世界に来てから、ずっと感じてる。

アルセウスの視線。

「それ出すなよ?」っていう圧。

 

俺は唇を噛んで呟いた。

「……えーと、誰ならオッケーだ?」

 

サンダースが首を傾げた。

 

俺は言い訳するように続ける。

「いやさ、俺だって好きで伝説出してるわけじゃないんだよ」

 

「でもさっきのオヤブン、普通に殺しに来てたし」

 

「俺が死んだらゲームオーバーだろ?」

 

サンダースは「知らんがな」という顔をしている。

 

……そうだよな。

ポケモンは俺ほど人生に疲れてない。

 

俺はボールを一つ取り出した。

……こいつを出したら、アルセウスが怒るかもしれない。

 

でも、怒られてもいい。

だって死ぬよりマシだ。

 

俺は苦笑いして言った。

「とりあえず行くか、サンダース」

 

サンダースが「サン!」と鳴いた。

ちょっと楽しそうだった。

その反応だけで、俺の心が少し軽くなる。

 

……こういうところだよな。

ポケモンって、ずるい。

こっちが勝手に救われる。

 

俺は立ち上がり、森の奥に向かって歩き出した。

ギンガ団の村に戻る道。

 

泥道。

濡れた草。

折れた枝。

 

森は静かだが、気配がある。

どこかで、何かが俺を見ている。

 

俺は呟いた。

「……ヒードランがまた来たら、今度は本気でやる」

 

その瞬間だった。

 

ゴォォ……!!

 

地面が震えた。

遠くから熱が伝わってくる。

空気が一気に乾く。

 

嫌な予感。

俺は顔を上げた。

森の奥、岩肌の向こう。

 

赤い光。

――あいつだ。

ヒードラン。

 

さっき倒したはずなのに、普通に復活してやがる。

いや、復活っていうか。

こいつ、最初から「一回倒したら終わり」枠じゃない。

 

俺は引きつった笑いを漏らした。

「……は?」

 

ヒードランがこちらを見た。

目が赤い。

さっきより怒ってる。

 

いや、怒ってるっていうか――執着してる。

俺に。

 

俺はボールを握りしめた。

サンダースが前に出る。

ヒードランが咆哮した。

 

熱波が押し寄せる。

草が一瞬で枯れた。

 

俺は目を細めた。

「……やっぱお前、アルセウスの差し金だろ」

 

返事はない。

当然だ。

神はいつも無言で嫌がらせをする。

 

俺は歯ぎしりして言った。

「サンダース、無理すんなよ」

 

サンダースが「サン!」と鳴く。

 

その目は真剣だった。

……頼もしいな。

 

でも、相手はヒードランだ。

タイプ相性は最悪。

電気なんて通りにくい。

 

しかも炎と鋼。

硬いし、熱いし、鬱陶しい。

 

俺はヒードランを睨みながら、ボールケースを見た。

他に出すべきポケモンは――

 

いる。

いるにはいる。

 

だが。

出した瞬間に、この世界のバランスが崩れる。

 

俺は自分で自分に問いかける。

――ここで、どこまでやる?

――どこまで許される?

 

そして脳内に響く、嫌な答え。

「死ぬくらいなら、出せ」

 

……結局それだ。

 

俺は深く息を吸って、吐いた。

そして決断する。

 

「……よし」

 

俺はボールを持ち直し、森の奥を指さした。

「サンダース、あそこにいるランドロスをボコボコにしといてくれ」

 

サンダースが「サン!?」って顔をした。

 

そりゃそうだ。

いきなりランドロスの名前が出たら、誰でも驚く。

 

でも俺は見えてしまった。

木々の間。

空中でこちらを見下ろす影。

茶色の身体、雲。

 

――ランドロス。

お前までいるのかよ。

 

俺は半笑いになった。

「……あー、なるほどね」

 

ヒードランだけじゃない。

ランドロスまでいる。

この状況。

 

つまり――

アルセウスが「イベント戦」を仕込んだ。

完全にそういうことだ。

 

俺は肩を落とした。

「俺さぁ、普通に平和に暮らしたいんだけど」

 

ヒードランが吠える。

熱波が来る。

サンダースが走り出す。

 

ランドロスに向かって、一直線。

雷が走る。

バチバチバチ!!

 

ランドロスが「ギャッ!?」みたいにひるんだ。

 

……効くんだ。

効くんかい。

 

俺は思わず突っ込んだ。

「お前、飛行なのに雷効くのかよ!!」

 

いや、地面飛んでるからか。

納得したくないが納得した。

その間にヒードランが突っ込んでくる。

 

俺は叫ぶ。

「サンダース!そっちは任せた!!」

 

サンダースはランドロスを追い回している。

 

……すげぇ。

やっぱ相棒だ。

 

だが、問題はヒードラン。

こいつは俺がやるしかない。

 

俺はボールケースに手を伸ばし、指先で一つのボールを弾いた。

重い。

冷たい。

この中には、出したら絶対怒られるやつがいる。

 

俺は唇を噛んだ。

「……えーと、誰ならオッケーだ?」

もう一度呟いた。

 

答えなんて出ない。

だから俺は、最悪の妥協をする。

怒られない程度に強い奴。

 

強すぎない。

でも死なない。

そのライン。

 

俺は一つのボールを取り出して、投げた。

「来い――」

 

光が弾ける。

そこに現れたのは。

紫色の身体。

赤い目。

 

そして、圧倒的な存在感。

――伝説でも幻でもない。

 

だが、普通のポケモンでもない。

俺が最も信頼する、古参の相棒。

 

「……グライオン」

 

グライオンが翼を広げ、低く鳴いた。

ヒードランが一瞬だけ動きを止めた。

 

俺は苦笑した。

「伝説出すと怒られるっぽいしさ」

 

「お前で行く」

 

グライオンはニヤッと笑ったように見えた。

 

そして俺は叫ぶ。

「グライオン!じしん!!」

 

ドンッ!!

 

地面が割れた。

森が揺れる。

ヒードランの足元が崩れ、バランスを崩す。

 

だがヒードランは倒れない。

さすが伝説。

耐久がおかしい。

 

俺は舌打ちした。

「硬すぎだろ……!」

 

ヒードランが怒りの咆哮を上げる。

炎が渦巻く。

そして地面から噴き出すマグマ。

 

俺は叫んだ。

「グライオン!空中に上がれ!!」

 

グライオンは俺を掴んで飛び上がった。

炎の海の上を滑空する。

熱が肌を焼く。

 

俺は歯を食いしばった。

「……これ、完全に死ぬやつじゃん」

 

その時。

上空から雷鳴。

 

サンダースがランドロスを叩き落としていた。

ランドロスが地面に落ち、土煙を上げる。

 

サンダースは誇らしげに鳴いた。

「サァァン!!」

 

俺は叫ぶ。

「ナイス!!」

 

でも喜んでる暇はない。

 

ヒードランがこちらを見上げた。

口を開く。

炎が溜まる。

 

俺は瞬間的に悟った。

(あ、これ焼かれる)

 

俺は反射的に叫んだ。

「……マナフィ!!」

ボールを投げた。

 

マナフィが現れ、すぐに雨雲を呼ぶ。

雨が降り始めた。

炎の勢いが弱まる。

ヒードランが嫌そうに唸る。

 

俺は叫ぶ。

「マナフィ!みずのはどう!!」

 

水が叩きつけられ、ヒードランが後退する。

グライオンが上空から突撃する。

 

俺は叫んだ。

「グライオン!つばめがえし!!」

 

ザシュッ!!

 

ヒードランに傷が走る。

だが、倒れない。

しぶとい。

 

俺は思わず叫んだ。

「もういいだろ!!しつこい!!」

 

その瞬間。

森の空気が変わった。

重い。

圧が増した。

 

そして。

頭の中に響くような声。

――「やりすぎだ」

 

俺は凍りついた。

 

……来た。

アルセウスだ。

 

俺は空を見上げた。

雲の奥。

何かがいる気配。

 

俺は歯を食いしばって叫んだ。

「じゃあお前がやれよ!!」

 

返事はない。

だが、圧だけは消えない。

 

俺は肩で息をしながら呟いた。

「……やっぱ趣味悪いって」

 

雨の中。

ヒードランはまだ立っている。

ランドロスもまだ動く。

ギンガ団の連中は遠くで呆然としている。

 

そして俺は思った。

――この時代、平和に暮らすのは無理だ。

 

アルセウスがいる限り。

俺がここにいる限り。

俺は、戦うしかない。

 

俺はボールケースを握りしめ、最後にぼそっと呟いた。

「……次は誰出せばいいんだよ」

 

次回

「ああもうだるい!」

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