空気が、冷えた。
夜風じゃない。
レッドが来た瞬間、世界そのものの温度が下がった気がした。
石畳の上を歩く足音。
コツ、コツ、コツ。
その音が近づくたびに、俺の心臓は「終わった終わった終わった」と鳴り続けていた。
ユウリは完全に興味津々で、ショウはまだ眠そうに俺の背中にくっついている。
俺だけが地獄。
目の前に立ったレッドは、俺を見た。
そして背中のショウを見た。
視線が戻る。
俺を見たまま、短く言った。
「……話」
いや、話って言われても。
何から話せばいいんだ。
ヒスイの時点で説明できる気がしない。
俺は咳払いをして、必死に笑顔を作った。
「えーと……これはな?」
レッドは何も言わない。
ただ、目が言っている。
――言い訳するなよ?
俺は心の中で叫んだ。
無理だよ!!!!!!
俺、今まさに○される5秒前だよ!!!!
ユウリが横から口を挟んだ。
「ねぇねぇ、あなたがレッドさん?」
レッドはユウリに視線を向け、軽く頷いた。
ユウリは満面の笑みで言った。
「うわぁ~!本物だぁ!」
レッドは反応しない。
無言のまま、俺を見た。
その視線が言っている。
――お前、まだ背負ってるのか?
俺は泣きそうになった。
「いや違うんだよレッド」
レッドは眉を僅かに動かした。
……やばい、これ怒りゲージ上がった。
俺は即座に早口になる。
「これはあれだ!事情があって!ショウが疲れてて!俺がたまたま背負っただけで!別に俺が好きで背負ってるわけじゃなくて!」
ショウが背中でぼそっと呟いた。
「……零、好きじゃないの?」
俺は硬直した。
やめろォォォォォ!!!!!!
ユウリが爆笑した。
「ショウちゃん天然すぎる!」
俺は顔面蒼白で叫んだ。
「好きとかそういう意味じゃねぇ!!」
レッドは無言。
だが、拳が握られている。
俺の脳内に「死」の二文字が浮かんだ。
レッドは一歩前に出た。
俺は反射的に一歩後ろに下がった。
レッドが、短く言う。
「……降ろせ」
「はい!!」
俺は即答した。
背中からショウを下ろそうとした瞬間、ショウがふらついた。
俺は慌てて支える。
その瞬間。
レッドの目が細くなった。
俺は感じた。
殺気。
完全に殺気。
……いや、殺気っていうか、圧がすごい。
ショウはぼんやりした顔でレッドを見た。
「……あなた、誰?」
ユウリが言う。
「カントーの伝説だよ!レッドさん!」
ショウは数秒沈黙し、そして真顔で言った。
「……零の彼氏?」
俺は噴いた。
「違う!!!!!!」
ユウリが腹を抱えて笑った。
「やばいショウちゃん、天然爆弾すぎる!」
俺は叫びながらショウの肩を揺さぶった。
「お前それ言っちゃダメなやつだ!!」
ショウは首を傾げる。
「……違うの?」
「違う!!!」
レッドは、無言だった。
ただし。
拳が、さっきより強く握られている。
俺は悟った。
あ、これ本当に○される。
レッドは一歩前に出た。
俺は心の中でカウントダウンした。
5。
4。
3。
2。
1――
その瞬間。
俺のスマホが震えた。
ブブブブブブブブ!!!!!!
場違いなバイブ音。
俺は半泣きでスマホを取り出す。
着信。
――アルセウス。
俺は叫んだ。
「お前今どのツラ下げて電話してきてんだよ!!!!」
レッドがスマホを見た。
画面に表示される文字。
【アルセウス】
ユウリが固まった。
「え……?」
ショウも目を見開いた。
「……アルセウス?」
レッドは無言で俺のスマホを凝視した。
俺は汗だらだらで通話ボタンを押す。
「……もしもし!!!」
すると、スマホから落ち着いた声が響いた。
『落ち着け、零』
「落ち着けるか!!!!」
『お前が今いる場所はガラル地方。現在の状況は――』
「実況すんな!!!!」
『レッドが怒っているな』
「見りゃわかるわ!!!!」
レッドがスマホに手を伸ばした。
俺は反射的にスマホを抱え込んだ。
だがレッドは無言で俺の肩を掴んだ。
やばい。
腕力が普通じゃない。
こいつ、伝説のトレーナーだ。
物理も強い。
ユウリが慌てて言う。
「え、えっと!レッドさん落ち着いて!レイは悪い人じゃないよ!」
ショウも言った。
「零は優しいよ」
俺は泣きそうになりながら言った。
「そう!俺は優しいだけなんだよ!!」
レッドは俺をじっと見て、短く言った。
「……優しい」
そして、視線がショウに移る。
ショウはぼんやりした顔でレッドを見返す。
レッドは言った。
「……守る」
俺は首を傾げた。
「え?」
レッドが続ける。
「……お前が」
俺は固まった。
え、俺を守る?
なんで?
俺、今○される5秒前じゃなかったの?
俺の脳内が処理落ちした。
アルセウスが電話越しに言った。
『レッドは、お前が巻き込まれる未来を見ている』
「未来?」
『お前のスマホの連絡帳を見た』
「やめろ!!!!!!!!」
ユウリが首を傾げる。
「連絡帳?」
俺は即座に叫んだ。
「ユウリ!聞くな!!」
ショウがぽつりと言った。
「……零、女の子多いよね」
「言うな!!!!!!!!」
レッドの目が、すっと細くなる。
俺は震えた。
あ、やっぱり○される。
レッドは俺の肩を掴んだまま、スマホを見て、そして一言。
「……見せろ」
「嫌です!!!!」
即答した。
即答したら、余計に疑われた。
レッドの握力が上がった。
肩がミシッて言った。
「痛い痛い痛い!!」
ユウリが慌てて止める。
「レッドさん!暴力はダメだよ!!」
ショウも真顔で言った。
「零に痛いことしないで」
レッドは一瞬だけ目を伏せ、そして手を離した。
俺は肩を押さえて息を吐く。
……助かった。
レッドは俺を見て、短く言った。
「……逃げるな」
俺は小さく頷いた。
「……逃げない」
レッドは頷いた。
そして、ゆっくり踵を返す。
去り際に、振り向きもせず言った。
「……ついてこい」
俺は固まった。
「え、どこに?」
レッドは答えない。
ただ歩いていく。
ユウリが目を輝かせる。
「え、やば!これ同行イベントじゃん!」
「ゲームみたいに言うな!!」
ショウは俺の袖を掴んだ。
「零、行こう」
俺は頭を抱えた。
終わったと思ったら、始まった。
俺はスマホを握りしめ、アルセウスに小声で言った。
「……おい、これどういうことだよ」
アルセウスは落ち着いた声で言った。
『零。お前はこれから』
一拍置いて。
『ガラル地方の伝説に巻き込まれる』
「巻き込まれるの確定かよ!!!!!!」
俺の叫びが、夜のガラルに響いた。
次回
「アルセウスと口喧嘩する高校生」