チュートリアルお兄さん(呪い)   作:夜神桜

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第42話 ……情報量が多い

ユウリの家は、思ったよりちゃんとしていた。

レンガ造りの壁。

小さな庭。

 

窓から漏れる暖かい光。

煙突から出る煙が、ガラルらしい穏やかさを感じさせる。

 

……こういうのでいいんだよ。

こういうので。

 

俺は玄関先で深く息を吸った。

「……やっと平和だ」

 

背中のショウは、さっきから起きている。

だがまだ疲れているのか、俺の肩に顎を乗せてぼーっとしていた。

 

ユウリが元気よくドアを開ける。

「ただいまー!」

 

そしてすぐ振り返り、俺に言った。

「入って入って!寒いでしょ!」

 

「……助かる」

俺は靴を脱いで家に上がった。

 

暖房の暖かさが、身体に染みる。

その瞬間、ショウが俺の背中から降りて、ふらっと立ち上がった。

 

そして――

 

妙に背筋を伸ばした。

さっきまでの疲れが嘘みたいに、急に「ちゃんとした顔」になった。

 

……嫌な予感がする。

 

俺は小声で言った。

「おい、ショウ?何する気だ?」

 

ショウは俺を無視した。

 

そしてユウリの方へ向き直り、軽く会釈をした。

「貴方がユウリさんですね。話は聞いてます」

 

ユウリは一瞬きょとんとして――

次の瞬間、目を輝かせた。

「えっ!?なに!?私、有名人!?」

 

ショウは真面目な顔のまま頷いた。

「はい。カレー大好きマンだと」

 

ユウリは両手を上げて笑った。

「それ誰情報!?当たってるけど!」

 

俺は頭を抱えた。

「……お前、余計なこと言うな」

 

ショウは小さく笑って、今度は俺の方を見た。

「零が散々言ってた」

 

「言ってねぇよ」

俺は即答した。

 

いや、言ったかもしれない。

でもそれは、情報整理のための独り言であって、本人に伝える必要はない。

 

ユウリはニコニコしながら俺とショウを見比べる。

「ねぇねぇ!その子、ショウっていうの?」

 

ショウは頷く。

「そうです」

 

ユウリが首を傾げる。

「ショウって男の子の名前っぽいけど……」

 

ショウは一切の迷いなく答えた。

「私は女性です」

 

――空気が止まった。

俺は固まった。

ユウリも固まった。

 

数秒後。

ユウリが「えっ!?」と叫んだ。

「ええええ!?そうなの!?」

 

俺は喉がカラカラになりながら呟く。

「……お前、今それ言う?」

 

ショウは平然としている。

「今言わないと誤解されるので」

 

俺は心の中で叫んだ。

(いや、今言った方が混乱するだろ!!)

 

ユウリはショウの顔を覗き込むように見た。

「ほんとだ……めっちゃ可愛い……!」

 

ショウは少しだけ照れたように視線を逸らした。

 

……かわいいとか言われ慣れてない反応。

俺はそこで気づいた。

こいつ、ボーイッシュなだけで普通に女の子だ。

 

いや、そもそもヒカリの祖先みたいな顔してる時点で、可愛いに決まってるんだが。

 

俺は頭を押さえた。

「……情報量が多い」

 

ユウリは手を叩いて言った。

「いいじゃんいいじゃん!ガラルは性別とか気にしないよ!」

 

ショウは頷いた。

「助かります」

 

俺は思った。

ガラル、優しい。

 

……この世界観だけは優しい。

俺の人生は優しくない。

 

ユウリはエプロンをつけながら言った。

「じゃあカレー作るね!」

 

ショウがすぐ反応する。

「楽しみです」

 

ユウリは得意げに胸を張った。

「任せて!ガラルカレーは世界一だよ!」

 

俺は床に座り込みそうになった。

 

暖かい家。

平和な会話。

カレー。

 

……やっと普通のイベントが来た。

そう思った瞬間。

俺のスマホが震えた。

 

ブブブブ……!!

 

俺は嫌な予感しかしなかった。

画面を見る。

着信。

 

――ハルカ。

 

俺は青ざめた。

「……いや、なんで?」

 

続けて通知。

ヒカリ。

メイ。

 

セレナ。

ミヅキ。

そしてトウコ。

 

俺はスマホを握り潰しそうになった。

「……あーまた大炎上だ」

 

ユウリが首を傾げる。

「どうしたの?」

 

俺は笑顔で誤魔化した。

「いや、ちょっと昔の知り合いから……」

 

ショウが俺の顔を見て、真顔で言う。

「零、顔が死んでる」

 

「死んでるよ」

俺は即答した。

 

もう隠す気もない。

スマホがまた震える。

通知が止まらない。

 

俺は天井を見上げた。

「……俺、女癖悪いと思われるじゃん」

 

ショウが淡々と言った。

「実際、連絡帳ほぼ女性だし」

 

「違うんだよ!!」

 

俺は即座に反論した。

「俺は悪くない!アルセウスが悪い!!」

 

ユウリがぽかんとした。

「アルセウス……?」

 

ショウがユウリに微笑んで言った。

「気にしないでください。零のいつもの癖です」

 

「癖じゃねぇよ!!」

俺は叫んだ。

 

ユウリは困ったように笑った。

「まぁまぁ!とりあえずカレー食べよ!」

 

俺は心の底から思った。

……そうだ。

今はカレーだ。

 

カレーは全てを解決する。

 

俺はスマホを裏返して、床に置いた。

「……電話が来たら教えて」

 

ショウが頷く。

「了解」

 

ユウリが鍋を火にかける。

香辛料の匂いが広がり、腹が鳴った。

俺は椅子にもたれかかり、目を閉じた。

 

この瞬間だけは。

俺はただの旅人でいい。

ただの、カレーを待つ男でいい。

 

――そう思った。

 

だが。

俺のスマホは容赦なく震え続けていた。

 

次回

「…あれがダイマックスってやつ?」

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