チュートリアルお兄さん(呪い)   作:夜神桜

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第45話 距離感おかしくない?

スマホの着信は止まらなかった。

セレナ。

ハルカ。

ヒカリ。

メイ。

 

そして知らない番号。

 

……いや、知らない番号が一番怖い。

 

俺は震える手でスマホを裏返し、テーブルに置いた。

「見なかったことにしよう」

 

ユウリは首を傾げた。

「レイ、電話出ないの?」

 

「出たら死ぬ」

 

「えぇ……?」

 

ショウはあくびを神殺して、カレーの皿を片付けながら言った。

「零、現実逃避しても無駄だよ」

 

「知ってるよ」

俺は額を押さえた。

 

今はもう、戦う気力がない。

伝説相手ならまだいい。

女の子の怒りは無理だ。

マジで。

 

俺が人生で一番怖いのは、ポケモン世界に来てから「女性」になった。

 

ユウリは明るく手を叩いた。

「じゃあ!とりあえず今日は休も!疲れてるでしょ!」

 

ショウも頷いた。

「うん。歩き疲れた」

 

そう言った瞬間。

ショウがふらっとよろけた。

 

俺は反射的に支える。

「おい、大丈夫か?」

 

ショウは目を瞬かせて、小さく呟いた。

「……平気。でも、眠い」

 

眠い、じゃねぇよ。

お前、さっきからずっと限界じゃねぇか。

 

俺は溜息を吐いて、しゃがみこんだ。

「ほら、背中乗れ」

 

ショウは一瞬だけ驚いた顔をした。

「……いいの?」

 

「いいから。早く」

ショウは少しだけためらってから、俺の背中に乗った。

 

……軽い。

軽すぎる。

 

これが「ヒスイで鍛えた身体」ってやつか?

いや、鍛えた結果がこれならおかしいだろ。

 

ユウリが嬉しそうに笑った。

「わー!なんかお兄ちゃんっぽい!」

 

俺は疲れた声で返した。

「お兄ちゃんっていうか……保護者だな」

 

ショウが背中で小さく笑った。

「保護者って……」

 

俺はユウリに向き直る。

「で、どこ行けばいい?」

 

ユウリは指を立てた。

「まずはポケモンセンターかな!ショウちゃんも診てもらった方がいいよ!」

 

「だな」

俺は歩き出した。

 

夕方のガラルの街は、どこか落ち着いている。

石造りの建物。

パン屋から漂う匂い。

遠くで鳴くポケモンの声。

 

……こういうの、嫌いじゃない。

嫌いじゃないんだけど。

背中がくすぐったい。

 

ショウが俺の肩に顎を乗せて、ぼんやり外を眺めていた。

 

近い。

普通に近い。

距離感がバグってる。

 

ユウリは俺たちを見てニヤニヤしている。

やめろ。

そういう目で見るな。

 

俺は小声でショウに言った。

「なぁ、ショウ」

 

「なに?」

ショウは眠そうな声で返す。

 

俺は周囲をちらっと見て、さらに声を落とした。

「……警戒心は?」

 

ショウはきょとんとした。

「警戒心?」

 

「いや、お前さ」

 

俺は言葉を選びながら続ける。

「さっきから距離が近いんだよ。普通、初対面の男におんぶされるか?」

 

ショウは少し考えた後、あっさり言った。

「零なら大丈夫」

 

俺は足を止めた。

「……は?」

 

ユウリも止まった。

「え、何その信頼」

 

ショウは俺の肩に顔を寄せたまま、淡々と答える。

「ヒスイで助けてくれたし」

 

「いや、助けたっていうか」

 

「それに、零は優しい」

 

俺はその言葉に、一瞬だけ息が止まった。

 

優しい。

俺が?

 

……俺はただ、生き残るために必死だっただけだ。

 

ショウは続ける。

「あと、零は女の子にモテそうだけど、変なことはしない」

 

俺は思わずツッコんだ。

「いや、モテそうだけどって何だよ!!」

 

ユウリが吹き出した。

「ショウちゃん、見る目ある~!」

 

「見る目ってなんだよ!!」

俺は叫んだ。

 

ショウは不思議そうに首を傾げる。

「違うの?」

 

「違わないけど違う!」

俺は訳の分からないことを言った。

 

……ダメだ。

俺の精神が限界に近い。

 

ポケモンバトルの疲労じゃない。

人間関係の疲労だ。

 

ポケモン世界に来てから、ずっとこうだ。

信頼されるのは嬉しい。

嬉しいけど、怖い。

 

何が怖いって、俺は「何もしてないのに誤解される未来」が見えている。

すでにスマホが地獄だ。

 

俺は深呼吸して、ショウに言った。

「……とりあえず、もうちょい距離取れ」

 

ショウは素直に返した。

「わかった」

 

……素直かよ。

素直すぎるだろ。

 

その瞬間、ショウが少しだけ体を動かした。

そして。

俺の首元に、ショウの息がかかった。

ぞわっと鳥肌が立つ。

 

ユウリがにやにやする。

 

「……あのさぁ」

俺は思わず睨んだ。

 

「ユウリ、絶対変な想像してるだろ」

 

「してないよ!」

 

「嘘つけ」

 

ショウは眠そうに呟く。

「零、顔赤い」

 

「赤くねぇよ!!」

俺は即答した。

 

そしてその瞬間。

俺のスマホがまた震えた。

 

ブブブブ……!!

 

俺は背筋が凍った。

嫌な予感しかしない。

 

ユウリが覗き込む。

「電話?」

 

俺は固まったまま画面を見る。

――レッド。

 

俺は目を見開いた。

「……え?」

 

ショウが小さく言った。

「零、出たら?」

 

俺は震える声で言った。

「レッドは……ヤバい」

 

「え、なんで?」

 

「男の方が怖い時もあるんだよ……」

 

俺は悟った。

俺の人生、もう詰んでる。

 

ユウリは笑って肩を叩いた。

「大丈夫だよ!きっと普通の用事だよ!」

 

俺は乾いた声で呟いた。

「普通の用事で、レッドから電話来るわけねぇだろ……」

 

俺は震える指で通話ボタンを押した。

「……もしもし」

 

電話の向こうは、沈黙。

数秒後。

 

『……』

 

何も言わない。

けど、圧がすごい。

 

俺は汗をかきながら言った。

「……レッド?」

 

『……(ため息)』

 

そして、短い一言。

『迎えに行く』

 

通話が切れた。

俺は青ざめた。

「……迎えに行く?」

 

ユウリが首を傾げる。

「迎えに?」

 

ショウは眠そうに言った。

「迎えに来るんだね」

 

俺は呟いた。

「……終わった」

 

俺の人生、終わった。

 

ユウリが笑う。

「え、レイってほんと面白い!」

 

俺は笑えなかった。

背中のショウが小さく寝息を立て始めた。

俺は空を見上げて、心の底から思った。

 

――アルセウス、お前これ絶対楽しんでるだろ。

 

次回

「なんで俺おんぶしてるんだ?」

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