――夜。
ガラルの街は静かだった。
街灯が石畳を照らし、風が冷たく頬を撫でる。
遠くで鳴くポケモンの声が、妙に心細い。
俺はポケモンセンターから出たところで、立ち尽くしていた。
背中には、ショウ。
完全に寝ている。
すぅ……すぅ……と、規則正しい寝息。
俺の肩に頭を預けて、体温がじんわり伝わってくる。
……いや、これ状況どうなってんだよ。
俺はふと我に返った。
「……なんで俺、ショウをおんぶしてるんだ?」
声に出した瞬間、余計に虚しくなった。
隣でユウリが笑いをこらえながら歩いている。
「レイ、めっちゃ似合うよ。おんぶ」
「似合わなくていいんだよ」
俺は半目で返した。
ポケモンセンターでは、ショウは軽い疲労と睡眠不足と言われた。
つまり、限界まで動いてたってことだ。
ヒスイでオヤブン避けてた時点で、そりゃそうだ。
俺はため息をつく。
……なんで俺が責任持ってるんだ?
俺は親か?
いや、親でもこんな苦労しないぞ。
ユウリが前を向いたまま言う。
「ショウちゃん、ほんとに安心してるんだね」
「……そうか?」
ユウリは頷く。
「うん。寝顔がすごいもん」
俺は背中のショウをちらっと見た。
確かに、無防備すぎる。
ここが野宿なら、すぐポケモンに攫われるレベルだ。
俺は小声で呟く。
「警戒心、どこに置いてきたんだよ……」
ユウリがニヤニヤしながら言った。
「レイに預けてきたんじゃない?」
「やめろ」
俺は即答した。
「そういうの、誤解を生む」
「誤解って何?レイ、照れてる?」
「照れてない」
俺はまた即答した。
即答したが、心臓がうるさい。
……いや、違う。
これは純粋に状況が恥ずかしいだけだ。
俺が悪いんじゃない。
ショウが距離感バグってるだけだ。
そうだ。
俺は悪くない。
その瞬間。
俺のスマホがまた震えた。
ブブブブ……!!
俺は反射的にスマホを見た。
着信。
――グリーン。
「……なんでだよ!!」
俺は叫びそうになって、口を押さえた。
ユウリが目を丸くする。
「え、誰?」
「グリーン」
「えっ!?あのグリーン!?」
ユウリはテンションが上がった。
ガラルの女の子は、カントーの伝説に弱いらしい。
俺は震える指で通話ボタンを押した。
「……もしもし」
『お前さ』
グリーンの声が、開口一番で刺さった。
『今どこだ』
「ガラル」
『知ってる』
「……じゃあ聞くなよ」
俺はげっそりしながら言った。
電話の向こうで、グリーンがため息をつく。
『レッドから連絡きた。迎えに行くって』
「うん、言われた」
『……お前、何した』
「何もしてない」
『嘘だな』
「嘘じゃねぇよ!!」
俺は小声で叫んだ。
ユウリが肩を揺らして笑っている。
やめろ。
笑うな。
こっちは人生が終わりかけてる。
グリーンが低い声で言った。
『今のお前、女の子背負ってるって本当か?』
俺は固まった。
……情報回るの早すぎだろ。
「え?」
『写真回ってきたぞ』
「誰が撮った!?」
ユウリが手を挙げた。
「私かも!」
「お前かよ!!」
俺は叫びそうになった。
ショウが背中で「ん……」と寝返りを打つ。
やばい、起きる。
俺は声を抑えて言った。
「……いや、これは事情がある」
『事情?』
グリーンが鼻で笑った。
『お前、前も「事情がある」って言ってハルカとヒカリに囲まれてたよな』
「囲まれてねぇ!!」
『囲まれてた』
「……」
俺は言い返せなかった。
グリーンが続ける。
『お前、女癖悪いっていうか……』
一拍置いて。
『巻き込まれ体質だよな』
……それだけは否定できなかった。
「……そうなんだよ」
俺は乾いた声で言った。
ユウリが不思議そうに首を傾げる。
「レイ、巻き込まれ体質なの?」
「生まれつきだよ」
グリーンが言った。
『とりあえずレッドが着いたら逃げるなよ』
「逃げるに決まってるだろ」
『逃げたら○す』
「お前も怖いよ!!」
俺は即答した。
通話が切れる。
俺はスマホを握りしめ、空を見上げた。
星が綺麗だ。
こんな綺麗な星空の下で、俺は何をしている?
女の子を背負い、カントーの伝説に追われ、ガラルでカレー食ってる。
……何の人生だよ。
ユウリが楽しそうに言う。
「レイ、人気者じゃん!」
「人気者じゃなくて、事故物件なんだよ」
「事故物件!?」
ユウリは爆笑した。
ショウが背中で目を擦りながら、ゆっくり起きた。
「……零?」
「起きたか」
ショウはぼーっとしたまま言った。
「……なんで私、背負われてるの?」
俺は即答した。
「俺が聞きたい」
ショウは数秒沈黙してから、真顔で言った。
「……ありがとう」
その一言で、俺の胸が少しだけ軽くなった。
……あぁ、くそ。
こういうのに弱いんだよ、俺は。
ユウリがニヤニヤしながら言った。
「レイ、顔が優しくなった」
「うるせぇ」
俺は顔を背けた。
ショウは背中から降りようとしたが、足元がふらついた。
俺は反射的に支える。
「おい、無理すんな。まだ寝てろ」
ショウは驚いた顔をした。
「……いいの?」
「いい」
ショウは小さく頷き、また俺の背中に戻った。
そしてぽつりと言った。
「……零って、優しいね」
俺は歩きながら、苦笑した。
「優しいんじゃなくて、断れないだけだ」
ユウリが元気よく言った。
「それを優しいって言うんだよ!」
俺は心の中で思った。
――こんな優しさ、命取りだ。
その瞬間。
街の向こうから、静かな足音が聞こえた。
コツ、コツ、コツ。
そして、影が伸びる。
俺は顔を上げた。
そこにいたのは。
帽子を深く被った、無言の少年。
赤いジャケット。
圧倒的な存在感。
――レッド。
俺の胃が、終わった。
レッドは俺を見て、そして背中のショウを見た。
何も言わない。
ただ、目だけが言っている。
「説明しろ」
俺は笑顔を作った。
作ったつもりだった。
「……やぁ、レッド。久しぶり」
レッドはゆっくり近づき、短く一言。
「……話」
俺は震えながら思った。
あぁ、終わった。
ガラルの夜は、まだ長い。
次回
「レッドに○される5秒前」