ミュウツーのサイコキネシスで巨大ポケモンを押さえつけた瞬間、スタジアム全体が静まり返った。
観客は逃げるどころか、逆に固まっている。
いや、そりゃそうだ。
普通、巨大化したポケモンを「念力で浮かせて止める人間」なんていない。
ユウリは口をぽかんと開けたまま、俺を見ていた。
ショウは腕を組んで、冷静に一言。
「……やっぱり零はおかしい」
「うるせぇ」
俺は短く返した。
ミュウツーが振り返り、俺に視線を送る。
――「どうする?」
そう言っている気がした。
俺は頭を抱えたくなった。
「どうするもこうするも……」
巨大ポケモンは暴れようとしている。
ミュウツーの念力が抑えているからなんとかなってるが、正直いつまでも持つとは思えない。
そして、ここはガラル。
スタジアム。
観客がいる。
こんなところでサイコブレイクとか撃ったら大惨事だ。
俺はため息を吐いて言った。
「……ミュウツー、とりあえず外に投げろ」
ミュウツーは無言で頷いた。
次の瞬間。
巨大ポケモンがふわっと浮き上がり、そのままスタジアムの外へ放り投げられた。
ドォォォン!!
遠くで地面が揺れた。
観客の悲鳴。
そして――沈黙。
ユウリが震えた声で言った。
「レイ……今の……何……?」
俺は苦笑して頭を掻いた。
「……手品」
「手品じゃないよね!?」
「手品だよ」
ショウがため息を吐いた。
「零、誤魔化し方が雑すぎる」
俺はユウリに向き直って、できるだけ真面目な顔で言った。
「大丈夫。ガラルは平和だ」
ユウリは叫んだ。
「平和じゃないよ!!」
俺は思った。
……うん、俺もそう思う。
しばらくして、スタジアム職員っぽい人たちが駆けつけてきて、騒ぎはなんとか収束した。
「謎のトレーナーが助けた」とか、「あれは新しい技だ」とか、勝手に解釈されている。
助かった。
誰も「ミュウツー」だとは気づいていない。
ガラル、平和だな(麻痺)
俺はミュウツーをボールに戻した。
「戻れ」
ミュウツーは何も言わず、光になって消えた。
ユウリはまだ混乱している。
ショウは俺の袖を引っ張った。
「零、帰ろう。疲れた」
「だな」
俺も限界だった。
俺たちはユウリの家に戻った。
そして。
事件が起きた。
テーブルの上に残っていたカレー。
ユウリが「よかったらおかわりあるよ!」と言って、鍋からよそってくれた。
俺はもう何も考えずスプーンを突っ込んだ。
……美味い。
美味いけど。
口の中に、妙な食感が残った。
柔らかい。
でも肉っぽい。
脂が乗ってる。
噛むと、ぷるっとしている。
俺はスプーンを止めた。
「……ん?」
スプーンで具材をすくい上げる。
薄いピンク色。
肉みたいな形。
ハムみたいな見た目。
だが、どこか違う。
俺は眉をひそめて、ユウリを見た。
「……なぁユウリ」
ユウリはにこにこしてる。
「なに?」
俺はスプーンを指さして言った。
「これ、何の肉?」
ユウリは一瞬だけキョトンとした後、当然みたいに答えた。
「ヤドンの尻尾だよ!」
俺は固まった。
……ヤドンの尻尾。
ヤドンの尻尾?
あのヤドンの?
ロケット団が密猟してたやつ?
俺の脳内で、ジョウト地方のトラウマが蘇る。
ヤドンが尻尾切られて、呆けた顔で立ってる映像。
俺はゆっくり顔を上げた。
「それヤドンの尻尾だよな?」
ユウリは元気よく頷いた。
「うん!」
俺の声は震えていた。
「……食えるの?」
ユウリは笑った。
「食べれるよ!めっちゃ美味しいでしょ!」
ショウも平然と食べながら言った。
「普通に美味しい」
俺は戦慄した。
いや、美味しい。
美味しいんだよ。
美味しいけど、倫理が追いつかない。
俺は思わず聞いた。
「……え、ヤドン大丈夫なの?」
ユウリはあっけらかんと答える。
「大丈夫だよ!ヤドンの尻尾って、自然に取れるしまた生えるんだって!」
俺は頭を抱えた。
「いや、説明されても怖ぇよ!!」
ショウがスプーンを持ったまま言う。
「零、ジョウトのトラウマが出てる」
「出るわ!!」
俺は叫んだ。
ユウリは慌てて言った。
「え、ごめん!?嫌だった!?」
俺は首を振った。
「いや、嫌じゃない。美味い」
「美味いんかい!」
ショウが突っ込んだ。
俺はテーブルに突っ伏しそうになりながら呟いた。
「……もう何が正しいのか分からん」
ユウリは笑いながら言った。
「レイって面白いね!」
俺は心の中で泣いていた。
俺の人生は、ポケモン世界に来てからずっとこうだ。
常識が崩壊していく。
戦闘で死にかける。
伝説を出して怒られる。
スマホが炎上する。
そして今、ヤドンの尻尾を食べている。
俺は天井を見上げた。
「……アルセウス、これもお前の趣味?」
返事はない。
でも分かる。
絶対どこかで笑ってる。
俺はスプーンを持ち直し、諦めたようにカレーを食べた。
「……デカいハムみたいな感じだ」
ショウが頷いた。
「うん」
ユウリは満足そうに笑う。
「でしょ!」
そして。
俺のスマホが、また震えた。
ブブブブ……!!
もう何十回目かわからない。
俺は青ざめて画面を見る。
着信。
――セレナ。
俺は顔を引きつらせた。
「……あ、やべ」
ショウが覗き込んで言った。
「出たら?」
俺は真顔で答えた。
「死ぬ」
ユウリが首を傾げる。
「レイ、さっきから何がそんな怖いの?」
俺は乾いた笑いを漏らした。
「……女の勘」
ショウがぼそっと言った。
「自業自得」
「違うって!!」
俺は叫んだ。
スマホが震え続ける。
通知が止まらない。
俺は天井を見上げて、心の底から思った。
――俺、もしかして本当に女癖悪い?
次回
「距離感おかしくない?」