俺は学園の中庭で、完全に包囲されていた。
前にアオイ。
横にネモ。
後ろにセレナ。
右にヒカリ。
左にハルカとメイとミヅキ。
遠くにレッド。
そして近くで笑ってるユウリ。
ショウはというと、何故か俺の服の袖を握ってる。
……いや守ってくれるなら前に出ろよ。
俺は心の中でそう思った。
だが、もう無理だ。
これは詰みだ。
完全に詰んだ。
俺はボールケースを握りしめたまま、スマホを取り出した。
そして震える手で連絡先を開く。
――ゲーチス。
俺は迷わずタップした。
プルルルル……
コール音。
俺は心の中で祈った。
頼む、出てくれ。
そして今すぐ、俺を助けてくれ。
数秒後。
『……何の用だ』
出た。
ゲーチスの声。
俺は即座に言った。
「なぁ、ゲーチス。いまから入れる保険ってあります?」
周囲が静まり返った。
ネモが「え?」って顔をした。
アオイが「保険?」って顔をした。
セレナが「……誰に電話してるの?」って顔をした。
ユウリが吹き出した。
ヒカリは呆れて頭を抱えてる。
ハルカは口を押さえて笑ってる。
メイは「えっ、なにそれ!?」って目を丸くしてる。
ミヅキは「最高じゃん」って顔してる。
レッドだけが無言で見てる。
そしてショウは小声で言った。
「零……終わったね」
終わってるよ。
とっくに。
スマホの向こうでゲーチスが無感情に言った。
『保険とは何のことだ』
「俺の命の保険だよ」
『……』
ゲーチスが沈黙した。
たぶん呆れてる。
俺は続ける。
「今俺、パルデアの学園にいるんだけど」
『ふむ』
「レッドがいる」
『……ほう』
「ヒカリもいる」
『……ほう』
「セレナもいる」
『……ほう』
「あとネモとかいう戦闘狂もいる」
『……ほう』
「全員が俺にバトルしろって言ってる」
『……ほう』
ゲーチスは落ち着いていた。
落ち着きすぎだろ。
俺は叫ぶように言った。
「俺が勝てるわけないだろ!!!」
『勝てないのか』
「勝てるわけないだろ!!」
『お前はチャンピオンではないのか?』
「チャンピオンはとっくにやめたんだよ!!」
『……ならば答えは一つだ』
ゲーチスの声が、妙に楽しそうになった。
『プラズマ団に入れ』
「いやそういう話じゃねぇ!!」
俺は即座にツッコんだ。
だがゲーチスは続けた。
『入団すれば保険になる』
「ならねぇよ!!」
『団の福利厚生は厚い』
「厚いわけあるか!!」
俺は叫んだ。
すると背後からセレナの声がした。
「……ねえ、八雲さん」
俺は背筋が凍った。
ゆっくり振り向く。
セレナが笑顔で立っている。
だが目が笑ってない。
完全に、目が笑ってない。
「誰に電話してるんです?」
俺は汗だくで答えた。
「……保険屋」
セレナは首を傾げた。
「保険屋さん?」
「うん」
ネモが興味津々で身を乗り出す。
「え、保険?なにそれ?ポケモンバトルで怪我したときの?」
「そうそうそう!!」
俺は必死で頷いた。
その時、スマホの向こうからゲーチスの声。
『零、今すぐ入団するなら時給は――』
「黙れゲーチス!!!!!!!!」
俺は全力でスマホに叫んだ。
――終わった。
今の、絶対聞かれた。
周囲の空気が一瞬で変わった。
ヒカリが眉をひそめる。
「……ゲーチス?」
ハルカが固まる。
「え、ゲーチスって……あの?」
メイが引きつった顔で言う。
「プラズマ団の……?」
ミヅキが笑いながら言った。
「れい、そういう趣味?」
ユウリが腹を抱えて笑ってる。
「やばいってレイ!!!」
ショウは小さく呟いた。
「零、犯罪者みたいになってる」
俺は泣きそうになりながら叫んだ。
「違うんだよ!!!!」
そしてスマホに向かって、さらに叫ぶ。
「おいゲーチス!!お前今すぐ電話切れ!!!!!」
『……面倒な状況だな』
「面倒じゃねぇよ!!死活問題だよ!!」
ゲーチスは静かに言った。
『では提案する』
「何」
『入団すれば彼女を作った時点で時給を上げよう』
俺は硬直した。
「……は?」
そして周囲。
全員が、俺を見た。
セレナの笑顔が消えた。
ヒカリの目が細くなった。
ネモが「彼女!?」と目を輝かせた。
アオイが「えっ!?彼女!?」と叫んだ。
ハルカが「えっ!?えっ!?」と混乱してる。
メイが「うそ!?零ってそういう人!?」って顔してる。
ミヅキがニヤニヤしてる。
ユウリは笑いすぎて呼吸困難になってる。
レッドが一歩前に出た。
無言。
圧。
殺気。
俺は震える声で言った。
「……ゲーチス」
『何だ』
「お前……俺の人生壊したいのか?」
『もともと壊れている』
「正論言うな!!!!」
俺は叫び、通話を切った。
ピッ。
沈黙。
世界が静かになった。
そして。
セレナが、ゆっくり言った。
「……八雲さん」
俺は引きつった笑顔で答えた。
「はい」
ヒカリが腕を組んで言う。
「……説明しよっか」
俺は震えた。
「説明……?」
ネモがキラキラした目で言った。
「ねえ!彼女って何!?誰!?誰が彼女なの!?」
アオイも勢いよく言う。
「ちょ、ちょっと!フラダリさん!?彼女いるの!?」
「フラダリじゃねぇ!!」
俺は叫んだ。
その瞬間。
レッドが、俺の肩に手を置いた。
俺は死を悟った。
レッドは短く言った。
「……バトル」
俺は震えながら頷いた。
「……はい」
ショウが小さく呟く。
「零、がんばって」
俺は泣きながら言った。
「頑張れって言うなら助けろよ!!!!!」
だが誰も助けてくれない。
こうして俺は。
パルデアの学園で。
悪の組織に電話した男として。
完全に終わった。
次回
「…アカギ。お前はいい案ないか?」