眩しい。
目を開けた瞬間、俺はそう思った。
パルデアの太陽じゃない。
アローラの湿気でもない。
カロスのオシャレな風でもない。
シンオウの冷たい空気でもない。
――これは。
俺が知ってる空だ。
電線。
コンビニの看板。
アスファルトの匂い。
駅前の騒がしさ。
そして、聞き慣れた言語。
「……え?」
俺は呆然と立ち尽くす。
目の前には、普通に人が歩いている。
スーツ姿の会社員。
学生。
子ども。
自転車。
車。
横断歩道。
信号。
全部が懐かしい。
全部が現実すぎて怖い。
俺はゆっくり息を吸った。
「……は?」
脳が追いつかない。
けど。
心の奥が叫んでる。
帰ってきた。
俺は――日本に帰ってきた。
「……うわ」
思わず笑いが漏れた。
「やった……やったぁ……!」
誰も聞いてないのに、俺は小さくガッツポーズした。
俺は空を見上げて呟く。
「アイラブジャパン……」
棒読みになるのは許してほしい。
だって、感情が追いついてない。
でも、嬉しい。
普通に嬉しい。
俺は深呼吸して、スマホを取り出した。
まずは確認だ。
現実に戻ったなら――
連絡帳も、全部消えてるはず。
ポケモン世界の記録なんて、夢みたいなもんだ。
そう。
全部、夢。
全部、幻。
全部、黒歴史。
俺は画面を点ける。
パスコードを入力する。
ホーム画面が開く。
いつものアプリ。
いつものSNS。
いつものニュース。
いつもの日本。
俺はほっと息を吐いた。
「……よし」
そして俺は、震える指で連絡帳を開いた。
消えてろ。
頼む。
頼むから消えてろ。
そう祈りながら。
俺は、タップした。
次の瞬間。
表示されたのは――
【連絡先】
・ヒカリ
・セレナ
・ユウリ
・アオイ
・ネモ
・ナンジャモ
・カミツレ
・フウロ
・カトレア
・リーフ
・ハルカ
・メイ
・リーリエ
・マオ
・スイレン
・エリカ
・ナツメ
・カスミ
・……
・サカキ
・アカギ
・ゲーチス
・フラダリ
・マツブサ
・アオギリ
・グズマ
俺は固まった。
固まったまま、ゆっくり口を開く。
「……は?」
手が震える。
目が乾く。
汗が引く。
背筋が凍る。
俺は画面をスクロールした。
いる。
いるいるいるいる。
全部いる。
全部残ってる。
俺は叫んだ。
「なんでだよ!!!!!!!!!!!!!!!!」
駅前の人がちらっと俺を見る。
俺は慌てて咳払いした。
「……すみません」
すみませんじゃない。
俺は今、人生が崩壊している。
いや、正確には人生がまだ崩壊中だ。
俺はスマホを握りしめて震えた。
「いやいやいや……」
だって引き継いでない。
機種変更もしてない。
クラウド同期もしてない。
何ならあのスマホ、アルセウスに没収されたり、地面に落としたり、売りに行ったり、散々だった。
なのに。
何で。
何でここにあるんだ。
俺は必死に自分に言い聞かせる。
「……落ち着け」
「これは夢」
「夢だ夢だ夢だ」
俺は頬をつねった。
痛い。
現実だ。
俺は絶望した。
「……現実なんだ」
その瞬間。
スマホが震えた。
通知。
LI○E。
俺は嫌な予感で画面を見る。
表示された名前は――
【ヒカリ】
俺は硬直した。
心臓が止まった。
指が動かない。
そして通知の内容。
ヒカリ:
『零?今どこ?』
俺は叫んだ。
「うわあああああああ!!!!!!!!!!!!」
駅前の人が振り返る。
俺は慌てて口を押さえる。
「……すみません」
すみませんじゃない。
デジャブだし。
俺はスマホを握りしめたまま、震える声で呟く。
「……いや、なんで日本で繋がってんの」
俺はメッセージを開かないようにして、連絡帳を閉じた。
そして設定画面を開いた。
消す。
今すぐ消す。
連絡帳を全削除。
全部リセット。
これで終わる。
俺は震える指で操作しようとする。
その時。
背後から声がした。
『無駄だ』
俺は固まった。
ゆっくり振り返る。
そこには――
アルセウスはいない。
当然いない。
ここは日本だ。
いるわけがない。
……いないはずだ。
でも、声は確かに聞こえた。
俺の耳の奥で。
あの、荘厳でムカつく声が。
『消すな』
俺は小声で呟いた。
「……幻聴?」
スマホがまた震える。
次の通知。
【ネモ】
ネモ:
『零!日本ってバトルできる!?』
俺は叫びそうになって、ギリギリで耐えた。
喉が震える。
俺は目を見開いたまま呟いた。
「……終わった」
帰ってきた。
日本に。
ようやく帰ってきたのに。
俺のスマホには。
ポケモン世界の連絡先が、全部残ってる。
しかも。
連絡が来る。
普通に。
今。
日本で。
俺は震える声で呟いた。
「……いや、これ日本侵略始まってない?」
その瞬間。
遠くの空に、一瞬だけ影が見えた気がした。
雲の間に。
翼。
――巨大な翼。
俺は青ざめた。
「……やめて」
俺は空を見上げたまま、祈るように言った。
「お願いだから……こっち来んな」
スマホが震える。
今度の通知は、見慣れない名前だった。
いや、見慣れてる。
でも、見慣れてちゃいけない。
【サカキ】
サカキ:
『零。報告しろ』
俺は死んだ目で呟いた。
「……社会復帰失敗」
こうして俺の日本帰還は。
平和に終わるどころか――
日本が新しい戦場になる予感しかしなかった。
次回
「これで大丈夫だろ」