3級フィクサーパンチ   作:アリマリア

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 例によって、最初はダァト以外の誰かの視点です。





黄金の幸福を、共に

 

 

 

 * * *

 

 

 

 とある少女の話をいたしましょう。

 

 魔法少女であった私たちの、リーダーにあたる人。

 純粋な力という側面では私たちの中で頂点を誇り、常に豪放磊落で真っすぐに前を見据え、困った人を見れば必ず手を引いていた……。

 

 誰よりも、他者に幸福を与え続けた少女の話を。

 

 

 

 彼女は良い意味で、極めて純粋な人でした。

 

 いつでもどこでも、目指したものに一直線。余計なものは視界にも入れない。

 状況が混迷を極め、私たちがどうすればいいかわからなくなった時、彼女は最速最短の解決を示した。

 「こうすればいいだろ」と……シンプルながら、誰も思いつかなかった道を提示してくれたのです。

 

 そして同時。

 彼女は、女王と並ぶ程に、人助けが大好きな人でもありました。

 

 誰かが困っていれば話を聞かずにはいられない。手を貸さずにはいられない。

 女王がそれをアイデンティティとしていたのに対して、彼女はその情に厚く面倒見の良い性質から、積極的にトラブルに首を突っ込んでいたのです。

 

 アルカナとの戦いの日々の中でも、それは変わらず。

 「自分たちにできることはすべきだろ」と、どこかから楽し気に厄介事を持ち込んできて、私と従者は頭を悩ませていましたとも。

 

 ……ええ、勿論。

 そんな慌ただしい日々も、宝物のように眩しい毎日ではありましたが。

 

 

 

 いつも明るく朗らかな、私たちのリーダー兼トラブルメーカー。

 

 そんな彼女はしかし、ただ口先だけではなく……。

 一度戦場に立てば、その剛力無双に並ぶ者なし。

 

 転移魔法を誰より上手く使いこなし、敵の周囲を飛び回りながらその拳で撃ち抜く。

 剣術と魔法を融合させるでも、攻撃に毒と腐食を持たせるでも、魔法そのものを力にするでもなく……。

 振るう拳こそを主眼と置き、魔法はあくまでその補佐に使うだけ。

 

 彼女はきっと、私たちの中で、誰よりも自分を信じていたのでしょう。

 魔法などなくとも、己の拳さえあれば、道を切り拓けるのだと。

 

 魔法少女を謳っていた私たちではありますが、彼女は魔法に依存することなく、己の拳と信念で以て戦い続けていたのです。

 

 

 

 彼女はその力を、常に他者のために振るいました。

 

 時に暴虐なる強者を打ち砕き、時に膝を折った弱者に手を貸して。

 女王はその姿に憧れ、彼女を先輩と呼んで慕い。

 私と従者は、彼女以上のリーダーはいないと、強く信頼していました。

 

 ムードメーカーであった女王とはまた別の意味で、彼女は私たちの中核だったのです。

 

 

 

 そうして、他人のために戦うことは力持つ者の責務であると、当然のことであると。

 誰かを幸せにするために、彼女はその拳を振るい続けて……。

 

 

 

 最果てで、その尊い在り方を穢された。

 

 

 

 メジャーアルカナ・「愚者」。

 私たちの最後の敵であり……全ての魔法少女の力を振るう、最悪のアルカナ。

 

 それを前にした時、私たちはまともに戦うこともできずに敗北し、偽りの平和だけが戻って。

 私たちが絶望に、憎悪に、憤怒に呑まれたように。

 

 彼女もまた、貪欲に呑まれた。

 

 

 

 貪欲とは、自らの感じる欲求への、飽くなき渇望。

 彼女は心のどこかにあったそれを引き出され、見せつけられ、視線を逸らせなくなった。

 

 即ち……。

 

 他者に幸福を与えてばかりいた自分には、幸福が訪れるのか。

 

 ずっと与えてばかりいて、誰かから何かをもらうことのなかった自分は、幸せになれるのか。

 

 その考えに、思考を浸食されていたのです。

 

 

 

 そうして彼女は、ただいたずらに自らの欲を満たそうとする、恐るべき悪となりかけ……。

 ……そうなる直前に、自らを封じた。

 

 自分の欲求は留まるところを知らず、上限なく高まり続け、このままでは全てを呑み込んでしまう。

 そうなる前に、せめて私が、誇り高い私である間に……と。

 

 琥珀の中に、その身と貪欲を封じ込め、眠りに就いたのです。

 

 

 

 主よ。

 私たちの信じる、最も光に近いあなたよ。

 

 人に幸せを与え続け、ついには自らの幸せすら封じてしまった彼女に……。

 

 どうか、幸福な明日をお与えください。

 

 

 

 * * *

 

 

 

「おい、決闘(デュエル)しろよ」

「面白い奴だ、気に入った。ボコるのは最初にしてやる」

 

 そういうことになった。

 

 

 

 アンジェラから許可をもらって、今回の反復は半ば捨てる形にしてもらった。

 

 そうして本日の業務終了後。

 俺は、無人になった中央本部チームの、クソ広いフロアで……。

 WAW級アブノーマリティであり、騎士や女王の友だちでもある、貪欲の王と向き合っている。

 

 片や、ALEPH級E.G.O「ゴールドラッシュ」の原型と思われる手甲。

 片や、かつての愛用武装たる4色武装。

 

 それぞれ得物を構え、互いに殺意マシマシで睨み合っている状況だった。

 

 

 

『いや意味わかんないわよ!

 何? なんでコナーはいきなり貪欲の王に喧嘩売ってるの?

 いや、いきなり攻撃されたから、むしろ喧嘩を買った形になるのかな?

 それにしたって、無意味に喧嘩するのは駄目よ、アンジェラの教育にも良くないわ!』

 

「うーん、主くんってほんと人の要点を掴むのが上手いっていうか……人たらし!」

 

「ええ、流石は我が主。考え得る最善手ですね」

 

『これ私だけ付いて行けてないヤツね! 解説の元魔法少女の皆さ~ん!』

 

「彼女は元より、言葉を並べるより体を動かすことを好み、特に戦闘技術の錬磨や強者とのぶつかり合いを好む嗜好がありますから……。

 複雑な言葉を並べるより、拳や剣を交えた方が、的確にコミュニケーションが取れるでしょう」

 

「しかも、騎士ちゃんのE.G.Oとか加護とかワープ、サポートなしのタイマン勝負!

 先輩……じゃなかった、王ちゃんが一番好きそうなタイプだよね!」

 

『コナー、また女を落とそうとしてる! しかも今回は、よりにもよって私が作ってあげた人の体で!!』

 

 うるせえカルメン、集中させろ。

 今回は、てか今回も、油断なんざ欠片もできないんだからな。

 

 

 

「さあ、行くぞ軟派男! ……男か? 男だよな?

 まあいい、私の拳、受けられるものなら受けてみろ!!」

「男です! さあ来い!!」

 

 俺の前に立つのは、貪欲の王、その魔法少女形態。

 いい感じに繋がった上で起床した結果、ようやく彼女との対話が叶った形だ。

 いやまあ対話っていうか、肉体言語による語り合いだけど。

 

 騎士や女王の昔話、それからRuinaで垣間見た断片的な知識で、彼女がワープによる奇襲と拳による殴打を主眼とすることは知っている。

 

 騎士のそれよりも洗練された転移魔法──というより、彼女たちの転移自体、貪欲の王から教わった技術らしいが──を用い、自由自在に戦場を飛び回り、自分のペースで戦う。

 この手の戦士に戦いのリズムを握られれば、おおよそ終わりだ。一方的にたこ殴りにされるだけ。

 

 そもそも、WAW級アブノマの本気の一発を受けてしまえば、それだけで一撃で終わりかねないけどね。

 

 

 

「シッ──!」

 

 貪欲の王は小手調べと言わんばかりに、ワープを使わないまま接近。

 俺に向けて、その黄金の拳を伸ばしてくる。

 

 これに直撃した時点で、俺の敗北はほぼ確定するだろう。

 

 ……とはいえそれは、無論。

 

「ひょいーっとw」

「ほう!」

 

 直撃すれば、の話なんだけどね?

 

 

 

 変幻自在にワープを使い、凄まじい膂力で殴りかかってくる相手。

 一度ペースを握られれば終わりのオワタ式。

 

 でも、言ってしまえば、それだけの話だ。

 

 防御体勢の俺ですら防ぎきれない、全力大切断が飛んでくるわけでも。

 攻撃を全部躱してもなお、笑い声によるスリップダメージを受けるわけでも。

 意味不明な特異点で、絶望的な死を押し付けられるわけでも、ない。

 

 こう言っちゃなんだが、クリフォト抑止力もガンガンに効いてる今、WAW級のアブノマも単騎鎮圧できないようなら……。

 俺は到底、赤い霧の相棒たり得ない。

 

 たとえE.G.Oがなかろうと、加護がなかろうと、仲間がいなかろうと……。

 今の、目と拳の曇った王であらば、問題なく鎮圧できる。

 

 ……ていうか、ワープする打撃中心の相手なんて、もう慣れてるんだわこっちは!

 サンキュームラサキムスコンババア!! アンタの腹パン道場のおかげで俺は今日も生きてます!

 

 

 

 シッ! と、空気の裂ける音が連続する。

 俺のすぐ真横、紙一重の位置を、彼女の拳が貫き続ける。

 

「オラオラオラッ! 防戦一方じゃ勝つことはできないぞッ!!」

 

 躱す。躱す。躱す。躱せないものは逸らす、弾く。

 どうしようもない会心の一撃だけは、「白」の遺物パワーで受け止め、跳ね除ける。

 

 普段はかさばるという理由で自室に安置してある、4色武装。

 カルメンが研究所の仲間たちと共に作り上げたのだというコナーの体は、驚くべきことに強化・義体化施術の成果まで再現してある。

 要は、懐かしのコイツらを体の内に収め、使うこともできるわけだ。

 

 更に言うと、食べ物の消化から排泄、睡眠、果ては生殖機能まで残ってるっていうんだから、これはもう殆ど元の体そのままと言っていいだろう。

 凄まじい技術と再現率だ。流石はL旧研の仲間たち……いや、流石はカルメンと言うべきか。

 

 ……まあ、アイン製のハイスペックなボックスボディに比べると、むしろこの体の方が筋力も体力も落ちちゃうんだけどね。

 マジ悲しくなるわ、俺の才のなさ!

 

 

 

 しかしまあ、それはそれ、これはこれ。

 師匠に叩き込まれた防御体勢と、よく手に馴染む4種の武装は、足りないスペックを補って余りある。

 

 貪欲の王の拳によるラッシュを、俺は悠々と捌き続け……。

 

「ッ!」

「──そこ」

 

 見出した刹那の隙、針に糸を通すような感覚で。

 左手に握った「青」のナイフを一閃、振り抜いた。

 

 

 

 貪欲の王の近接格闘技術は、磨き上げられている。

 一発一発の攻撃の間に間隙と呼べるものはなく、絶え間ない殺意と害意が連続して押し寄せる。

 

 ……が。

 如何に戦法を極めようとも、人の形をしたモノに、完全な動きなどできはしない。

 

 連続する攻撃を避け、捌き、弾き続ければ、相手の攻め手は崩れ、そこに欠陥が生じる。

 

 分かりやすく言えば、防力団だ。

 圧倒的に堅固な守り*1は、相手の思考を叩き折って混乱に陥らせ、確かな隙を生み出す。

 

 その刹那を刺すことこそ、師匠直伝の防御体勢の神髄である。

 

 

 

 果たして、「青」の一閃は完全な虚を突き、貪欲の王の体を貫き。

 咄嗟に飛び下がった彼女の胴には、一筋の赤色が走る。

 

 彼女は不意の負傷に、その翠の目を見開き……。

 しかし、嬉しそうに、笑った。

 

「……なるほど、そういうスタイルか。

 魔法も使えない人間がどう抗してくるかと思ったが、成程、どうして面白い!」

 

 黄金のドレスごと切り裂かれた傷など、意に止めることもなく。

 むしろ意気軒高に、彼女は黄金の拳を握り込む。

 

 慢心解除、と。

 さて、こっからだな、俺の勝負は。

 

 

 

「それなら……私の本気だ! さあ、受け止めてみろ!!」

 

 彼女の目の前に、黄金の魔法陣が生まれ。

 貪欲の王は拳を突き出しながら、そこに突っ込んだ。

 

 来るか、「黄金の道」!

 

 

 

 「黄金の道」。

 Lobotomyではゲブラーがゴールドラッシュを用いて模倣し、Ruinaでは貪欲の王自身が振るう技だ。

 

 転移魔法を用いた、連続する奇襲攻撃。

 魔法陣を用いて死角に回り込み、戸惑う相手を斬り/殴り抜けて再び魔法陣に入り、再び奇襲。

 

 これを繰り返すだけの、ある意味とても単純な技だが……。

 膂力に優れたゲブラーや貪欲の王が振るえば、相手の一切の抵抗を許さない、一方的な攻撃手段となる。

 

 L旧研が頭に襲われた日、俺が最後にガリオンに対して取った戦法も、これをアレンジしたもの。

 だからこそ、この戦術の強みも、弱みも、知っている。

 

 

 

 この攻撃への、最も安直で確実な対処法は、俺の切り札たる「白」だろう。

 

 調律者の「妖精」すら跳ね除けてみせた絶対防御が、彼女の拳に負けるわけがない。

 勢いが強ければ強い程に反射するダメージは大きくなるわけで、相手の決め手に対して使えば、これは文字通り必殺にすらなり得る。

 

 だが……今回は、彼女を殺すのが目的ではない。

 むしろ、俺は真正面から、力で以て彼女を跳ね除けなくてはならない。

 

 大丈夫、できる。自分を信じろ。

 

 ……いや、駄目だな。

 多分俺は、本当の意味で自分を信じることはできそうにない。

 

 だから、彼女たちを信じる。

 俺なんかを主と仰いでくれた2人と、月の光と呼んでくれたアイツを。

 

 

 

 彼女たちの信じた男なら……。

 

 まあ、なんとかしてみせるだろ!!

 

 

 

 音もなく、俺の背後に黄金の魔法陣が展開され。

 直後にそこから、黄金の拳が、俺の胴に風穴を開ける勢いで突き出される。

 

「──ッ!」

 

 それに対し俺は、義体機構を通して、左脚と右腕にそれぞれ偽装した「黒」「白」にアクセス。

 偽装すら放棄して、フルパワーで行使した。

 その機能は開放することなく、遺物由来の謎パワーで以て、床を踏みしめ、腕を振りかぶる。

 

 俺は、落ちこぼれではあったが、これでも紫の涙から教えを賜った弟子だ。

 彼女のファイトスタイルは最も近くにある最高の手本であり、俺の戦法の基礎となった。

 

 メインで用いているために深く習熟したのは、俺の身体性能に合った防御体勢だったが……。

 

 だからと言って、他の体勢を全く使えないというわけでもない。

 

 劣化コピーにはなるが……打撃体勢だって、使えんだよ!!

 

 

 

「この、一撃で──ッ!!!」

「──3級フィクサー裏拳ッ!!!」

 

 ガオンッ!! と、凄まじい破壊音を立てながら。

 

 黄金の拳と、白の拳が衝突した。

 

「ッ、ハ!! お前っ、ふざけた振る舞いに反して、遥かに……ッ!!」

 

 ガリガリガリと、互いの拳が鎬を削る。

 

 WAWクラスアブノーマリティの膂力。

 遺跡最奥級の遺物が2つ。

 

 果たしてその趨勢を分かったのは、攻め手と受け手という、互いのポジション。

 

 貪欲の王は渾身の力で攻め入るために地を蹴り、体勢を崩さざるを得ず。

 対して俺はそれを受ける側であり、地に足を付けて整った体勢で迎撃した。

 

 彼女の拳の勢いは弱まるしかないが、俺は「黒」の力で床を踏みしめて同じ力を出し続けられる。

 

 

 

 故に……。

 

「ぐ、ぅッ……!?」

「フンッ!!」

 

 マッチに勝利したのは俺で。

 勢いそのまま、貪欲の王を吹き飛ばし、向かいの壁へと叩き付けた。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 ひとまずの勝利に、観戦たちから声が上がる。

 

「すごいすごいっ! 主くん、力で押し勝っちゃったっ!!」

「いくら抑止力下とはいえ、勝てるものなのですね……」

『ふふーんっ! 私のコナーは最強の3級フィクサーなんだからっ!』

 

 最強の3級フィクサー、なんかすげえ微妙そうだな……。

 いやまあ、最強っていうんなら1級とも張り合えそうではあるが……いややっぱ無理だな、ローラン相手に張り合える気はしないわ。

 

 と、それはともかく。

 

 まだ勝ち誇るには早い。

 むしろ、大事なのはここからだ。

 

 

 

 壁に叩き付けられ、一度は崩れ落ちた貪欲の王は、しかし。

 ゆらりと、どこか不安定な動きで、立ち上がった。

 

「…………やるじゃ、ないか。楽しませてくれる」

 

 その声には、喜悦が混じっていた。

 いいや、混じる、なんてレベルじゃない。

 もはや喜悦の感情に言葉という衣を纏わせたかのように、その内からは激情が沁み出している。

 

「だが、まだだ……まだここからだ……! もっと、もっと私を楽しませろ!

 どこまでも! いつまでも! 戦い続け、そして私に喰らわれて! 私の餓えを満たせ!!」

 

 彼女の言葉と共に。

 綺麗なエメラルドの瞳には、墨汁でも垂らしたかのように、黒い色が混ざり始める。

 

 それは数秒と待たず、彼女の瞳を染め尽くし……。

 それどころか、眼窩から溢れ出し、黒い涙となって流れ落ち始めた。

 

 

 

「主くん!」

「……王よ……」

 

 分かってるよ。

 貪欲の王は、今まさに、あの道化師から受けた呪いを発揮し始めている。

 

 でも、これは想定内だ。

 

 むしろ、そう誘導したんだ。

 「戦いが楽しい」「もっとやりたい」と、そう思ってくれるように。

 

 そうしないと、彼女の真実に向き合えないから。

 

 

 

 貪欲の王は、頭を押さえ、叫ぶ。

 

「ああ、足りない、足りない、足りない足りない足りない……!

 ずっと長いこと自分を抑え込んで来たんだ……誰かに幸福を与えるばかりで、私の幸福なんて少しだって少しも考えちゃあいなかった!

 私にだって、幸せを望む権利はあるはずだ!

 私が幸せを与えて来た分、今度は私も満たされたっていいはずだ!!」

 

 その左腕に装着していた輝かしい手甲が、貪欲に呑まれる。

 メリメリと、どこかで食らった肉が生えるかのように膨らんで……その先端に、大顎を作り出した。

 

「だから! お前も喰う!! 誰でも、何もかも!!

 私の前に立ちはだかる、困難も! 幸福も! 世界全てだって、私が私のために喰らい尽くすッッ!!!」

 

 彼女は爛々と欲に輝く瞳で、獲物(おれ)を睨み付け、その大顎を向けて来た。

 

 

 

 それを受けて、俺が感じたのは……。

 

 すげえ奴だな、という感嘆。

 

 自らの心情なんて、自分の中で抱えていればいいものだ。

 喰いたいなら黙って喰えばいい。殺したいのなら黙って殺せばいい。

 わざわざそれを表に出しても、相手に警戒されるだけで、何の意味もない。

 

 なのに、彼女は何故そうも声高に、己の想いを叫ぶのか。

 

 まるで、自分は正しいのだと、自分自身に洗脳するように。

 あるいは……誰かに引っ叩いて、否定して欲しがっているように。

 

 ……貪欲という闇に呑まれながらも、自分が異常なのだと、この子は心の底で理解しているんだ。

 今も必死に、自らの欲望に呑まれないよう、戦い続けている。

 

 ……立派だよ、本当に。

 きっと俺ならできないだろう。

 

 だからこそ、せめて……俺もその戦いに、手を貸そう。

 

 その泥沼、気持ち悪いだろ。

 今引っ張り上げてやるよ、王。

 

 

 

「やーめた」

 

 ひょうきんに言って、敢えて隙たっぷりに、「青」を投げ捨てる。

 

 武装解除。戦闘の放棄。

 それを見た貪欲の王は、目を見開き、憤怒を露わにする。

 

「ふざけるなッ! お前は私の獲物だろう! 私に喰われるものだろうッ!!

 戦え! お前も! 他の奴らも!! 戦って、負けて! 私の糧になれッ!!!」

 

 貪欲の王が今求めているのは、闘争だ。虐殺ではない。

 心躍る戦いを求めていたのに、相手が戦いを放棄すれば、欲求を満たせない。

 

 だが、知ったこっちゃないねェ!

 

「やーだぴっぴ! 戦いはもう飽きました~。

 なんか他の遊びしようぜ、はないちもんめでもする?」

「ッッッ!!!」

 

 ふざけた態度が怒髪天を突いたか、貪欲の王は殺意も露わに、俺に向かって突進してきた。

 貪欲に呑まれた左腕を突き出し、俺を文字通りに喰らわんと走る。

 

 こうすれば、俺も応戦すると思ったか。

 

 

 

 だが……取り合うつもりはない。

 

 今こそ「白」の使い時だ。

 

「ガァッッ!?」

 

 大きな悲鳴と、チリンという鈴の音。

 

 一直線に突っ込んで来た彼女は、彼女自身の力によって、その大顎を破られた。

 

 口が大きく裂かれ、歯はボロボロに砕かれ、もはやそれは顎としての用を為さないだろう。

 

 

 

 だが、それでいい。

 

 そんなに大きな顎なんざ、そもそも必要ないんだから。

 

 

 

 俺は自分から、彼女に向けて踏み込む。

 

 防御主体の俺にとって、自分から攻め入るのは、大きな隙を晒す行為だ。

 だが、「白」による不意打ちを受けた今の彼女に対してなら、ゼロ距離にまで詰め寄ることは難しい事ではなかったし……。

 

 その体を抱きしめるのも、また、容易だった。

 

 

 

「ッ、何をッ、離せ!!」

 

 そんなことをすりゃ、当然、貪欲の王は抵抗してくる。

 

 拳を叩き付け、割れた大顎で俺を噛み砕こうとし……。

 

 しかし、「白」の効果時間内である以上、それらは意味を成さない。

 ただいたずらに、彼女自身を傷つけるだけだ。

 

「くそッ、くそッ、くそッ……なんで、なんでだ……!

 なんで、私だけ……ッ!? なんで私だけ、満たされないッッッ!?」

 

 それなのに彼女は、ひたすらに、俺に暴力を振るい続けた。

 

 ……そんなことで、幸福など、得られるはずもないのに。

 

 

 

「王。自分を痛めつけるのはやめろ」

 

 俺はそんな彼女の耳元に口を寄せて、呟いた。

 彼女にとって、きっととても苦い諫言を。

 

「ただひたすら欲望を満たすばかりでは、お前は幸福になどなれない。

 むしろそれを自ら削り取り、離れて行くばかりだろう」

「ッ、そんなことはない! 私は! 私も欲望を満たして、幸福を手に入れるッ!!

 お前たちがそうしたように! 私がそうさせたように!! 

 誰も救ってくれないのなら、私が私を救うんだよッッッ!!!」

 

 悲鳴が、耳に轟く。

 ずっと長いこと、自らの心を抑圧し続けた少女の、魂の悲鳴が。

 

 ……けれど、それは呪いではなかったはずなんだ。

 君の善性が為したことを、呪いに堕としちゃ駄目なんだよ、王。

 

 

 

「ふぅ……」

 

 やっぱり駄目だな。

 苦いだけの言葉は、傷だらけの彼女には、届かない。

 

 彼女に必要なのは、もっと別のもの。

 

 

 

 だから俺は、彼女の自傷を止めるべく……。

 

 甘言を、口にした。

 

 

 

 

 

 

「俺がお前を、幸せにしてやる」

 

 

 

 

 

 

「…………、は……?」

 

 ようやく、貪欲の王の瞳が、「俺」を捉える。

 

 目の前に立ち塞がる障害でも、喰らうべき獲物でもなく……。

 一人の他者として、俺を見た。

 

 これでやっと、言葉が届く。

 

 まったく、苦労させてくれるね、君たちは。

 まあ、そういうところも含めて、愛おしいんだが。

 

 

 

「食べるのが好きな奴だって、無限に食べ続けていてはいつかは飽きるし、満腹でキツくなる。

 戦いが好きな人間も、四六時中戦っていればパフォーマンスが落ちて、全力全開で戦えなくなる。

 欲求を叶え続ければ、ある程度までは幸福になれるだろうが、やり過ぎれば君自身を傷つけるだけになる」

 

 俺を見て、彼女が如何なる感情を浮かべているのかは、判然としない。

 

 黒と翠の混ざり合う瞳はぐちゃぐちゃで、獰猛な獣のようでもあり、泣きそうな子供のようでもある。

 

 だが、言葉が届いているのは確かだ。

 ……いい加減慣れて来た、彼女たちとの繋がりが開くのを感じる。

 

 

 

「幸せになろうとすることは、決して間違いじゃない。勿論君がそうすることもね。

 だが……時に自分一人では、幸福の在り方も追及の方法も、間違ってしまうだろう。

 この世界は、独りで歩くには暗すぎるから」

 

 一人きりで生きようとする者の多くが、そうして幸福を見誤る。

 ……あるいは、この世界の人類そのものが、かもしれない。

 

 かつて調律者が語ったように、人類は光を目指して翼を広げ、けれどさかしまに自らの目を塞いでしまった。

 目的地も見えずに彼方を目指す様は、もはや太陽への墜落にも等しい。

 蜜蝋の翼は溶け落ち、次々と手酷い痛みを味わうことになる。

 

 それでも、彼らは止まれない。止まらない。

 自分一人では、幸福を見定められない故に。

 

 

 

 だからこそ、他者が必要なんだ。

 

 頬を引っ叩き、言葉をかけ、あるいは抱き締めて、暴走を止めてくれる誰かが。

 

 俺が君にとっての他者になれるのなら……。

 それはきっと、幸せなことだと思う。

 

 

 

 

 

 

「俺が君を見る。君を測る。

 君の不定形な幸福を形にして、時に褒め、時に諌め、時に慰める。

 君と一緒に、幸福に至る黄金の道を歩いてやる」

 

「君が俺を幸福にする分、俺も君を幸福にし続ける。

 この精神の擦り切れるその日まで、ずっと」

 

「だから、俺について来い……いや、そうじゃないな」

 

「俺と共にこの道を歩め、王」

 

 

 

 

 

 

 ずっと誰かに道を示し続けた王。

 自分の道を誰かに照らされることのなかった少女。

 

 あるいはそんな言葉を、彼女はずっとずっと、待望していたのかもしれない。

 

 力強く抱きしめる俺の拘束から脱そうとする力が、徐々に弱まって……。

 俺を叩き殺さんとしていた両腕が、そっと、俺の胸に当てられた。

 

 そして……。

 

 

 

「…………は、い。よろしく、お願いします……」

 

 

 

 ぽそぽそと、小さく。

 豪放磊落な彼女らしくない、おしとやかな声が、俺の胸の中から聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

『これは 酷い!! この女ったらし!!』

 

 黙らっしゃい!!

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

-反復34,935回目 終了-

 

 

 

〈! 光の種シナリオ 再起動 !〉

 

 

 

-反復34,936回目 開始-

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

「処理チーム? ってヤツに配属されることになった、貪欲の王……改め、幸福の王!

 まあ、なんだ? その……これからは、主ちゃんの力になってやるよ!」

 

 やったぜ! 雑用メンバー、また一人確保だ!!

 

「だがまぁ……働く分、然るべき『幸福』は、貰っていくからな♡」

 

 まずい!!! 喰われる!!!!!

 

 

 

*1
近接、限定、コスト3。使用時ページを1枚引く。回避3~10、防御8~17:マッチ勝利時ページを1枚引く、貫通3~6:的中時火傷2を付与







 『O-01-64-02』

 魂を癒すような幸福があるとすれば、それは永遠ではないでしょう。
 人は永遠には共にあれませんから。
 けれど、刹那の幸福だろうと、求めること自体は間違いではないはずです。



 識別名:幸福の王

 ランク:ZAYIN
 E-BOX:22
 クリフォトカウンター:4

 E.G.O:ゴールドモーメント

 武器
 ランク:ALEPH
 装備条件:勇気120以上
 ダメージ:RED(10~11)
 速度:最高速
 射程:超近距離
 能力:攻撃時に20%の確率で、12秒間HPとSPを自動回復する「幸福」状態になる。

 防具
 ランク:ALEPH
 装備条件:勇気120以上
 RED:0.3
 WHITE:0.6
 BLACK:0.3
 PALE:1.0
 能力:同武器と共に装備することで、最も近い鎮圧対象の元に転移できる。



(Limbus雑談)

 鏡EXTREME単騎15層のwave3で出て来るドンベク、なんらかの罪に問われろ。
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