3級フィクサーパンチ   作:アリマリア

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 こしょこしょ カルメンとのデート回? です。

 今回は(あるいは今回も)独自解釈多めでお送りします。





これは決して忘れられない、その深夜の記憶よ。

 

 

 

「…………」

 

 俺のクッソ怠い冗長な演説を聞いて、カルメンは俯き、黙り込んでしまった。

 

 

 

 彼女に与えられた選択肢は、2つ。

 

 1つ目は、心の病の治療を諦めること。

 

 こちらを選べば、カルメンはこれまで万難を排して挑んで来た、ある種人生の目的とすら言えるものを手放すことになる。

 仲間から寄せられていた信頼も裏切ることになり、少なからず切れる縁も出るだろう。

 

 だが……これ以上、彼女が苦痛を生み出すことは避けられる。

 決して取り戻せない致命的な罪。既に1つ出た命の、再びの喪失。

 そんな悲劇を繰り返すことだけは、なくなるだろう。

 

 都市はと言えば、何もしてないんだから当然ではあるが、変わることはない。

 弱き者は搾取され続け、富むものはそれを見ることもなく、恨みの果てに刺されて死に、それが新たな復讐の始まりとなる。

 

 苦痛は連鎖し留まることなく、断ち切られることもなく続き……。

 

 ついでに俺の目的もポッキリである。どうしようねホント。

 

 

 

 2つ目の選択肢は、心の病の治療を続けること。

 

 それは即ち、これからも生まれるだろう悲劇を受け入れ、むしろ自らの意志で以て誰かの苦痛を研究の糧にすることを意味している。

 これから先、L旧研は人の命が当然のように使い捨てられる地獄になるだろう。

 そしてカルメンは、その地獄を統べる……救世主ならぬ、悪魔と化す。

 

 しかし、それによってようやく、停滞していたコギト研究は進む。

 人の集合無意識たる井戸に接触し、そこから心を侵す毒と共に幾多の化け物を引き上げ、人の心の殻の形を理解し……。

 そうしていつしか、この都市には悪魔の撒く光の種が満ちる……かもしれない。

 

 都市は、変わるかもしれない。変わらないかもしれない。

 それらはこれからのカルメンの、アインの、そして生まれるかどうかもわからなくなった蒼白の秘書の選択にかかっている。

 だが……種が蒔かれない限り、それが発芽する可能性も、開花する可能性も、全くのゼロだ。

 彼女の夢見た未来に繋がるのは、この選択肢だろう。

 

 ついでに俺の夢見た未来に繋がるのもこの選択肢だ。ホクホクである。

 

 

 

 勿論、俺としては、2つ目の選択肢を選んでほしい。

 こんなクソみてーな都市さっさと卒業し、外郭に移転した図書館の社会科学の階で優雅にコーヒーブレイクを楽しむのが俺の夢なんでね。

 

 ……が。だからと言って誘導するってのもおかしな話だ。

 

 俺の夢が、どこまでも俺の夢であるように。

 カルメンの夢は、あくまでカルメンの夢である。

 

 自らの夢、その前に立ちはだかる障壁と、酷く刺々しい道。

 それを前にして、夢を諦めるか、それとも辛い道を歩むことを受け入れるか……。

 それを選ぶのは、本人であって他にない。

 

 他者の余計な思惑が、その人の求道を乱すことなど、あってはならないのだ。

 

 

 

 というわけで、俺がコイツに口出しするのもここまでだろう。

 答えを出すために必要な材料はもう言い渡した。

 これ以上の手助けはただの過干渉だ。あとは本人が好きに悩み、考え、結論を出せばいい。

 

 ていうか、いい加減シリアスモードに疲れてきたんで、そろそろ楽にさせてもらうぜ!

 

「ま、自分の部屋でゆっくり考えな。俺はそろそろ休むんで」

 

 ワイングラス片手に、俺は欠伸を漏らしてベッドに向かう。

 

 ぶっちゃけると、まあまあ疲労が溜まってる。

 

 素人の研究員を守りつつ外郭のバケモン共と斬り結び、デートっつうことで空気を明るく整えながら凹むカルメンを上手く乗せて、Jの巣を渡り歩いて色々と遊び歩いた。

 その最中近寄って来る害虫共をカルメンの視界の外で始末したりもしてたし、この女が馬鹿みたいに丁半でスッてる間は、周りに視線やって圧かけてたりもしてた。

 

 都市って場所は往々にして油断ならんので、護衛対象連れたままよう知らん巣にいるって時点で、全く気が抜けなかったんだ。

 

 なもんで、そろそろ心身共に休みたい。

 ベッドに転がってちろちろワイン舐めつつ、うつらうつらしたい。

 休日と言えばやっぱうたた寝に限るよね。前世でも今世でも一番幸せを感じる瞬間だ。

 

 

 

 そんなわけで、本日のコナーカウンセリング事務所の営業はここまでとなります。

 

 そーら帰った帰った。夜遅くに男の部屋にいると危ないぞー、と。

 そんな意思を、しっしっと手を軽く振ることで伝えたわけだが……。

 

 果たして、カルメンから返って来たのは、「わかった、今日は部屋に戻るわ」なんて安穏な言葉ではなかった。

 

「……なんで、そんなに言ってくれるの?」

「はい?」

 

 もう今日はシリアスな話したくないんだけどなー、とやる気なさそうな視線を向けると……。

 

「うお」

 

 カルメンの顔は、そして滴る血のような目は、思ったよりずっと近くにあった。

 

「あなただって、私に巻き込まれた研究者の一人でしょう? コナー。

 それなのに……『もうやめましょう』でもなく、『続けないと』でもなく、なんで……なんでそんなに、私がちゃんと考えられるように、教えてくれるの?

 なんであなたは、そんなに人に厳しく、でも優しくあれるの……?」

 

 カルメンはいつの間にか、ベッドの傍に立ち、俺の顔を覗き込んでいた。

 

 なんだコイツ。さっきまでめちゃくちゃ悩み込んでただろ、急に距離詰めて来るんじゃねえよ、顔だけなら美人なんだからビックリすんだろうが。

 

 ていうか俺、こんな素人の接近に気付けないとかちょっと気抜きすぎ?

 やべ、無意識的にカルメンのこと身内って認識してるかもしれんな、気を付けないと。

 

 

 

 黙って内省している俺に対し、カルメンは距離も離すことなく、自分の中で考えを整理するように語る。

 

「きっと……いいえ、確かに。私が考えて決めることで、あなたに利益なんてないはずよ。

 あなたにはあなたの求めるものがあって、私をどちらかに誘導した方がずっと楽に事を進められる。そうでしょう?」

 

 まあそりゃそうだが。

 俺としちゃあ自ら地獄に踏み出してほしい。その方が目的達成がずっと楽になる。

 

 なる、が……。

 

 ……落ち着け、動揺するな。

 カルメンの言葉なんぞに揺さぶられるようじゃ、将来やべえ。

 

 不覚にも揺らされた心を整えるべく、ワインを一口流し込んで、答える。

 

「できるわけねえだろ。

 結局はお前が研究所のリーダーなんだよ。お前の選択にこそ、アイツらは付いて行くんだ。

 俺に押し付けられた信念のない答えに、誰が付いて行くか。

 お前が結論を出さなきゃいけない問題なんだよ」

 

 おお、我ながらすごい! 咄嗟に出たにしては、結構説得力ある感じの言い訳じゃね?

 いやまあ、ちょっとあやふやな感じではあるけどさ。なんだよ信念って、そんなもんなくともカリスマと理想さえありゃ人は付いて来るだろ。ソースは目の前の狂人。

 

 

 

 しかし、あるいは俺の答えに納得しなかったのか。

 カルメンは変わらず、その赤い目を離してはくれなかった。

 

「本当に、それだけ?」

 

 どこか挑発するような口調。

 

 そして、いつもなら「散れ散れ」とでも言って、軽くあしらうはずなのに……。

 俺もまた、何故か馬鹿正直に、その輝きと目を合わせてしまう。

 

「何が言いたい」

 

 ……何かと彩度の低い世界で、燦然と輝くその赤は、ああ、確かに目を惹く。

 

 あるいはそれは、カルメン自身もそうか。

 遠く、もう訪れないかもしれない未来で語られた「都市の人々にその美しさを伝えたい」って言葉は、まさしく彼女の生き様そのものを指しているのだろう。

 

 たとえそれが、本物の星に、本当の救いにはならないとしても。

 眩しくて温かいネオンの輝きに、人は惹かれてしまうのだろうから。

 

 

 

 ……と。そう、思っていたのだが。

 

 

 

 いつも無邪気に明るく輝いていた、その滴る血のような赤色の輝きは……。

 

「…………?」

 

 しかし今、どこかその輝きに、昏さを宿していた。

 

 あるいはそれも、当然のことだったかもしれない。

 人の感情は表情と同時、その目にもよく表れる。

 俺の言葉に追い詰められた彼女の精神性がそこに表れただけ。

 

 なんらおかしなことなんてない、評価するところのない、ただの情動。

 

 ……そのはず、なのに……。

 

 なんで俺は今、それに目を奪われている?

 なんで俺は今、それから目を離せない?

 

 なんで俺は……その瞳に、惹かれた?

 

 俺はこの女が、確かに嫌いなはずなのに。

 

 

 

「っ」

 

 一瞬の忘我の隙に、俺はベッドに右手を押し付けられた。

 危ねえな、ワイン溢すとこだったぞ。

 

 どんくさい科学者が、どこからそんな機敏さを取り出してきたのか。

 カルメンはベッドに上がって、横になっていた俺に馬乗りになる。

 

「何しやがる、てめえ」

 

 非難の声を上げる俺に、しかしカルメンは答えない。

 昏い熱に囚われたかのように、ただその唇が言葉を綴る。

 

「コナー、あなたは言ったわね。この都市のあらゆるものは、苦痛の凝縮だって。

 今なら、そうかもしれないってわかる。

 私の服も、食べ物も、道具も、全てが人の苦痛の上に成り立っているのかもしれない。

 全ては人の作為的な悪意によって作られ、構成され、循環するのかもしれない。

 心の病を負う、私を含めた全ての人が、それを無意識の内に受け入れているのかもしれない」

 

 煌々と照る赤の瞳が、俺を見下ろしている。

 

 それを眺めて、その内に含む昏い感情の正体が何なのか考えて……。

 

「…………、は?」

 

 ああ、ようやく、俺は気付いた。

 

 俺がコイツに与えてしまったものが、何なのか。

 コイツがそれと、どのように向き合ったのか。

 

 

 

 ……なんて奴だ、この化け物が。

 

 

 

「人間は、他人の苦痛を愛せない。ただ自分を愛するしかないから。

 私もまたそう、きっと最後に一番大切に思うのは、私自身なんでしょう。

 人が自分らしく生きられないのは、そんな自分を直視できないから。自分の心を素直に表に出せず、自ら抑圧してしまっている。

 都市の心の病は──人の理性が引き起こす、罪悪感。

 誰より自分を大切にしながらも、誰かのことを優先するべきだと考える上っ面の社会性が、人の心を病に窶しているのね」

 

 

 

 カルメンの瞳に表れた、新たな指向性。

 それは、アライメントテストなんかでは「悪性」と呼ばれるもの。

 他者より自己を優先する、利己的な思考である。

 

 それは本来、カルメンという女が、命果てるその直前まで含むことのないものだ。

 その存在に気付きすらせず、その殻の内に封じ込めていたもの。

 誰かのためなんて言葉で言い繕い、向き合うことなく逃げ続けた、彼女の醜い正体。

 

 しかしそれは、俺の言葉によって現実を突き付けられた結果、その内に存在を証明され。

 彼女の明晰な頭脳は、その事実を過たず、速やかに理解させた。

 

 自分もまた、都市の人々と同じ。

 誰かの苦痛を当然のように消費する人間である、と。

 そうすることでしか生きられない、悪性の存在である、と。

 

 ……ここまでは、いい。

 問題は、その事実に直面した時、彼女がそれをどう処理したのか。

 

 

 

「私も、きっとそう。どうしようもなく利己的で自分本位な人間よ。

 あなたの言ったことは正しかった。私もまた病に罹患していた。自分本位に、自分のために……エノクを、犠牲にしようとしたもの。

 ふふ……本っ当に恥ずかしいわね! どんな顔で、病を治療したいなんて言ってたのかって!」

 

 

 

 目の前の女は、くつくつと笑った。

 悲愴と消耗はあれど、しかし心の底から、笑っていた。

 

 認めていないわけでも、理解していないわけでも、自棄になっているわけでもない。

 彼女はその、おおよそ最も認め難い汚濁を認め、受け入れ、それでも笑っていた。

 

 ……何故。

 何故、そんなにも平然と、そんなにもすんなりと受け入れられる?

 

 

 

 本来ならそこで、拒絶反応が出るはずだ。

 

 自らの矮小な心根なんて、そう簡単には受け入れられない。

 自分はそんな駄目な奴ではない、自分はもっとできる人間だ、自分は他人を思いやれる、価値のある人間なんだ、と。

 

 人間は自分の醜さを突き付けられれば、必死に取り繕い、剥き出しの心を守ろうとするはずなんだ。

 それは在って当然の、過剰なストレスからむき出しの心を守ろうとする防衛反応。

 「それはそれ、これはこれ」と受け流すことは、少なくともその瞬間は間違いでなく……。

 けれどそれを行い続け、自分から目を背けてしまえば、いずれ傷は膿んで腐り、さかしまにそれに囚われる。

 

 だからこそ、光の種が蒔かれた後、人は揺らぎ、ねじれた。

 本当に極一部の、自らの悪性を受け入れる度量と機会を持った人間以外は、それを受け止めきれなかった。

 

 開き直って、それを言い訳にして、それを理由に暴れ回る化け物になった。

 

 

 

 けれど。

 今、この女の瞳にあるのは、逃避にも等しいそれではなく。

 

 ただ自らの短所を理解し、そしてそれを本質と認めた、理性と合理の光。

 

 ……ものの数十秒で、それに自ら名前を付け、受け入れたのか?

 

 それは、これまで培ってきた自認を捨てる行為だ。

 

 自信、自負、肯定感、功績、あるいは過去の全て。

 自己嫌悪と罪悪感を拭い去るためのそれらを脱ぎ去って、自らへの責め苦を拒まず、受け入れ……。

 

 ただ、新しい、ありのままの自分を愛したと?

 

 

 

 ……理解できない。

 

 どうしてそんなことができる。

 

 受け止められるわけがないだろう。そんなに簡単に、人の心の悪性を。

 

 

 

「ねえ、コナー。なんであなたは、私たちと違うの?」

 

 

 

 かけられた声に、意識が現実に引き戻される。

 

 赤色は、ほんの20センチメートル先で輝いている。

 それは一見して、以前の彼女と何も変わらない。

 

 興味津々と現実を睥睨し、目の前の物事に積極的に相対し、楽し気に輝いて……。

 

 けれどそれはもう、ネオンのような、小綺麗なだけの輝きではない。

 

 普段は世界を明るく照らし道を示して、けれど不用意に近付けばこちらが焼き焦げてしまいそうな……太陽の如き熱さが、そこにあった。

 

「……何を、何が」

 

 それを前にして俺は、ただ下手な誤魔化しを零すことしかできず。

 

 彼女にそれを、容赦なく、白日の下に晒された。

 

 

 

「あなたはいつも、きっとあるはずのあなたの目的なんて二の次で、誰かのために動いていたじゃない。

 ダニエルを追いかけて家族と翼を裏切ってまでここに来て。

 リサやエノクを癒すために構ってあげて。

 エリヤを長い時間慰めて支えてあげて。

 ガブリエルの生真面目な研究にもずっと付き合って。

 カーリーの横に並ぶために死のリスクを受け入れるくらい無茶をして。

 ミシェルと無理に距離を詰めないよう程々を保って。

 そうして研究所のみんなを敵に回すかもしれないのに、私を叱って止めて。

 辛いことでも、恨まれるかもしれなくても、私のために、たくさんのことを教えてくれた」

 

 

 

「あなたが自分から背負ったその苦痛は、あなた自身にどんな利益をもたらすの?

 ……違うでしょ? それは自分のためのものじゃない。

 あなたは、あなただけは、本当に誰かのために動いてる。

 この人たちが少しでも幸せになればって、そう思って、私たちのために尽くしてくれてた。

 誰かの苦痛を自らのためにするんじゃなく、自らの苦痛を人のために費やした」

 

 

 

 …………。

 

 

 

 その言葉は誤りか?

 

 ……いいや。

 知ったような口で語られるのは憤懣やる方ないが、側面的には正しい。否定はできない。

 

 俺に返って来るメリットといえば、好感を持った人の幸せな顔を見れるかも、くらいのもので。

 それだって、どうせ1年後にはみんな死んで、無駄な献身になるのだと知っている。

 

 全ては無駄でも、これより先に煉獄の待つ彼らに、少しでも救いがあればいいと願って。

 それで自らの身を切り、将来の理想から遠ざかっているのだから、全く以てお笑い種と言わざるを得ない。

 

 そして、俺のそんな行いは、善ではない。

 

 結局のところ、こんなものはただの自己満足だ。自分が何か為したような気になりたいだけの、ちっぽけな虚栄心の発露。

 独善的なくだらない善行、即ち偽善に他ならない。

 

 ……他人に対してはそれでいいと思えても、自らのこととなればなんとも醜悪でアホらしいことだと思えてしまうんだから、認識ってのは不思議なものだな。

 

 とにかく、俺はそれを肯定したいとは到底思えない。

 自分の取った選択が尊い行為であるとも、素晴らしい献身であるとも認識しない。

 むしろ俺の感情一つで彼らの思いや来歴を捻じ曲げる、とんでもなく自分勝手な行動だろう。

 

 

 

「ああ……ふふ、そうか。そうなのね」

 

「あ? なんだお前、勝手に納得しやがって。

 つかそろそろ離れろよ。お前重いんだよ」

 

「あら酷い、レディーに向かって言う言葉じゃないわよ!」

 

「いやガチで重いんだよ。人の体重舐めんじゃねえよ、たっぽんたぽんの水袋やぞさっさとどけ」

 

 いつもの調子を取り戻そうと、てきとうな言葉で彼女を躱そうとする俺に。

 

 けれどそれでも、カルメンはその熱を失わず。

 むしろそれを爛々と滾らせ、俺に向けて来る。

 

「そんなに嫌なら、振り払ってしまえばいいじゃない。

 あなたなら、私の体重くらい持ち上げられるし、私の力もねじ伏せられるでしょ?

 やろうとすれば、私なんて簡単に薙ぎ倒せる。それで逃げればいいのに」

 

「…………」

 

「あははっ、わかってるわ! できないのよね!

 だって、あなたが本気で抵抗なんてすれば、非力な私が怪我をしちゃうかもしれない。

 ふふっ……他人のためなら皆を敵に回してでも私のことを殴れるのに、自分のためとなると人を傷つけられなくなるのよね、あなたは」

 

「……分かったような口を叩くじゃねえか。都市の人間が」

 

 

 

 自分の口ぶりに、苛立ちが混じることを自覚した。

 思考を見透かされている。それも表層に出る言い訳や大義名分ではなく、俺が感じている根底的な快不快に関わる本音の部分を。

 

 不快だ。

 ……見抜かれることそのものというより、自認よりも高く見積もられているという状況が。

 

 お前が俺の何を知ってるんだ、と。

 非難にも近い視線を投げる俺を、しかし赤い太陽は、楽し気に見下ろすばかりで。

 

 

 

「分かるわ。……ふふっ、正反対なんだもの、私たち」

 

「は?」

 

 

 

 その言葉の意味を理解しかねて眉を寄せる俺に、カルメンは応えず。

 その滑らかな細い指を、俺の服に、肌に、這わせて来る。

 

 ゾクリと震えてしまったのは、その感触からか……。

 それとも、嗜虐心と欲望の滲んだ、昏く赤い輝きに心を絡め取られたからか。

 

 不味いと分かっているのに、無理にでも拘束を脱するべきとわかっているのに……俺の手は動かない。

 

 

 

「コナー」

 

「……何」

 

「私、これからも頑張るわ。

 心の病の治療は続ける。私も含めた都市の人々を救うために、みんなと一緒に頑張る。

 あなたのやり方とも歩調を合わせて、自分の悪も受け入れて、頑張って行くつもりよ。

 ……だから、一つだけ、私も私の心に、素直になっていいかしら?」

 

「…………」

 

 

 

 言わせるべきではない。

 それが致命的であることは分かり切っている。

 一周回って冷たさすら感じるくらいに理不尽な熱情は、決して良いものじゃない。

 

 俺だけではなく、コイツにとってもそうだ。

 カルメンという女が事を為そうとするのなら、その感情は障害にしかならない。

 

 心の病の治療、言い換えれば人間の集合無意識の改変という大業を為すのなら、その他のことに視線を向ける余裕などないだろう。

 特に、アインやベンジャミン、ダニエルにカーリーと言った天才たちではなく、こんな雑魚に振り分けるようなものは、欠片だって。

 

 だからこそ、向けられたその熱情は、俺たちにとって害でしかない。

 俺の目的も、彼女の目的も、どちらも等しく侵す毒だ。

 

 

 

 ……それなのに。

 

 俺は、いつもの軽口を叩くことすらできず。

 

 カルメンは、それを制止する理性を、焼き切った。

 

 

 

 

 

 

「コナー。私、あなたが欲しいわ。

 

 この世界でただ一人、綺麗で偽悪的で自分嫌いで自信のない、素直じゃないけど厳しくて優しい……私とは全部が真逆なあなたが、欲しくてたまらないの」

 

 

 

 

 

 

「光り輝く眩しいものを、自分のものにしたい。その輝きが欲しい。

 守りたいとも思うし、ぐちゃぐちゃにしたいとも思う。

 それが誰かのものになったらなんて、考えるだけで怖気が走るわ」

 

「そして同時に、私もそうなりたい。

 あなたみたいになれたら素敵だって思うし、それを目標にすればどこまでも走って行けそうな気がする。

 あなたっていう目標があれば、きっと折れることなく、どこまでも頑張れると思うの」

 

 

 

「……こんな感情を他人に抱くのは、初めてなのよ。

 本当は素直に口に出すのも恥ずかしくてたまらない。

 でも……そんな理由で心を明かさず自分を抑圧するのは、きっと間違いだから」

 

「だから、ね、コナー。

 あなたを、私にちょうだい。

 代わりに、私をあなたにあげるから」

 

 

 

「……あまり緊張しないで。ただあなたそのものを見せて。

 出来るだけ楽な姿勢にしてて。そうした方が、心も安定するだろうから。

 くすぐったくても、少しだけ我慢していてね」

 

「そしたら……」

 

 

 

 

 

 

「限りなく、共にありましょう」

 

 

 

 

 

 

 伸ばされたその手を、俺は拒めず……拒まず。

 

 ……少しして、ベッドシーツに、赤い染みが広がった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 翌朝。

 

 肌寒い空気の中、静かにベッドから上半身を起こし。

 俺は深々と、ため息を吐いた。

 

 

 

 …………やべえ、やらかした。

 

 いや、もうやらかしとかそういう段階ではないなこれ。

 

 チャートなんて完璧に破壊され切って、残ったのは粉々になったカスばかり。

 俺の想定からは大きく外れて、事態を押し留めることなんて不可能だ。

 もはやどうすればリカバリできるとかそういうレベルではなく、詰みとすら言っていいだろう。

 

 いやまあ結局全ては、あの赤い光にやられてまともに抵抗もできず、俺のケヤキ工房がムク工房しちゃったのが悪いのだが……。

 

 

 

 ちらと視線を向ければ。

 カルメンは俺の横で、とても気持ち良さそうに、すやすやと眠っていた。

 

 

 

「……オワッタ…………」

 

 俺は転生直後以来の、凄まじい絶望を味わうこととなった。

 

 

 







 実績解除!

 私だけのEGOISM
 ラスボスを変容させ、内在的なE.G.Oを発現させる

 正反対の私たち
 ラスボスに強く執着される

 限りなく、共にありましょう
 ラスボスと寝る

 一門相伝の秘術
 チャートを完全崩壊させ、オリチャーで走り始める



 キチと思いきや普通の女の子、かと思えばやっぱりどこかネジが跳んでる聖人、そして同時に強い執着心を持つ女性。
 そういう色々な側面を併せ持つのがカルメンの魅力なのかな、と思います。






(おまけ)
 もしもコナーがカルメンに選択を委ねなかった場合に突入するルート

・「このまま研究を続けろ」
 L旧研支配ルート。輝きの失せたカルメンにどちゃくそ依存される。
 自信喪失したカルメンが一々コナーの意向を窺うようになり、指揮系統がコナーに移る。
 が、カルメンの輝きに引っ張られてたL旧研は当然クッソぐだぐだになり、アインとモメたりカーリーと半敵対したりとめちゃくちゃ。
 最終的には頭が来てアイン含め全滅。今日も都市は平和です。

・「もう研究はやめろ」
 苦痛の鎖に囚われルート。輝きの失せたカルメンにどちゃくそ依存される。
 L旧研は解体され都市に戻り、コナー君は心機一転新たな脱都市ルートの模索を始めようとするが、ヤンデレメンヘラ女に覚醒したカルメンに命を盾にして「一緒にここにいて」と脅され、大っぴらに動けなくなる。
 最終的には苦痛の連鎖でコナー死亡、カルメン自殺。今日も都市は平和です。
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