俺はカルメンとかいう人間が嫌いだ。
まあ人間ってか、Lobotomy本編始まる時点で既に光に溶けてるので、人間だった何かって感じだが。
巣に生まれ巣で育ち、甘くて優しい世界しか知らず。
しかして字義として世界の残酷さを学び、それを「治療」したいと試みた。
まあ、ここだけ見れば立派なものだ。
例えるなら、平和な現代日本に生まれ、しかし飢餓や戦場の残酷さを知って現地に赴くボランティア。
前にも言った通り、その始まりが偽善であろうと何であろうと、実際にその人が善き行いを為せるのならそれは善以外の何物でもない。
クズの俺には到底理解できん思考回路ではあるが……その点においては不快感はない。むしろすげえとすら思うね。
……いやまあ、本当にそれを治すためにちゃんと理解したいっつうんなら、俺みたいに外郭出て悲劇を目の当たりにするなりして、もうちょい現実見てこいよとは思うがね。
では、カルメンのどこが不快なのかと考えれば……。
やはり、死んで逃げようとしたことだ。
前世の某一神教では、自殺は最大の禁忌とされていた。
命は父からの授かりものであり、人生は父から課される連続した試練。それを成し遂げ善を為す者こそ、約束された王国に辿り着く。
自死は即ち、父からの慈悲を投げ捨て、試練から逃げることに他ならない。だからやっちゃダメですよ、とのこと。
俺はそれを信じているわけではないが、この考え方自体には一部同意できる点があった。
身勝手な自殺はいくない、という点だ。
その人の人生の使い方は、その人が決めるもの。
本人が責任を取れる範囲であれば、如何様にでも好き勝手すればいいと思う。
ただ……人は人とコミュニティで繋がっている。
それで周りがどう反応し、どう影響を与えるか、そしてそれらが自分で責任を取れる範囲なのか、しっかり考えつつ動くべきだろう。
では、カルメンの自殺という選択がそれを考慮していたかと言えば……。
それが全くもって否だから始末に負えないのだ。
アインが、ベンジャミンが、エリヤがガブリエルがミシェルが、カーリーがダニエルが。
研究所に生きている皆が、カルメンを信じていた。
……いいや、リサは既に失望してただろうが。
それでも多くの人間がカルメンを中心に結束し、目的を目指していた。
言うならば、L旧研という一隻の小さな船が、カルメンを船頭として海を渡り、新大陸を目指していたようなものだ。
船頭には、多くの裁量権が与えられると同時、大いなる責任が付いて回る。
人を率いるとは即ち、その人間の生死の責任を担うことだ。
なにせ船頭が方角を見失い迷走すれば、船はどこにも辿り着かず全員死ぬことになるのだから。
それを避けるため、船頭は私心も殺して全力を尽くさなければならない。
大陸に辿り着くその瞬間まで、たとえどれだけの悲惨があろうと、どれだけの喪失を経ようと、必ず生き続け、船の方向を定め続けなければならない。
それ以外に、喪われるものへ責任を取る方法はないからだ。
それを為したのが、誰あろうL社の魔王、アインである。
結果としてネグレクトした娘に成果を台無しにされてはしまうが、それでも実に10,000年もの間、最後の最期まで狂い続けながらも目的地を目指し続け、ついには目的地へと到達した。
喪われたものは数多く、しかし目的は遂げた。
彼に取れる責任は……全てとは言わずとも、「L旧研の副リーダー」としての責任は取れたと言っていいだろう。
アインはカスってのはよく言われがちだし、俺もアンジェラに対する所業を肯定する気は毛頭ない。
だが同時、アインは本来負うはずだったものよりも遥かに多くの責任を負い、その肩に乗せるべきでない多くの死を乗せ、狂い、死を乞いながら、それでも決して自らに死を選ばせず、最後には成し遂げた。
俺はその成果を、達成を、無視できない。否定したくはない。
だから、アインのことは嫌いになれない。
……コミュ障陰キャクソナードだとは思うけどね!
では、それに対し、カルメンは?
アイツは死に逃げた。楽に逃げた。
これ以上抱えるのが辛いからと、死という荷物があまりに重いからと、それを投げ出して楽になる道を選んだ。
偉そうな口を叩くだけ叩き、結局は最後まで、L旧研を作った責任を負い切れなかったんだ。
船の方角を定めていた船頭が何も言わず海に飛び込めばどうなるかなんて、目に見えていただろう。
船は航路に迷い、船員たちはバラバラに分断して、船はものの見事に沈んで行った。
副船長はその全ての責任を引き継ぎ、船員たちと共に煉獄の果てに落ちていった。
それを押し付けたカルメンを、責任を放棄した船頭を、どうして肯定できようか。
……いいや、あるいは、それでも。
彼女がアインに「ごめんね。そしてお疲れ様」……と。
そんな言葉を遺していたのなら、俺は許していたかもしれない。
彼女のことを好きになっていたかもしれない。
しかし、そんなカスが実際にやってることはといえば、クソリプである。
なんだお前!?
別にさ、実際に何か償いをしろって言う気はないんだよ。
だってそもそも、カルメンが償うべき人間は、アイン以外とうの昔に死んでるし。
アインだって最後まで責任を果たして、光に溶けて消えていったわけで。
もはや彼女に取れる行動なんぞ残っちゃいない。喪われたものはどうやっても取り戻せないから。
でもさ、恥は知れよ。
Ruinaの社会科学の階でも語られていたが、結局のところ、何もできなかったとしても恥を知っていればそれで十分なのだ。
自分が都市の苦痛の連鎖の一部を担っていることを、誰かに苦痛を押し付けていることを、正しく理解し恥じているのなら……。
俺はその人を尊敬するだろう。それ自体がとても難しい、立派なことだから。
でも、カルメンには、それがない。
自分が全てを誰かに押し付けた挙句、死に際に覚えたのが「もっと生きていたい」だと?
その道を選んで周りを破滅させたのは、お前だろうが。
周りに責任と死の重みを押し付けて楽になろうとしたのは、他の誰でもない、お前だろうが。
ろくな能もないくせに、誰かを利用し寄生して。
どこまでも自分勝手に利己的に、現実的な将来など見据えることもなく突き進み。
最期までなんら恥じることなく勝手に死んで、友人だった誰かを煉獄に突き落として。
その果てに思うのが「生きたい」だ。
ああ、本当に。
その無様な生涯を、無能を露呈する在り方を……。
余りによく理解できるからこそ、気分が悪くなる。
結局、俺もやってること、変わんないからね。
つまりは同じ穴の狢、ただの同族嫌悪ってワケよ。
* * *
……と、そんなわけで。
カルメンのことは外見も中身もタイプじゃないんだよな~俺!
は~どうしよ、めんどくせ~~~。
なんで嫌いな人間に寄り添わねばならんのだ。
これが大天使ミシェルとか頑張り屋のエリヤなら、いくらでも慰めの言葉かけて、これからの相談とか乗ったげてもいいんだけどな~。
それかガブリエルとかダニエルでもいいよな~。
アイツらめちゃ良い奴だし、いくら手を貸しても徒労感ないし、俺も良いことやってんな~って悦に浸れるし。
もちろんリサとエノクも大歓迎。
子供の悩みを聞くのは大人の責務の一つだからね、俺にできる範囲で支えちゃる。
……すまんがカーリーはちょっと嫌かも。
だって絶対模擬戦始まるじゃん! 訓練付けようとしてくるじゃん!
アイツ普通に訓練の中で突進とかしてくるから、命がいくつあっても足りねえよ……。
でもカルメンはもっとやだ! 普通に嫌いなんだもん!!
は~だる。やる気出んわ~。
今からでも病欠とかできんかな。ぽんぽんぺいんになってきたんやけども。
「……着いたぞ」
着いちゃったらしい。
内心でぐちぐちと考えている内に、アイン、カーリーに連れられた俺は、そこに辿り着いた。
これまでも何度か呼び出された、この研究所の中でも最も大きな研究室。
そして同時に、カルメンの私室も兼ねたその部屋に。
「……アインさぁ、やっぱお前がやってみる気ない?
ぶっちゃけ言うと、今でも俺の意見は変わらん。多分カルメンと話すとしても、否定寄りの話になっちまうと思うんだけど」
「…………」
黙るな卑怯者!! 黙るなァ!!
コイツ口下手っていう言い訳で全部押し通すのやめろ! クソが! ぶすっとした顔がちょっとかわいいから許しそうになるだろうが!!
てめェ~~~! さっきのクソ長い上何の生産性もないカスモノローグではお前のことちょっと持ち上げてやったけどなぁ! 俺は普通にお前のことクソ親クソナードだと思ってんだからなぁ……!!
睨む俺と、受け流すアイン。
そんな無言のやり取りは、3秒程続き……。
次に口を開いたのはカーリーだった。
「……はあ」
なーんですか相棒、その呆れたと言わんばかりの溜め息はぁ!!
今俺はですねぇ、コイツのコミュ障っぷりを指摘しててですねぇ!!
「別に、カルメンを持ち上げてご機嫌を取って来いってわけじゃない。そんなことは私たちでもできる。
お前はお前にしかできないことをしろ、ってことだよ」
……? 俺にしかできないこと……?
「…………裸踊りとか?」
「それは……できるのは……確かにお前くらいか……?
いや、そうじゃない。茶化すな、コナー」
おい一瞬乗りかけたなカーリー、やっぱりお前は俺の相棒だよ。
しかし茶化すなっつってもね。
何、ボロッカスに人格否定して一生人と話せないようにでもすればいいの? まあ今ならできなくはないけども。
俺が首を捻りつつカーリーを見ていると……。
彼女は、ニヤリと笑い、言った。
「『心の病に罹患していない』……だったか?
そんなお前だから、かけられる言葉もあるだろ」
…………。
「聞いてたのか」
「ふっ、悪いな。耳も良いんだ、私は」
飄々と、カーリーは鼻で笑ってくる。
一本取れたと言わんばかりだ。実際取られているが。
ちっ、あの時もっと……。
いや、カルメンの方から持ち出した話題だ、警戒なんて意味はなかったか。
愉快そうにこちらを見て来るカーリー、珍しく驚愕を顔に出すアイン。
2人を前に、俺は後ろ頭を掻く。
面倒なことになった。
アインにその情報が伝わった以上、もはや俺に動かない選択肢はない。
どのような道を選ぶにしろ、カルメンと話さざるを得なくなってしまった。
クソ、特色フィクサーめ。そういう立ち回りまで上手いのはズルだろ、ズル。
……深呼吸一つ。
まあ、良い方向に考えれば、だ。
これで俺が、モブ研究員として終わる可能性はなくなった。
アイン……Aさえ生き残らせることができれば、コイツは必ず俺の脳を取り出し、解析して、箱に詰めてセフィラ化するだろう。
悟りに至る過程において、「自分には到底理解できない、心の病に罹患していない存在」を無視できるとは思えない。
なんなら誰かを押しのけて、俺がどこかのセフィラに就任する可能性すらある。
それがダニエルならいいな、と。ここに来る以前の俺なら、そう思っただろうが……。
正直今は、全員の分背負ってやりてえな、と思ってしまうな。
ま、俺如きがそこまでの負荷を受けきれるわけもないし、あくまで放言に過ぎないが。
これ以上ジタバタしてもしょうがないな。
やなことはさっさと済ますに限る。
「はぁ……行ってくるわ」
肩をすくめ、俺は2人の隣をすり抜けて……「ちょっと待て」と止めようとするアインの手も躱して、カルメンの部屋のドアを開け……。
……当たり前だけど鍵かかってんな。
『……誰? ごめん、今は一人にしてほしいの……』
奥からくぐもった声が聞こえてくる。
心底消耗した感じの、沈鬱な、悲鳴にも等しい懇願が。
やかましいわ。
行くぞ! 3級フィクサーパワーッッ!!!
『な、何、え……!?』
俺はドア枠に左手を付いて、ドアノブを右腕で握りしめ、渾身の力を込めてこじ開けようとする。
ほんの半秒程の格闘の後、ドアを施錠していた鍵はバッキンと音を立てて捻じ曲がり、破損した。
実は3級フィクサーとかは関係なく、右腕に偽装した「白」の遺物パワーなんだけどね。
「なっ、何、なんで、え、コナーっ!?」
部屋の奥、ベッドの上で毛布に包まっていたカルメンは、やつれた顔で、光を失った赤い目で、一瞬こちらを見て……すぐにそれを、毛布の下に隠した。
「ちょ、ちょっと、今は……その、あなたに、私……!」
何やら必死に言葉を探そうとするカルメンに、俺はずかずかと歩み寄って。
「やあカルメン! 僕はコナー!」
ヌオーヴォ生地ですらない毛布とかいう、クッソ貧弱な守りに身を隠そうとするその手を、中ほどで掴み。
言った。
「おい、デートしろよ」
Q.なんでアインに知られたら動かざるを得ないの?
A.カルメンに研究の進展を示して元気付けるため、その材料となるかもしれない記憶の共有を求められるだろうし、最悪頭かち割られて脳を分析されたりしかねないから。