3級フィクサーパンチ   作:アリマリア

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スタートダッシュ! ピックアップ幻想体確定抽出

 

 

 

 セフィラたちとの顔合わせが終わって、次の日。

 俺は、自室のすぐ横にある部屋で、それに向き合っていた。

 

「…………」

 

 その部屋には、これといった内装がない。

 「ダァトフロア」と呼ばれるここや、設計チームのメインフロアなんかは、他の部屋以上にアインの心象を反映する構造らしい。

 

 逆に言えば、未だヤツがいない今、俺以外の誰も立ち入ることの許されないこの部屋は、入り口とエレベーター以外には家具の一つもない暗室でしかない。

 

 ……そして、そんな暗闇の中。

 ぼんやりと翠の光を放つ、巨大な培養槽のようなものがある。

 

 天井と床に太いパイプで繋がれたそれは、このL社という組織の根幹を為す「装置」。

 あの頃は汲み上げるのに大層苦労していたコギトを、文字通り無尽蔵に井戸から汲み上げることのできる、アインたちの見た理想。

 

 

 

 水槽の中にあるものを見上げながら、俺はぼんやりと呟く。

 

「……死にたくなんてないって言ってたお前が、どうしてそうなったんだろうな。

 俺、先に死んじゃったから知らないんだよなぁ、その後のこと」

 

 俺の視線の先に「ある」のは……。

 水槽に浮いた脳と脊髄、そこからまるで翼のように生えた不可思議な触手。

 

 これこそが、「釣瓶」。

 

 カルメンの脳を使った、コギト抽出装置だ。

 

 

 

 正史では、メンヘラリストカッターで自殺未遂し、ただの風呂をアブノマに変えたカルメン。

 追い詰められていた研究員たちは、まだギリギリ死んでなかった彼女を発見したのだが……そんなカルメンを救助することはなく。

 むしろ、「まだ生きてるっぽいけどカルメンなら喜んで釣瓶になってくれるやろ!w」というサイコ理論で、脳と脊髄をぶちぶち抜き出し、釣瓶を完成させた。

 

 こっちの世界では、カルメンが自分の悪性を受け入れて愛するというとんでもねえ覚醒をキメてしまったため、まず自死なんて道は選ばなかっただろう。

 少なくとも、逃避と言う意味では……選ばなかったっつうか、選べなかったはずだ。

 自身が積み立てて来た苦痛を思えば、そんな半端なところで立ち止まれるわけがないんだから。

 

 しかしながら、「これ」がカルメンの脳と脊髄で作られたことは確かなはず。

 なにせアインがインプットした情報だ。俺を騙して変な方向に誘導する意図でもなければ、間違いない。

 

 つまりこの世界のカルメンは、なんらかの形で死に、アインたちに臓器を利用されたのか。

 あるいは、どれだけ探しても釣瓶適性者が見つからず、研究を進めるという意味で自己犠牲を選んだ……というのなら、可能性はあるか。

 

 

 

「……なあ……カルメン」

 

 ゆっくりと手を伸ばし、水槽に手を触れる。

 ひやりとした感覚情報こそあるが、それだけだ。

 

 この世界で最も美しく温かい声(笑)が脳内に響いたりは……しないか。

 

 そりゃそうだ。

 俺はそもそも、アイツのいる井戸に繋がってないんだから。

 

 だから、もう……カルメンの、あの馬鹿みたいに明るかった声を聞くことは、生涯ないんだろう。

 

 

 

「……全く」

 

 内心、変な期待をしていた自分に、思わず苦笑いを零してしまう。

 

 俺にとって、カルメンという女は、何だったのだろう。

 

 かつては彼女を、全ての諸悪の根源であり、現実を直視することもなく多くの人を巻き込んで破滅し、責任から逃げた果てにクソリプしてばっかのクズだと思っていた。

 

 しかし、あの日。

 自らのそんな悪性を突き付けられ、けれどカルメンはそれを速やかに受け入れ……愛した。

 俺が未だにできないそれを、いともたやすく、やってのけたのだ。

 

 俺は、その輝きにやられた。

 

 自分自身を受け入れる。

 言葉にすりゃあ簡単で、けれど行動に移すのはとんでもなく難しいはずのことを、平然と為し。

 その上でなお、「自分」ってヤツを見失わなかった、強さと美しさと気高さに。

 

 ギャップ、ってヤツかね。

 カスのカスたる部分が一瞬で掻き消え、代わりに極彩色の光が放たれて。

 その温度差に、頭をおかしくされてしまった。

 

 まったく……。

 もし仮にタイムスリップしたとして、幼少期の俺に「お前将来カルメンと関係持つぜ」なんて言っても、到底信じなかっただろうな。

 またぞろ外郭のバケモンの精神攻撃かと、問答無用で襲いかかってきそうだ。

 

 

 

 でも……そんな想定外の日々も。

 

 悪い気はしなかった。

 

 アイツと共に過ごす時間を、俺は、決して嫌いになれなかった。

 

 

 

「……お前がいないと、ちょっとばかり寂しいよ」

 

 あ……やべ、本音漏れた。

 カルメンが今どういう状況なのかは判然としないが、聞かれてたらまあまあ恥ずかしいこと言っちゃったな……。

 

 いや、まあ、いいか。

 井戸に繋がってない俺は、E.G.Oに覚醒することもなければ、ねじれることもない。多分ね。

 

 光に溶けた……というか、今のところ井戸に溶けた、か。

 そんな状態のカルメンと会話を交わすことは、もうあるまい。

 

 仮にそれがあったとして、図書館のシナリオが終わった、俺の知らないもっと先の未来になるだろう。

 その頃になりゃ、こんな言葉の一つくらい、アイツも忘れてるだろうし。

 

 

 

 ここにいても、俺の心の整理以外に、なんら得るものはないだろう。

 

 黒くギラつく太陽は、この暗い部屋にはない。

 ただ痕跡が浮かぶばかりだ。

 

 ま、独り言で時間を潰すには悪くないがね。最優先護衛対象ですし?

 

「じゃあな、カルメン。また来るわ。

 ……お前、あんま人に変な誘惑とかかけんなよ? 人の人生はその人が決めるモンなんだからさ」

 

 届いてるかすらわからん俺の忠言が、どこまで効果を持つかはわからんが……。

 流石に、あそこまで心を許した女が、クソリプねじねじおばさんになるのはちょっと嫌だ。

 

 一応、言うだけいっとこう。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、俺が釣瓶のあるダァトフロアを出て、自室に戻ろうとすると……。

 

 そこには、一人の待ち人がいた。

 いや、待ち人ってか待ち箱か。

 

「ダァト。連日で悪いが、少し時間を頂こうか」

 

 黒と金に彩られる、ハニカム模様の刻まれた箱を持つセフィラ、ビナーだ。

 

 ダァトフロアは、46日目以降のXを除けば、俺だけしか立ち入りを許可されていない。

 特に、L旧研の敵であったガリオンが元になっているビナーは、何があっても絶対にここには入れないよう、とんでもねえ数のセーフティとロックがかけられてるらしい。

 

 つまりは、俺が物思いに浸っている間、コイツをここで待たせてたってことだ。

 ちょっと申し訳ないな、それは。

 

 

 

「やあビナー、僕はダァト! ごめーん、待った?♡」

「何、気にするでない。

 そも、私がお前の時間を乞おうと云うのだ。礼儀を尽くすべきは私であって、お前ではないだろうからね」

「そう言ってくれると助かる♡ これは理想の彼氏♡ は? 彼氏は俺だが?

 で、用事は何なりや? 急ぎ?」

「応とも、少しばかり急を要する。

 先ずは場所を移すとしよう。この場では叶わぬ故な」

 

 言い、ビナーは俺を先導して歩き出した。

 

 ……多分人間体だと優雅な足取りなんだろうけど、箱の体だとトコトコ歩いてて可愛いって感じ。

 ビナ様ったら萌えキャラ~♡♡ いや萌えキャラはねえわこの女にな。

 

 

 

 ビナーという女は、往々にしてよくわからん奴ではあるが……。

 俺はコイツを、ある意味においては信用できる、と思ってる。

 

 多分だけど、この女は、自分の役割や責務に真摯なんだろう。

 自分が調律者であれ、セフィラであれ、指定司書であれ、その時の役目を果たそうとする。

 だから、調律者として人をぶち殺すことにも、セフィラとしてかつてぶち殺した奴らと一緒に働くことにも、指定司書として都市の脅威に手を貸すことにも、元同僚と殺し合いすることにも、躊躇がない。

 それが自分の立場で、役割で、すべきことなのだから。

 

 昨日の件だってそうだ。

 何の礼かは知らんけど、俺に対する借りを返すためと、恐らくは目覚めた直後に駆けつけて俺を止め、ダニエルたちに接する前に忠言をくれた。

 

 自分の感情はさておき、すべきと判断したことはする。

 そういう言い方をすれば、俺としても共感できないこともない。

 

 どうやらアインはバチバチに警戒しているようだが……。

 ぶっちゃけ「セフィラ」という役目に縛り付けている限り、ビナーが反旗を翻すようなことはないんじゃないかなーと思う。

 

 ……まあ、その道中で自分の愉悦趣味を満たそうとする、クッソ面倒くさい性質はあるんだけどね。

 

 そしてその最たるターゲットが多分、俺!

 クソがよ、巻き込むんじゃねえよ! 破滅主義なら自分の破滅で鬱オナでもしろボケ!!!

 

 

 

 ……こほん。少し私情が入っちゃったが、ともかく。

 

 そんなビナーが時間をくれって言って来る以上、昨日と同じように、何かしら必要なことなんだろう。

 急ぎの用事ってことなら、応じない理由はない。

 まあ、この後はウチの部署の職員と顔合わせしようと思ってたが……そこはリスケだな。

 

 あーもー、今回の人生も忙しないっすね! 俺に休暇って概念はないのかな?

 ま、死っていう安寧の中で数年くらいは長期休暇をいただいたみたいだし、今はその分働きますか~。

 

 

 

「あ、もしまたなんかの礼だって言うつもりなら、もういらないぞ?

 正直昨日止めてもらったのはすげえ助かったし、それで全部チャラってことでオーケー。てかそもそも何の礼なのかもわからんし俺」

「フフ……嗚呼、お前には私が何を感謝して居るのか、分からないかも知れないね。

 だが、お前はそれで良いとも」

「Huh?」

 

 コイツの思考は理解も推測も難しい。

 俺の思考体系と乖離しすぎてるんだわ。

 

 ……強いて考えられることとしては、自身の死っていう絶対的な破滅をもたらしてくれたことへの感謝とか、そんなことかもしれないけど。

 だとすると、だいぶキショだぞコイツ。普通自分を殺した相手に礼とかする??

 

 

 

 ぼんやり考えながらビナーの後を追う俺に、彼女は続けて言ってくる。

 

「それに、今回の件は、お前への返礼と云う訳ではない。お前以外の何者かへの其れに当たる」

「はあ。それに付き合えってこと? 俺の時間は高いぞ~?」

「そう云うな、此れはお前にも益の有る事なのだからね」

「益ねぇ。ま、昨日の恩もあるし、素直に付いてきますけども」

 

 コイツ、昨日は俺で今日は別人って、お礼して回ってばっかだな。律儀~。

 現パロなら、引越しした後ちゃんと周りの部屋とか家に挨拶回りするタイプかもしれん。

 

 ……想像付かなすぎるな、挨拶回りするビナー。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 さて、2人して歩いていく先は昨日と同じく、ビナー担当の抽出チーム。

 

 しかし彼女の足は、そのメインフロアでも、彼女のティーテーブルのある私室の前でも止まらず……。

 

「……おい」

 

 アブノーマリティ抽出室、その前で止まった。

 

 

 

 L旧研の系譜を継ぐL社──Lobotomy社。

 26の翼の1つであるその本懐は、エンケファリンに由来する膨大なエネルギーの精製。

 その核を担うものの一つが、カルメンの脳による「釣瓶」であり。

 もう1つが、これだ。

 

 L社の特異点は、「アブノーマリティの抽出」。

 

 人の集合無意識たる「井戸」より、局所的な感情の表象たるそれらを組み出し、実体化させる。

 それによって、常軌を逸した怪物をこの世界に顕現させるのだ。

 

 で、ただの怪物っていうんなら普通に殺すだけだし、抽出する必要もないのだが……。

 アブノーマリティは、エンケファリンという有益な物質を生む。

 

 呑むことで強力な抑鬱・鎮痛効果があり、また超高効率でエネルギーを生成することができる夢の物質。

 これこそ、L社が1年そこらで翼にまで成り上がった所以。

 

 そして、エンケファリンを生成するアブノーマリティを、ほぼ無制限にいくらでも生み出すことができることこそ、我が社の最大の強みなのである。

 

 

 

 ……まぁ!

 

 アブノマは普通に人殺したり食ったりするし!

 

 初見殺しで壊滅的被害を与えて来たりするし!

 

 時には降臨=施設壊滅とかもあり得るんで、変に抽出しまくると超危険なんだけどね!

 

 

 

 んで、そんな風にくっそ危険な上、極力人の目から隠すべき秘儀でもある、アブノマの抽出。

 

 そんなもんを個人の判断で行えるわけもなく、基本は統括AIであるアンジェラの言う通り──より正確に言えば、アンジェラが暗記している台本に書いてある通り──に行われるはずで。

 

 それを行う抽出室に、ビナーがいきなり入って行こうとしてるんだから、俺が困惑を吐き出すのは自然な話だろう。

 

 

 

 一応、ビナーはアブノマの抽出を担当する、抽出チームセフィラでもある。

 だから、ここに立ち入ること自体は問題ない。

 

 アンジェラの認可があれば、の話だが。

 

 彼女に無断で、アブノマの抽出をするつもりっていうんなら……。

 それはL社への反逆行為に他ならない。

 

 俺は今から、コイツを破壊しなきゃならんくなる。

 できるかどうかはともかく、それが俺の為すべきことだ。

 

 

 

 ……が、しかし。

 

 その行いがL社への反逆であり、即ち俺と敵対するフラグってことは、コイツも理解しているはずだ。

 

 だからこそわからない。

 

 ビナーはなんで俺を連れて来た?

 もし反逆するのなら、俺の目の届かないところでやるべきだろうに。

 

 

 

 俺の懐疑に、ビナーはその瞳を悦に歪めて答えた。

 

「心配するでない。アンジェラの許可は得て居る。否、むしろ、そうしろと命令されたのさ。

 明日以降の管理作業を行う上で、人の井戸の底より、アブノーマリティを1つ抽出しろ……とな」

「あ、そうなんだ。良かったーまたテメェぶち殺さなきゃいけないかと思った」

「おやまあ、血気盛んな。……お前に、再び私を殺せるのかい?」

「できるかできんかじゃなくて、必要ならする。それだけだろ」

「クク……そうか」

 

 なんじゃいその心底愉しそうな笑みは。

 

 

 

 ひとまず、やべーことやろうとしてるわけじゃないのは良かった。

 

 だが、それにしても……なんで俺がここに呼ばれたのかはわからんままだ。

 

 人の意識を通して井戸にほっそいパスを繋げ、無理やり無作為に汲み上げてたL旧研の頃と違い……。

 L社ではアブノマ抽出の際、人間へのコギト投与を以て行うらしい。

 

 こうすれば抽出されるアブノマに、ある程度の指向性を持たせることができるとかなんとか。

 L旧研の頃はランダム抽出だった結果、害悪ばっか呼び込まれて地獄みたいになってたので、発生する職員たちの精神汚染という苦痛さえ呑みこめるのなら、これは効率的な方法と言えよう。

 

 ……が、しかし。

 それができるのは、記憶貯蔵庫に原本を残してあって、TT2で無尽蔵に呼び出せる職員に限った話だ。

 

 Xにとっての部下であり道標であるセフィラの精神汚染度を上げるわけにもいかず。

 俺たちは、コギトを注入してのアブノマ抽出は勿論、その観測さえも許されない。

 

 まあ元調律者なら大丈夫やろw という理屈で、ビナーだけは立ち合いを許されてるけども。

 

 

 

 そんな社則をコイツが忘れるわけもなく、いよいよ俺を呼び出した理由がわからん。

 

 アレかな? 原作のエノクティファレトみたいに、一旦ぺちゃんこになってみたいのかな?

 そんな豊かなものを持っておきながら、なんと勿体ない。草葉の陰でカルメンが泣くぞ、アイツ何気に気にしてたし。

 

 ……なんて、脳内でふざけている俺に対し。

 

 彼女は、淡々と言った。

 

 

 

「お前に返すべき礼は返したが……何せ、私に死の暗がりと生の輝きを見せたのは、お前だけではない。

 

 未だ名も知らぬ相手ではあるが、其れでも、私に許された範囲で感謝は告げるべきであろう故」

 

 

 

 ……………………。

 

 ああ、そういうこと。

 

 本当に真面目というか、なんというか。

 それが彼女の美学、というヤツなのかもしれないが……。

 

 ……残念ながら。

 その心遣いは、届かないだろう。

 

 

 

「お前の気持ちと事情は理解したし、個人的には嬉しいけど、それは無理だ。

 もう、彼女はいない。……多分研究所を出る際に埋没処理されてるか、アインか頭が何らかの特異点でも使って、この世から消滅でもさせてるだろう」

 

 あの時、俺と共に調律者に立ち向かってくれた騎士は、もういない。

 いや、外郭のどこかに埋没しているのかもしれないが……あそこで悠長に発掘作業なぞできるわけもなく、おおよそ再会は叶わないだろう。

 

 彼女との繋がりであった、プロトタイプE.G.O「涙で研ぎ澄まされた剣」は、既にこの手になく。

 呼びかければいつでも答えてくれた声も聞こえず、ただ冷たい静寂が返って来るばかりだ。

 

 抽出すれば、「絶望の騎士」と呼ばれるアブノーマリティとは、邂逅することが叶うかもしれない。

 なにせ大衆の意識の一部だ、表出した一部が欠けても大本を組み上げることはできようから。

 

 けれど、それはもう、彼女ではない。

 

 あの時俺と共にあった、「正義の騎士」と呼ばれた誇り高い騎士は……。

 完全に潰えたか、あるいは未だ地下に埋まったまま。

 

 俺はもう、彼女と再会することはないだろうと踏んでいた。

 だからこそ、あの時、さよならを告げたのだ。

 

 

 

「果たして、真実そうだろうか?」

「……違うとでも?」

 

 思考を読まれ、思わず目を細める。

 対してビナーは、敵意にも近いそれをなんら意に介することなく、金色の視線をこちらに投げかけてきた。

 

「さて。其れを確かめる為にも、今から此れを行うのだよ」

「無意味だ。それなら素直に罪善さん……は無理か。てきとうなTETHアブノマでも呼んだ方がいい。一般人とか」

「これは異な事を云う。

 仮に難しいとて、先ずは試みる……其れこそがお前の在り方だろう?」

「……知ったような口で言ってくれるなぁ」

 

 まあ……言われてみれば、確かに。

 試してみることは無駄ではないか。

 

 絶望の騎士は人類の味方枠。

 もし呼び出すことができれば、L社にとってアドではある。

 

 俺がちょっとばかり寂しくなるのは……まあ、我慢すればいいか。

 

 

 

 そんなわけで、俺はビナーに続き、アブノマの抽出部屋に入った。

 まだ使用された痕跡のない、様々な器具や緑色の液体の入ったポッド、脳波を読み取る装置に囲まれた寝台や、暴れる者を拘束する実験台などのある、なんともマッドな部屋。

 

 そんな中でビナーは、俺には寝台の上で寝るよう指示し。

 自身はコギトの注入装置……ではなく、脳波を解析するコンソールに手をかけた。

 

「……あ? 何、俺にコギト打つんじゃないの?」

「私がお前に危害など加えれば、其の時点で全ては覆るであろうよ。

 此れより取るのは、お前たちが嘗て行っていた其れだ。お前の思考を介し、其の先を観測し道を拓く」

「あー……」

 

 いや、それは無理だ。

 

 俺の思考や人格は、こっちの世界の人々の集合無意識である井戸に繋がっていない。

 勿論、アブノマの抽出も叶わない。E.G.Oやコギトもそうだ。

 

 それが分かっている俺は、制止しようと声を上げかけたが……。

 

 ビナーの落ち着いた声が、それを制した。

 

 

 

「矢張りお前は、自らの価値と意味を少々見誤って居る様だね。

 私達に染められぬ、不可思議な人間、悍ましき個人よ。お前は此の世界で只一つきりの、絶対的な自我だ。

 それは私達自身ではない故にこそ、私達を大きく変え得る」

 

「我等の底に広がる大いなる井戸、其れ其の物を覆す程の物量は、お前にはないだろう。

 けれどね、其処から汲み上げられた一粒……其れと混ざり合い、濁りを奪い去り、純粋な一滴とすることが、お前には出来るのだよ」

 

「そうして出来上がった澄んだ雫は、元あった我等の井戸に繋がりながら、しかし同時、他なる井戸へと落ちて行った。

 お前と云う人間の持つ、小さき井戸。只一人の無意識へと溜め込まれる水として、存在を分かったのだ」

 

 

 

「そして、お前の井戸に溜め込まれる雫は、只其れのみ。

 であれば、抽出に於いて他に可能性等、生まれる事もなく」

 

「……何よりも。

 其れがお前を求めるのであれば、無理に引き出す力等、必要とはしない。

 道を示せば、其れは自ら、此処に現れ出づるであろうよ」

 

 

 

 

 

 

 その言葉を、俺が理解し切るよりも早く。

 

 もしかしたら、なんて期待なんてものを持つよりも早く。

 

 

 

 見慣れた白い輝きが、部屋に満ち。

 

 その中から……一人の人型が、俺の前へと現れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「我が輝かしい、愛しの主よ」

 

「あの時の言葉を叶え、再びあなたと巡り合う為、ここに参上致しました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼女は……。

 

 青く、黒く、そして白くなったその騎士は。

 

 跪き、その胸に手を当て、蒼い瞳を誇らしげに俺に向けていた。

 

 

 

 

 

 

「私の剣は、あなたの正義の道を拓き。私の盾は、あなたの誇りを守るでしょう」

 

「ですので……今度はどうか末永く、お傍に置いてくださいね?」

 

 

 

 

 

 

 そう言って、冗談めかして笑う声音は、言葉は。

 その底に隠れた親愛と信頼、そして誇りに満ちた信念は。

 

 ああ、確かに。

 

 彼女をおいて他にない。

 

 

 

 「正義の騎士」。

 

 あの日に別れ、二度と巡り合うことはないと思っていた……俺の騎士。

 

 

 







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