3級フィクサーパンチ   作:アリマリア

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心の病に免疫

 

 

 

 心の病、という概念がある。

 カルメンが提唱した、人の精神の停滞と抑圧を示す言葉だ。

 

 都市の人々は、常に世界から抑圧されている。

 自分らしく生きられず、己の心を表に出せず、人を受け入れられず、そして自分を愛せない。

 故に、常に抑圧し抑圧されながら、閉塞的な人生を歩むしかない。

 

 そんな状況を、カルメンは「病の罹患」と表現し、その治療を試みているわけだ。

 

 全ての人が自らの心根を表に出し、同時他者を受け入れる度量を持つことができれば、全ての人は自分らしく生きることが叶うはずだ……と。

 

 そんなとんでもなく曖昧でガバガバなお話である。

 

 ……その机上の空論に、僅かながらとはいえ実現の可能性を持たせたってんだから、やっぱアインってやべーわ。

 絶対こんなカッスい研究所じゃなくて頭に入るべきだっただろコイツ。

 

 

 

 で……だ。

 

「どうしてあなたは、心の病を負っていないの?」

 

 ……端的に言えば、俺はその「心の病」とやらに罹患していない。

 

 流石は提唱者本人と言うべきか、カルメンは俺の普段の言動から、それを見抜いていたらしい。

 

 

 

 病を負っていない理由は、まあ……ある程度察しは付くだろう。

 というかむしろ、そうなるわなという感じ。

 

 俺の人格・思考・価値観は、全て前世譲り。平和な現代日本で構築されたものだ。

 勿論、こっちの世界に生きるにあたってリビルドする必要に迫られはしたが……それでも根本的な部分は、やはりかつての「俺」に依存している。

 

 つまるところ俺は、少なくとも精神に限って見れば、カルメンの言う「都市の人々」ではないのだ。

 そこで流行る病に罹患していないのは、ある意味当然と言えるだろう。

 

 

 

 ……まあそもそも心の病って概念自体、全部机上の空論の話なんやけどな!

 

 俺からすれば、都市の病なんてものはだいぶお笑い種だ。

 それは病なんかじゃない。都市とかいう終わり散らかしたディストピア環境の中成長することを強いられた自我が負うことになる、歪み。

 言うならば、それこそ自我の「ねじれ」だ。

 

 しかし見ようによっては、その捻じれは正常なものにもなる。

 

 俺や、あるいは気の狂ったカルメンのような人間から見れば、そりゃあおかしな事に思える。

 都市の人々は苦痛に囚われ、自らを抑圧し、他者を苦しめて生きる。ああ、確かにキショい環境だ。だからこそ俺はここから逃げ出そうとしてるわけで。

 

 しかし……それこそローランが語ったように、「都市とはそういうもの」である。

 

 捻じれ歪んだ都市から、そしてそこに生きる人々から見れば、それは病ではなくいつも通りの自然な状況。病のない健康体なのだ。

 正気の中の狂気は狂気だが、狂気の中の狂気は即ち正気なのである。民主主義って怖いね!

 

 

 

 そして、それを病と、異常であると高らかに叫ぶからこそ、カルメンは狂人なんだわ。

 

 現代日本で例えるのなら、「生きるためとはいえ動物を屠殺し植物を刈り取るなんて、人間は病に冒されてるんだ! 私が永久食生み出して救わなきゃ!」とか言ってるに等しいわけだ。

 

 こえ~。マジで狂人の戯言である。

 

 しかもバチボコにカリスマがあるから、そんな戯言にすら人が付いてくる。

 そして本人含めチームの皆しっかり能力があるから、マジで世界に革命を起こしかけている。

 

 ……ちなみに、変わった後の世界が今より良くなる保証はどこにもない。

 研究所の手伝いをする中で、そういう「終わった後の話」なんて聞いたことがない。

 皆キラキラと瞳を煌かせ、現支配・管理体制をぶっ壊すテロの話しかしてない。

 

 こえ~~。そら普段放任がちな頭も調律者すっ飛ばしてくるわな。

 

 

 

 で、だ。

 どうやら鈍感だったらしい俺は、今更に悟った。

 

 俺、そんなテロを企てているヤバヤバ狂人から、強い興味を向けられているらしい。

 

 こえ~~~! 俺アインに殺されるんちゃうか。嫉妬で。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ふぅ、と一つ息を吐き、振り返る。

 

 ベッドの上、無防備に転がったカルメンはしかし、その爛々と輝く赤の瞳をこちらに向けて来ていた。

 

 止め処ない好奇心。夢に向けた向上心。狂気的な善性。……俺へ向けられた、純粋な親愛。

 様々な感情に染まったそれに、思わず失笑する。

 

 その濁流のような波に、彼女の凄まじい推進力に身を任せてしまえば、どれだけ楽に生きられるだろうかと……そんな魅惑の囁きをもたらす、強い目だ。

 病とやらに呑まれ、生きる力と意義を失った人にとって、これは確かに魅力的かもしれない。

 

 全てをぶちまけて、カルメンが救ってくれるのだと、自分たちは救われるのだと。

 そう信じることは──本当に、夢のように楽で、楽しいのだろう。

 

 

 

 ……が。

 

 

 

「僕はコナー。サイバーライフから派遣されました」

 

 

 

 舐めんじゃねーですわ~!!

 

 こちとら転生者、生き方は自分で決めてみせる。

 勿論俺の正体やら事情やらをコイツに話す気もない。

 

 てなわけで、ここはてきとーに喋りまくって煙に巻いてくれますわよ~~~!!!

 

 

 

「?」

「先程研究室にご挨拶に伺ったのですが……どっかでサボってるはずだと言われたので、僕も自室でサボってました」

「あ、え、そうなの? それはごめんね。……いやサボらないでよ! 皆の手伝いでもしなさい!」

「嘘だよ^^ てめぇが邪魔しに来るまでは普通に報告書書いてたわボケが」

「!? え、あ、ええと、邪魔しちゃってごめんなさい……?」

「あなたはある研究の担当になりました。都市絡みの、疫病の治癒です。

 所定の手続きに従い、中途半端系雑魚モデルの僕が配属されました」

「え、何? 本当に何、どういうこと?

 モデル、配属……ハッ!? もしかしてコナー、あなた……倫理改正案に反した、人型のアンドロイドなんじゃ!?

 だから都市の病に罹患していないの!? ピュアな人格モデルだから健康な精神を宿しているのね!?」

「違うが? 普通に人だが? こんな中途半端な雑魚みてえなアンドロイドとか作る理由どこにもねえだろォん!? むしろアンドロイドでも良いからもっと強い体に生まれたかった;;」

「???」

「ていうか今更だけどさ、その歳で娘(?)に成りすまして白ワンピてお前……キッツ……罪悪感の前に羞恥心抱くべきだろjk……」

「何の話!? 娘なんていないわよ!? そしてJKって何、何の何!?」

 

 

 

 カルメン。

 てめーには1つ弱点がある。

 

 狂人でありながら、精神的に真っ当すぎることだ。

 

 アインやベンジャミンのような、偏執的なまでの狂気が、貴様にはない。

 子供を実験台にするのに幾晩も悩み、結果的に死なせて、鬱になってリストカットして自殺未遂。

 上から下まで終わりまくった都市において、信じられないくらい善良な人格だ。

 

 誤解されがちだが、イカれてるのは彼女の思想(ソフト)であって、精神(ハード)はめっちゃ善良なメンタル弱めの一般市民なのである。

 

 そんなお前だからこそ、これは越えられない。

 

 この俺の、最強の切り札!

 あの聖人ダニエルにさえドン引かれた!

 他者を全く気遣わない、クソみてぇな情報垂れ流し脊髄反射会話にはなァ!!!

 

 

 

「あの、そうじゃなくて、あなたがなんで心の……」

「ていうかさぁ、俺に何か聞きに来る前に、お前アインのこと何とかしろよ。お前が頻繁に話しかけて来るから当たりが強いんだよ。勘弁してくれよマジでよ」

「え? アインが? なんで?」

「俺はフェミニストだから乙女の純情と同じくらい青年の想いも大事にするんだ、というわけで男女平等のグーパン行くぞ腹に」

「な、なんで!? 流石に理不尽よ!」

「任せてくれ、俺は腹パン(されること)に慣れてるからな。ちゃんと気を失わない限界ギリギリにボコォして、半日ゲロゲロ血反吐嘔吐することしかできない機械にしたる」

「あなたこそ私に当たりが強いわよね!? すっごい当たり強いわよね!!」

「ところで機械になるんならメインカラー何が良い? オレンジ紫緑茶黄青赤白黒はもう埋まってるんだけど。あ、俺灰予約してるからそれ以外ね」

「何で、いえ何が埋まってるの!? 機械になるって何!? 義体化手術に興味はないわよ!? ていうかできればこの体で生きたいし」

「いきなり義体差別かよ、クソリプッパリらしいな。義体も案外悪くないってのに」

 

 

 

 やっぱ巣の人間は義体に偏見あるよなー、手軽に強くなれて便利なのに。

 やっすい奴だと五感とか情緒なくなったりするけど、ちゃんと金さえ出せばかなり融通利くし、しっかりスペックも上がるんだアレ。

 

 俺の体こそがその証明だ。

 

 右腕を天井照明にかざして迷彩を解除すれば、肌色は虚空に溶け、それ本来の白色と複雑な紋様が現れる。

 本来より一回り小さいサイズに圧縮、着色の変更や形状の変化も自由自在。かがくのちからってすげー!

 

「ほらこれ。どうだ、すごいもんだろ」

「!? それは……」

 

 あれ? めっちゃビビってるなカルメン。

 ダニエルから聞いてると思ってたんだけど、黙っててくれたのか。相変わらず律儀な奴だ。

 

 まあ俺、別にこれのこと気にしちゃあいないから、話してくれてても良かったんだけど。

 

「お前にゃ言ってなかったか。俺、体のいくつかは義体化してんのよ」

「ええと……何か、酷い怪我とかしたの?」

「? ……あーそうか、お前巣の人間だもんな、そんな発想になるか。

 違うよ、ただ身体能力向上のため。俺には才能がないからな。金かけて良い義体を導入するくらいしか、手っ取り早く強くなる方法がなかった」

 

 ちょっと嘘だ。

 他の部分はともかく、この右腕は外郭のバケモンに喰いちぎられてもぐもぐされたんで義手った。

 更に言えば、単純に強くなるってよりは、体に色々とギミックを仕込むためのものって側面も強い。雑魚は雑魚なりに手を尽くしているのだ。

 

 ……が、そんなことをコイツに伝えても、無駄な同情を引くくらいしか意味を成さないだろう。

 

 カルメンから見た、用心棒コナー。

 ふざけたお調子者。変な奴。シリアス要素なんてない人間。

 そういうイメージを変に崩すことになるかもしれないので、黙秘することとしよう。

 

 

 

「な、なんで、そんなに強さに……? 巣にいれば、誰かと争うことなんてそうないのに」

 

 へーいカルメンビビってるー。

 いつも余裕綽々なコイツのビビリ顔なんてそうは見れない。ちょっと愉快な心地☆

 

 けど、それはそれ、これはこれ。

 楽しくなったって余計なことなんか話してあげたりしないんだからねっ!

 

 もう1回椅子を回して、俺はカルメンに背を向け、ノートPCに向き合う。

 ガブリエルに頼まれた報告書整理はまだ終わっていない。さっさとこっちに取り組まなきゃいけない。

 

 そのために、さっさとこのお邪魔虫を追い払わないとな。

 

「俺はカーリーとは違う。アイツみたいな天性の戦闘の才はない。

 お前らとも違う。頭を回して世界を変える才もない。

 中途半端な雑魚。それ以上でもそれ以下でもない存在だよ、コナーってヤツは。

 病気になってないって言うんなら、それはただ運が良かっただけだろう。寒い夜に出歩かず、ベッドの中でゆっくり眠っていたから、偶然かからなかったんだろうさ」

 

 カタカタカタと、キーボードの上で手を躍らせ始める。

 

 この研究所のイカれた天才共とは比べようもないが、俺だって一応翼に所属できる程度の能力はある。事務仕事だってできないわけじゃないんだ。

 

 まあ得意ではないんやけどな!

 どの翼にも属せるようなバケモンだらけの研究所で得意なんて言える程、厚顔無恥ではないですよ。

 

 

 

「……真面目に答える気はないのかな。

 あなたは、心の病を克服するための、最大のヒントになるかもしれないのに」

 

 背後から投げかけられた悔しそうな声を、「はっ」と鼻で笑い飛ばす。

 

「こんな半端な雑魚に勝手に期待して勝手に失望してるんじゃねーですよ。

 一緒に魚は取ってやるが、魚の取り方は教えてやらん。てめえがやりたいことだって言うなら、てめえ自身でその方法を掴み取れよ」

「……厳しいのね、コナー。あなたは」

「いや君が周りから甘やかされてただけだよ甘ちゃんが、ぺっ」

「やっぱり酷い!」

 

 普通、自分のやりたいことは自分で叶えるもんである。

 勿論、その時他人に頼ってもいい。頼ってもいいが、その人が協力してくれるかどうかなんてわからない。

 協力してくれないのなら、もはや自分自身でその道を探求していくしかない……。

 都市は、ここは、そんな世界だ。

 

 まあワイは偶然紫の涙と出会ったから、戦い方教えてもらえたんやけどな! ガハハ、どうだ羨ましいかろう!

 

 

 

 内心で自分の幸運に平身低頭感謝していると……。

 後ろから、どこか納得したような呟きが届く。

 

「……わかった」

「おうわかってくれたんなら帰りなさいや。お互い仕事に追われる身なんだし。あとアインの件はホントお願いね、どうにかしてね」

 

 しっしっと手で追い払う。

 ちょい酷い扱いかもしれんが、まあカルメンだし、これくらいでいいだろ。

 コイツと仲良くなってもなーんも良いことないし、俺コイツのこと別に好きでもないしな。

 

 まあ俺がまともに答える気がないと分かった以上こんな変な雑魚に構うようなことはないだろうし、これでコイツに絡まれることもなくなっただろ!

 Ruina時代に入ってから変に付き纏われるようになったら最悪だしな! これでヨシ!

 

 俺の目的は、別に原作重要人物と仲良しこよしすることでも、展開を変えることでもないのだ。

 

 丁度良いくらいのポストがあるじゃねぇか。これくらいの雑魚であれば俺もやれるぜ。

 俺は安全に指定司書になりたいんだよ。程々に存在感を放てばセフィラに選ばれやすいだろうからな。

 取り敢えず俺は程々の活躍をして頭にぶち殺されるぜ!

 

 

 

 ……なんて、そんな益体もない思考に浸っていた俺の背中に。

 

 ふわりと。

 白衣と洋服の柔らかさ、そして人肌の温かさが触れた。

 

 

 

 は?

 

 

 

「ええ、わかったわ。確かにあなたの言う通り、自分で勝ち取らなきゃいけないこと。

 私に足りなかったのはその努力ね。あなたに対する努力が欠けていたことを認めます」

 

 何言ってだコイツ。

 

 思わず振り返った先には……たった10センチ先に、これまでにない程輝く、赤い瞳があった。

 

 こわ。

 

「だから……もっともっとあなたと仲良くなって、あなたのことを聞き出すわ。

 心の病を晴らすため、あなたのこと、全部理解してみせる!」

 

 ただ崇められ受け入れられるのではなく、無視され拒まれるというこれまでにない反応を楽しむように。

 自らの手から必死に逃げようとする獲物を見て、狩ることを夢想し愉悦する獣のように。

 

 あるいは……ただ好奇心が強いだけの女性が、目の前の事柄に興味を持ったように。

 

 ネオンの星は、禍々しく輝いていた。

 

 

 

 

 

 

「私から、逃げ切れると思わないでね!」

 

 

 

 

 

 

 …………やっべ。

 煽り過ぎて変に刺激しちゃったかもしらん。

 

 

 







 パッシブ
「都市の外の者」コスト0
 コナー以外に帰属不可。「心の病」に免疫。
 また、アブノーマリティに対して……。
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