――このルートは、優しい。
優しい言葉がある。
優しい距離がある。
優しい時間がある。
そして何より。
優しさが、いちばん残酷になる。
なぜならアオイは。
明るくて。
可愛くて。
ちょっと生意気で。
どこにでもいる学生みたいで。
……なのに。
「人の痛み」にだけ、異常に敏感だから。
その目は、嘘を見抜く。
その声は、逃げ道を塞ぐ。
その笑顔は、言い訳を許さない。
アオイルートは。
救いじゃない。
諦めの終着点だ。
パルデア地方。
オレンジアカデミー。
夕方。
俺は門の前で膝に手をついていた。
「はぁ……はぁ……」
やっと着いた。
暑い。
坂きつい。
人生もしんどい。
俺が息を整えていると、後ろから声がした。
「……あれ?」
振り返る。
そこにいたのは、制服姿の少女。
茶色っぽい髪。
快活そうな顔。
そして、好奇心が詰まった瞳。
アオイ。
俺は反射的に言った。
「……あ、こんにちは」
アオイは首を傾げた。
「こんにちは!……っていうか、誰?」
俺は固まった。
(え、知られてない?)
ここまで来て、初めての「普通の反応」。
俺は少し泣きそうになった。
「……俺は八雲零」
アオイは言った。
「へー!レイね!」
軽い。
軽すぎる。
俺は思った。
(助かる……)
だが次の瞬間。
アオイはニコッと笑って言った。
「なんかさ、めっちゃ疲れてない?」
俺は凍った。
(出た)
俺の心を刺す、パルデア式の直球。
アオイルートの特徴。
それは。
アオイが「放っておけない」タイプではなく。
放っておくという選択肢を持ってないタイプなことだ。
ユウリは捕獲する。
ショウは守りたくなる。
アオイは――
「普通に寄り添う」。
だからこそ。
逃げられない。
アオイは言った。
「ねえ、今日さ」
「学園案内してあげよっか?」
俺は言った。
「いや、大丈夫」
アオイは言った。
「えー?いいじゃん!」
俺は言った。
「いや、俺、旅人だし」
アオイは言った。
「旅人ってことは観光でしょ?」
「案内必要じゃん!」
俺は思った。
(この子、理屈が強い)
アオイは言った。
「それとも」
少しだけ声が低くなる。
「誰かと話すの、嫌?」
俺は固まった。
その言葉。
それは質問じゃない。
確認だ。
俺が避けてることを、もう見抜いてる。
俺は誤魔化すように言った。
「……嫌じゃない」
アオイは笑った。
「じゃあ決まり!」
俺は思った。
(詰んだ)
学園の廊下。
アオイは楽しそうに歩く。
「ここが図書室!」
「ここがバトルコート!」
「ここが購買!」
「ここのパン、めっちゃ美味しいよ!」
俺はぼんやり頷きながら歩いていた。
その途中。
アオイが急に立ち止まる。
「……ねえ」
俺は言った。
「ん?」
アオイは言った。
「レイってさ」
「ほんとは、全然楽しんでないでしょ」
俺は止まった。
心臓が、変な音を立てた。
俺は笑おうとした。
「何言ってんだよ」
アオイは言った。
「笑ってるのに、目が笑ってない」
俺は、言葉が出なかった。
アオイは言った。
「そういうの、分かるんだよね」
俺は思った。
(こいつ、厄介だ)
優しさが厄介だ。
俺を責めない。
でも逃がさない。
その夜。
学園の中庭。
星が綺麗だった。
アオイはベンチに座って、足をぶらぶらさせながら言った。
「レイさ」
俺は言った。
「……何」
アオイは言った。
「ポケモン強いんでしょ?」
俺は言った。
「まあ……強い方だな」
アオイは笑った。
「やっぱり!」
俺は言った。
「なんで分かる」
アオイは言った。
「なんとなく」
「強い人って、強い顔してる」
俺は苦笑した。
「何それ」
アオイは続けた。
「でもさ」
「強い人って、だいたい孤独じゃん」
俺は固まった。
アオイは言った。
「レイも、孤独でしょ」
俺は言った。
「……違う」
アオイは言った。
「ううん」
「違わない」
俺は、黙った。
否定できなかった。
数日後。
事件が起きた。
スター団?
いや、違う。
ロケット団だ。
しかも。
もっとやばい。
レインボーロケット団。
そして何故か。
俺が巻き込まれている。
俺は頭を抱えた。
「……なんでここにいるんだよお前ら」
サカキの声がスマホから響く。
『君なら分かるだろう?』
俺は叫んだ。
「分かりたくねぇ!!!!!!!!!!」
その隣で、アオイが腕を組んで言った。
「え、なにこれ」
「普通に犯罪じゃん」
俺は言った。
「そうだよ」
アオイは言った。
「通報しよ」
俺は叫んだ。
「できたらしてる!!!!!!!!!!」
アオイはスマホを覗き込む。
連絡帳。
悪の組織。
伝説。
神。
呪い。
全部。
全部が詰まった、俺の地獄。
アオイは数秒沈黙して。
そして言った。
「……レイさ」
俺は言った。
「見るなって言っただろ」
アオイは静かに言った。
「これ」
「全部、レイが背負ってるの?」
俺は答えられなかった。
アオイは言った。
「……ばかじゃん」
俺は思った。
(怒られるのか)
アオイは続けた。
「なんで一人でやってんの」
俺は、視線を逸らした。
アオイは言った。
「レイが悪いんじゃないよ」
「でもさ」
声が震えていた。
「レイが一人で抱えたら、レイが壊れるじゃん」
俺は、何も言えなかった。
その言葉が、優しすぎて。
優しさが、痛すぎた。
そして。
アルセウスが降りた。
空が割れた。
世界が止まった。
俺は叫んだ。
「てことでよろ。アルセウス」
アルセウスが言う。
『零』
『お前は選べ』
『神になるか、呪いに戻るか』
俺は笑った。
「はいはい、いつものね」
アオイが前に出た。
「……ねえ」
アルセウスが沈黙する。
アオイは言った。
「神様ってさ」
「暇なの?」
俺は吹き出しそうになった。
アルセウスが言う。
『……何?』
アオイは言った。
「この人、こんなにボロボロなのに」
「まだ遊ぶの?」
俺は息を止めた。
アオイは続けた。
「それって神じゃなくて、いじめじゃん」
アルセウスが沈黙した。
俺は思った。
(こいつ……言いやがった)
アオイは、目を逸らさずに言った。
「レイを返して」
俺は固まった。
アルセウスが言う。
『返す?』
アオイは頷いた。
「うん」
「この人の人生を、返して」
アルセウスが静かに言った。
『……ならば、代わりにお前が背負うか?』
アオイは言った。
「いや」
即答だった。
俺は驚いた。
アオイは続けた。
「私が背負ったら意味ないじゃん」
「レイが背負う必要もない」
アルセウスが沈黙する。
アオイは言った。
「神様」
「ゲームみたいに人を動かすの、やめなよ」
俺は思った。
(パルデア、正論の暴力すぎる……)
アルセウスが言った。
『……面白い』
光が降りる。
スマホが震える。
連絡帳が更新される。
【アオイ:日常】
俺は呟いた。
「……日常?」
アオイは笑った。
「いいじゃん!」
「レイに必要なの、それでしょ?」
俺は、胸が痛くなった。
日常。
それは俺が、ずっと失っていたもの。
そして。
アオイはそれを、当たり前みたいに差し出してきた。
最後。
夕暮れの校庭。
アオイは言った。
「レイ」
俺は言った。
「……なんだよ」
アオイは笑った。
「もう、どこにも行かなくていいよ」
俺は固まった。
アオイは続ける。
「旅とか、神とか、呪いとか」
「そんなの知らない」
「レイは、ここにいればいい」
俺は苦笑した。
「……それは無理だろ」
アオイは首を傾げた。
「なんで?」
俺は言った。
「俺は……」
言葉が詰まる。
アオイは、静かに言った。
「逃げてもいいよ」
俺は驚いた。
アオイは笑った。
「でもさ」
その目は真剣だった。
「帰ってきて」
俺は、息を止めた。
捕獲じゃない。
共犯でもない。
ただの命令でもない。
お願い。
だからこそ。
逃げられない。
俺は呟いた。
「……卑怯だな」
アオイは笑った。
「えへへ」
「そういうの得意なんだよね」
俺は、負けた。
完全に。
このルートは。
世界を救う話じゃない。
神を倒す話でもない。
ただ。
俺が「帰る場所」を得る話だ。
それが一番怖い。
一番嬉しい。
そして。
一番救われる。
アオイルート 完
(※このルートの八雲零は「日常」という名の救済に捕まる)