3級フィクサーパンチ   作:アリマリア

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DAY 0
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「こんにちは、X。

 ロボトミー社への入社を、心より歓迎します」

 

 そう声をかけられて、俺は目の前にいる女を見た。

 

 海と空を熔かしたような色合いの、サイドテールに結われた長い髪。

 血が通っていないのではないかと思える、蒼白の顔色。

 高い知能を感じさせる、鈴の鳴るような声音。

 スーツを身に纏うグラマラスな体型に、ぴっちりと前で揃えられた手。

 

 実に美しい造形のように思える。

 数学的に見て、あらゆる比率が完璧だ。目測でも分かる程に。

 

 まるで()()()()()を反映したかのような、完璧な容姿。

 

 それに、何故か俺は苛立ちと嫌悪感、そして……何か、不可思議な感情の揺らぎを感じた。

 

 

 

 しかし、そんな私心は、表に出す必要のないものだ。

 

 俺は都市の翼の一つであるL社……ロボトミー社にスカウトされた。

 それも、本社施設の管理人という、非常に重い責任ある立場に。

 

 立場のある人間に、余計な我は必要ない。

 個人的な感情も、胸から込み上げる衝動も、表に出す意味はない。

 

 俺はただ、為すべきことを為せばいい。

 為さなければ、ならないのだ。

 

「君は」

 

 目の前の女に問えば、彼女はすらすらと、まるで台本でも読み上げるように答えた。

 

「私は、あなたがより快適に我が社に適応できるようサポートするアシスタントであり、話し相手であり、秘書を務めます、AIのアンジェラと申します」

「……AIか。人工知能倫理改正案がある以上、AIに人の形を取ることは許されないはずだが」

「ご存知なのですね。ええ、私の存在は本来許容されないものです。

 ですが、我々のような翼にとって何より優先されることは、特異点を用いた都市の発展。そこで経る過程など、大きな意味を持たないとは思いませんか?

 もっとわかりやすく言えば、本社管理人たるあなたの秘書には、AIによる効率的な管理能力と、人間的なコミュニケーション能力の両立が求められるのです。必要不可欠な選択とお思いください」

「…………」

 

 到底、理解できる話ではなかった。

 

 企業としての必要性。あるいは個人に対する必要性。

 それは到底、頭の下した判断に逆らい、人の形のAIを作る理由にはならない。

 

 そんなことをする者がいるのなら、相当な気狂いだけだろう。

 

 ……が、しかし。

 

 俺はこれから、L社で働く歯車の一つになる。

 余計なことを考え、回転を妨げる歯車など、廃棄・交換されるだけ。

 何も見なかった、知らなかったことにし、自身のタスクに集中するのが正しい判断だろう。

 

 

 

「さて、管理人。私の自己紹介も済みましたが、他に質問はありますか?」

「ない。俺のこなすべきタスクと必要情報を提示しろ」

「……仕事熱心な方で、とても助かります」

 

 AIは一つ頷き、眼前のモニターにいくつかの情報を表示した。

 

 L社……現Lobotomy社は、都市に26ある大企業、翼の内の一つ。

 その役割は、都市で消費される膨大なエネルギーの生産だ。

 どのような特異点を用いてかは知らされていないが、現L社はかなりの好条件で、凄まじい量のエネルギーを各社各所へと売っているらしい。

 

 その管理人となれば、俺に求められるのは施設整備や職員の勤怠管理か……。

 あるいは、この会社で用いられる特異点の管理か。

 

 前者であればまだしも、後者であれば、俺の知らない知識やタスクの記憶が必要になるだろう。

 

 余分なことは考えず、とにかくまずは、管理人として必要な知識を頭に詰め込む。

 俺にとって最優先のタスクはそれになるはずだったが……。

 

 

 

「ではこれより、L社での業務のチュートリアルを……。

 ……いえ、少々お待ちください。どうやら紹介すべきAIの一人が、あなたに面会を要求しているようです」

「他にもAIを使っているのか」

「はい。私は非常に優れたAIですが、この会社の創始者たるAは、広大なL社全体を隅々まで統制することは困難だと判断しました。

 現在この施設には、私の他に9つの各部門に1人ずつ、そしてそれらの()()()1()()、合計10のAIを配置しています」

 

 成程、実に合理的だ。人型のAIを製作した者の判断とは思えないくらいに。

 恐らく……いいや、確実に、それらは別人なのだろう。

 

 そして「管理人」という存在の必要性も、これで透けたと言っていい。

 10のAIによる判断の、最終的な確認・承認のためにいるのが自分なのだ。

 

 今、その内の1つが、俺に紹介を求めている。

 であれば、受けない選択肢はなかった。

 

「構わない。連れて来い」

「承知しました。少々お待ちくだ……」

 

 

 

 その時。

 

 不意に、俺のいる部屋──管理人室のドアが、ノックされた。

 

 AIはそれを聞き、眉をひそめ、軽くため息を吐いた。

 ……どうやら、高等な感情表現プログラムまで組まれているらしい。

 

「全く、本当に言うことを聞かない。

 すみません、X。どうやらそのAIが到着したようです」

 

 AIが命令を聞かないのはどうかとは思うが……それもプログラムの内か。

 どちらにしろ、これから会う相手だ。むしろ時間の節約になったと言っていいだろう。

 

「入れ」

 

 俺は入室を促す言葉を告げたのだが……。

 

 ……どういう訳か、数秒の沈黙が流れる。

 

 そして、再びノック。今度は先程よりも些か強い、乱暴なものだ。

 

「すみません」

 

 くぐもって聞き取り辛いが、男性らしく聞こえる声だった。

 AIには生物的な性別はないはずだが……どうやらこの会社は、余程AIに人の皮を被せたがっているらしい。

 

「どうぞ」

 

 聞こえなかったかと、俺は先程より大きな声を発するが……。

 やはり向こうから返って来たのは、数秒間の沈黙だけ。

 

 これだけノックの音が響くのなら、そう分厚い扉でもあるまい。

 確かに向こうには聞こえているはずなのだが。

 

「……仕方がない」

 

 声による誘導を諦めて、立ち上がり、扉を開けようとしたところで……。

 

 

 

「開けろ!!

 パスセフィラ市警だ!!!」

 

 

 

 そんな、意味不明な言葉と共に、管理人室の扉が蹴破られた。

 

 

 

 ……へし折れて吹っ飛んだ、扉のあった先。

 そこには、一人の青年の形をしたAIが立っていた。

 

 想定された外見年齢は、20代中盤だろうか。

 いくつか赤の差し色が入った、燃え殻のような灰のロングウルフヘアー。

 AIとは思えないくらい生気に満ちた、キラキラと輝く同色の瞳。

 かなり整ったように見える中性的な美貌に、ボディラインの出ないラフなジャケットとデニム。

 

 前もって声を聞いていなければ、あるいは女性と勘違いしたかもしれない。

 そう思わせる程、美しい造形のAIだった。

 

 

 

 視界の端で、AI──他にも多数存在するのなら個別の呼称が必要か──アンジェラの、先程まで閉じられていたまぶたが開く。

 どこか神秘性を感じる冷ややかな琥珀の瞳が、向こうのAIに向けられた。

 

 そんな冷たい反応も当然だろう。

 まさか管理人室──つまりは仕えるべき人間の部屋──のドアを蹴破るとは、一体どういう了見か。

 

 俺がそれを問い詰めるべく、声を出す直前。

 中性的なAIが、とても楽しそうな笑顔を浮かべ、口を開く。

 

「やあ管理人! 僕はコナー!」

「……そうか」

 

 なんとも元気な声に、思わず鼻白んで追及を忘れてしまう。

 あちらから一方的に、ぐいぐいと距離を詰めて来る……有体に言って、苦手なタイプの相手だ。

 

 

 

 酷くテンションの高いAIコナーに、あるいは追及を止めた俺に対し、呆れたようにため息が響く。

 

「ダァト、違うでしょう。管理人に誤った情報を与えないように。

 管理人、彼の名前はコナーではなく、ダァトです。ほら、きちんと自己紹介しなさい」

「怒られちゃった! はいはーい、エラ」

 

 取りなすような言葉を受けて、どこかふざけた様子だったコナー、改めダァトは姿勢を正し。

 

 その灰の瞳を俺に向けて、言った。

 

 

 

「改めて、俺はコナー、もといダァト。

 各部門を繋ぐ通路(パス)担当AI(セフィラ)だ」

 

「このロボトミー本社において、部門間での情報の整理統合伝達、職員の円滑な移動、物資の搬入、諍いが発生した際の中立的折衝、他清掃作業や各種調整、鎮圧時のサポートなどを担当している」

 

「……要は、みんなから良いように使われる雑用係ってわけだな!

 部門職員も広さと業務に対してクッソ少ないし、この辺は我が上司に異論を挟みたいところだが」

 

 どこか気の抜ける口調のダァトは、「ちらっちらっ」とわざわざ口で述べ、アンジェラを見やるが……。

 それは変わらず、冷ややかな視線と言葉を投げ返すばかりだ。

 

「社の規定に沿った、適切な配分よ。あなたの能力ならば十分に仕事を為せるでしょう」

「こんな雑魚をえらく買ってくれちゃってぇ~。信頼に応えるべく、頑張っちゃおっかな♡」

 

 

 

 ふざけた様子で笑った後、ダァトの眩い灰の視線がこちらを捉え、手を差し出してくる。

 

「さて、管理人。俺の担当する業務の都合上、これからは業務提携を行うことも多いだろう……というか、殆ど常にそうなるかな。

 ただ一つの条件さえ吞んでくれれば、俺はあんたの業務が円滑に進むよう取り計るつもりだ」

 

 被造物が、人間に対価を求めるか。

 既に察してはいたが、非常に変わったコンセプトのAIだ。

 

 が……まあ、いい。

 

 結局、目の前にいるAIも、あくまで被造物に過ぎない。

 今見せている破天荒な振る舞いも、元より組み込まれたプログラムに基づく出力。

 

 その言葉も行動も、全てはL社のため。

 俺と同じ、この会社を回す歯車の一つに過ぎないのだろう。

 

 であれば、俺はただ、淡々と歯車の山と溝を合わせるのみだ。

 

「よろしく頼む」

 

 それだけ言って、差し出された手を握る。

 

 

 

「ああ、よろしく~。じゃあ早速、さっき言った条件言うね?」

「何だ」

 

 それがこの会社の利益に、己が為すべきことに繋がるのなら、ある程度の譲歩は必要だろう。

 

 そう思った俺の目の前で。

 

 

 

 ダァトは、その左腕を振りかぶった。

 

 

 

「一発殴らせろやこのコミュ障陰キャ天才ネグレクトクソナードがァ!!」

「喰らえや必殺!! 3級フィクサーパァンチ!!」

 

 

 

 * * *

 

 

 

 業務日誌、0日目。

 

 正式な業務が始まる前日、秘書と通路担当、2機のAIと顔を合わせた。

 

 アンジェラ、ダァト。

 

 前者はともかく、後者は危険な存在と言っていいだろう。

 頬に拳を一発もらい、「アイツと近いタイプのXかよ、大ハズレじゃねえかボケ! ガバどころかリセ案件だ、再走しろ!! オラッエラー吐けクソ台本が!!」などと吐き捨てていた。

 

 左頬については、アンジェラから支給されたK社製のタブレットにより治癒したが、少々遺恨は残る形となった。

 

 ダァトの発言意図、発言内容は不明。

 ただ、意味不明な言動は日常茶飯事とのことで、アンジェラはまぶたを閉じ、ただ呆れを表情に出していた。

 

 ダァトを含むセフィラたちは、それぞれ欠陥を抱えた人格を持っているらしい。

 以後、コミュニケーションには注意が必要だろう。

 

 またマニュアルにより、業務についての基本的な事項を学習。

 既に暗記・体系化は終了。明日よりの業務は円滑に行うことができるだろう。

 

 業務についての不安はない。

 が、担当AI……セフィラとのコミュニケーションは、難題になるかもしれない。

 その領分が得意である自負もない。

 

 ……誰か、代わりを立てられればいいのだが。

 

 

 







 管理人視点は今回だけ。基本はオリ主視点になります。
 次回は10年くらい時が戻って、本編開始。



 執筆・投稿状況等について。
 今更ながらLCとLORを計500時間程かけて履修しまして、どちゃくそ楽しめたのですが、思ったより好みの二次創作の数が少なかったり解釈違いがあったりしたので満足できず、衝動的に書きました。
 名前・口調・翻訳等につきましては、基本的にLOR基準となります。
 Limbus Companyは未履修となりますので、設定の矛盾等あるかもしれません。ゴメンネ。LOR編まで書き切れたら自分へのご褒美としてプレイしようと思っています。
 現在40話くらいストックがあるので、基本失踪はしないはずです。
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