パルデアの青空は、やたらと澄んでいた。
なのに。
俺の周囲の空気だけが、重い。
目の前。
右。
左。
背後。
全方位、女子トレーナー。
逃げ場ゼロ。
俺は思った。
(なんでこうなった?)
原因は分かっている。
余計な一言。
余計な優しさ。
余計なイベント。
そして――
ゴールドの「応援しとくな!」という爆弾。
最初に口を開いたのはヒカリ。
「零……ちょっと話あるんだけど?」
その声、静かだけど圧がある。
トウコが腕を組む。
「逃げないよね?」
メイがにっこり笑う。
「逃げたら追いかけるよ?」
セレナが一歩前に出る。
「ちゃんと答えてもらうから」
ユウリが淡々と。
「状況、理解してる?」
ミヅキが小声で。
「……れい、ずるい」
俺は思った。
(これ、ジム戦より怖い)
ゴールドが少し離れた位置で見守っている。
いや、完全に観戦してる。
ポップコーン持ってそうな顔してる。
俺は心の中で叫ぶ。
(助けろ!!!!)
ゴールドは親指を立てた。
(頑張れよ!)
裏切り者。
ヒカリが言った。
「零、あのさ」
「この前言ってたよね」
「“特別な人ができたらちゃんと言う”って」
俺は言った。
「言った気がする」
トウコが即座に。
「で?誰?」
俺は答えに詰まる。
空気が凍る。
セレナが一歩近づく。
「……まさか、全員に同じこと言ってないよね?」
俺は即答した。
「それはしてない」
メイが首を傾げる。
「“それは”って何?」
俺は思った。
(言葉選びを間違えた)
ユウリが静かに言う。
「レイ、はっきりさせよう」
「曖昧が一番よくない」
正論。
ぐうの音も出ない。
ミヅキが小さく呟く。
「……逃げないで」
俺は深呼吸した。
八雲零。
お前はアルセウスとも口喧嘩した。
レッドの殺気も耐えた。
悪の組織の会議も突破した。
でも。
これは。
無理。
その時。
突然、強風が吹いた。
校舎の上から何かが落ちる。
俺は反射的に手を伸ばした。
――レモン味のキャンディ。
誰かのカバンから落ちたらしい。
俺はそれを掴んだ。
そして。
バランスを崩した。
前に倒れる。
目の前にいたのは――
トウコ。
距離、ゼロ。
時間、スロー。
周囲、静止。
そして。
コツン。
軽く、唇が触れた。
ほんの一瞬。
でも確実に。
全員が固まった。
俺も固まった。
トウコも固まった。
キャンディが、ぽとっと地面に落ちた。
トウコが真っ赤になって呟く。
「……え?」
俺の口の中に、さっきのキャンディの香りが残っていた。
レモン。
爽やかで、少し酸っぱい。
俺は呟いた。
「……レモンの味」
言った瞬間、地雷を踏んだと理解した。
ヒカリ「は?」
メイ「今のなに?」
セレナ「……説明して」
ユウリ「事故?」
ミヅキ「……事故、だよね?」
ヒカリ「ち、違っ……今のは……」
俺は両手を上げた。
「事故です!!!!!!!!」
全員「本当に?」
「物理的に事故です!!!!」
ゴールドが小声で言う。
「ファーストキスってやつだな」
俺は振り返って叫んだ。
「実況すんな!!!!!!!!」
トウコはいつものクールさとは裏腹に顔を真っ赤にして俯いている。
周囲の空気は一触即発。
ヒカリが言った。
「……零」
「もし“事故”じゃなかったらどうするつもりだったの?」
俺は答えに詰まる。
セレナが真剣な目で言う。
「八雲さんは、誰が一番大事なんですか?」
ユウリも静かに。
「はっきりして」
ミヅキがぎゅっと手を握る。
メイが笑ってるけど目が笑ってない。
俺は思った。
(パルデア四天王より怖い)
俺はゆっくり言った。
「……俺は」
全員が息を飲む。
「今は、誰も選ばない」
一瞬の沈黙。
ヒカリ「逃げた」
セレナ「誠実ではあるけど」
ユウリ「覚悟不足」
メイ「ずるーい」
ミヅキ「……でもれいらしい」
トウコは小さく笑った。
「……そうだよね」
俺は続けた。
「俺は、誰かを傷つけてまで決めたくない」
「今は、ちゃんと向き合えるまで待ってほしい」
空気が少しだけ和らぐ。
ゴールドが小さく頷いた。
「合格だな」
俺は言った。
「何の審査だよ」
トウコが俺を見て言った。
「……でもさ」
「さっきのは忘れないから」
俺は固まった。
ヒカリが笑う。
「それはそう」
セレナ「事故でもね」
ユウリ「記録済み」
メイ「レモン味だって」
ミヅキ「……甘酸っぱい」
俺は空を見上げた。
「……なんで俺の人生、こうなるんだ」
遠くで金色の光が一瞬きらめく。
俺は叫んだ。
「アルセウス!!!!!!!!見てるだろ!!!!!!!!」
その日、俺は学園中で噂になった。
【零、レモン味事件】
ゴールドがこっそりタイトルをつけたらしい。
俺は心に誓った。
もう二度とキャンディは拾わない。
番外編4 完
(※なお、修羅場は終わっていない)