――このルートは、地味に一番危険だ。
なぜなら。
メイは騒がない。
怒鳴らない。
追いかけない。
泣き落としもしない。
ただ静かに、当たり前みたいに――
八雲零の人生を乗っ取る。
イッシュ地方。
サンヨウシティ。
俺はポケモンセンターの端で、死んだ目をして座っていた。
「……暑い」
いや、暑いとかじゃない。
人生が。
スマホの連絡帳が。
呪いが。
悪の組織が。
神が。
全部。
暑苦しい。
そんな俺の前に、影が差した。
見上げる。
そこにいたのは少女。
茶髪。
帽子。
おっとりした雰囲気。
そして、優しい笑顔。
――メイ。
俺は思った。
(あ、終わった)
メイはニコッと笑った。
「こんにちは」
俺は反射的に言った。
「あ、こんにちは」
メイは言った。
「八雲さんですよね」
俺は固まった。
「……なんで知ってる」
メイは微笑んだ。
「知ってます」
俺は震えた。
(トウコより怖いタイプだこれ)
メイルートの特徴。
それは。
メイが「詰めない」ことだ。
詰めないのに、逃げられない。
メイは、ただ隣に座る。
それだけ。
でもその隣が、妙に心地いい。
俺が黙ってても、メイは黙ってる。
俺がため息ついても、メイは何も言わない。
ただ。
お茶を差し出す。
パンを半分くれる。
日陰を譲る。
荷物を持つ。
その優しさが、逆に怖い。
俺は言った。
「……お前、何が目的だ」
メイは首を傾げた。
「目的?」
俺は言う。
「そう」
メイは微笑んだ。
「八雲さんが、元気になることです」
俺は思った。
(こわ)
数日後。
俺は気づいた。
メイは俺の予定を把握している。
俺が次に行く町。
俺が寄るジム。
俺が事件に巻き込まれるタイミング。
全部。
そしてメイは、先回りして待っている。
俺はある日、問い詰めた。
「……おい」
メイは振り向く。
「はい?」
俺は言った。
「なんで俺の行動が分かるんだ」
メイは少しだけ目を細めた。
「八雲さん、分かりやすいですから」
俺は叫んだ。
「分かりやすいわけあるか!!!!!!!!!!」
メイは穏やかに言った。
「困ったら逃げようとするし」
「逃げたら、また困るところに行くし」
俺は固まった。
図星すぎた。
メイは続けた。
「だから、見てれば分かります」
俺は呟いた。
「……監視じゃねぇか」
メイは微笑んだ。
「見守りです」
俺は震えた。
(言い換えが上手すぎる)
ある日。
俺がスマホを落とした。
連絡帳が開く。
いつもの地獄。
女、女、女、女。
悪の組織、神、伝説、主人公。
メイはそれを見た。
だが。
驚かなかった。
引かなかった。
怒らなかった。
ただ。
少し寂しそうな顔をした。
俺は青ざめた。
「……違うんだ」
メイは言った。
「うん」
俺は固まった。
「……信じるのか?」
メイは頷いた。
「信じます」
俺は震えた。
「なんでだよ」
メイは静かに言った。
「だって」
「八雲さんの目、嘘つけない目だから」
俺は思った。
(やめろ、そういうの)
メイはスマホを拾って、丁寧に返した。
「これ、重いですね」
俺は呟いた。
「……ああ」
メイは言った。
「重いなら」
「私も持ちます」
俺は言った。
「持てるわけないだろ」
メイは微笑んだ。
「持てますよ」
俺は、嫌な予感がした。
その夜。
俺のスマホが勝手に震えた。
通知。
連絡帳更新。
画面を見る。
【メイ:共同管理者】
俺は叫んだ。
「誰が許可した!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
メイは隣でお茶を飲みながら言った。
「アルセウスさんです」
俺は叫んだ。
「お前ら勝手に話進めんな!!!!!!!!!!」
メイは首を傾げた。
「八雲さん、大変そうだったので」
俺は言った。
「大変そうだったからって管理者権限渡すな!!」
メイは微笑んだ。
「大丈夫です」
「全部、整理しましたから」
俺は凍った。
「……整理?」
メイはスマホを操作して見せた。
連絡帳の一覧。
そこには。
見覚えのある名前が。
カテゴリ分けされていた。
【危険:神】
・アルセウス
・ギラティナ
・ディアルガ
・パルキア
【危険:犯罪】
・サカキ
・アカギ
・マツブサ
・アオギリ
・グズマ
【危険:女】
・カミツレ
・フウロ
・ナンジャモ
・リーフ
・セレナ
【比較的安全】
・ユウキ
・ゴールド
・レッド(※危険)
【要注意(情緒)】
・トウコ
【私】
・メイ
俺は叫んだ。
「分類が冷静すぎて怖い!!!!!!!!!!」
メイは穏やかに言った。
「効率が大事です」
俺は震えた。
(この子、感情で動いてないのに好意だけは本物だ……)
そしてメイは言った。
「八雲さん」
「これから、連絡帳は私が管理します」
俺は叫んだ。
「なんでだよ!!!!!!!!!!」
メイは微笑んだ。
「八雲さんが持つと、増えるから」
俺は言葉を失った。
メイは続けた。
「だから」
「八雲さんは、旅だけしててください」
俺は呟いた。
「……俺、何もしてねぇのに」
メイは頷いた。
「そうです」
俺は震えた。
(優しい口調で言うことじゃねぇ)
中盤。
プラズマ団が動く。
Nが現れる。
レシラムとゼクロム。
そしてキュレム
世界が揺れる。
俺は頭を抱えた。
「……また世界が終わる系か」
メイは静かに言った。
「大丈夫です」
俺は言った。
「何がだよ」
メイは微笑んだ。
「八雲さんが終わらないように、私がいます」
俺は、少しだけ安心してしまった。
それが一番まずい。
決定的な事件。
Nが言った。
「君は、何者なんだ」
俺が答えようとした瞬間。
メイが一歩前に出た。
「彼は、私の大切な人です」
俺は固まった。
「は???」
Nも固まった。
プラズマ団も固まった。
レシラムも固まった。
俺は叫んだ。
「待て待て待て待て!!!!!!!!!!」
メイは振り返り、穏やかに言った。
「違いました?」
俺は言葉を失った。
否定できなかった。
メイは微笑んだ。
「よかった」
俺は叫んだ。
「何がよかったんだよ!!!!!!!!!!」
終盤。
アルセウスが降りる。
空が裂ける。
神の圧。
俺は叫んだ。
「またかよ!!!!!!!!!!」
アルセウスが言う。
『零』
『お前は選べ』
『神になるか、呪いに戻るか』
俺はため息をついた。
「もうその二択飽きた」
メイは一歩前に出た。
そして静かに言った。
「神様」
『……何だ』
メイは穏やかに言う。
「八雲さんは、もう十分です」
『……運命だ』
メイは微笑んだ。
「運命なら」
「私が、書き換えます」
俺は凍った。
「……は?」
アルセウスが沈黙した。
メイは続ける。
「八雲さんは、チュートリアルお兄さんなんですよね」
「なら」
「誰かの旅立ちを支えるために生まれたんですよね」
アルセウスが言う。
『そうだ』
メイは言った。
「じゃあ、私が旅立つ側じゃなくて」
「支える側になります」
俺は叫んだ。
「主人公が何言ってんだよ!!!!!!!!!!」
メイは振り返り、俺に微笑んだ。
「八雲さんは、もう支えるだけでいいです」
「守るのは、私がやります」
俺は、言葉が出なかった。
アルセウスが、初めて静かに笑った。
『……良い』
『この娘を、お前の“対”としよう』
光が降りる。
スマホが震える。
画面に表示された。
【メイ:対(つい)】
俺は叫んだ。
「対ってなんだよ!!!!!!!!!!」
メイは笑った。
「運命の相手、ってことです」
俺は叫んだ。
「解釈が重い!!!!!!!!!!」
最後。
夜のポケモンセンター。
俺が椅子に座っていると、メイが隣に座った。
静かな時間。
うるさくない。
追い詰めない。
詰めない。
でも逃げられない。
メイは小さく言った。
「八雲さん」
「もう大丈夫ですよ」
俺は呟いた。
「……何が」
メイは微笑んだ。
「あなたが一人にならないことです」
俺は息を吐いた。
「……お前、怖いな」
メイは首を傾げた。
「そうですか?」
俺は頷いた。
「うん、怖い」
メイは微笑んだ。
「じゃあ、怖くないようにします」
そして。
そっと肩にもたれた。
その重さは、軽かった。
でも。
呪いより重かった。
優しさという名の。
逃げ道のない鎖。
俺は思った。
(このルート、救済に見えて、完全に捕まってる)
メイは静かに囁いた。
「これからも」
「一緒にいましょうね」
俺は、諦めたように笑った。
「……はいはい」
メイは微笑んだ。
「返事、しましたね」
俺は叫んだ。
「今の返事扱いなのかよ!!!!!!!!!!」
メイは笑った。
「うん」
その笑顔が、あまりにも優しくて。
俺は逃げるのをやめた。
メイルート 完
(※このルートの八雲零は「優しさ」によって完全に囲い込まれる)