それは紛れもなく 奴さ
カルメンが自らを都市の人間と認め、生み出す苦痛を受け入れたことで、コギト研究は静かに悲劇を生じ始めた。
現在犠牲になられたのは、ちょうど10人。
彼らは外郭の集落で暮らしていた者たちであり、カルメンの呼びかけによって莫大な報酬を対価とし、実験台になってくださった勇気ある人たちである。
いわゆる治験に近いものではあるが……示された報酬の多さに、何か察するところはなかったのか。
ああいう勇気は匹夫の勇、本物の勇気とは違うものだ。だが止めはすまい、それが彼らの決断なのだから。
さて、その10人の実験結果の内訳としては……。
身体の崩壊が2人、精神崩壊が4人、精神の混濁及び自我の希薄化による廃人化が3人、そして……アブノーマリティと化した者が1人。
今のところ無事な被験者はいないが、実験を繰り返す度に少しずつ適切な容量・用法に近付いているのか、被害は徐々に軽くなりつつあった。
成果はないわけではない。……10人の命の対価としては、あまりにも軽すぎるけどね。
発生したご遺体を施設で保管しようとすると、笑う死体の山が緊急発進してしまうため、これは金一封や悲報と共に外郭の街へと届けられる。
その輸送係は、カルメンの共犯者である俺の仕事なのだが……。
覚悟していた「てめぇよくも俺の友人を」みたいな反応より、「よっしゃアイツが金になってくれて助かったぜ」的な反応の方が多いのは、まさに都市、という感じだ。
まぁ、外郭に住む人間は裏路地の奴らよりも余裕がないからな。仕方ないっちゃ仕方ない。
カーリーに見せると曇りそうだし、やっぱこの輸送係は俺だけでやるべきだろうな。
そんな悲劇と苦痛の対価として、L旧研の研究は爆発的な進歩を見せている。
まず、コギトについての研究がかなり進んだ。
未だ人に打ち込んで無事なことはないし、なんなら一人はバケモンになっちゃったが……。
それでも、最初期のようにクソ無惨にぼこぼこ膨らんだり爆縮したりはしなくなり、静かに眠りに就くことが増えてきた。
また、コギトの分析が進んだことで、収容してるアブノマ連中の活動を抑える力──いわゆるクリフォト抑止力の向上に、これが使えることが判明。
未だLobotomy本編程ではないが、笑う死体の山(12)が笑う死体盛り(7)へ減るくらいには強くなってくれたおかげで、俺とカーリーにかかる負担がかなり減った。
職員が1人死んだら即脱走だった笑う死体の山が今では3人くらいまで待ってくれるし、鎮圧もだいぶ楽になった。まあ俺一人ではまだこなせないが。
マジありがとうカルメン、すきすきちゅっちゅ。
……ちなみに一方で、その代わりと言わんばかりに、人体実験を経たことで新規アブノマの抽出も一気に進んだ。
抑止力不足で第四形態まで進化する「何もない」とか。
本編以上にメンヘラ蛆虫の憎しみの女王とか。
ジェネリック紫白昼降らせまくるほよカスこと帰り道とか。
精神汚染力が高すぎてカーリー以外誰も作業できねえ歌う機械とか。
やっぱ死ねカルメン!! てめぇの抽出センス狂ってんだろ、なんでやべえ奴ばっかなんだよ!
おかげで俺の友だちが「ちょ~っと抑止力が足りないかな~……はは……」って乾いた笑いしとんねん。ダニエル困らせるようなら全然ぶっ殺すぞ!
そして、アブノーマリティが増えると共に、エンケファリンの安全な抽出も可能になった。
バチクソに高い効率でエネルギーを生成することができ、また飲むことで強い鎮痛・抑鬱効果が得られるという、とんでもねえ万能物質。
これのおかげで、L旧研のエネルギー事情は一気に改善した。
赤い霧のおかげで武力と金は保証され、エンケファリンでエネルギーも供給され、超優秀な天才メンバーたちで頭脳も補完されている。
となると足りなくなるのはメンタル面での福利厚生であり、カルメンや俺、ダニエルがそこを担っている形だ。
ぶっちゃけ今のL旧研、機能面では巣以上に充足していると言っていい。
成功するかもわからん、そして成功しても殊更の利益も生まん研究なんぞにここまで贅沢にリソースを使い込める環境なんて、都市のどこにも存在しないだろう。
げに恐ろしきはこの環境を構築したカルメンとかいう茶キチ。
カリスマ一本でゼロからこんな基盤を作るっていうんだから、そら頭に目ぇ付けられますわ。
とまあ、色々と状況は変化していっているが、L旧研の雰囲気はそこまで悪化していない。
俺、カルメン、ダニエルのメンタル調整三銃士が活動しているのもあるが……。
エノクが死ななかったため、カルメンもメンヘラ堕ちせず。
研究所が追い詰められないため、エリヤは早まらず。
エリヤが死ななかったため、ガブリエルは強迫観念に囚われず。
みんなが死なないため、ミシェルも思い詰めない。
そんな感じで、なんかピタゴラスイッチみたいに平和になっているのだ。
俺はそんな研究所に勤めるカウンセラーとして……違った用心棒兼雑用として、今日も業務に励んでいる。
* * *
さて、そんな状況の中。
「ふんふんふーんふふーん♪」
その日の俺は、鼻歌を歌ってスキップしちゃうくらいに機嫌が良かった。
というのも、この研究所で初めて、人類の味方枠のアブノマが抽出されたのだ。
危険度はWAWクラス。
白い肌に異形化した黒い角、夜空を思わせる煌きを有した群青の髪とドレス。
そして閉じられたまぶたと、その下の黒い涙のマークが印象的な女性型アブノーマリティ。
その名を「絶望の騎士」。
魔法少女族のスペード担当だ。
クリフォトカウンターがないため、カウンター低下が効かず。
最初に良い感じに世話した職員に、PALE以外のダメージを半減する加護をくれて。
その職員が死なない限り、絶対脱走しない。
めんどくせーアブノマばっか収容してる弊研究所に颯爽と現れた、お手軽管理可能なアブノマ。
これに喜ばずにいられようか。
更に言うなら、俺は前世のLobotomyプレイ中、コイツに死ぬ程世話になった。
黄昏フルセット着せたカンスト職員にコイツの加護付ければ大体なんでも倒せるからね。なんなら赤い霧もほぼ単騎で行ける。
Ruinaの方では流石にLobotomy程の活躍はなかったが、ただでさえ強い貫通を強化する幻想体ページに加え、速度ダイスを2つも封印できちゃう低コス遠距離のE.G.Oページ持ちで、普通に強い。
ミョと絶望ちゃんはみんなのアイドルだ。どっちもカワイイ!!しね。
そんなわけで、俺は絶望ちゃん大好き♡
そのおどろおどろしい名に反し、すんげえ管理しやすい上貢献もしてくれる、弊研究所初の安全な神アブノマとして崇拝までしてる。
……いや、ごめん、若干嘘吐いたかも。
完全に安全かと言うと、うん、ちょっと怪しいところもある。
クリフォト抑止力がまだ弱い影響か、今の絶望の騎士の作業ダメージはなんと
だからぶっちゃけると、作業はかなり疲れる。なんというか、存在が削られるような重い痛みが来るのだ。多分絶望感の発露とかそんな感じの奴ね。
まあE.G.O防具着てない俺でも耐えられる程度の微細ダメージなので、やっぱめちゃくちゃ優しい人類の味方だとは思うけどさ。
さて、そんな絶望の騎士だが、コイツは俺がカルメンに渡されたE.G.O、「涙で研ぎ澄まされた剣」の抽出元でもある。
アブノマ本体をすっ飛ばして出てきた剣だったが、ついにご本人様登場というわけだ。
プロトタイプの粗製品だったこの涙剣は、流石WAW級E.G.Oと言うべき強さを持つ反面、結構辛いデメリットも持っていた。
武器を通して、アブノマから強い精神干渉を受けるのである。
今でも、剣の柄に手をかけて集中すれば、以前より鮮明になった声が聞き取れる。
「こんな裏切りを受けて、それでも?」
「痛い、苦しい、辛い、怖い」
「守ったはずの人々に刺され、振るったはずの剣に貫かれる。私は何のために……」
……めっちゃ鬱だなホント。流石は絶望以外の感情を失ったアブノマ。
カーリーはプロトミミクリーの侵食を受け、それでも抗い続けた果てに自らのE.G.Oを開花させたが……。
残念ながら、俺にそのような覚醒イベントが起きる予兆はない。
そもそも俺はE.G.Oを「使いこなす」のではなく「被る」使い方をしてるから、カーリー程強い浸食を受けてるわけでもないしね。
カーリーのプロトミミクリーへの向き合い方を「うるせぇ黙れ私のために働け」という抑圧スタイルとするのなら、俺のは「そっかー絶望、絶望だねー。まあでも一瞬だけ力貸すくらいはいいよね?」という愛着スタイル。
任せろ、ごますりと取り入り、そして虎の威を借るのは雑魚の専売特許だぜ。
……と、少し話が逸れたが。
絶望の騎士は対話ができない、話が通じないタイプのアブノマだった気がするが……。
E.G.Oを通して彼女の声を聞き続けていたためか、俺は収容室で彼女と対話することが叶った。
静かに佇みながらもバチクソ失意と鬱に沈み込み込んだ彼女に、俺の周りの女メンヘラ率高すぎだろと思いながらも、絶望のオーラに耐えつつ楽しくお話をしたわけだ。
どしたん話聞こか?
あーそれは国民が悪いわ。
俺ならそんな思いさせへんのに笑
いやお前は俺の守護騎士みたいなもんやし、裏切るわけないやん守ってもらいたいし。
今度鎮圧しにいこ。この辺にクソ邪悪な山田君あるんやって。
また作業しに来るわ。暇な時遊ぼや笑
それじゃ、(加護)入れてもらうね……。
大体こんな感じで30分程愚痴に付き合い、加護をもらった。
ちょろい。
真面目な話、絶望ちゃんにはLobotomyでガチでお世話になったし、なんならRuinaの方でもかなりお世話になったので、恩返ししたい気持ちはある。
たとえ空虚な誇りだとしても、彼女の心が満たされるなら喜ばしく思うわけ。
まあ、人ならともかく、アブノマ相手にこんなことして意味があるかはわからんけども……やってみるに越したことはないだろう。
……ちなみに。
この絶望ちゃんの加護なんだが、試してみたところ、なんとあのカーリーの大切断-縦-を受けても普通にしのげるくらい強いことが判明した。
強いことは分かってたつもりだけど、実際に体感するとやっぱ違うわ。すげえよダメージ半減。
まあ、「え……俺、ひょっとして強くね……?」なんて思った瞬間、大切断-乱舞-とかいう馬鹿の連撃が飛んできて普通に死にかけたんだけど。
調子に乗ってはいけない(戒め)。
アブノマの管理を担当するダニエルにお願いし、絶望ちゃん作業は俺を専任にしてもらったので、これからはもうちょい活躍できるかもしれない。
雑魚から加護付き雑魚にグレードアップである。
……え? カーリーに付けた方が戦力アップになりそうだって?
ばっかお前、俺の相棒が攻撃なんてまともに食らうわけねえだろ。最強だぞ最強。
例えるならそれ、遠距離E.G.O持ちに加護付けるようなもんだぜ。被弾機会が多くて死にやすい近接E.G.Oに付けた方が良いって加護は。
* * *
そんなわけで、安全なアブノマの登場と加護による戦力アップで、とても上機嫌に施設を闊歩していた俺。
リサとエノクは今エリヤのところに手伝いに行ってるし、カーリーは笑うクソ団子の作業中。
ガブリアス先輩とミシェルは共同実験をしていて、ダニエルもクリフォト抑止力の対照実験だ。
みんな忙しくしているが、やはり急を要するのは安全確保のためのダニエルの実験だろう。
コーヒーをねだるついでに手伝いに行きますか。用心棒の俺がいれば、実際にアブノマ使った実験もできるだろうし。
……などと、俺は呑気にそんなことを思っていたのだが。
『コナー、聞こえるかしら? 今から私の研究室に来てちょうだい!』
……この研究所のリーダー様に唐突な呼び出しを受け、高かったテンションはがくっと下がることとなった。
カルメンの呼び出しは大体厄ネタだ。
昼に舞い込んで来るのはほぼ面倒事だし、夜に舞い込んでくれば睡眠時間を削りにくる。
今回はその内、昼パターン。
平穏だった時間は終わり。多分今から嫌なことが起きます。
「はぁ……」
残念ながら、研究所所属の雑用係として、所長の命令に逆らうという選択肢はない。
俺はため息を吐きながら、踵を返したのだった。
ああ……俺の穏やかなコーヒーブレイクがぁ……。
結論から言うと、カルメンの用事は……。
「実は、ジョバンニっていう巣にいる古い友人に、今やっている実験の概要を話したんだけどね。
そこで、『是非僕をその実験に使ってほしい』って言われちゃって……どうすべきだと思う、コナー?」
……マジで嫌な話だった。
死にたがりのヤク中、満を持して登場である。
ジョバンニじゃねーか!
(付記)
本作ではLibrary Of Ruinaの翻訳・喋り方を基準としております。
そのため、ジェバンニではなくジョバンニ、一人称は「俺」ではなく「僕」、喋り方も敬語口調となります。
違和感のある方もいらっしゃると思いますが、ご承知ください。
(おまけ)
「何もない」第四形態
RED:免疫 (-1.0) WHITE:耐性 (0.3)
BLACK:耐性 (0.3) PALE:耐性 (0.5)
・第三形態の「何もない」を鎮圧できないまま60秒が経過すると形態移行。あるいは、収容室で職員が死ぬと即座に第四形態に移行する。
・攻撃方法と威力、初期最大HPは第三形態から変化なし。
・形態移行の際、今回の脱走の中で殺害した職員を「皮」として獲得し、被る。獲得せずに第四形態になった場合、ランダムな外見の「皮」を獲得する。
・職員は皮を被った状態の「何もない」を検出できないため、管理人が直接鎮圧指示を出さなければならない。
・「皮」を被った「何もない」に慎重/自制ランク4以下の職員がダメージを与えたり逆に受けた場合、即座に自殺性パニックになり、「何もない」に殺害される。
・新たな「皮」を獲得した「何もない」は、その「皮」を被り最大HPが上昇、HPを全回復する。