「衝撃波」。
調律者が使う、どうせこれまた特異点なのだろう、不可思議な攻撃。
Lobotomyでは、収容室に特殊なクリフォト暴走を発生させ、それ自体はダメージを与えることはないが、棘や波を生むことで間接的に職員に攻撃するものであり。
一方Ruinaでは、2人の調律者のどちらも、純粋に敵全体に大きなダメージを与える攻撃である。
結局ダメージを与えるのか与えないのかどっちなんだ。
その答えは、今、俺が明かしている。
「……ぅ、あ」
細く、血の混ざった息を吐く。
それしか、今の俺には許されなかった。
ガリオンの腕から発された不可視の衝撃波は、纏っているはずの騎士の加護すら貫き、俺を吹き飛ばして。
研究室の壁を悠々と突き破らせ、向かいの収容室の壁に叩きつけた。
更にそこから、二度。
押し寄せる力場は、俺の体を遠慮容赦なく軋ませ、ぶちぶちと体組織を破壊して。
気付けば、俺は半壊した壁に埋もれ、身動きが取れなくなっていた。
ここ1年で、何度も味わってきたから感覚でわかる。
俺、死にかけだ、これ。
……ふざけやがって。
こっちは予測なんてできるわけねえ不意打ちぶち込んで。
お前の思考を読みに読みに読んで。
鼻血がでるんじゃねえかってくらいに頭を回しまくって。
反射とかいう初見殺し使って。
クソみてえな運ゲーに勝ち続けて。
体も心も道具も運も、全部を使いまくって。
そうして、ようやく、ここまで追い込んだってのに……。
てめえは、たった一発大技当てただけで、形成逆転かよ。
マジで死ねよ。死んでくれよクソが。
才能のない全ての人にその肉を一片ずつ分け与えて、骨と皮だけになって死に腐れ。
ああ、駄目だ。
こんなこと考えてても、意味はない。
まだだ。
まだ、抵抗はできる。
立て。立ち上がれ。
俺は生きてるんだ。
生きてる限り、止まるな。
俺みてえな半端者に、止まる時間なんぞねえ。
もう一回だ。
もう一回、形勢逆転を……。
ここから巻き返して、アイツを殺す手段を、考えねえと。
「ガッ、ァ……い、ってえ、な……」
バキバキ鳴って折れそうな体を、無理やりに壁から引き剥がす。
……ああ、クソ。
なんか引っかかると思ったら、尖った壁材が思いっきり腹を貫通してやがった。
この出血量……5分と持たない、か?
『主よ、どうかっ、どうか私をお呼びください!
私なら、あの者を止めることができます!!』
駄目だ。
今、その札を、守りのために切れば……。
ただでさえ薄い勝率が、ゼロになるだろうが。
俺はまだ、欠片も、勝ちを諦めちゃあいないんだよ。
てめえも従え、騎士。
最後まで俺を守って、俺に勝利を捧げて、俺より先に誇りの中で死ね。
『っ! ……はい、承知、しました』
急がねえと、ガリオンが追って来る。
なんとか、せめて戦闘が出来る状態に立て直さねえと……。
このままじゃ、何もできずに殺されるだけだ。
体中に響く激痛の悲鳴を聞き流し、痛みに紛れる思考の糸を掴んで、なんとか考える。
普段なら、K社製のアンプルをねだりに、アインかカルメンの研究室に行くところだが……。
周りから聞こえる悲鳴と絶叫、肉の潰れる音と建物が破壊される音からして、望み薄だ。
……しかし、K社製品を使わねえなら、もう尋常な手段じゃ立て直せねえ。
現に、今この瞬間も、俺の背中からはぬめぬめした気持ち悪い熱が流れ出続けてる。
体力と体温が完全に枯れ切るまで、そう時間もかかんねえ。
どうする……どうすれば、いい。
収容室のネームプレートに赤い手形を付けながら、俺はなんとか体勢を立て直す。
そして、おおよそ不可能な、再起の手段を考え続けて。
…………あるいは。
そんな狂気的な危機の中だったからこそ、だろうか。
血塗れの左手を付けた、収容室のネームプレートが見えた時……。
自然と、笑いが、込み上げてきた。
「……あぁ……そうか、それ、あったなぁ」
そこに記載された番号に、そしてその奥にあるものに。
俺は、普段なら絶対に見出さない、可能性なんかを見出してしまったのだ。
ナンバー、「T-09-80」。
危険度ランクHE、ツール型アブノーマリティ。
その名を、『巨木の樹液』。
俺が前世で大層嫌っていた、害悪アブノーマリティだった。
* * *
俺がその収容室に入ってから、ガリオンが追って来るまでには、5秒程の時間が空いた。
恐らくは、腹にぶち空けられた大穴を特異点で止血するのに、時間が必要だったんだろう。
次に俺が騎士の視界越しに見た時には、穴は塞がってこそいないものの、出血は止まっていた。
ああ、良かった良かった。お前も態勢立て直せたか。
これで条件は対等だなァ!!
俺も今、丁度全快したところなんだわ! お揃いで嬉しいねェ!!!
飲み干した4つの樹液の殻を一気に踏み潰し、口元を拭う。
致命傷レベルから一気に復帰して脳内麻薬ドバドバだからか、樹液に変なモンでも入ってたのか、それとも4杯も一気にガブ飲みしたのが悪いのか知らんけどさぁ!
今すっげぇ気分爽快、テンションもアゲアゲなんだよね!
これで何の躊躇いもなくテメェをぶち殺せるってもんだなァ、ガリオン!!!
巨木の樹液。
それは、メリットだけを見ると非常に有用なツール型アブノーマリティだ。
その効果は、2つ。
使用時の即時
そして、使用してから60秒の間、毎秒
ぶっちゃけ、作業中ならともかく鎮圧中に収容室に職員入れる余裕なんかないし、普段の回復なら回復リアクターやHP-N弾で事足りる。
即時回復はオマケみたいなもんで、これは要するに強力なリジェネツールだ。
銀河の子のギフトが5秒毎にHPを1~2回復で、これでもかなり強いギフトって呼ばれてたことからも、巨木の樹液の回復量の凄まじさがよく分かるだろう。
最も分かりやすい活用方法は、やはり鎮圧だろうな。
ミミクリーとALEPH防具に絶望加護乗っけた前衛にこれを付ければ、ぶっちゃけ殆どの敵から受けるHPダメージを回復量が上回る。
それ以外で言えば、防具が揃っていない頃の白夜の管理にも使える。
強力なPALEダメージを与える最難関の作業だが、勇気や自制の値にもよるが、PALE2.0の防具ですら安定して作業を行うことが可能だったりする。
……とはいえ勿論、有用なだけのアブノマなんて、この世界に(殆ど)ない。
巨木の樹液にも当然のように、そびえ立つクソみてえなデメリットがあった。
即死である。
巨木の樹液を飲んでから20秒すると、職員は一定の確率で即死する。
飲めば飲む程確率は高まって行き、最終的には6割の可能性で即死する。
ちなみに、1つ目を飲んだ時点で即死する可能性もある。
あのさぁ……(呆れ)。
回復ってのは死なないためにするものなんだよ。
なんでそれで即死の危険性を呑み込まなきゃならんのだ。
RPGで例えれば、低確率で即死する代わり強力な回復魔法。
そんなもん縛りプレイの時以外いつ使うんだよ。
いやまあ。
他に回復魔法が使えなくて、なおかつ使わないと絶対に死ぬ時には有用なんだけどな!!
要は今の俺だよ!!
ガリオンは、必ず俺を殺しに来る。
あの死に体のままであれば、抵抗もままならず死んでいただろう。
対し、巨木の樹液を飲んで態勢を立て直せば、ガリオンを殺せる可能性が発生する。
勿論20秒後に爆死する可能性も生まれるわけが、本来はなかったはずの生き残る可能性もまた生まれるわけだ。
いやー最高の神ツールっすわ樹液さん!!!
でもせめて即死は2回目以降で良かっただろうがよプロムン!!!
というわけでそんな巨木の樹液、高速治癒のために4杯飲み干してみました!!
さっきまで胸にクッソでけえ穴空いてたボロ雑巾みてえな俺の体も、既に健康体に逆戻り!
そして、これから1分間は負傷があっても即行で修復可能!!
これで心置きなく全力で戦えるってもんだわ!!
……4杯も樹液飲んだりすれば、20秒後に爆死する確率は約87%。
文字通り十中八九、俺はここでおしまいだろう。
でも、だからこそ。
傷痕くらいは残す。
研究所に来ちまった招かれざる客の接待くらい、こなしてやるさ。
人生最後なんだ、大花火の一発くらいぶち上げねえとなあ!
目標、調律者殺し!!
この20秒間でなーんにも返せねえよってくらい、自分の全部を絞り尽くすぞ!!!
* * *
ずっと鞘にしまっていたレイピアを抜き、左手に握る。
プロトタイプE.G.O、涙で研ぎ澄まされた剣。
カルメンに渡されて以来、なかなか長い付き合いになり、既に手に馴染んだ得物であり。
俺と騎士とを繋ぐ、大切なラインでもあり。
そして、これからの戦いにおける、最大の切り札でもあるそれ。
「すぅ──ふぅ──」
深呼吸と共に、剣に深く深く、意識を落とし込めば。
彼女の言葉だけではなく、その心象までも、俺の心に沁み込んで来る。
……まるで嵐の海のように吹き付ける、昏い昏い、限りなき絶望。
けれど、永遠に続くかと思われた夜の中。
ただ一つ、暗雲にすら隠されず、輝く星があった。
その星の名を、希望と。誇りと。正義と。
あるいは主と、彼女は呼んだ。
燦然と冷たく、けれど誰より暖かく夜を照らす、大きな白い星。
それさえ戴けば、もう道に迷わない気がした。
如何なる裏切りと堕落の中にあれど……。
それでも、瞳が黒い涙に滲み、進むべき道を見失うことはない。
小さな星々を守護し続け、彼らに光を届けてきた彼女は。
夜空の星に導かれ、空虚に堕ちた誇りに、小さな、けれど確かな熱を灯した。
……ああ、もう、まったく。
とんでもない買い被りを受けたものだ。
常に誰かを守って正義を体現してきた彼女の、希望だなんて。
俺みたいな雑魚にはとても負えない、それこそ赤い霧の相棒と並ぶくらいに、重すぎる役割だ。
けれど、期待されたのなら、応えるのが道理というもの。
最後の最期までやってやろうじゃねえか、正義の象徴!!
俺は努めて口元に笑みを浮かべ、叫んだ。
「正義の道よ、貫き通せ!!」
『我が主、最期まであなたと共に!』
正義の騎士から共有された視覚、魔法陣を開いた先の景色。
8つ青い魔法陣に囲まれたガリオンは、ニマリと、心底嬉しそうな歪んだ笑顔を浮かべた。
ああ、いいぜ。
お前の望みを叶えてやる。
覚悟しろ。
今日、都市の頭が一つ、落ちることになる。
次回、決着。