目が覚めた瞬間、俺は思った。
「……寒っ」
いや、寒いとかいうレベルじゃない。
空気が冷たい。
肌を刺すような風。
さっきまで雨の森で戦ってたのに、今は別の寒さだ。
俺はゆっくり身体を起こす。
地面は草原。
視界の先には、石造りの建物。
そして――
遠くに見える巨大な街。
歯車みたいな構造物。
煙突。
工場。
蒸気。
……あれ、絶対ガラルだ。
俺は顔を引きつらせて呟いた。
「……あれ?……ガラル地方じゃん」
頭が痛い。
理解したくない。
でも理解してしまった。
これは間違いなく、アルセウスの制裁。
俺は草原に座ったまま空を見上げる。
青空。
雲が流れている。
平和そうだ。
さっきまでの地獄が嘘みたい。
俺は両手で顔を覆った。
「……あぁやべ、アルセウスに怒られたか」
記憶が蘇る。
ヒードラン。
ランドロス。
カイオーガ。
Z技。
ギンガ団の絶叫。
そして最後に現れたアルセウス。
あの目。
あれは完全に「キレてる」目だった。
俺はため息を吐く。
「……いやでもさ、あれはしょうがなくない?」
言い訳しても意味ない。
神は言い訳を聞かない。
神は気分で世界を動かす。
つまりアルセウスは、ただの厄介オタク。
俺は立ち上がり、服についた草を払った。
ボールケースを確認する。
「サンダース……戻ってるな」
ボールはちゃんと揺れていない。
みんな戻ってる。
少なくとも、巻き添えで置いてきたとかはない。
そこだけは安心した。
俺は歩き出す。
風が強い。
草が波のように揺れる。
遠くから聞こえる鳴き声。
ガラルのポケモンたちだ。
ウールーの鳴き声。
ココガラの羽音。
そして何より――
空が広い。
俺はふと、胸の奥が軽くなるのを感じた。
「……ガラルって、こんな空気だったな」
いや、ゲームでしか知らないけど。
でも知ってる。
この地方は、ヒスイみたいに殺伐としてない。
文明がある。
道がある。
人がいる。
カレーがある。
……カレーは重要。
俺は歩きながら呟いた。
「カレー食べたい……」
その時だった。
草むらが揺れた。
ガサガサ。
俺は反射的に身構える。
「……またオヤブンとか言わないよな?」
草むらから飛び出してきたのは――
ウールー。
丸っこい羊。
目がくりくりしている。
こっちを見て「メェ~」と鳴いた。
……かわいい。
俺は思わず笑ってしまった。
「お前、平和の象徴みたいな顔してんな」
ウールーは俺の足元に寄ってきて、頭を擦り付けてくる。
警戒心ゼロ。
ヒスイのポケモンとは大違い。
俺はしゃがんで撫でた。
「……あぁ、癒される」
その瞬間。
遠くから声が聞こえた。
「おーい!!」
人の声。
若い女の子の声。
俺は顔を上げる。
丘の向こうから走ってくる影が見えた。
ボブカット。
元気な走り方。
……ガラル主人公だ。
俺は嫌な予感がした。
「……え、嘘だろ」
その少女は近づいてくると、息を切らしながら俺を見た。
そして笑顔で言った。
「大丈夫!?迷子?」
俺は引きつった笑顔で返す。
「いや……迷子っていうか……」
少女は首を傾げる。
「あなた、見ない顔だね!」
……やめて。
そのセリフは、イベント開始の合図だ。
俺は心の中で叫んだ。
(頼むから平和に終わってくれ)
少女は手を差し出して言った。
「私はユウリ!よろしく!」
俺はその名前を聞いた瞬間、完全に確信した。
――終わった。
俺の平和は終わった。
ガラル地方でも、絶対何か起きる。
だって俺は「転生者」だし、「チュートリアルお兄さん」だし、アルセウスの玩具だから。
俺は握手しながら呟いた。
「……八雲零です。よろしく」
ユウリは目を輝かせた。
「レイ!いい名前!」
……やめて。
名前褒められると、余計に嫌な予感しかしない。
ユウリは俺の後ろにいるウールーを見て笑った。
「あ!ウールーと仲良くなってる!」
「いや、勝手に寄ってきただけ」
ユウリは楽しそうに言った。
「それってすごいよ!この子、人見知りするのに!」
俺は思った。
(いや、絶対このウールー、俺のことを何かの伝説だと思ってるだけだろ)
俺の周り、最近そういうのばっかりだ。
ユウリは腕を組んで言った。
「ねぇねぇ、よかったら町まで一緒に来ない?」
俺は即答したかった。
「帰りたいです」
でも帰れない。
だから俺は、諦めた声で答えた。
「……そうだな、お願いします」
ユウリは嬉しそうに頷いた。
「よーし!行こ!」
俺は歩き出しながら、ふとボールケースに触れる。
サンダースたちは静かだ。
……大丈夫。
ここはガラル。
ヒスイよりは平和なはず。
俺はそう信じたかった。
だが。
空の向こう。
巨大なスタジアムのシルエットが見えた瞬間。
俺の背筋がゾワッとした。
――嫌な予感がする。
そして、俺は小さく呟いた。
「……次はダイマックスとか言わないよな?」
ユウリが元気よく振り返った。
「え?ダイマックス知ってるの!?」
俺は固まった。
「……あ」
やばい。
俺、また余計なこと言った。
ユウリは目を輝かせて叫んだ。
「すごい!じゃあ今度バトルしよ!!」
俺は乾いた笑いを浮かべた。
「……ですよね」
こうして俺は。
アルセウスの制裁で飛ばされたガラル地方で。
また新しい面倒ごとに巻き込まれることになった。
……神様、ほんと趣味悪い。
次回
「なんで、ショウがいるんだ?…」