パルデア地方。
空が広い。
太陽が近い。
暑い。
何より――坂が多い。
「はぁ……はぁ……」
俺は肩で息をしながら、巨大な門の前に立っていた。
目の前にそびえるのは、オレンジアカデミー。
いや、デカすぎるだろ。
学校っていうより城だ。
観光名所じゃん。
「はぁはぁ……なんとかついたな学園に……」
俺がそう呟くと、後ろから元気な声が飛んできた。
「レイ、遅ーい!」
ユウリだ。
なんでこいつ、平然としてんだよ。
同じ距離歩いたよな?
同じ坂登ったよな?
俺だけ体力削れてない?
俺が睨むと、ユウリはニヤッと笑う。
「なに?体力ないの?」
「……うるせぇ」
俺は額の汗を拭った。
そして隣を見る。
ショウは――
俺の背中にいた。
当然のように。
もはや定位置。
俺は絶望した。
「……なんで俺、毎回ショウをおんぶしてるんだ?」
ショウは俺の背中から、平然と答える。
「零が優しいから」
「その優しさが命取りなんだよ……」
俺はボソッと呟いた。
いや違う。
優しいというか、放っておけないだけだ。
ショウは疲れてるし。
というか、この世界の移動が雑すぎる。
急に地方跨ぎすんなよ。
体が追いつかない。
俺はふらつきながら門をくぐった。
学園の中はさらに広い。
人が多い。
制服の生徒たちが歩き回り、笑い声が飛び交っている。
……眩しい。
青春ってやつが眩しい。
俺みたいな転生者の居場所じゃない。
「うわぁー!すごい!」
ユウリは目を輝かせてキョロキョロしている。
ショウは俺の背中で小さく呟いた。
「……落ち着く」
「どこがだよ」
俺は即答した。
この状況のどこが落ち着くんだ。
人混み、騒音、知らない土地、知らない文化。
そして何より――
俺はもうこの世界で、目立ちすぎている。
俺は息を吐いて、校舎を見上げた。
でかい塔。
でかい窓。
でかい階段。
でかい噴水。
全部でかい。
パルデア、サイズ感バグってる。
「……さて、どうしよう」
俺がそう呟いた瞬間。
背中のショウが小声で言った。
「……零、いる」
「は?」
俺は反射的に前を見る。
視線の先。
学園の入口付近。
制服姿の女子生徒が、こちらを見ていた。
肩までの髪。
元気そうな雰囲気。
そして――
明らかに主人公顔。
俺は悟った。
あ。
これ、アオイだ。
絶対そう。
ユウリも気づいたらしく、俺の袖を引っ張る。
「ねぇねぇ!あの子、アオイちゃんじゃない?」
「言うな」
「え、なんで?」
「言うなって」
俺は冷や汗をかいた。
こういう「原作主人公」が来るときって、大体ろくなことにならない。
しかも俺、今の俺だぞ?
連絡帳にほとんど女しかいない謎の男だぞ?
これ以上増えたら終わりだ。
俺は踵を返そうとした。
逃げる。
逃げるぞ。
そう思った瞬間――
「ねえ!」
声が飛んだ。
完全に俺に向けて。
俺は硬直した。
ユウリがニヤニヤしている。
ショウは無表情で見ている。
最悪だ。
俺はゆっくり振り向いた。
アオイが近づいてきていた。
目がキラキラしている。
……やめろ、その目。
それ以上近づくな。
俺は内心で叫んだ。
アオイは俺を見上げて、首を傾げる。
「あなた、転校生?」
来た。
テンプレ質問。
これ絶対イベント始まるやつ。
俺は反射的に答えた。
「……え?」
いや、違う。
ここで正直に言ったら、学園に入学する流れになる。
そうしたら俺、確実に「主人公の友達枠」に固定される。
それはダメだ。
俺はもう、ストーリーの中心に立ちたくない。
俺は静かに、しかし確実に嘘をついた。
「……えーと……」
アオイはじっと俺を見る。
ユウリはワクワク顔。
ショウは俺の背中で小声で言った。
「零、嘘つく顔してる」
「黙れ」
俺は深呼吸して、覚悟を決めた。
「……フラダリです」
アオイが固まった。
「……え?」
ユウリが噴き出した。
「フラダリ!?カロスの!?」
ショウが真顔で言った。
「零、年齢がおかしい」
俺は心の中で叫んだ。
(しまった!!)
だが、もう引けない。
俺は平然と続けた。
「そう。フラダリ」
アオイは数秒沈黙し――
そして、ゆっくり言った。
「……えっと……フラダリさんって……あのフラダリさん?」
俺は頷いた。
「そのフラダリ」
アオイは困惑している。
ユウリは腹を抱えて笑っている。
ショウはため息をついた。
「零、バカだ」
「うるせぇ!!!!」
俺が叫んだ瞬間。
アオイの目がキラッと光った。
そして言った。
「じゃあさ!」
嫌な予感。
「ポケモンバトルしない!?」
……来た。
来てしまった。
逃げ道が消えた。
俺は目を閉じた。
終わった。
俺はこの瞬間、確信した。
パルデア地方編――
開始2話目にして、もう詰んだ。
俺は乾いた笑いを漏らしながら、ボールケースに手を伸ばした。
「……さて、どうしよう?」
そう呟いた時にはもう遅かった。
アオイの目は完全に「勝負する気満々の主人公」になっていた。
ユウリは応援モード。
ショウは俺の背中から降りて、静かに言った。
「零、頑張って」
俺は震える声で言った。
「……頑張りたくない」
だが、逃げられない。
俺はボールを握りしめ、口を開いた。
「……行け、クチート」
モンスターボールが開き、鋼の顎を持つポケモンが現れる。
クチートが、にやりと笑ったように見えた。
アオイは目を輝かせる。
「うわっ!かわいい!でも強そう!」
俺は小声で呟いた。
「……俺の人生、また燃えるな」
ユウリが元気よく叫ぶ。
「レイがんばれー!」
ショウは静かに見守る。
そしてアオイは宣言した。
「じゃあ、いくよ!」
――こうして。
オレンジアカデミー到着早々。
俺の平穏は、バトル開始と共に消え去った。
次回
「何でここにいるんだよお前ら」