チュートリアルお兄さん(呪い)   作:夜神桜

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第52話 いまから入れる保険ってあります?

俺は学園の中庭で、完全に包囲されていた。

前にアオイ。

横にネモ。

後ろにセレナ。

 

右にヒカリ。

左にハルカとメイとミヅキ。

遠くにレッド。

 

そして近くで笑ってるユウリ。

ショウはというと、何故か俺の服の袖を握ってる。

 

……いや守ってくれるなら前に出ろよ。

 

俺は心の中でそう思った。

だが、もう無理だ。

これは詰みだ。

 

完全に詰んだ。

俺はボールケースを握りしめたまま、スマホを取り出した。

そして震える手で連絡先を開く。

 

――ゲーチス。

 

俺は迷わずタップした。

 

プルルルル……

コール音。

 

俺は心の中で祈った。

頼む、出てくれ。

そして今すぐ、俺を助けてくれ。

 

数秒後。

『……何の用だ』

 

出た。

ゲーチスの声。

 

俺は即座に言った。

「なぁ、ゲーチス。いまから入れる保険ってあります?」

周囲が静まり返った。

 

ネモが「え?」って顔をした。

アオイが「保険?」って顔をした。

セレナが「……誰に電話してるの?」って顔をした。

 

ユウリが吹き出した。

ヒカリは呆れて頭を抱えてる。

ハルカは口を押さえて笑ってる。

 

メイは「えっ、なにそれ!?」って目を丸くしてる。

ミヅキは「最高じゃん」って顔してる。

レッドだけが無言で見てる。

 

そしてショウは小声で言った。

「零……終わったね」

 

終わってるよ。

とっくに。

 

スマホの向こうでゲーチスが無感情に言った。

『保険とは何のことだ』

 

「俺の命の保険だよ」

 

『……』

ゲーチスが沈黙した。

 

たぶん呆れてる。

 

俺は続ける。

「今俺、パルデアの学園にいるんだけど」

 

『ふむ』

 

「レッドがいる」

 

『……ほう』

 

「ヒカリもいる」

 

『……ほう』

 

「セレナもいる」

 

『……ほう』

 

「あとネモとかいう戦闘狂もいる」

 

『……ほう』

 

「全員が俺にバトルしろって言ってる」

 

『……ほう』

ゲーチスは落ち着いていた。

 

落ち着きすぎだろ。

 

俺は叫ぶように言った。

「俺が勝てるわけないだろ!!!」

 

『勝てないのか』

 

「勝てるわけないだろ!!」

 

『お前はチャンピオンではないのか?』

 

「チャンピオンはとっくにやめたんだよ!!」

 

『……ならば答えは一つだ』

 

ゲーチスの声が、妙に楽しそうになった。

『プラズマ団に入れ』

 

「いやそういう話じゃねぇ!!」

俺は即座にツッコんだ。

 

だがゲーチスは続けた。

『入団すれば保険になる』

 

「ならねぇよ!!」

 

『団の福利厚生は厚い』

 

「厚いわけあるか!!」

俺は叫んだ。

 

すると背後からセレナの声がした。

「……ねえ、八雲さん」

 

俺は背筋が凍った。

 

ゆっくり振り向く。

セレナが笑顔で立っている。

だが目が笑ってない。

 

完全に、目が笑ってない。

 

「誰に電話してるんです?」

 

俺は汗だくで答えた。

「……保険屋」

 

セレナは首を傾げた。

「保険屋さん?」

 

「うん」

 

ネモが興味津々で身を乗り出す。

「え、保険?なにそれ?ポケモンバトルで怪我したときの?」

 

「そうそうそう!!」

俺は必死で頷いた。

 

その時、スマホの向こうからゲーチスの声。

『零、今すぐ入団するなら時給は――』

 

「黙れゲーチス!!!!!!!!」

俺は全力でスマホに叫んだ。

 

――終わった。

今の、絶対聞かれた。

 

周囲の空気が一瞬で変わった。

 

ヒカリが眉をひそめる。

「……ゲーチス?」

 

ハルカが固まる。

「え、ゲーチスって……あの?」

 

メイが引きつった顔で言う。

「プラズマ団の……?」

 

ミヅキが笑いながら言った。

「れい、そういう趣味?」

 

ユウリが腹を抱えて笑ってる。

「やばいってレイ!!!」

 

ショウは小さく呟いた。

「零、犯罪者みたいになってる」

 

俺は泣きそうになりながら叫んだ。

「違うんだよ!!!!」

 

そしてスマホに向かって、さらに叫ぶ。

「おいゲーチス!!お前今すぐ電話切れ!!!!!」

 

『……面倒な状況だな』

 

「面倒じゃねぇよ!!死活問題だよ!!」

 

ゲーチスは静かに言った。

『では提案する』

 

「何」

 

『入団すれば彼女を作った時点で時給を上げよう』

 

俺は硬直した。

「……は?」

 

そして周囲。

全員が、俺を見た。

セレナの笑顔が消えた。

ヒカリの目が細くなった。

 

ネモが「彼女!?」と目を輝かせた。

アオイが「えっ!?彼女!?」と叫んだ。

ハルカが「えっ!?えっ!?」と混乱してる。

メイが「うそ!?零ってそういう人!?」って顔してる。

 

ミヅキがニヤニヤしてる。

ユウリは笑いすぎて呼吸困難になってる。

レッドが一歩前に出た。

 

無言。

圧。

殺気。

 

俺は震える声で言った。

「……ゲーチス」

 

『何だ』

 

「お前……俺の人生壊したいのか?」

 

『もともと壊れている』

 

「正論言うな!!!!」

俺は叫び、通話を切った。

 

ピッ。

沈黙。

世界が静かになった。

 

そして。

セレナが、ゆっくり言った。

「……八雲さん」

 

俺は引きつった笑顔で答えた。

「はい」

 

ヒカリが腕を組んで言う。

「……説明しよっか」

 

俺は震えた。

「説明……?」

 

ネモがキラキラした目で言った。

「ねえ!彼女って何!?誰!?誰が彼女なの!?」

 

アオイも勢いよく言う。

「ちょ、ちょっと!フラダリさん!?彼女いるの!?」

 

「フラダリじゃねぇ!!」

俺は叫んだ。

 

その瞬間。

レッドが、俺の肩に手を置いた。

 

俺は死を悟った。

 

レッドは短く言った。

「……バトル」

 

俺は震えながら頷いた。

「……はい」

 

ショウが小さく呟く。

「零、がんばって」

 

俺は泣きながら言った。

「頑張れって言うなら助けろよ!!!!!」

 

だが誰も助けてくれない。

こうして俺は。

パルデアの学園で。

悪の組織に電話した男として。

 

完全に終わった。

 

次回

「…アカギ。お前はいい案ないか?」

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