3級フィクサーパンチ   作:アリマリア

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 シャーデンフロイデ。あなたの苦痛を私の悦楽に。





調律者の黒い目からは、執拗な視線を感じる。

 

 

 

「コナーよ、私と共に来ると良い。

 お前の其の心を以てして、都市という庭園を人が為に愛でるのだよ」

 

 

 

 ……コイツは、何を言っている?

 

 いや……いいや、言っていることは分かる。

 俺を頭にスカウトしている、のだろう。

 それも……非常に信じ難い、というか正気を疑うことに、調律者として。

 

 前提として。

 調律者や監視者、足爪といった頭の実行部隊は、実のところA社B社C社の人間だ。

 26の翼の中でも最も隆盛を誇るこの三社は、この都市のあらゆる規則や基準を定め、また必要最低限にその形を保つ役割を負っている。

 つまりは、この三社は国家という枠組みをなくした都市において、政府組織の役割を負っているようなもの。

 

 当然ながら、そんな三社に入れるのは、ダニエルのようなハイパーエリートだけ。

 俺の父や母もかつてはそうだったが、それだって凝視者じゃなく普通の羽だったし、2人から才能を引き継がなかった半端な俺は、とてもではないが入れるようなレベルではない。学力も、そして武力もである。

 

 勿論……その頂点である目の前の調律者に、直接スカウトなど、されるわけがないのだ。

 

 

 

 単純に、俺の能力だけを見るのなら。

 

 

 

「お前、何を知っている」

 

 自然と口を衝いて出た言葉は、どうしても冷えたものになった。

 

 返答次第では、会話を切り上げて即座に戦闘に移行できるよう、各種武装を準備する。

 不可思議な手段によって距離を離されるとしても、殺り様はいくらでもある。

 

『……主よ』

 

 まだだ。お前が出るには早い。

 

 ……俺にはまだ、伏せた札がいくつもある。

 一度不意打ちが失敗したとて、二度目がないとは限らない。

 そして、それで調律者が殺せないとも、限らないのだ。

 

 俺の得た新たな、そして如何なる武装よりも強力な切り札を、見せびらかす意味はない。

 

 

 

 殺意と共に返答を待つ俺に対し、しかし調律者ガリオンは、変わらず微笑を崩さない。

 悦の形に歪むそれは、俺の一挙手一投足から、可能な限り己の愉悦を搾り取ろうとしているように感じられた。

 

「さてね。私達は(ただ)、凝視者の見た物を知るのみ。凝視者は都市の悉くを見る故、お前の事もまた見て居た。

 その上で、私達はお前を異分子と認識したのだよ、コナー。

 此の都市に在り、確かに人であり、然れども都市の人間として一様に為らず、誰とも通じ合えず、誰とも理解し合えぬ。

 その孤独な在り様は、異分子と表現する他無いだろう?」

 

 ……凝視者による監視か。

 

 俺はソイツらのこともまた詳しくはないが、明確に分かることは、凝視者は常に都市の全てを監視しているってことだ。

 巣だろうが裏路地だろうが、禁忌を犯せばそれは必ず頭に伝わり、足爪が振り下ろされる。

 それは凝視者が常に都市中に目を光らせているからだ。恐らくは、何らかの特異点によって。

 

 正史において、外郭のL旧研が密告を受けるまで放置されていたことからして、外郭にまでは監視の目は及ばないのだろうが……。

 ……L旧研に属するまでの俺の行動は、凝視者には筒抜けだったのだろう。

 

 そこで「異分子」とやらに認定されたわけだ。

 

 

 

 だが、だからと言って、何故こうも特別視される?

 

 俺は一般的な家庭で育った、普通の人間だ。

 両親は確かに優秀な人間ではあったが破綻者でも聖人でもなく、兄とも多少仲が良かったくらいで特別なものもなく、極めて普通の巣の出身者。

 俺個人として見ても、殊更の才能や特異性もなく、強いて言えば紫の涙に師事を受けたことくらい。調律者が気にかけるようなことじゃない。

 

 ということは、頭が目を付けたのは、即物的な環境や能力の話ではなく……。

 

 研究所でも時折指摘された、俺の精神的な在り方。

 

 

 

 調律者ガリオンは、隅に寄せられた棚の中、ファイルをいくつか取って手の中に広げた。

 多くの研究員たちが長い時間をかけて培ってきた成果が並べられているだろうそれを、理解しているのかいないのか、ぱらぱらと流し見ている。

 

「お前達もまた、変わらぬ事ではあるが……。

 かねてより、人は自らの技と術を不安定な塔の如く積み上げ、そして其の代償を他に求めてきた。

 自らの生の為に他者を害する事を許容する、極めて生物的で正当な権利の行使は、永い間続けられ……。

 其れは何時しか人間の根となり、都市に張り巡らされた。

 今や其れは枝葉までも高く伸ばし、此れにより全ての人の目は隠されて居る。

 そうして盲目となった翼達は、自らの飛ぶ先すらわからぬままに羽ばたくのだよ」

 

 ……わかりにくいが、要はこのディストピアな環境について、マイナスなニュアンスで語っているらしい。

 

 人は元来、幸福を求めて技術を積み上げた。

 もっと食べたい。もっと寝たい。もっと繋がりたい。もっと安全に暮らしたい。もっと安心していたい。

 それを為すために、多くの生物の命を刈り取り、多くの資源を浪費し、そして多くの同族を殺して。

 

 その果てにあるのが、今。

 積み上げた果てに幸せを得るはずだった都市の人々は……。

 けれどさかしまに自らの幸福を見失い、カルメンの言う「心の病」に抑圧されている。

 

 そうして盲目なまま、どこを目指しているのかもわからず、ただひたすらに技術と共に犠牲を積み上げていく。

 

 ……って感じか。

 もっとわかりやすい言葉で話してくれねぇかな。

 無理だろうな。ガリオン/ビナー語だもんな。

 

 

 

「お前らは、そんな状況に思うところはないのか」

 

 試しに訊いてみれば、彼女は愉快そうに肩をすくめて見せる。

 

「人は自らの意志で、自らの未来に、其の種を選んだのだよ。

 であれば私達は(ただ)、其の在り方を愛し、然るべく剪定と間引き、保護を行うばかりさ。

 お前にも、理解出来る事だろう?」

 

 ……ああ、そうだな。

 

 その理念自体は、理解できないわけではない。

 俺だって、ジョバンニに対し、同じことをやったからだ。

 

 彼がその道を選ぶのなら、それを尊重し、送り出そうと……俺にそれを止める権利はないと思った。

 傍観者気取りで、彼の道行きを見守ったわけだ。

 

 であれば、こいつらがやっているのは、その延長か。

 

 都市の人間が選んだその道の先を見て、守り、管理する。

 全ての選択を肯定し、そのあるがままの姿を肯定する。

 

 ああ……確かに。

 理解できないわけじゃない。

 

 

 

「コナー。お前は此の都市で(ただ)一人、必ずしも他者に代償を求めない人間だろう。

 けれども、或いはだからこそ、お前は其の在るが儘の在り方を愛することができる。

 何故ならば、お前にとって都市は自らでなく、他者であるからだ。他者の手である枝葉を、お前だけが退ける事が出来るからだ」

 

 資料を棚に戻したガリオンは、まるで俺のことを分かったような口を叩いてくる。

 

 ああ……けれど、しかし。

 その言葉を、果たして俺は否定できるだろうか。

 

 できない。

 できやしない。

 

 現に俺は、自らの目的を、人の為に投げ出したのだから。

 

 苦痛の連鎖を断つことにあんなに苦悩していたアンジェラやローランと違い、俺は意志薄弱にも、自らの目的を余りに容易く手放した。

 自らの死と、10,000年の煉獄を受け入れてまで目指したはずの、俺のただ一つの望みを、だ。

 

 そんなことよりも、子供の笑顔が大事だった。

 そんなことよりも、破滅していく彼らを見ていられなかった。

 

 そんな偽善こそが、結局は俺の底の底。

 どこまでも浅くて自分ってものがない、薄っぺらい偽善者なんだろう。

 

 

 

 けれど……。

 調律者ガリオンは、頷き、それを善しとした。

 

「お前の其の在り方を、私達は評価しよう。

 お前は確かに、頭として生きるに相応しき人間だ。

 誰よりも愛に満ち、誰より他者を受け容れ、然れども誰にもその自我を揺らされる事無き、悍ましき個人よ。

 共に征こう。汝の求むる、人を誰よりも愛すことの出来る場所へ」

 

 その手は、ゆるりと、俺へ伸ばされた。

 まるで同志を迎え入れるような、歓喜を持って。

 

 

 

 ……本当に、言葉の上手い奴だ。

 

 認めよう。

 確かに今、俺は惹かれた。

 

 爽やかな朝、好きな音楽を聴きながら、薫り高いコーヒーを飲んで、ただ静かに街並みを見つめ。

 温かな昼下がり、悲鳴と絶叫の上がる都市の中を歩き、自分の思うままにそれを処理して。

 暗く冷たい夜、この都市を蝕む害虫を間引き、人の未来を保つ。

 

 都市の頭の一員として、この都市を眺め、庭園の手入れでもするように介入する。

 

 そんな毎日は、意外と俺に向いているのかもしれない。

 あるいは、図書館で指定司書となるよりも、その方が最終的に俺の心は満たされるのかもしれないな。

 

 

 

 

 

 

 だが。

 

 そもそもの話。

 

 これからどうこうの話をする段階ではないのだ、今は。

 

 

 

 

 

 

「問わせてもらおう、調律者ガリオン」

「構わないとも、その心根を明かすがいい」

「お前は何故、俺の友だちを傷つけた」

 

 ガリオンは「ふむ」と顎に左手を添え、答える。

 

「成程、そう()えば伝えて居なかったか。

 私は元より、頭として、此の施設を滅ぼしに来たのだよ。お前が此処に居ることは、飽く迄も偶然に過ぎない。

 この場に居る人間は、皆殺す腹積もりだ。()れを傷付けた事もまた、其の一環」

 

 ああ、そうだろうな。知ってたよ。

 

 そして今、お前の誘いへの答えは決まった。

 

 

 

 俺はな、ガリオン。

 一人で文化的に暮らしたいわけじゃねえんだ。

 

 朝は友だちと一緒に音楽を聴いて、コーヒーを飲みたいんだよ。

 俺の望む未来図には既に、ダニエル、あるいは彼の意志を引くケセドがいるんだ。

 

 そして、今やアイツだけじゃない。

 エリヤもガブリエルもミシェルも、リサやエノクもダニエルもカーリーも、ついでにアインやベンジャミン、おまけにカルメンも、その理想の中にいる。

 

 ……勿論、そんな都合の良い未来なんて来ないことは、わかっているが。

 

 けれど、それでも。

 今の俺が望むところは、彼ら彼女らと過ごす、明るい未来であり……。

 

 その未来と、お前の勧誘は、どうしたって両立できない。

 

 

 

「俺が仮に、頭に所属するとして。

 研究所を見逃してもらえたりするのか?」

「否。其の様な妥協が在り得ぬ事を、お前は誰よりも知って居るであろうに」

「じゃあ俺がそっち側に付く場合、初仕事はここを滅ぼすことになるわけだ」

「ああ、そう為るだろう」

「そうか。なら、俺の答えなんざ決まってるわ」

 

 最初から話し合いの余地などなかった。

 

 交換条件だとか、対価が何だとか、俺の将来がどうだとか。

 そんなことは本っ当に、心底、どうでもいい。

 

 だって、最初っから選択肢が存在しないんだからよ、この問答。

 

 

 

「むしろ、そこまで偏執的に俺を理解して、なんで分からんのかね。

 俺が──俺の愛する人間たちを、裏切るわけがねえだろうが」

 

 

 

 言って、俺は中指を突き立てた。

 ま、このジェスチャーは伝わらないだろうけど、気持ちだけね。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ガリオンは、その底知れない程昏い目で、暫く俺を眺め……。

 意思が固いことを悟ってか、首を横に振った。

 

「……然様か。少しばかり、口惜しさを感じざるを得ないな」

「それこそ意味がわからんね。俺は別に、そんな才能がある方ではなかろうに」

「確かに、お前の身体や精神に於ける才は、際立った物ではないだろう。

 けれども、(ただ)一つの在り方と云うものには、其れだけで他には代え難い価値が在るのだよ。

 私はそんなお前を愛でたかった。お前が都市を愛する中で流す苦悶の涙は、きっと甘露であったろうにね」

「キショ……」

 

 愉悦の笑みを漏らすガリオンと会話を交わしながらも。

 

 俺は外の音を聞き取ろうと、神経を研ぎ澄ましていた。

 

 あれからしばらく、時間は稼げた。

 それこそ、赤い霧が全速力で研究所に向かっているのなら、そろそろ到着したっておかしくはない程に。

 

 時間稼ぎという俺の目的は、きっとそろそろ達成されるはずだ。

 

 だから、あと少し。あと少しだけ……と。

 

 そう思っていた俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如として鳴り響く警報と、研究室に据えられた数多のモニター上に表示されるエラーメッセージに、その思考を遮られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

 L旧研の研究者であるダニエルは、主にクリフォト抑止力と各アブノーマリティ収容を担当している。

 その研究室には、研究所内の収容室の様子を映した多くのモニターが並べられ、適切に隔壁が作動しているか、アブノーマリティが想定外の動きをしていないかを監視するものになっている。

 

 

 

 そして……そんな部屋のモニターには、今。

 

 研究所全体の収容室の施錠、及び隔壁の作動に、エラーが発生したという旨と。

 

 アブノーマリティたちが解放される光景が、表示されていた。

 

 

 

 なんだ。

 おかしい、なんで?

 

 なんで……収容室の隔壁が、勝手に開いてる!?

 

 ガリオンは何もしていない。

 特異点なんて使っていないはずだ、そんな挙動は見えなかった。

 

 現に彼女も、少し意外そうにモニタ―の方を見ているんだから……。

 

 

 

「おや、もう始まったのだね」

「……始、まった……?」

 

 知らず震える声と、過る最悪の予感。

 思わず吐き出した言葉に、彼女は当然のように答えた。

 

「赤い霧が此処に戻ったのだろう。

 其れを受け、私が何時迄(いつまで)も為さぬ事に業を煮やし、自ら強引にあの化け物共の封を解いたと云う事だ」

「解いた? 誰が……」

 

 呆然と疑問を口にする俺に対し。

 調律者ガリオンは……目を細め、唇を三日月に歪めて、悪魔のような嗤いを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

「調律者エコン。

 二人の処刑者や私と共に此処に参った、もう一人の調律者だよ」

 

 

 

 

 

 

 ……もう一人の、調律者?

 

 

 

 

 

 

 なんだ、それは。

 

 調律者一人と、爪二人だろう、L旧研に送られてくるのは。

 

 なんでこんなことになってる。

 

 なんで、調律者が一人増えている……!?

 

 

 

 俺のその疑問に答えるように。

 調律者ガリオンは、とても愉しそうに、言葉を並べ続けた。

 

 俺にとって、余りに残酷な言葉を。

 

 

 

「此の研究所と赤い霧を制圧するだけならば、調律者一人と爪二人で事足りる。

 

 だが……赤い霧には、常に其の隣に付き従い、共に戦う友が居たと云うではないか。

 

 灰の従者、であったか。

 

 其の存在の為、私達は此の様な陣容を遣わしたのさ」

 

 

 

 灰の従者。

 

 それは、カーリーと共に依頼をこなす内、俺に付けられたあだ名だ。

 

 つまりは。

 

 俺のせいで、状況は、より悪化した。

 

 俺のせいで、研究所を襲う敵戦力は、より強大なものとなった。

 

 

 

「…………は」

 

 息が詰まる。

 

 不味い。

 これは、本当に、冗談にならない。

 

 

 

 カーリーは都市最強だ。

 これに関しては俺は確信を持って断じることができる。

 

 だが、最強とは即ち無敵ではない。

 カーリーにも限界はある。

 

 外出先から全速力で帰還した直後。

 脱走したアブノーマリティを片端から鎮圧して。

 都市最強級の戦力である足爪を2本も折っていれば……。

 カーリーの身体にも疲労はかさみ、本領を発揮することができなくなる。

 

 その状態で調律者とぶつかれば、一対一でも相打ちになるのが限界。

 ……一対二になれば、いくら彼女だって、勝ち目は……ない。

 

 カーリーが、研究所の守護者が敗れれば、あとは皆殺しだ。

 より多くを残すとか、Aだけでも生き残らせるとか、そんなことすら言ってられない。

 

 

 

 ああ……クソ。

 俺は、判断を、間違えた。

 

 時間稼ぎは、俺にとっての最善手ではなかった。

 俺がこうしてコイツと楽しくお話なんてしている間に、きっと研究所の中で足爪が振り下ろされ、妖精が研究員の中身を引っ搔き回し、柱が人を押し潰していたのだろう。

 

 俺は一秒でも早く、一瞬でも早く、この場をなんとか切り抜け、彼ら彼女らを助けに行くべきだったのに。

 それなのに、俺は状況を見誤り、敵の誘導に引っかかって、多くの被害者を出した……いいや、出している。

 

 それは、俺が殺したのと何が違うのか。

 

 ここを守る用心棒などと騙りながら、仕事もせずに何をしているのか。

 それどころか、状況を悪化させているじゃないか。

 

 

 

 酷い失策に、脳を揺らされる俺。

 

 そんな無様な姿を見て、悪魔は深く、深く、嗤い……。

 

「ふふ……やはり、お前は善い顔をするな。

 折角だ。もう一つ……何故私たちがこの研究所に至れたのか、教えてあげようじゃないか」

 

 矢継ぎ早に。

 

 俺にとって、何よりも非情な現実を、突きつけて来た。

 

 

 

 

 

 

「少し前の事だ。都市に住む、或る医師が禁忌を犯し、我々が処分する事となった。

 

 裏路地に住む者の一人でな。折れた翼の特異点を用い、人の記憶の封印と固有化を行う……そんな一風変わった技の持ち主であったよ」

 

 

 

 

 

 

「…………っ」

 

 喉が、勝手にキュウと鳴く。

 

 その医師には、その施術には、心当たりがあった。

 アインに不要な記憶を覗かれないようにと、研究所の給料半年分を渡してやってもらった、施術。

 

 それは確かに、折れた翼の特異点を使ったものだった。

 

 だが……いや、おかしい。そんなわけがない!

 

 確かにその時、俺は記憶領域へのアクセスを許した。

 だが、明確に読み取れるのは直近1か月程度の記憶に限られるという話で、それも記憶のデータは手術の後に削除する契約で、そのためにわざわざフィクサー協会まで立てて……!!

 

 

 

 

 

 

「その者は、どうやらあくどい商売を行って居た様でね。

 

 本来であれば廃棄すべき記憶、其の()()()()()()を残し、得た情報を然るべき場所に売って居たらしい。

 

 普段なら、其の様な物は確認しないのだが…… 其の際の私は、手慰みに帳簿を目にした。

 

 クク……流れ行く川は、何とも玄妙なものだよ。

 

 その、残された違法データ群の中に、コナー……私達が目を付けていた、異分子たるお前の記憶もまた、在ったのだからね」

 

 

 

 

 

 

 …………ッ、あの、クソ医者ッッ!!

 あれだけ金を握らせて、まだ儲けようとしていやがったのか、このゴミカスがッ!!

 

 このッ…………。

 

 ……いいや。

 

 違う、落ち着け、そうじゃない。

 偶然じゃねえ! だが作為でもねえ!

 この流れ自体が、あまりにも出来過ぎてるだろうが!

 

 あの医者は馬鹿じゃなかった。

 都市の禁忌を犯したのは、ただの偶然やミスじゃねえはずだ。

 何かしら目的があって、その為にどうしても都市の禁忌を犯す必要があった。

 だから、そのために、金を求めていた。

 

 俺の実家のツテで辿り着いた医者が、偶然にもそういった手合いの人間で、偶然にも俺の施術の直後に禁忌を犯し、偶然にもそれが残したデータが調律者の目に止まった?

 

 明らかに出来過ぎている。

 

 まるで、俺が脳手術をすれば、確実に「こう」なるように仕組まれていたような、不自然な程の悪運で。

 

 ……ああ。そうか、わかった。

 

 

 

「真に興味深い、偶然の連続。

 

 まるで、世界がそう為ることを望んでいるかの様だと、私はそう感じたものだよ」

 

 

 

 これが、都市の意志。

 

 俺が歪めた歴史を、本来の形に──あいつらが苦痛に呑まれるように歪めようとする、濁り切った集合無意識。

 

 そして……。

 

 

 

「さて……私はお前に感謝せねばなるまいね、コナー。

 

 お前が私たちを、此処に導いてくれたのだから」

 

 

 

 ……その都市の意志に沿う形で、L旧研を滅びの道に誘ったのは。

 

 俺だ。

 

 他ならぬ、俺自身だった。

 

 

 

 

 

 

 俺が、あいつらを、死の運命に追いやった。

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 調律者は語り終えると、嗜虐に染まった瞳で俺を舐めて来る。

 

 ……ああ、わかるよ。

 どうせアレだろ。俺が後悔とか絶望とか自責に囚われる姿が見てえんだろ。

 

 実際、てめえの口撃は大したもんだよ。

 情報を明かす順序とかタイミングとか口調とか声音とか……全てが完璧。相手の精神を侵す猛毒だ。

 

 割とその辺に強い俺でさえ、今、混乱と失意に襲われてるくらいだからな。

 

 ああ、そう。

 本当に……本当に、やらかした。

 

 俺が余計なことをしなきゃ、頭は研究所に来なかった。

 俺がカーリーの隣に立とうとしたせいで、調律者は2人に増えた。

 

 俺が、このL旧研を滅ぼし、皆を殺すようなもんだ。

 本当に、反吐が出そうな、最悪の気分だよ。

 

 

 

『主よ……』

 

 頭の奥底に、不安げな騎士の声が届く。

 かつて自らも呑まれたそれに……絶望に、俺もまた囚われるのではないかと、心配してくれているんだろう。

 

 ……ああクソ、駄目だな、俺。

 騎士に心配かけちゃって。

 

 まったくもって恥ずかしい。

 敵の思考誘導に見事に乗せられて、こんな無様を晒すとは。

 戦士としての心構えを教えてくれた師匠にも、顔向けができん。

 

 今、戦士であるコナーがすべきことは、自らの嘆きに溺れることではないというのに。

 

 

 

「…………はあ」

 

 溜め息一つ、胸の中の失意を踏み潰し。

 緩みかけていた意識を、再び戦士のそれに切り替える。

 

 別に挽回しようだとか、罪滅ぼししようだとか、そういうことじゃない。

 俺のしたことは取り返しが付かないことだから。

 

 

 

 でも、今、俺には一つ、出来ることがある。

 

 戦うことだ。

 俺自身の戦いを、俺自身の意志で、することだ。

 

 それが如何なる状況であろうと……。

 俺は、何かを守るための戦いを、止めるつもりはない。

 

 

 

『ああ、主よ……やはり、あなたは……!』

 

 

 

 緩んだ意識を冷たく引き締めながら、黒衣の侵入者を見据えた。

 

 研究所の敵を。

 ダニエルの敵を。

 カルメンの敵を。

 アインの敵を。

 エリヤの、ガブリエルの、ミシェルの、リサの、エノクの、カーリーの、ベンジャミンの敵を……。

 

 

 

 そして、俺の敵を。

 

 

 

「話は終いだ。

 ガリオン。お前はここで死ね」

 

 

 

 調律者を一人、この場で殺す。

 

 それが、今の俺が唯一無二、できることで、すべきことだ。

 

 

 

「嗚呼、矢張(やは)り……お前は善いな、コナー。

 実に、私好みだ」

 

 

 







 灰色の従者コナー vs 調律者ガリオン、始まります。



Q.コナーは都市の意志から独立してるんじゃなかったの?
A.確かに独立している。コナー自身の意思は。
 しかし、コナー以外のL旧研メンバーすら含むあらゆる要因が都市の意志に繋がってるので、コナーがどう動こうと最終的に「そう」なるよう、詰みの形に持っていくことが可能。
 ぶっちゃけ今回の件がなかったとしても、L旧研は必ず何らかの要因で頭に存在が露呈し、襲われる。それが都市の意志だから。
 この因果を成立させるため、ここ最近人差し指たちはものすごい勢いで暗躍していたものと思われる。
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