前回の反復で、3人目のケテルたるアダムを鎮圧し、3級フィクサーパンチをかました。
いやぁ、大変だったわマジで。危なくなった時の転移魔法でガンガン緊急離脱できる王がいなかったら、結構ヤバかったねありゃ。
ともあれ、これでついに原作に登場したケテルが全員出揃い、そして全員がアインの中へと還っていったことになる。
アンジェラに聞いたところ、現在の経過年数は6,998年。
俺の体感でも、まあ7年くらいだね。L社地下本部にもすっかり慣れて来た。
……原作でのシナリオは、実時間10,000年と少しで完走していた。
となれば、いよいよこの長くも長いクソシナリオも終わりが見えて来た、というところだろうか。
当たり前の話だが、実際に俺が7,000年弱も時間を体感すれば、とうの昔に気が狂っていただろう。
なんならWarp列車の例を見るに、2,000年もあれば全然狂い得た。
アンジェラのようなAIでもない普通の人間に、こんな膨大な時間は、文字通り殺人的なんだわ。
実際にそうなっておらず、俺が健常な精神を保てているのは──元魔法少女ハーレムとか築いてる奴の精神が言う程健常か? というのはあるけども──、ひとえにカルメンと騎士のおかげだ。
記憶同期のシステムと騎士の存在の性質上、俺は前の周までの記憶を、L社の外の時間で体感する。
要するに、今この瞬間には1秒を1秒として捉えるが、前の周までの記憶を思い出そうとすると、1秒分の記憶を1000分の1秒にまで圧縮したように体感するのだ。
夜空剣を通してリアルタイムに情報を落とし込むシステムなので、7,000年の情報量に脳が悲鳴を上げることもなく。
過去の記憶は圧縮されるため、長すぎる時間に自我が摩耗して潰れることもない。
こんなシステムを即座に思い付いて構築するんだから、改めてカルメンってすげえ天才なんだな。
……ってか、生前はここまではぶっ飛んでなかったよね?
『E.G.Oを介して井戸の中を見たり、自分の精神と向き合ってから、発想の幅が広がったのよね!
やはりフィールドワーク! フィールドワークは全てを解決する!!』
ひえぇ~~~ぶっ飛んだ思想を持った女に大幅強化パッチが入っちゃってる! シンプルに恐怖。
まあそれで助けられてる以上、コイツの道を否定することはないんだけどね。
むしろ、女王や王と巡り会うきっかけをくれ、騎士と同じ尺度で歩むことを許してくれた彼女には、感謝の気持ちしかないくらいだ。
なんか1つお願いくらいなら聞いてやってもいいくらい。
『ん? 今何でもって言ったわよね?』
言ってないが???
『なら「愛してる」って言って、ダーリン♡』
愛してるよ、カルメン。
『ッッッ……こっ、コナーにも強化パッチが当てられてるんじゃない!?』
覚悟キメて開き直っただけです。
俺、自分は愛せないけど、他者なら存分に愛せるタチっぽいのでね。
……話を戻すと。
そうして俺が楽をさせてもらってる一方で……。
煉獄の先導者たるアンジェラは、この絶望的に長い時間を更に膨らませ、その身で体感している。
その瞬間瞬間に最適な思考を選択できるようにと、彼女はその超高速演算によって、現実よりも非常に遅く時間を体感しており……。
俺が1秒を1000分の1秒に圧縮しているのと逆に、彼女は1秒を100秒に拡張して捉える。
単純計算、彼女はこの悲惨な煉獄を、俺の10万倍もの時間、体験し続けているのだ。
その長い、永過ぎる時間は、かつては人の心を持ちながらもどこか機械的だった彼女に、人間的な情緒を育ませるに十分足るものだったが……。
同時、そうして培った心が摩耗してしまうにも、十分過ぎるものだった。
俺は原作で孤独に戦うしかなかった彼女を知っていたわけで、となればただ傍観するわけにもいかず。
彼女を支えるべく、この7,000年、色々と試みてきた。
与えられた役割による名前でなく、友だちとしてのあだ名で呼んだり。
反復が記憶できるようになったと打ち明けて、共に打開策を考えたり。
ダニエル仕込みの美味しいコーヒーを淹れたり。
毎日レパートリーを変えながら、ご飯を作ってみたり。
彼女が零す、悲鳴にも近しい愚痴や不満を聞いたり。
一人ではないと伝えるために、強く抱きしめたり。
同じく記憶を保有している騎士や女王、王と触れ合わせたり。
一人では眠れないと言い出した彼女を寝かしつけたり。
君は、
可能な限り、そう伝えて来たつもりだ。
……ただ、それでも。
俺や騎士たちが感じている時間は結局のところ、アンジェラが感じているそれの10万分の1に過ぎず。
アンジェラが味わう苦痛の全てを、共にすることはできない。
どうしたって、彼女は孤独だ。
俺にできるのは精々慰めることくらいで、彼女の苦痛自体を断ち切ることまではできない。
だから。
「……結局あの人は、一度だって、私を見てはくれないのね」
涙を流し悲痛な声を上げる彼女に、俺はまともに、何もしてはやれない。
それが、悔しくて、悲しかった。
* * *
管理人Xの正体がアインもといA、つまりはこのL社の創設者であり、セフィラやアンジェラたちの作り手であることは、もはや説明の必要もないだろう。
あの馬鹿は光に指向性を与える悟りを開くため、自ら記憶を失い、この施設の管理人となる。
……そんなことをX本人が思い出すのは、台本によればDAY 28のこと。
つまりは、俺たちの反復の始点からすれば、おおよそ80日後のことだ。
アンジェラによって記憶の同期化を受けたXは、数日がかりで過去のおおまかな記憶を思い出していき、自身がLobotomy社の創設者であるAなのだと理解する。
その過程では、断片的ではあるものの、彼がL社を建設するに至った所以、黒ずんだ悲劇の記憶も思い出すことになり……。
これは即ち、Xが再び狂気の闇に堕ちることも意味していた。
多くの悲劇と骸を積み上げた果て、誰もいなくなったL社で、しかしそれでもと目的を果たそうとしたA。
その狂気的なまでの執念が、Xを包んでしまうわけだ。
勿論、それで狂ってしまったからといって、全てが破綻するというわけではない。
そんなんだったら光の種シナリオが成り立たないしね。
ただ……L旧研の頃の、不器用ながら善性の人間アインは、そこにはおらず。
「事を為し、贖わなければならない」という執念に突き動かされるAが、あるいは管理人Xが、そこにいるだけ。
そんな彼が、かつての仲間の延長線上にあるセフィラたちではなく、被造物であり……恐らくは複雑な感情の対象なのだろうアンジェラにまで、気を遣うことはない。
故に。
記憶同期化を受ける前のXはともかく……受けた後のXは、その全てが、アンジェラを「シナリオに必要な駒」としてしか認識しなかった。
ただの一度も彼女の心を、人格を認めることはなく、無視し続けたのだ。
アベルも、アブラムも、そしてアダムも。
これまで、ただ一人の例外もなく。
このコミュ障陰キャ天才ネグレクトクソナードがよォ!!!
ざけんじゃねーよボケ!!
てめぇの生んだ命だろうが! てめぇが人の心を、自我を与えたんだろうが!!
ならちゃんと向き合えや! 「考える自分」である前にまずは「向き合う自分」であれ!!
俺みたいな雑魚でさえ、あの子らに手を伸ばした責任はちゃんと取ったんだぞ!!
いやまあ、それは到底褒められた手段ではなかったが。四股とか、社会的にはカスの中のカスであるのだが。
でも、俺の社会的信用と彼女たちの幸福を天秤にかけたら、後者の方が圧倒的に重いんだよ。
俺は彼女たちを幸せにできて、他の誰にもそれはできねえ。
それならできることをすべきだ。
更に言えば、俺だって彼女たちのことが好きなんだ。
そこまでくれば、もはややらない理由はないよねって話で。
なーんでこんな雑魚にもできる決断ができへんのかなぁアイン君はさぁ!?
お前の選択が生んだ結果だろうがよ! 責任取れ責任!
目の前で泣きそうになってる女の子一人救えずに、どうやって世界を救えるって言うんだい!!
……いや、もうお前は世界を救うとかなんとかじゃなく、カルメンの理想を成し遂げたいってだけなのかもしれんけどさぁ。
それにしたって、そのカルメンに似せて作ったAIと向き合わずに事を為そうだなんて、ちょっとばかり甘えた話だとは思わんかい?
で、そのケツ拭きは元L旧研の雑用係こと俺がやることになるってワケ!
いやまあいいけどね!
エラのことは好きだし、支えること自体に不満はないけどね!
そんなわけで、業務終了後、俺の私室のベッドにて。
「私は……なんでここにいるの……? なんで人の心なんて持たされたの?
あの人が見てるのは、私じゃない……私が機械だから悪いの? あの人の望むように在れなかったから、私には存在価値がないっていうの……?
私は、すべきことを、あの人に押し付けられたことを、ちゃんとやってるのに。
やりたくもないことをして、吐き気がするくらいに見慣れた惨劇を、忘れられもしないのに。
それでも。……それでも、私に名前をくれた人だからって! ずっと! ……ずっとあの人のために、働いてきたのに……それなのに、ただの一度も……っ!!」
アンジェラは、痛々しい声を上げながら、俺の胸に顔を埋めている。
俺はそんな彼女の背に腕を回し、強く抱きしめていた。
本日はDAY -16。
管理人X到着の16日前……つまり、反復開始から34日目。
アンジェラは毎晩俺の部屋に眠りに来るので、今日も今日とて寝かしつけたげようと思ってたのだが……。
俺の部屋に来たアンジェラは、むすっと不機嫌な表情を見せていた。
恐らく、昼間の間に、何かしら嫌なことがあったのだろう。
ずっと溜め込んでいた感情が抑えられなくなったらしいアンジェラを、俺はなだめることになって……。
今はまさに、それが爆発している最中であった。
……まあ、偽物の父親の慰めなんて、彼女の苦痛を消し去るには値しないかもしれんが。
それでも、彼女が求めるのなら、俺は与えようとも。メンタルケアは任せろーバリバリ!
『偽物っていうか、もう育ての父でしょう? 人間1年目の頃からずっと面倒見てるじゃない』
『主くん、7,000年もアンジェラちゃんに寄り添って無償の愛を注いで「偽物」は無理があるよ』
『アンジェラの体感で言えば70万年だろ? 主ちゃんからすればともかく、アンジェラからすればもう隣にいてくれるのが当然、みたいな感覚なんじゃないか?』
『主の慰めで消えない苦痛などないと思うのですが』
他はともかく騎士、ただの私見だねそれは。
実際のところ、俺の言葉なんて、多少負荷を減らすくらいが限度だと思うっすよ。
『……? 永遠に続く裏切りでできた絶望が癒されましたが』
『主くんの言葉で喪ってた存在意義を見出せたけど?』
『私も……ずっと得られなかった幸福をもらってしまったが……♡』
……いやまあ、君たちは例外というか、なんというか。
アブノマは元々極端な感情の表象なわけで、他者の感情に影響を受けやすいとか、そんなんでしょ多分。
『あなたの言葉で自分を愛せてE.G.Oを開花させて井戸に呑み込まれずに自我が生き残った女、参上!w』
お前は本当に例外なんだよ!
普通はあんな挑発みてえな言葉だけで、光の種もなしにE.G.O開花できねえから!
……ともかく!
俺には、今のアンジェラを救うような言葉をかけられない。
彼女の苦痛を取り払うこともできず、共有することもできない俺の言葉は、彼女にとってただの綺麗事にしか聞こえないだろうから。
だから、言葉ではなく、行動で示す。
常に彼女の味方になり、実務を支え、心に寄り添い、求めに応える。
彼女を孤独にさせない。
それだけが、俺にできる唯一のことだった。
だから今も、きっと何にもならない慰めの言葉と共に、彼女の体をキツく抱きしめることしかできず……。
向けられる視線には、どうしても罪悪感が付き纏う。
彼女の琥珀色の瞳はいつも純粋で、真っすぐで、痛ましく、悲しい──。
──というだけじゃ、ない?
「……ねえ。あなたは、違うのよね、コナー。
あなただけは、私を
「ああ。君が機械だろうが人だろうが、俺の大切な友だちだ。
もう長い付き合いなんだ、それが本心ってことは知ってるだろ?」
「ええ……そう、よね。
ただの機械で、冷淡な管理者で、残酷な支配者じゃない……一人の女性と思ってくれているんでしょう?」
「そのつもりだよ」
アンジェラの瞳には、少し前までにはなかった色が浮かんでいた。
彼女はAIではあるものの、確かな人格を持ち、環境に合わせてそれを適した形に変えていく……つまりは成長もするわけで。
それ自体は、なんらおかしなことではない。
子供の成長は早いな~とは思うけどね。
……が、しかし。
彼女の今の変化は、これまでに見たことがないものだった。
そこにあるのは、僅かな期待と希望。
そして……薄っすらと、ではあるけど……好奇心と、欲望?
その意図をはかりかねた俺に、アンジェラは微かに頬を紅潮させて、言った。
「なら、あの日、正義の騎士とやっていたことを、私にもして。
調べたわ。……キス。家族にもしたりする、親愛を示す行為なんでしょう?
それなら、私が、あなたにとって親しい相手だって……機械としてじゃなく、あなたは私自身を見てるんだって……今この場で、証明してみせて」
おお…………。
……アンジェラ、そういうことに興味を持てるくらいに成長したんだなぁ(しみじみ)。
他人や他人に対するコミュニケーションに興味を持つのは、良いことだ。
人間は社会性の生物故、これからアンジェラが幸せな未来を歩もうと思えば、自分のことばかりではいられないだろう。
そういう意味で、彼女の成長はとても喜ばしい。
手放しになでなでしちゃう!
……いやまあ、あの日俺と騎士のキスを見て、一気にそっち方面の情緒育成が進んじゃった説もあるけど。
そっかー、アンジェラもそういうのに興味を持つお年頃か~!
明日の朝食や夜食でお赤飯とか炊いちゃおっかな。都市には普通にお米もあるので、やってやれないことはない。
「あ、あの、コナー? 頭を撫でるんじゃなくて……ん……いえ、撫でるのをやめて、って意味でもないけど」
「ふふ、わかってるよ」
俺にはできることなんて多くはない、と思ってたが……。
ある意味、これは彼女にとって未知の刺激にはなるだろう。
こんなことで、君の既知故の退屈を少しでも紛らわせることができるなら、やりましょうともさ。
俺がアンジェラの育ての親というのなら、まあ、これくらいはギリギリセーフだろうし。
というわけで。
「……っ」
緊張したように固まり、けれど決してまぶたを閉じはしないアンジェラに対し。
俺は、彼女の垂れた空色の前髪をかき上げて、俺はその真っ白な額に、口付けを落とした。
「大丈夫。俺は君を見てるし、愛してるよ、エラ」
「……っ、あ、ぅ…………い、いえ、コナー、そうじゃなくて!」
アンジェラは俺に文句を突き付けながらも、額を押さえ、顔を真っ赤にしている。
おお、初心ながら、なんとも少女らしい反応。
昔の機械的だったアンジェラなら、よくわからなそうな反応をしてただろうに、返す返す子供の成長は早いですな~^^
が、すくすく育っているとは言っても、彼女はまだまだ子供だ。
これ以上俺が踏み込むのは、彼女の将来にとっての過失となり得る。
なので、ここは一旦保留としましょう。
「マウストゥマウスは、君にはまだ少し早いかな。
君がもっと素敵な女性になったら、また考えてあげるね?」
……実際のところ、彼女に恋だの愛だのは早過ぎる。
興味を持つことは結構だが、興味本位で踏み込んで、火傷してほしくはない。
今、彼女が俺にその興味を向けてくれているのは、俺以外に選択肢がないからだ。
それこそ「お父さんとけっこんする!」と言っている子供にも等しい。
この煉獄が終われば、これまではただ台本を読み上げるだけだった彼女の人生にも、道が拓ける。
そのまま終わることを選ぶも、あるいは自由を求めて歩き出すも、彼女の自由。
いやまあ、図書館長業務が自由かどうかは一考の余地ありだが……。
これから広い世界を、多くの人を、たくさんの喜劇と悲劇を知り。
彼女はその先で、もっともっと素敵な女性になっていくだろう。
俺の知るエンディングの先に、きっと……無限の可能性が広がっている。
その頃には俺なんぞ、幼少期に1万年そこらお世話になった、忘れかけてた恩人くらいに落ち着くだろう。
彼女は記憶を失うことはないけども。
『コナー、体感100万年よ、100万年。過去の存在にするなんて無理じゃない?』
……いやまあ、うん、そうだね。
100万年とか、正直俺からすれば、全く予想できないくらいに長い時間だもんな。
流石に忘れかけてた恩人、にはならないかもしれないけど。
まあそれなら、忘れ去られることは一旦無理として。
せめて、アインと並ぶもう1人の父親ポジションくらいに収まれれば、俺としちゃそれ以上望むところもないんだが。
『主ちゃんって、平然と人の心掻っ攫っといて、ちょっと引いた距離感保とうとするのなんなんだ?』
『アンジェラはまだ子供という認識なのでしょう。世界を知らなすぎるという点に関してはその通りですし』
『でもさ~、仮に世界を知ったとして、この
そう思ってくれることは嬉しいけどね!
でもそれは君たちだからって説もありますので、やっぱりアンジェラが色んなことを知って、自分で選ぶべきだと思うんですよ。
その上で俺を選ぶっていうんなら…………まあ、うん、その時のことはその時に考えよう。
とにかく今は、不安になって、俺との関係を確かなものにしようとしてるこの子を、しっかりと甘やかして慰めないとね。
親子でも、友だちでも、仲間でも、呼び方はなんでもいい。
俺たちは俺たちだ。無理に言葉で表すまでもなく、それは揺るがない。
俺は君を見てるよ。これまでも、これからも。
『主ちゃんのこれがマジで欠片の下心もないの、逆に恐ろしいよ』
『それがコナーだからね!』
『むしろ下心で言えばアンジェラの方にありましたね……』
『これも成長……なのかなぁ?』