――このルートは、静かに壊れる。
派手な爆発はない。
悪の組織の乱入も少ない。
神の裁きも、少ない。
でも。
その代わりに。
一番逃げられない。
なぜならヒカリは、最初から気づいている。
全部。
シンオウ地方。
フタバタウン近く。
俺はいつものように道端に立っていた。
チュートリアルお兄さん。
旅立つ新人に、捕まえ方を教える役。
説明して、笑って、消える。
それだけの存在。
……だった。
草むらが揺れる。
現れたのは少女。
帽子。
スカート。
元気そうな目。
そして――
こっちを見た瞬間に。
ニヤッと笑った。
俺は嫌な予感がした。
「こんにちは!」
俺は反射的に言った。
「……あ、こんにちは」
少女は言った。
「やっと会えた!」
俺は固まった。
「……は?」
少女は胸を張った。
「私、ヒカリ!」
「よろしくね!」
俺は内心で叫んだ。
(よろしくねじゃない!!!!!!)
そして確信した。
(こいつ、絶対やばいタイプだ)
だがヒカリは、俺の想像よりも遥かに“厄介”だった。
なぜなら――
ヒカリは、最初から俺のことを知っていた。
「ねえ八雲零さん」
俺は息を止めた。
「……なんで俺の名前」
ヒカリは笑った。
「えー?知ってるよ?」
「だって有名じゃん!」
俺は叫びそうになった。
「有名って何でだよ!!!!!!!!!!」
ヒカリは首を傾げる。
「え?」
「だってあなた、いろんな地方にいるし」
「いろんな事件に巻き込まれてるし」
「悪の組織に好かれてるし」
「神と喧嘩してるし」
「スマホで変な連絡帳持ってるし」
俺は固まった。
情報量が多い。
多すぎる。
俺は震えながら言った。
「……どこで知った」
ヒカリはにっこり笑った。
「噂!」
俺は叫んだ。
「噂で済む内容じゃねぇ!!!!!!!!!!」
ヒカリルートの特徴。
それは。
ヒカリが“距離感”を間違えないことだ。
ハルカみたいに強引じゃない。
ユウキみたいに優しいだけでもない。
ゴールドみたいに軽くない。
レッドみたいに無言でもない。
ヒカリは――
適切な距離で、確実に追い詰めてくる。
俺が逃げても、追わない。
でも。
逃げた先に、必ずいる。
ある日。
俺はポケモンセンターで休んでいた。
ヒカリが隣に座った。
普通に。
自然に。
そして、さらっと言った。
「ねえ、八雲さん」
「そのスマホ、見せて」
俺は即答した。
「嫌」
ヒカリは頷いた。
「うん、そりゃ嫌だよね」
俺は拍子抜けした。
「……分かるのかよ」
ヒカリは笑った。
「分かるよ」
「見られたら困るもの、あるでしょ」
俺は心の中で泣いた。
(この子、理解が早すぎる……)
ヒカリは続けた。
「でもさ」
「困るってことは、困ってるんでしょ?」
俺は固まった。
「……は?」
ヒカリはさらっと言った。
「相談して」
俺は言葉を失った。
それから、ヒカリは何も聞かない。
連絡帳のことも。
悪の組織のことも。
アルセウスのことも。
全部。
なのに、何故か。
俺が困った瞬間だけ現れる。
まるで。
俺の感情を追跡しているみたいに。
ある日。
俺が道端で座り込んでいた。
連絡帳を見て、ため息をついていた。
ヒカリが隣に座った。
「……疲れてる?」
俺は言った。
「疲れてない」
ヒカリは即答した。
「嘘」
俺は黙った。
ヒカリは、空を見ながら言った。
「八雲さんってさ」
「ほんとは優しいよね」
俺は笑った。
「……どこが」
ヒカリは言った。
「だって」
「嫌なら全部切ればいいのに」
「切らないじゃん」
俺は心臓が跳ねた。
ヒカリは続けた。
「たぶん八雲さん」
「誰かが困るのが嫌なんでしょ?」
俺は、言い返せなかった。
ヒカリは笑った。
「ねえ」
「八雲さんって、チュートリアルお兄さんなんだよね?」
俺は頷いた。
「ああ……そうだよ」
ヒカリは言った。
「じゃあさ」
「私のチュートリアルも、してよ」
俺は苦笑した。
「……もう捕まえ方くらい知ってるだろ」
ヒカリは首を横に振った。
「違うよ」
「人生の方」
俺は凍った。
「……は?」
ヒカリは笑った。
「私さ、旅に出たけど」
「なんかずっと不安で」
「でも八雲さん見てると」
「不思議と落ち着くんだよね」
俺は震えた。
(この子、無自覚で刺してくる……)
ヒカリルート中盤。
事件は、シンオウ名物。
ギンガ団。
アカギ。
ディアルガとパルキア。
世界の崩壊。
いつもの地獄。
俺は頭を抱えた。
「……また世界が終わる系かよ」
ヒカリは言った。
「行こう」
俺は驚いた。
「怖くないのか?」
ヒカリは笑った。
「怖いよ」
俺は言った。
「じゃあなんで」
ヒカリは真剣な顔で言った。
「怖いけど」
「八雲さんが一人で行く方が、もっと怖い」
俺は言葉を失った。
ヒカリは続けた。
「私、知ってるよ」
「八雲さんって、なんか」
「一人で勝手に消えそうな人」
俺は喉が詰まった。
ヒカリは静かに言った。
「消えないで」
俺は視線を逸らした。
「……消えねぇよ」
ヒカリは言った。
「嘘」
俺は黙った。
そして終盤。
アルセウスが降りる。
空が裂ける。
世界が止まる。
俺は叫んだ。
「……またお前か!!!!!!!!!!」
アルセウスが言う。
『零』
『お前は選べ』
『神になるか、呪いに戻るか』
俺は苦笑した。
「またその二択かよ」
ヒカリが俺の隣に立つ。
そして、アルセウスを見上げて言った。
「神様」
アルセウスが沈黙する。
ヒカリは続けた。
「八雲さん、もう十分頑張ったよ」
俺は息を止めた。
ヒカリは、穏やかに言った。
「だから、もういいでしょ」
「返してあげて」
俺は震えた。
ヒカリの言葉は、ユウキみたいに強くない。
ハルカみたいに無茶じゃない。
ただ。
当たり前のことを言ってるだけ。
でも。
それが一番強かった。
アルセウスが言った。
『……人間は、身勝手だ』
ヒカリは笑った。
「そうだよ?」
「だから、神様も身勝手でいいじゃん」
俺は思った。
(発想が柔らかすぎる……)
ヒカリは続けた。
「八雲さんのこと」
「面白いって思ったんでしょ?」
「だから呪い続けてるんでしょ?」
アルセウスが沈黙する。
図星だ。
ヒカリは言った。
「だったらさ」
「最後まで責任取ってよ」
俺は叫んだ。
「それ俺が言うセリフだろ!!!!!!!!!!」
ヒカリは笑った。
「私が言うの」
アルセウスがため息をついた。
『……お前は、零に似ている』
ヒカリは首を傾げた。
「え?似てないよ?」
アルセウスは言った。
『似ている』
『優しさを、呪いに変えるところが』
俺は息を止めた。
ヒカリは、少しだけ表情を曇らせた。
「……それ、褒めてないよね」
アルセウスが言った。
『褒めてはいない』
『だが認めよう』
そして、光が降りた。
世界が揺れる。
俺のスマホが震える。
連絡帳が開く。
新規登録。
【ヒカリ:固定】
俺は叫んだ。
「固定ってなんだよ!!!!!!!!!!」
ヒカリは目を輝かせた。
「え!?なにそれ!」
俺は叫ぶ。
「俺が聞きたい!!!!!!!!!!」
だがヒカリは、スマホを覗き込んで。
静かに笑った。
「……ねえ、八雲さん」
「私、消えないよ」
俺は固まった。
ヒカリは続けた。
「あなたが逃げても」
「世界が変わっても」
「スマホ変えても」
「私は、いる」
俺は喉が乾いた。
ヒカリは言った。
「だって固定だもん」
俺は呟いた。
「……最悪だ」
ヒカリは笑った。
「うん、最悪だね」
そして。
手を握ってきた。
当たり前みたいに。
俺は驚いて、振りほどこうとした。
だがヒカリは離さない。
力は強くないのに。
なぜか、逃げられない。
ヒカリは言った。
「八雲さん」
「一人で全部背負うの、やめよ」
俺は震えた。
「……でも」
ヒカリは言った。
「私、手伝うから」
俺は苦笑した。
「……お前、主人公だな」
ヒカリは笑った。
「そうだよ」
「だから、八雲さんの世界も救う」
俺は目を閉じた。
そして、諦めた。
このルートだけは。
逃げるんじゃなくて。
”支えられる”ことを受け入れないといけない。
そういうルートだ。
最後。
旅の途中。
夜の湖。
ヒカリが隣で言った。
「ねえ」
「零ってさ」
「誰かに好きって言われたこと、ある?」
俺は咳き込んだ。
「ぶっ……!」
「急に何聞いてんだよ!」
ヒカリは笑う。
「えへへ」
俺は言った。
「……ない」
ヒカリは静かに言った。
「じゃあ、最初に言うね」
俺は固まった。
ヒカリは。
当たり前みたいに。
まっすぐ見て。
笑って。
「好きだよ」
俺は声が出なかった。
ヒカリは言った。
「大丈夫」
「返事は急がなくていいよ」
そして立ち上がり、湖を見つめた。
「でもね」
「零が逃げても」
「私は固定だから」
俺は叫んだ。
「最後にそれ言うな!!!!!!!!!!」
ヒカリは笑った。
「えへへ」
その笑顔は、太陽みたいで。
なのに、妙に怖かった。
俺は思った。
(この子、ハルカより怖いかもしれない)
だが同時に。
救われた気もした。
逃げられないのに。
息ができる。
そんな矛盾。
それがヒカリルート。
ヒカリルート 完
(※このルートの八雲零は「固定」という名の救済と呪いを同時に背負う)