――俺は決めた。
もう限界だ。
ガラル地方でレッドに睨まれ、ショウを背負い、ユウリに煽られ、アルセウスと口喧嘩して。
心が、折れた。
いや正確には、折れる手前で踏ん張ってた最後の骨が「パキッ」っていった。
ポケモンセンターのベッドで寝て起きた朝。
俺は天井を見つめたまま、静かに呟いた。
「……パルデア地方に行ってくるよ」
誰に言ったわけでもない。
ただの独り言だ。
だがその独り言は、妙に重かった。
俺の中で「逃げ」ではなく「決断」になってしまったから。
隣のベッドではショウが寝ている。
よく寝るやつだ。
いや、ヒスイであんな無茶してたらそりゃ眠いだろ。
俺は枕元のスマホを手に取った。
画面を開く。
連絡帳。
そこには。
名前。
名前。
名前。
女。
女。
女。
……女。
「……おかしいな」
俺は静かに言った。
「俺、そんなに女癖悪い人生送ってないんだけどな」
しかもほぼ全員、原作の主要人物。
地雷原のど真ん中。
俺は深呼吸して、メッセージアプリを開いた。
グループでもなんでもない。
片っ端から送る。
たった一文。
【旅に出ます。探さないでください。】
そして。
パルデア地方行きのチケットの写真を添付。
送信。
ピロン。
ピロン。
ピロン。
既読が増えていく。
俺はスマホを置き、天井を見た。
「……これでいい」
よし。
これで俺は自由だ。
静かな旅ができる。
俺は立ち上がり、鞄を背負った。
手持ちは最低限。
強いポケモンを連れて行けばまた面倒になる。
だから控えめに……
そう思った瞬間、俺の視線がボールケースに吸い寄せられた。
いや無理だ。
控えめとか無理だ。
だって俺の手持ち、控えめにしても伝説いるし。
俺はため息をついてボールケースを閉めた。
「……俺の人生、詰んでるな」
そのとき。
背後から声がした。
「零……?」
振り向くと、ショウが目を擦りながら起きていた。
寝起きの顔。
ぼんやりしていて、やたら可愛い。
いや、そういうことじゃない。
ショウは俺を見上げて言った。
「どこ行くの?」
俺は即答した。
「パルデア」
「パルデア……?」
ショウは数秒考え、そして言った。
「私も行く」
「来るな!!!!」
俺は即座に拒否した。
ショウは首を傾げる。
「なんで?」
「俺が死ぬから」
「死なないよ」
「死ぬんだよ!!」
俺は真顔で言った。
ショウは不満そうに頬を膨らませた。
……頬膨らませるな。
可愛いから余計断りにくい。
俺は頭を抱えた。
その時。
ポケモンセンターのドアが開く音がした。
カラン。
そして入ってきたのは、ユウリだった。
「おはよー!レイ!」
ユウリは元気よく手を振る。
俺は目を細めた。
「……なんでいる」
「え?普通に会いに来た!」
「来るな」
「ひど!」
ユウリは笑いながら近づき、俺の鞄を見た。
「あれ?荷物まとめてる?」
俺は観念して言った。
「……パルデア地方に行く」
ユウリの目がキラッと輝いた。
「えっ!パルデア!?いいな!私も行きたい!」
「来るな!!!!」
俺は叫んだ。
ショウも便乗する。
「私も行く」
「だから来るな!!!!!!」
俺は叫んだ。
だが。
次の瞬間。
スマホが震えた。
ブブブブブブブブ!!!
嫌な予感しかしない。
俺は恐る恐る画面を見る。
着信。
――セレナ。
俺は白目になった。
「……は?」
ユウリが覗き込んでくる。
「え?セレナさん?カロスの?」
ショウも覗き込む。
「知り合い?」
俺は震える声で答えた。
「……知り合いっていうか……」
その時、さらに通知が来る。
ピロン。
――ハルカ。
ピロン。
――ヒカリ。
ピロン。
――メイ。
ピロン。
――ミヅキ。
俺はスマホを握りしめた。
震えが止まらない。
「……え、待って」
俺は喉を鳴らす。
「なんでだよ」
俺、さっき旅に出るって送ったよな?
探さないでくださいって送ったよな?
なのに、なんで全員一斉に動き出してるんだよ。
ユウリが笑いながら言った。
「レイ、めっちゃ人気者じゃん」
「人気者じゃねぇ……」
俺は死んだ目で言った。
「……終わったんだよ」
ショウが首を傾げる。
「零、何が終わったの?」
「俺の人生が」
俺がそう呟いた瞬間。
ポケモンセンターのテレビが突然切り替わった。
ニュース番組。
画面に映るのは、見慣れない学園。
そしてテロップ。
【パルデア地方・オレンジアカデミー入学者募集】
俺は画面を見つめた。
学園。
……学園?
嫌な予感がした。
すごく嫌な予感がした。
こういうの、絶対巻き込まれる。
俺は即座にチケットを握りしめた。
「……行くぞ」
ユウリが笑顔で言った。
「うん!」
ショウも当然のように言った。
「行く」
「お前ら勝手に決めんな!!」
俺は叫びながらも、もう止める気力がなかった。
その時、スマホがまた鳴る。
着信。
――アルセウス。
俺は青筋を立てた。
「……てめぇ」
通話ボタンを押す。
「もしもし!!!」
『零』
神の声。
『パルデアへ行け』
俺は叫んだ。
「行くって言っただろ!!!!」
『では頼む』
「頼むな!!」
俺は叫び、スマホを切った。
そして俺は、息を吐く。
「……パルデア地方に行ってくるよ」
もう一度呟いた。
今度は独り言じゃない。
決意だ。
逃げじゃない。
多分。
……たぶん逃げだな。
俺は自分にツッコミを入れながら、ポケモンセンターを出た。
パルデア行きの列車に向かう。
背後にはユウリ。
隣にはショウ。
スマホは鳴り止まない。
空は青い。
旅は始まる。
俺の胃痛も始まる。
――こうして。
八雲零の「パルデア地方編」は、最悪の形で幕を開けた。
次回
「なんとかついたな学園に…」