――俺は今、真顔で歩いている。
背中には、ずっしりとした重み。
ぬくもり。
人間一人分の体温。
そして聞こえる、寝息。
「すー……すー……」
俺は空を見上げた。
ガラルの空は広い。
風は冷たい。
ウールーがのんきに鳴いている。
……なのに。
俺の背中には、ショウがいる。
そして背中が重い。
いや、重いというか。
柔らかいというか。
温かいというか。
俺は乾いた声で呟いた。
「なんで、ショウがいるんだ?……」
ユウリが前を歩きながら、振り返って笑った。
「え、仲良しじゃん!」
「仲良しじゃない」
即答した。
俺は心の中で叫んでいた。
(仲良し以前に意味が分からない)
(なんでヒスイにいたショウが、ガラルにいるんだよ)
(しかもなんで俺の背中で寝てんだよ)
ショウは背中で小さく動き、腕を俺の首に回した。
……しっかり掴んでやがる。
俺はため息を吐く。
「おいショウ、起きろ」
「んー……」
返事になってない。
寝ぼけてる。
というか、疲れ切ってる。
ガラルに飛ばされた瞬間、ショウは叫んだ。
『えっ!?なにここ!?寒い!!』
そのまま歩き続けて、五分後。
『もう無理……足が……』
そして現在。
俺の背中で爆睡。
俺は思った。
(こいつ、村ではあんなに元気だったのに)
ユウリが不思議そうに言う。
「ねぇ、その子どこで拾ったの?」
「拾ってない」
俺は即答した。
「こいつは……なんていうか……」
説明ができない。
異世界転移してきたヒスイのギンガ団(元気娘)です、なんて言ったら確実に頭おかしい人扱いされる。
いや、実際頭おかしい状況なんだけど。
俺が言葉に詰まっていると、ユウリが笑った。
「妹さん?」
「違う」
「じゃあ彼女?」
「違う」
「え、じゃあ何?」
「……俺にも分からない」
ユウリが「なにそれ!」って笑った。
笑い事じゃない。
俺は背中のショウを支え直しながら、遠くに見える町を見た。
レンガ造りの家。
石畳。
煙突。
人がいる。
文明がある。
それだけで安心する。
俺はため息を吐いた。
「……ヒスイよりマシかもしれん」
ユウリが頷いた。
「うん!ガラルはいいとこだよ!」
その言葉に、俺は少しだけ救われた。
だが。
背中の重みが、現実を思い出させる。
俺はショウの顔を横目で見る。
寝顔は無防備で、年相応に幼い。
……いや、これヒカリそっくりの顔なんだよな。
何度見ても慣れない。
俺は小さく呟いた。
「アルセウスの趣味、やっぱ最悪だな」
ユウリが聞き返した。
「え?何か言った?」
「いや、独り言」
その時。
背中のショウが突然むにゃむにゃ言い出した。
「……零……カレー……」
「寝言で飯要求すんな」
俺は呆れて返した。
ユウリが嬉しそうに言う。
「カレー食べたいの!?じゃあうち来る?」
「……いや、そこまで図々しくは」
ユウリは胸を張った。
「いいのいいの!カレーは人を救うから!」
いや、宗教かよ。
俺は心の中で突っ込んだ。
歩いていると、道の先に人影が見えた。
金髪の女性。
整ったスーツ姿。
歩き方が堂々としていて、存在感がやたら強い。
……というか、圧がある。
ユウリが手を振って叫んだ。
「ローズ委員長のとこの人だ!」
俺は嫌な予感がした。
こういう「偉い人の側近」みたいなのが出てくると、だいたいイベントが始まる。
金髪の女性は近づいてくると、俺を見た瞬間、目を細めた。
「……あら?」
そして俺の背中にいるショウを見て、さらに眉がわずかに動いた。
「あらあら……?」
ユウリが首を傾げる。
「どうしたの?」
女性は口元に上品な笑みを浮かべたまま、俺をじっと見た。
「随分と珍しい旅のスタイルですのね」
俺は真顔で返した。
「俺もそう思います」
女性は少しだけ笑った。
「ふふ」
……笑い方が怖い。
優雅なのに、何かを測ってる目をしてる。
ユウリが明るく言う。
「この人、レイって言うんだ!」
女性は軽く頷き、スッと名刺のようなものを取り出した。
「私はオリーヴ。ローズ委員長の秘書をしておりますの」
俺は内心で「終わった」と思った。
ローズ委員長の秘書。
つまり、ガラル地方の「面倒ごと」を運んでくるタイプだ。
オリーヴさんは俺の背中のショウを見ながら言った。
「その子、具合でも悪いのかしら?」
俺は答える。
「疲れて寝てるだけです」
オリーヴさんは静かに頷いた。
「なるほど。でしたら、早く休ませた方がよろしいですわね」
そして微笑んだまま続けた。
「よろしければ、委員長の施設をご案内いたしましょうか?」
……出た。
善意の顔をしたイベント強制参加。
俺は即座に断ろうとした。
だがその時、背中のショウが目を覚ました。
「……ん……?」
眠そうな目でオリーヴさんを見た瞬間。
ショウは俺の首にしがみつきながら、小声で言った。
「……零……あの人、怪しい」
俺は即答した。
「分かる」
オリーヴさんは微笑んだ。
「……今、何かおっしゃいました?」
俺は爽やかに笑って返した。
「何も言ってません」
ユウリが笑う。
「レイって、面白いね!」
面白くない。
人生がコメディになってるだけだ。
俺はショウを背負い直し、ユウリに言った。
「……とりあえず、カレー食わせてくれ」
ユウリが満面の笑みで頷く。
「もちろん!!」
ショウは俺の背中で小さくガッツポーズした。
「やった……」
俺は思った。
(なんで俺、異世界で女の子背負ってカレー食べに行ってんだ?)
そして。
その疑問の答えは一つしかなかった。
――アルセウスの趣味。
俺は空を見上げて、ため息を吐いた。
「……ほんと、最悪だよ」
次回
「……情報量が多い」