クチートを出した瞬間。
空気が変わった。
いや、正確には――周囲の視線が一気に集まった。
学園の中庭。
昼間の光。
そこに響く「バトルしよ!」の声。
……そりゃ注目される。
アオイはワクワク顔でモンスターボールを構えている。
ユウリは「青春!」みたいな顔をしている。
ショウは眠そうな顔のまま、俺の後ろに立っている。
俺だけが胃痛で死にそうだった。
「じゃあいくよ!出てきて!」
アオイがボールを投げる。
出てきたのは――
マスカーニャ。
いや、初手それかよ。
強いだろ。
主人公の癖に初手からガチすぎる。
俺は額に手を当てた。
「……学園の新入生ってレベルじゃねぇな」
ユウリが目を輝かせる。
「うわ!マスカーニャじゃん!強そー!」
ショウは小さく呟いた。
「……草タイプ」
俺はため息をついた。
クチートは鋼・フェアリー。
相性は悪くない。
……だが。
問題はそこじゃない。
アオイが声を上げた。
「えっと……フラダリさん?」
俺はピクッと肩を震わせた。
……来た。
質問タイムだ。
俺はゆっくり振り向く。
「……なんだよ」
アオイは首を傾げる。
「フラダリって……カロス地方の……あの?」
ユウリが腹を抱えて笑っている。
「レイ、絶対バレるってそれ!」
ショウは冷静に言った。
「零、顔がもう負けてる」
「うるせぇ!!」
俺は叫び、咳払いしてからアオイに言った。
「……同姓同名だ」
アオイは目を丸くした。
「え、そんな偶然ある!?」
俺は即答した。
「ある」
アオイは納得してない顔をした。
だがその時――
遠くから聞こえた。
聞き覚えのある声。
いや、聞き覚えがありすぎる声。
「……零」
俺の背筋が凍った。
まさか。
いや、ありえない。
ここパルデアだぞ?
俺は恐る恐る後ろを振り向いた。
そして見えた。
学園の入口。
そこに立つ影。
赤い帽子。
無口。
圧。
――レッド。
俺は白目になった。
「……は?」
次の瞬間、さらに聞こえる。
「やっほー!久しぶり!」
「零!いるって聞いたわよ!」
「やっと見つけた!」
「八雲さん、逃げるの得意ですね?」
いや、待て待て待て。
声が多い。
多すぎる。
そして全員、聞き覚えがある。
俺の視界に入ってきたのは――
ヒカリ。
ハルカ。
メイ。
セレナ。
ミヅキ。
そして――
アオイの横にいるはずだったのに、なぜかもう一人増えている制服姿。
ネモ。
いや、なんでネモまでいるんだよ。
ユウリが口を開けた。
「……え、え、え?」
ショウがぼそっと呟く。
「……増えた」
俺は膝が崩れそうになった。
そして、魂が抜けた声で呟く。
「……なんでここにいるんだよお前ら」
ヒカリが腕を組んでニヤッと笑う。
「え?だって零が『旅に出るので探さないでください』って言うからさ」
俺は叫んだ。
「探すなって言っただろ!!!!!!」
ハルカが手を振る。
「だって心配だったんだもん!」
メイが笑顔で言う。
「パルデアって楽しそうだし!」
セレナが微笑みながら言った。
「八雲さんが逃げたら、追いかけるに決まってますよね?」
俺は頭を抱えた。
「追いかけるな!!!!」
ミヅキがケラケラ笑う。
「れい、相変わらず面白いね~」
そして、ネモが目を輝かせて言った。
「ねえねえ!あなたが零!?噂の!」
噂の、ってなんだよ。
誰が噂流したんだよ。
俺は震える声で言った。
「噂って何……」
ネモは満面の笑みで答えた。
「すっごい強いのに、すっごい逃げる人!」
俺は絶望した。
あぁ、俺そういうキャラで認知されてるんだ。
終わった。
ユウリが俺の肩を叩く。
「レイ、人気者だね!」
「黙れ!!!!」
俺が叫んだ瞬間。
ネモが手を叩いた。
「ねえ!じゃあさ!みんなでバトルしよ!」
俺は即答した。
「しねぇよ!!!!」
だがアオイが「いいね!」と言いかける。
ヒカリも「面白そう」と言いかける。
ハルカも「やろうよ!」と言いかける。
メイも「うんうん!」と頷く。
セレナは微笑んでいるだけで圧がある。
ミヅキは完全に楽しんでいる。
ネモは目がバトル狂のそれだ。
そしてレッドは――
無言でこちらを見ている。
その視線が言っていた。
――逃げるな。
俺は泣きそうになりながら叫んだ。
「俺はただ学園に来ただけなんだよ!!」
ヒカリが肩をすくめる。
「嘘つかないでよ。さっきフラダリって名乗ったって聞いたけど?」
俺は固まった。
「……誰が言った」
全員の視線が、一斉にユウリに向いた。
ユウリは満面の笑みでピースした。
「私でーす!」
「お前!!!!!!」
俺は叫んだ。
ショウが淡々と言った。
「ユウリ、裏切り者」
ユウリは笑う。
「えへへ」
えへへじゃねぇ。
俺は死ぬ。
完全に終わった。
その時、アオイが恐る恐る言った。
「えっと……みんな、知り合いなの?」
俺は虚無の目で答えた。
「……そうだよ」
アオイは目を輝かせた。
「え、すご!めっちゃ友達多いじゃん!」
俺は泣きそうになりながら言った。
「友達じゃない……」
セレナが静かに言った。
「じゃあ、何ですか?」
俺は即答した。
「災害」
ヒカリが笑った。
「自分で言うな」
ハルカが笑顔で言う。
「でもさ、零さん!」
メイも元気よく言う。
「せっかく集まったんだから、みんなで遊ぼうよ!」
ミヅキがニヤニヤしながら言う。
「逃げても無駄だよ~?」
ネモが両手を合わせて言う。
「ねえ!バトルしよ!」
俺は叫んだ。
「やめろ!!!!!!」
その瞬間。
レッドが、一歩前に出た。
そして短く言った。
「……やれ」
俺は顔を覆った。
「……はい」
俺はもう、抵抗する気力がなかった。
アオイが目を輝かせる。
「えっ!?じゃあバトル続行!?」
ユウリが楽しそうに言った。
「わーい!」
ショウがぼそっと呟く。
「零、かわいそう」
俺は小さく呟いた。
「……俺、悪の組織に転職しようかな」
ヒカリが即答した。
「やめといたほうがいいよ」
セレナが微笑んだ。
「逃げても追いかけますから」
俺は白目になった。
「追いかけるな!!!!!!」
学園の中庭。
眩しい太陽の下。
俺のパルデア生活は――
開始早々、終わった。
次回
「いまから入れる保険ってあります?」