3級フィクサーパンチ   作:アリマリア

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最終頁は「自分の意志で生きた」という一文で終わります。

 

 

 

「やあジョバンニ! 僕はコナーだ!」

「……これは、なかなか元気な人が来ましたね」

 

 カルメンの研究室。

 俺は恒例の挨拶と共に、一人の男と握手を交わした。

 

 俺程ではないとはいえ男性にしては伸ばしてる、肩辺りで切り揃えられた緑髪。

 ダウナーな印象を与える無気力そうな瞳に、一本スリットの入った八の字の眉。

 左手はくたびれたスーツのポケットに突っ込まれ、どことなく斜に構えた様子で俺を見てきている。

 

 彼の名はジョバンニ。

 将来ヤク中アル中の駄目大人画伯セフィラ、「ネツァク」となるかもしれない男である。

 

 

 

 ジョバンニはL旧研の人間ではない。

 カルメンの幼馴染であり、学友。言ってしまえばそれだけの関係だ。

 

 そんな彼が住んでいるのは勿論都市の巣であり、外郭なんていうゴミ立地の住民ではない。

 では、何故彼がこの研究所にいるかと言えば……。

 我が研究所が誇る最強、赤い霧に護衛され、わざわざこちらまで出向いてくださったからだ。

 

 コギト実験の実験台となるために、彼はここに来た。

 ……正気を疑うね。

 

「ふむ、察するに君はアレだな。カルメンの言う心の病に罹患しつつ、それに思うところアリといった感じの人だろうか」

「まあ……ええ、そうですね」

「あとカルメンのこと好きそう。勿論LOVEで」

「……そうかもしれませんね」

「それで実験を手伝いたい、というわけね。死ぬかもしれんのに」

「はい、そうなりますね」

 

 うーん、この何を言っても暖簾に腕押し感。

 非常に無気力でダウナーで面倒くさがり、何事にもやる気を見出していない感じからは、確かにあのネツァクの気配を感じ取れる。

 

 ただ、Lobotomy時代のネツァクは超ド級ブラック職場に強制就職させられてやけっぱちになってたし、Ruina時代は逆に生きることに希望を見出していた。

 それに比べれば、目の前に立つ青年は……何と言うか、こう、虚無だ。

 

 やる気がない。モチベーションがない。……モチベーションが発生する所以がない。

 要するに、人生における行動原理、生きる意味を見いだせていない感じだ。

 

 「心の病」という概念を端的に表すと、都市という凄まじく巨大な機構の中で人が歯車として消費され、自らの生き方・理由・心持ちで生きられない状況。

 理由もなく生まれ、ぼんやりと生きて、なんとなく翼に就職し、いつか当然のように死ぬ。

 そこに個人の意志はなく、自由もない。

 ある意味、ジョバンニはその典型例と言える人間だ。

 

 そしてジョバンニ自身、長くカルメンと共にあったからか、それを自覚して恥じているらしい。

 カルメンの目的たる心の病の治療についても、好意的な思考を持っている。

 

 

 

「うーん……」

 

 さて、そのジョバンニにどう対応すべきか。

 

 足を組んで考える俺の前に、すすすっとコーヒーカップが差し入れられる。

 軽く会釈して感謝を示して、中のコーヒーを啜ることにした。

 

「……ゲロ不味泥水へったくそ!!」

「ひっ酷い! ちゃんと勉強して入れたのに!」

「紅茶じゃねえんだからジャム入れんじゃねえ! 味もごちゃついてるし香りが殺されたんだよてめえの手でよぉ!!

 下手くそが調子こいてアレンジ加えやがって、次やったら絶対に俺の全てを賭けて、お前が想像もできないあらゆるやり方で、この世で一番苦しんでいるのは自分だって思わせつつ殺すぞ!!!!!」

「ひんっ!? そんなに怒る!? 美味しいかもって思ったのに!」

 

 コーヒーを淹れた本人たるカルメンは頬を膨らませているが、いや普通に殺しますよお前?

 

 俺は基本食に興味がないが、コーヒーにだけは拘りがあるのだ。

 いや拘りっつうか、友だちの淹れるコーヒーがガチで上手いから、かなり舌が肥えてる。

 ダニエルの利きコーヒー道場で鍛えられた俺の舌を舐めるでないぞよ。舌を舐めたらべろちゅーになっちゃうね♡ だから何だよ。

 

 その上で言うが、これはもう泥水だ。コーヒーを名乗ることが既に冒涜である。

 都市中を探せば1つくらいはコーヒーに合うジャムもあるのかもしれないが、それに比べればカルメンさんのジャムはカスや。

 まだ師匠にボコされてた時代に飲んだ血の味しかしない水の方が尊厳破壊感がないだけマシである。

 

 

 

 俺はクッソ不味いコーヒーを無心で流し込み、ため息を吐いた。

 

「ったく、なんで下手くそってレシピ通りにやらねえんだ、失敗するに決まってんだろ……」

「って言いつつ、飲んではくれるのね?」

「断じてテメェのためじゃねえぞ勘違いすんなボケ。これを構成する豆と水とジャム、その全てが都市の人々の苦痛で作られてんだよ。捨てるとかできるわけねえだろ」

 

 前世的な勿体ない思想ではあるが、都市において資源の浪費は尚更エグい意味を持つ。

 なにせ犠牲への冒涜だ。ちょっと俺の精神性だと認可し辛いものがあった。

 

 俺の言葉に流石のカルメンも怯み、「……ご、ごめんなさい」と頭を下げる。

 

「反省したならヨシ。

 ……ま、悪ふざけは程々に。技術向上のためには必ず犠牲が伴うし、多少それを増やして精神衛生を整えるのは間違いじゃねえ。

 ただ、だからこそ、食べもんは無駄にしちゃいけねえ。不味くしたならそれも胃に片すのが道理だ」

 

 そんなわけで、クッソ不味いコーヒーを一気に飲み干す。

 あ~~~ダニエルのコーヒーで口直しして~~~。

 

 

 

「……仲が良いんですね」

 

 言われ、改めて振り返る。

 ジョバンニは……何とも言えない表情で、俺とカルメンを見ていた。

 

 どこがやねん3級フィクサーパンチすんぞと言いたいところではあるが……。

 まあ、客観的に見て、確かに仲が良く見えるか、今のやり取りは。

 

 J社の巣で起こったチャート完全破壊事件以来、俺とカルメンの距離感は……まあ、近付いた。

 というのも、この女の「私の男」アピールがうぜーのである。

 

 皆の前ではやってこないが、2人きりになるとまあ酷い。

 

 俺がコーヒー党であると分かるや否や、ダニエルを師に付けてコーヒー淹れる練習をし始めたり。

 他人の目が消えると、すすすっと距離を詰めて来たり。

 俺のネクタイが緩んでるからと締めて来たり。

 いきなり顔引っ掴んで唇奪ってきたり。

 で、そういうことした後、決まって俺の顔を覗き込んでニマリと笑みを浮かべたり。

 

 …………うぜえ!!

 あの赤い輝きを前にすると拒めない俺も悪いんだろうが、流石にめんどくせえ!!

 

 舞い上がりやがってよ浮かれポンチがよ!

 ちょっと寝ただけで彼女面するのやめてもらえます!?

 あとネクタイ直すのはガブにゃんに頼むから触んな。

 

 で、毎日のようにそんなことされてちゃあ、俺の方も遠慮とかがなくなってくるわけで。

 カルメンへの心理的距離感が、「存在自体がめんどくさい煙たい上司」から、いつしか「友だちとは認められないカスの悪友」くらいになっていた。

 

 そんなわけで、普段のやり取りからして雑に、そして仲が良い感じになってしまっているのだ。

 アインの目が怖い;; 月のない晩には気を付けた方がいいかもしれんね……。

 

 

 

 が、そういった都合を、よりにもよってカルメンに想いを寄せてるジョバンニに赤裸々に話せるわけもなし。善良な男性の脳は守らなければならない。

 なもんで、俺はてきとうにはぐらかすこととした。

 

「まーね。なにせ小さい研究所だ、アットホームにやっていくしかないからさ。

 コミュニケーションって仕事で一番大事じゃん? そらもう頑張ってますよ」

「コナーはすごいのよ! ここにきてすぐ、みんな……ああいえ、アインとベンジャミンはそうでもないかもしれないけど、殆どの人たちと仲良くなったんだから!」

「ちなみに一番仲良くなりたくなかったのがコイツ」

「酷い!!」

 

 きゃんっと鳴きつつ、カルメンは奥の方へ引っ込んでいった。

 どうやら俺の激マズコーヒーを淹れ直してくれるらしい。

 最初からちゃんと淹れろボケ! 次変なもん入れたら3級フィクサーパンチの出番が到来!!

 

 

 

 怒りのため息を吐く俺に対し。

 机を挟んだ向こう側のジョバンニは……少しだけ、眉に乗っていた険を解いてくれた。

 

「……ああ。カルメンがよく話すから、どんな人かと思っていましたが。

 確かに、納得です。あなたならカルメンが気に入るでしょうし、カルメンのことも気に入るでしょうね」

「ハァン? 何それどういう意味? 俺がカルメンと似た、周りを巻き込んでめちゃくちゃやる人間っていう誹謗中傷?」

「まあ……そこまで間違ってもいないでしょう?」

「全然違うが???」

 

 俺は孤独な3級フィクサー*1

 あんな誰かの運命を乗せて破滅に爆走する地獄への急行列車と一緒にしないでいただきたい。ポォォォオオオオオ!!(みんなのトラウマ)

 

 

 

 失礼なやっちゃなーと腕組みしてみせる俺に、ジョバンニはくすりと笑みまで漏らした。

 

「ふふ……そういうところも、カルメンに似てる」

「それ言われる度に傷付くわ~。みんなして俺をイジめて楽しいか?」

「他の人からも言われてるじゃないですか。

 ……本当に。明るくて、動的で、眩しくて、何より生きてるって感じで」

 

 ジョバンニは眩しそうに目を細めた。

 

 いやまあ、意識的にそういう態度を取ってますからね。

 こんなクッソ陰鬱な舞台に馴染んでウジウジとかしたくないし、俺は出来れば明るく楽しく、文化的な暮らしをしたいのだ。

 だからこの楽し気な雰囲気を伝播させるため、感情を増幅させて体現し、自分から発信しているわけで。

 

 実際、そのおかげでL旧研はだいぶマシな空気にできてると自負してる。ドヤ。

 

 

 

 内心で自慢げに胸を張っていた俺に対し、ジョバンニはそのまぶたを閉ざし、言う。

 

「……僕も、そうなりたかったんですよ」

「なれば?」

「難しいですね……。どうにも、息苦しくて」

 

 いや、別に俺も息苦しさを感じてないわけじゃないぜ? むしろいつもきちぃ~って思ってますとも。

 ただそこで、自分の感情じゃなく他の人のメンタルを気にして、演技を優先してるだけですが?

 

 ……ま、都市の人は大抵の場合、そこで人を優先できないんだろう。

 そういう井戸の水なんだからしゃーねーわ。俺がその分頑張ったる!

 

 

 

「……本当に、希望に満ちた目。

 生きる意味を知って、そのために頑張っている……カルメンを救ったのは、その目なんでしょうね」

 

 ジョバンニは穏やかで、静かな目を向けて来る。

 

 ……何をどこまで話してるんだろうな、あの女は。

 もしかしたら、自分が追い詰められたこと、ぶん殴られたこと、デートをしたこと、そして自分のことを見つめ直したことくらいは伝えてるかもしれない。

 

 ジョバンニはカルメンにとって、研究所の外にいる自分の協力者。

 自分の心の整理という意味で、一度あの出来事を吐き出したのかもな。

 

 ……流石にただ惚気たかっただけとは思いたくない。

 あの女も流石にその程度のデリカシーは…………なさそうだなぁ……。

 

 

 

 さてと……。

 その辺りに踏み込んで来たのなら、頃合いか。

 

 俺は少し目を細め、対面に座る男に問う。

 

「そんな俺と違って、お前は生きる意味を知らない。……だから死にたいと?

 死に場所を探してるんなら、こんなとこはやめとけよ。あと、せめて家族に何か残していったら良いことした気分になれてアドだぜ」

 

 探りを入れた俺に対し、しかしジョバンニは首を振ってみせた。

 

「少し、違いますね。僕には、死にたいという欲望もないんです。

 ただ呼吸をするだけの人生だ。生きたいとも死にたいとも思わない、何も願ってはいない」

「なら、何故こんなことを言い出した。

 もしかしたら実験が成功して、カルメンの研究を手伝えるかもしれない……なんて思うのなら、その目論見は甘すぎる。

 今のところコギト投与実験は成功を生んでいないし、正直俺は、これからもそうだと思ってる」

「…………」

 

 本来の流れであれば。

 失意の中で死んだカルメンに復活の可能性があるという話を聞いて、ジョバンニはその身を投げ出した。

 ジョバンニは別に、研究の成功を願っていたわけじゃない。ただ、カルメンを失意と共に眠らせたくはなかっただけなのだろう。

 

 しかし、俺が存在するこの世界において、既に歴史は捻じ曲がった。

 カルメンは死んでない。むしろかつて以上の漆黒の熱意を持って、研究を進めている。

 そこにある悪性を感じ取れるのは、恐らく俺だけだろうが。ぶっちゃけ俺でさえも、今のカルメンの赤い輝きには吞まれそうになるくらいだし。

 

 であれば目の前の男は、ジョバンニは、一体何故ここに来たのか?

 

 それが、俺にはイマイチ、ピンと来ていない。

 

 

 

 動機。

 大切なのはその一点だ。

 

 命の使い方は人それぞれ。

 この実験で死にたいと心底願うのなら、それもまたその人の決断だろう。

 

 俺はそれを止める気なんてないし、止める権利なんて持たないし、止めてはならないとも思う。

 自分勝手に命を使おうとしているのは、俺だって変わらないのだ。

 そこを否定することは、俺自身の願いの否定に繋がってしまう。

 

 

 

 だが……何故そうしたいのか。つまりは動機。

 それ次第では、ちょっとした口出しができる。

 

 そこに誤謬が、錯誤が、勘違いが、すれ違いが発生しているのなら。

 それはたった一つしかない命の使い道の決定ではなく、無駄遣いにしかならない。

 都市において珍しくないことだとしても、俺がそれを止めない理由にはならないだろう。

 

 その心に欠片でも嘘があるのなら、俺はそれを否定し、コイツを生かすべきだ。

 きっと……生き続けた先で得るものも、あるはずだから。

 

 故に、俺はジョバンニの心を見定めるべく、視線を突き刺したのだが……。

 

 

 

 

 

 

「……ここしか、ないと思うんです。

 僕が、ただぼんやりと呼吸を繰り返すのではなく、何かたった一つの大切な目的のために、自分の意志でこの命を使える瞬間は」

 

 

 

 その言葉に。

 

 

 

「カルメンさんと、あなたの、目標を……いえ、違いますね。

 あなたたちの、その眩しすぎる輝きに、陰ってほしくない。

 それを以て都市が照らされるなら……それは、何もない僕が見るには、これ以上ない夢だと思うんです」

 

 

 

 その意志に。

 

 

 

「僕の命になんて、そう大層な価値はないでしょう。

 今、あなたたちがやっていることは聞いてます。僕は、多数の内の1つにしかならない。

 意地悪で優しいあなたの言う通り、なんら結果を生まずに終わるかもしれませんね」

 

 

 

 その決意に。

 

 

 

「それでも、いいんです。

 あなたたちの輝きを広げるのにたくさんの燃料が必要なら、僕はその輝きを先に知っていた、名も無い薪の一つになりたい」

 

 

 

 ……微笑みを湛えた瞳の奥にある、微かだが確かな光に。

 

 

 

「僕はただ……僕の日記の最後のぺージに、『自分の意志で生きた』と。

 そう、刻みたいだけ、なのかもしれませんね」

 

 

 

 嘘は……ただの一片も、なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……………………クソが。

 

 カルメンが淹れ直してくれたコーヒーも、美味く飲めそうにないな、こりゃ。

 

 

 

*1
幕の終了時、他の味方がいなければパワー3を得る







 この感じで終わった男をセフィラ化のために叩き起こすの、鬼か??






(Limbusプレイ雑記)
 紐が枯渇したので禁を破り、Limbusを4章まで進めることとしました。
 早速3章をクリアしました。以下極力ネタバレに配慮した感想です。ご興味のない方は飛ばしてOK。

 もしかしてこのゲーム、めちゃくちゃに面白いのではないか???
 ダンテのことめっちゃ好きになってしまったなこの章で……。素敵な主人公ですよほんとに。
 あと囚人がちょっとダンテのために怒ってくれたの、絆の芽生えを感じてすごい良かった。

 惜しむらくは、人差し指イサン、人差し指ドンキ、黒獣ファウスト、放浪武者良秀、握らんとする者シンクレアの全員現状完全体で挑んだ結果、ラスボスがほぼ無抵抗で消えていったこと。流石にインフレの暴力を感じた。
 ただシンクレアを持っていけたのは個人的にとても満足です。

 あと、コナーくんの出身の巣をNの区にしなくて良かったと、本当に心底思いました。
 ……なあシンクレア、試しに灰色の従者人格やってみないか? 取り敢えず体の40%程を義体化する必要があるのだが……(突然現れた謎のマフラー少年により斬首)

 次の章も楽しみです。なんか3.5章とかヘルズチキンとか見えた気がしましたが楽しみです。
 紐のために早く4章クリアしたいんだけど、これは無理なヤツだな?
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