――このルートは、甘い。
甘い匂いがする。
ふわふわしてる。
可愛い。
守りたくなる。
そして。
気づいたら守られている。
コトネはそういう女だ。
元気で、明るくて、ちょっと天然で。
なのに、芯が強い。
ジョウトの風みたいに軽くて、あたたかくて。
でも油断すると、心の奥まで入り込んでくる。
このルートは、平和。
平和すぎて怖い。
俺みたいな呪われた男には。
ジョウト地方。
エンジュシティ。
朝。
俺は鳥居の前で伸びをしていた。
「……ふぁ」
静かだ。
平和だ。
幽霊も出ない。
伝説も暴れない。
悪の組織もいない。
最高。
……そう思った瞬間。
「おはよー!!」
後ろから、とんでもなく明るい声がした。
振り返る。
そこにいたのは、少女。
帽子。
元気。
笑顔。
そして、謎の距離の近さ。
コトネ。
俺は固まった。
「……誰」
コトネは目を丸くした。
「えっ!?ひどっ!」
「私だよ私!」
俺は言った。
「知らねぇよ!!!!」
コトネは言った。
「えぇー!?嘘ぉ!」
「絶対どこかで会ってるよ!」
俺は思った。
(会ってたら忘れねぇよこんなやつ)
コトネは俺の周りをぐるぐる回りながら言った。
「ねえねえ、あなた旅してる人?」
俺は言った。
「……まあな」
コトネは笑った。
「やっぱり!」
「なんかね、旅人の匂いする!」
俺は言った。
「匂いって何だよ」
コトネは言った。
「分かるの!」
俺は思った。
(こいつ、勢いで世界を動かすタイプだ)
コトネは急に手を叩いた。
「よし!」
「じゃあ私と一緒にお参りしよ!」
俺は言った。
「なんで」
コトネは言った。
「朝のお参りは運気上がるんだよ!」
俺は呟いた。
「……俺、運気って概念あるのかな」
コトネは笑った。
「あるよ!」
「だって今、私に会えたもん!」
俺は思った。
(ポジティブの暴力だ)
俺は仕方なく神社に入った。
コトネは二礼二拍手一礼を完璧にこなす。
意外と礼儀正しい。
そして手を合わせて、目を閉じて。
真剣に祈っていた。
俺は横目で見て思った。
(……ちゃんとした子なんだな)
祈り終わったコトネが言った。
「ねえ、何お願いしたと思う?」
俺は言った。
「知らねぇよ」
コトネは笑った。
「当ててみて!」
俺は言った。
「……世界平和」
コトネは首を振った。
「違う!」
俺は言った。
「金」
コトネは言った。
「違う!」
俺は言った。
「恋愛」
コトネは少しだけ照れた。
「……ちが、違うよ!」
俺は言った。
「図星か」
コトネはぷんすかしながら言った。
「違うってばー!」
そして、顔を上げて言った。
「あなたが、元気になりますように」
俺は固まった。
「……は?」
コトネは笑った。
「だって、なんか元気なさそうだったから!」
俺は思った。
(やばい)
この子、直球で善意投げてくる。
防御不能。
その日から。
コトネは俺に付きまとった。
いや、付きまといじゃない。
「当然」みたいに隣にいる。
コトネは言う。
「ご飯食べた?」
「眠れてる?」
「ポケモン元気?」
「ねえバトルしよ!」
「ねえ観光しよ!」
「ねえ写真撮ろ!」
俺は叫んだ。
「お前はイベントNPCか!!!!」
コトネは笑った。
「えへへ!」
「たぶんそう!」
俺は思った。
(自覚あるの最悪だな)
でも。
気づいたら。
俺は笑っていた。
朝起きて。
飯食って。
歩いて。
戦って。
休んで。
普通の旅。
普通の生活。
俺がずっと奪われてきたもの。
それをコトネは、当たり前みたいに押し付けてくる。
押し付けてくるのに、嫌じゃない。
むしろ。
心地いい。
それが怖かった。
ある夜。
エンジュの灯りが静かに揺れる中。
俺はベンチに座っていた。
コトネは隣で足をぶらぶらさせて言った。
「ねえ」
俺は言った。
「なんだよ」
コトネは言った。
「あなたってさ」
「ほんとはめっちゃ強いんでしょ」
俺は言った。
「……まあな」
コトネは言った。
「チャンピオン?」
俺は言った。
「……元チャンピオン」
コトネは目を輝かせた。
「えええ!?すごい!!」
俺は言った。
「すごくねぇよ」
コトネは言った。
「すごいよ!」
「だって、普通の人じゃなれないじゃん!」
俺は思った。
(普通の人に戻りたいんだよ俺は)
でも言えなかった。
コトネがあまりにもまっすぐだから。
その時。
スマホが震えた。
連絡帳。
嫌な予感。
俺は顔をしかめた。
「……来た」
コトネが覗き込む。
「なになに?」
俺は言った。
「見るな」
コトネは言った。
「えー!だめ?」
俺は言った。
「だめ」
コトネは少しだけ頬を膨らませた。
「……じゃあさ」
「見ないから、教えて」
俺は固まった。
コトネは言った。
「あなたが一人で苦しむの、嫌だよ」
俺は言葉を失った。
この子。
馬鹿みたいに明るいのに。
核心だけは外さない。
俺は小さく息を吐いて言った。
「……悪の組織とか、神とか、呪いとか」
コトネは数秒固まった。
「……え?」
俺は言った。
「そういうやつ」
コトネは言った。
「……冗談?」
俺は言った。
「冗談なら良かったな」
コトネはしばらく黙って。
そして。
笑った。
「えへへ」
俺は言った。
「何笑ってんだよ」
コトネは言った。
「だって、すごいじゃん!」
俺は叫んだ。
「すごくねぇよ!!!!!!!!!!」
コトネは言った。
「すごいよ!」
「でもさ」
少しだけ、声が優しくなる。
「大変だったね」
俺は固まった。
その言葉。
それが欲しかった。
称賛じゃない。
理解じゃない。
ただ。
「大変だったね」
それだけ。
その夜。
コトネは俺の隣で言った。
「ねえ、約束して」
俺は言った。
「……何を」
コトネは真剣に言った。
「一人で死なないで」
俺は息を止めた。
死なないで。
そんな言葉、久しぶりに聞いた。
俺は苦笑した。
「……大げさだろ」
コトネは首を振った。
「大げさじゃない」
「だってあなた、無理しそうだもん」
俺は思った。
(当たりだよ)
コトネは言った。
「だから」
「私が隣にいる!」
俺は言った。
「……なんでそこまで」
コトネは笑った。
「だって、私がそうしたいから!」
俺は呟いた。
「……勝てねぇ」
コトネは笑った。
「勝たなくていいよ!」
俺は思った。
(このルート、ずるいな)
戦いがない。
事件がない。
修羅場がない。
ただ、日常で心を削り取られる。
優しさで。
まっすぐさで。
太陽みたいな笑顔で。
最後。
朝。
神社の前。
コトネが振り返って言った。
「ねえ、零!」
俺は言った。
「……なんだよ」
コトネは笑った。
「今日も生きててくれてありがと!」
俺は固まった。
そして。
少しだけ笑った。
「……お前、ほんと意味わかんねぇ」
コトネは言った。
「えへへ!」
「でも、そういうのがいいんだよ!」
俺は思った。
(ああ、終わった)
このルート。
俺は救われる。
強さでもなく。
神の気まぐれでもなく。
ただ。
元気な女の子の「当たり前」で。
コトネルート 完
(※このルートの八雲零は、ジョウトの太陽に焼かれて、呪いごと溶かされる)