――このルートは、妙に青春っぽい。
悪の組織も出てくる。
伝説も出てくる。
炎上も起きる。
なのに何故か。
空気が一番まともだ。
理由は単純。
ユウキがいるからだ。
ホウエン地方。
ミシロタウン近く。
いつものように、俺は道端に立っていた。
チュートリアルお兄さん。
旅人に話しかけて、捕まえ方を教えるだけの存在。
……だったはずなのに。
俺の目の前に現れた少年は、異様に落ち着いていた。
帽子。
リュック。
真っ直ぐな目。
主人公の顔。
でも、レッドみたいな圧はない。
ゴールドみたいな騒がしさもない。
ただ、自然体。
そして、めちゃくちゃ礼儀正しい。
「こんにちは」
俺は思わず言った。
「……あ、こんにちは」
少年は軽く頭を下げた。
「僕、ユウキって言います」
俺は内心で驚いた。
(礼儀正しい主人公、存在したんだ……)
ユウキは続けた。
「旅に出る準備をしてるんですけど」
「ポケモンの捕まえ方を、教えてもらえますか?」
俺は一瞬、言葉が詰まった。
いつもなら勝手に口が動く。
チュートリアルの呪いで、勝手に説明を始める。
でも。
この時は違った。
俺は「教えたい」と思った。
だから、自然に笑ってしまった。
「……いいよ」
ユウキは目を輝かせた。
「ありがとうございます」
俺は思った。
(うわ、いい子だな)
そして同時に思った。
(……こういう子に、俺の呪いを押し付けたくねぇ)
ユウキルートの特徴。
それは、ユウキが妙に鋭いことだ。
最初は普通の旅だった。
ジム巡り。
トレーナー戦。
野生ポケモン。
たまに悪の組織。
普通のホウエン。
だが、ある日。
俺がスマホを落とした。
連絡帳が開いた。
ほぼ女。
いつもの地獄。
俺は青ざめて拾おうとした。
その瞬間。
ユウキが、画面を見た。
沈黙。
俺は固まった。
「……違うんだ」
ユウキは何も言わない。
俺は必死に弁解した。
「これはその……成り行きで……」
ユウキは、ゆっくり言った。
「……八雲さん」
俺は目を見開いた。
「え?」
「なんで俺の名前知ってんの?」
ユウキは首を傾げた。
「え、だって」
「スマホに書いてありますよ」
俺は画面を見た。
確かに書いてあった。
【端末名:八雲零のスマホ】
俺は叫んだ。
「なんで端末名が本名なんだよ!!!!!!!!!!」
ユウキは真顔で言った。
「変えた方がいいと思います」
俺は震えた。
(正論で殴ってくるタイプか……)
だがユウキは続けた。
「でも」
「これって、八雲さんの意思じゃないですよね?」
俺は固まった。
「……は?」
ユウキはスマホを見つめて言った。
「だって、八雲さん」
「こういうの、嫌そうな顔してます」
俺は言葉を失った。
今まで誰も気づかなかった。
レッドは監視するだけ。
ゴールドは面白がるだけ。
悪の組織は勧誘するだけ。
みんな、俺を“ネタ”として見てた。
でもユウキだけは違った。
ユウキは、俺を見ている。
俺の顔を。
俺の感情を。
俺の疲れを。
俺は小さく呟いた。
「……嫌だよ」
ユウキは静かに言った。
「ですよね」
その一言で、俺は泣きそうになった。
ユウキルート中盤。
事件は、ホウエン名物。
マグマ団とアクア団。
いつも通りの地獄。
いつも通りの巻き込まれ。
俺はため息をついた。
「……またかよ」
ユウキは言った。
「行きましょう」
俺は驚いた。
「え?」
ユウキは真っ直ぐ言った。
「止めないと」
俺は苦笑した。
「お前、主人公だな」
ユウキは少し笑った。
「八雲さんも、ですよ」
俺は即答した。
「俺は主人公じゃない」
ユウキは言った。
「主人公じゃなくても」
「守りたいものがあるなら、戦えます」
俺は言葉に詰まった。
ユウキは続けた。
「僕、八雲さんを守ります」
俺は思わず叫んだ。
「守られる立場じゃねぇ!!!!!!!!!!」
ユウキは言った。
「守られましょう」
俺は震えた。
(こいつ……強い……)
終盤。
ルートの分岐が来る。
世界が歪む。
空が裂ける。
アルセウスが降りてくる。
コメント欄が湧きかける。
俺は叫んだ。
「……やめろ!!!!!!!!」
アルセウスは言った。
『零』
『お前は選べ』
『神になるか、呪いに戻るか』
俺は震えた。
いつもの分岐。
いつもの絶望。
俺は呟いた。
「……神になるしかない」
その時。
ユウキが俺の前に立った。
アルセウスを見上げて言った。
「やめてください」
俺は目を見開いた。
「ユウキ!?」
アルセウスが言う。
『人間が口を挟むな』
ユウキは引かなかった。
「八雲さんは人間です」
「神の都合で、人生を奪わないでください」
俺は震えた。
こんなこと言える奴、初めて見た。
アルセウスが沈黙する。
空気が張り詰める。
そしてアルセウスが言った。
『……では問おう』
『お前が代わりに背負うか?』
ユウキは即答した。
「背負いません」
俺はずっこけた。
「え!?」
ユウキは真顔で続けた。
「背負わせない方法を探します」
アルセウスが言った。
『方法などない』
ユウキは言った。
「あるはずです」
「僕は主人公ってやつなので」
俺は叫んだ。
「その根拠嫌いじゃない!!!!!!!!!!」
ユウキは俺を振り返った。
「八雲さん」
「一人で全部やろうとしないでください」
俺は呟いた。
「……でも、俺が原因だ」
ユウキは首を横に振った。
「原因でも、責任でも」
「一人で抱えたら壊れます」
俺は息を飲んだ。
そして、ユウキは言った。
「僕と、半分こしましょう」
俺は目を見開いた。
「……半分こ?」
ユウキは頷いた。
「八雲さんの呪い」
「僕も背負います」
俺は叫んだ。
「やめろ!!!!!!!!!!」
ユウキは笑った。
「大丈夫です」
「僕、運がいいので」
アルセウスが、初めて困ったように沈黙した。
そして言った。
『……奇妙な人間だ』
ユウキは言った。
「奇妙なのは神様の方です」
俺は思った。
(こいつ、マジで主人公だ……)
そして。
世界が揺れた。
裂け目が閉じた。
コメント欄が消えた。
神の圧が薄れた。
アルセウスは、最後に言った。
『よかろう』
『半分だけだ』
ユウキが頷いた。
「はい」
次の瞬間。
俺のスマホが震えた。
連絡帳が開く。
そして、変化が起きた。
今まで女だらけだった連絡帳に――
男が増えた。
いや、違う。
増えたんじゃない。
偏りが消えた。
俺は目を見開いた。
「……え?」
ユウキがスマホを覗いて言った。
「バランス良くなりましたね」
俺は叫んだ。
「そういう問題じゃねぇ!!!!!!!!!!」
だが、心の奥で。
少しだけ安心している自分がいた。
ユウキは笑った。
「これなら、八雲さんも炎上しませんよ」
俺は呟いた。
「……炎上しない世界って存在したんだ」
ユウキは頷いた。
「存在します」
「僕が作ります」
俺は笑ってしまった。
「……頼もしいな、お前」
ユウキは少し照れたように笑った。
「えへへ」
そして、いつもの旅が続く。
悪の組織も出る。
伝説も出る。
トラブルも起きる。
でも。
ユウキがいるだけで、世界が少しだけマシになる。
俺は思った。
もしかしたら。
俺は神にならなくてもいいのかもしれない。
呪いのままでもいいのかもしれない。
誰かと一緒なら。
背負えるのかもしれない。
最後。
ユウキは旅立つ前に言った。
「八雲さん」
「チュートリアルお兄さんって」
「呪いじゃないですよ」
俺は目を丸くした。
「……は?」
ユウキは笑った。
「誰かが最初に道を教えてくれるから」
「旅が始まるんです」
俺は黙った。
ユウキは続けた。
「だから」
「八雲さん…いや、零さんは、必要な人です」
俺は小さく呟いた。
「……必要、か」
ユウキは頷いた。
「はい」
「僕にとっては、特に」
俺は照れ隠しに言った。
「……うるせぇ」
ユウキは笑った。
「じゃあ、行ってきます!」
俺は手を振った。
「ああ、行ってこい」
ユウキは走り出す。
草むらが揺れる。
ポケモンが鳴く。
そして俺は気づいた。
呪いは消えていない。
連絡帳も消えていない。
でも。
心が、少し軽い。
それだけで、このルートは救いだった。
ユウキルート 完
(※このルートだけ、八雲零は「呪い」を呪いだと思わなくて済む時間がある)