「やあネツァク、僕はダァト! 元気か〜い?」
「ダァト……はぁ。元気に見えますか?」
雑用チームの長である俺が本日訪れたのは、安全チーム。
緑色を基調としたこの部署には、毎度のことながら危険度の高いWAWやらALEPHやらのアブノマが収容されており、もはや何が安全じゃボケといったところである。
確か前々世の俺もそうだったんだけど……何故か多くの管理人が、安全チームと教育チームの内、教育チームを先に開放しちゃうんだよね。
ホドが超絶美少女(認識フィルター越し)だからかな?
その結果、WAWやALEPHが抽出されやすい日がこっちのチーム開放中に来てしまい、安全(安全とは言っていない)チームになってしまうのである。
もはや一種の風物詩みたいなものだな! ワハハ!
で、だ。
その管理人の判断、あるいは純粋な不運の割を食うのは、当然ながらこのチームのリーダーであるセフィラ。
安全チームのセフィラは、ネツァクだ。
彼の前世での名を、ジョバンニ。
自らの意志で人生の意義を決め、その果てにL旧研に光をもたらした男であった。
前世においては、覚悟ガンギマリ無敵マンに覚醒していたジョバンニ。
人の行く道に茶々を入れることに定評のある俺ですら口を挟めない、ある種アイン並みの推進力を持ったとんでもねえ男だったが……。
では今世、L社地下本部にいるネツァクがそのままかと言えば、そうではない。
「明日隕石が降って来て世界滅びませんかねぇ」
「そりゃあ困るぜ。まだ楽しいお仕事は始まったばっかじゃん?」
「楽しくないお仕事はさっさと終わってほしいんですよね」
「楽しんでやらないと、仕事なんていつまでも終わらないゾ♡」
「はぁ……」
前世で色々と燃やし尽くした結果、残ったのは燃え殻だけ、とでも言おうか。
ある意味、歴史の階よりも燃え尽きた少女が相応しいようにも思えるネツァクは、今日も今日とてだらだらと怠けていた。
安全チームのメインフロア。
その片隅に置かれたソファの上で、彼は赤ら顔でビールの缶を開けている。
その様は休日の駄目親父のようで、身をつまされる思いである。
俺も気を付けんといかんね。
人生の同行者を決めた以上、俺はいつでも、彼女たちの誇れるパートナーでなければならない。傍からの見え方には注意が必要だろう。
飲んだくれは、傍から見るとだいぶ印象が悪いのだ。
特に、ダラダラしてると尚更ね。
『コナーがああいう風になる未来は全然見えないけどね!
家庭に入っても、いつも家事したり子育てしたりでせかせか動き回ってそう。
……っていうか、コナーってお酒飲まないわよね? あの頃も、お祝いの時に開けたシャンパンでさえ、一口しか飲まなかったし』
アルコールを入れると、どうしても注意力が散漫になるからね。戦士としてそれはよろしくない。
俺にとっては、喜ぶお前たちの顔が百薬の長ですよ。
……ただ、俺だっていつもせかせか動き回ってるってわけじゃない。
ベッドでうつらうつらしたりするのは好きだから、その辺もどう折り合い付けるか考えんといかんなー。
『それくらいはいいんじゃない? いつも頑張ってくれてるもの!
……まあ、私の目に就くところで昼寝なんてしてたら……ふふっ♡』
なっ、何する気なのっ!? えっちっ! 変態っ!!
「酔えるビールがあることが、唯一のここの取り柄ですねぇ」
そんなことを言いながら、ネツァクは気怠げにビールを注入口へと流し込む。
彼がこのビールをどこで入手したかと言うと……ビール自販機だ。
原作では彼が冗談交じりに欲しがっていたこれなんだけど、俺がアンジェラに頼み込んで、安全チームに配置してもらった。
稼いだポジティブエンケファリンボックス5つにつきビール1缶という、おおよそL社の外では許されない、とんでもねえ鮫トレ価格なんだけどね。
ちなみにこの自販機のメンテや補充等は、俺たち処理チームのお仕事です。
なにせ雑用なんでね、ええ。
まあでも、これに関してはお願いして良かったよ。
流石に旧い知り合いがエンケファリン中毒になるのはちょっと見てられないし、まだアル中になってくれた方が俺の気が楽だからね。
……とはいえ、退廃的なエンケファ窟から、休日の駄目親父にジョブチェンジしただけで、見た目がアレなこと自体には変わりがないのだが。
「……なんだか、さっきから風評被害を受けている気がするんですが」
「デマじゃないから風評被害には相当しないぞ。どっちかというと罵倒やね」
「酷いなぁ……これでも最低限の仕事はしてるんですが」
「それはそう。頑張ってるね♡ えらいえらい♡」
ネツァクはこうしてサボっているように見えるし、ていうか実際確かにサボってはいるのだが……。
だからと言って、すべき仕事をボイコットしていないかと言えば、そうではない。
それらを必要最低限だけさっさとこなして、余った時間は全部ビールを飲んで過ごしているのである。
やっぱダメ人間ならぬダメセフィラだよコイツ。
「別にすべきことをしてないわけじゃないですし……問題ないでしょう」
「職員たちの『コイツには頼れないから俺たちでなんとかしないと』って悲愴な顔見てもそれ言える?」
「出来た子たちですよねぇ。僕には勿体ないくらい」
「出来てねえヤツは異動願い出したり問題起こして他の部署行くからね。因果が逆ゥ!」
適者生存、と言うべきか。
上層セフィラの中でもかなりの問題児であるネツァクと一緒にやって行けるのは、適性のある一部の人員だけだ。
結果的に、安全チームにいる職員たちは、選ばれし者のみとなる。
ネツァクのケアができるくらいの面倒見の良さを持っていたり。
あるいはネツァクの代わりに現場指揮ができるだけの優秀さを持っていたり。
もしくは彼のサボりを許容できる寛容さを持っていたりする。
そんな奴らの煮凝りなもんだから、安全チームはかなり特殊。
上層では他に類を見ないくらい、それぞれ個性の強い癖アリチームが出来上がるわけだ。
……ちなみに、上中下層含めて一番職員の癖があるのは、当然ながら抽出チーム。
ビナー語や、コギト・アブノマ・E.G.O抽出に適合できたヤツしか残らないので、みんな精神崩壊してるか精神がクッソ強いか変な悟りを開いてる。
ビナーと俺とアンジェラ以外、まともにコミュニケーションが取れない奴もいるくらいだ。
なんで俺たちができるのかと言えば、永い反復の中で慣れたから。
あと、俺が抽出チームに行くと、ニヤニヤ笑いのビナーが後ろを付いてきて翻訳してもらえるし。
と、そんな雑談は置いといて。
話を目の前のネツァクに戻そう。
いや、戻そうっていうか、話をしよう。
「大丈夫、お仕事をちゃんとしてくれるって信頼はしてるよ。
というわけで、ほ~らおじちゃ~ん、新しい書類仕事だぞ~~。
リサから届けられた陳情に基づく反省文と、精神汚染中和ガスの算出表と、救急医療の重要事項説明書と、それから再生リアクター改良案。
良かったね~ネツァク、恋人できたじゃん^^ 仕事という名の恋人がよォ! モテモテだね♡」
「…………はぁ」
ネツァクはむくりと体を起こすと、ビール缶をサイドテーブルに置き、俺が差し出した紙束を受け取って確認し始めた。
……最初に置いといた反省文はビールと一緒に除けられ、他の書類に目を通しているようだ。
ネツァクはまあ、間違いなくサボり魔ではあるんだが……。
幸いと言うべきか、原作と違って、やけっぱちにまではなっていない。
他の業務に関してはおざなりではあるが、殊職員たちの安全と救命に関しての仕事には、しっかりと取り組んでくれている。
それなりに、思うことがあるのかね。
「……全て処理するには、少し、時間が要りますね」
「提出期限はまだ先だから大丈夫大丈夫。
あ、でも確認書と同意書の署名だけもらっていいかな」
「はぁ~い……ちょっと待ってくださいねぇ」
後ろ頭を掻き欠伸を漏らしつつも、ネツァクは立ちあがってペンを取りに行こうとして……。
「ネツァクさん、どうぞ」
「んぁ、ありがとう」
「空いた缶は片付けておきますね」
すすすっと近付いてきた安全チームの職員ユミが、さっとペンを差し出し、空き缶を回収、ついでに零れたビールを拭いて行った。
おお……できる秘書って感じだ。相変わらずユミは働き者だね。
まあでも、今回のウチの職員であるイゴリーも負けてないが?
騎士や女王、王はもっと負けてないが???
ネツァクが姿勢を正し、確認書とか同意書に目を通し、記名していく。
俺はその様を見ながら、ぼんやりと物思いにふけった。
管理人がまだ到着していない今、俺たちセフィラにも、ある程度の裁量権が託されている。
だからこそ、マルクトやホドは自由に作戦を立案できるし、ゲブラーも好きにアブノマを虐めることができる。
ティファレトやケセドも福祉案を上げられるし、それに基づいてネツァクにこうしてお仕事が回って来ることもあるのだが……。
あと二十日もすれば、管理人Xが到着し、殆どの裁量権がアイツに移る。
今はこうして職員の安全保障を試みることもできるが、DAY 0からはそれもできなくなってしまう。
それが彼らのセフィラコアの崩壊を促進するわけだ。
クソ抑圧システムがよ!!(定期)
まあでも、そんな日々が終われば、セフィラコア抑制が始まる。
そして抑制を終えることさえできれば、あとはいくらでもカウンセリングも話し合いもできるというもので。
彼も俺も、少しばかり忍耐が試される状況と言えるだろう。
『わかるよ。困ってる人に手を貸せないのは、ちょっと辛いよね』
そこはもう仕方ないね。
L社専属カウンセラーとして、今できることを頑張っていくしかあるまい。
『コナー、すっかりカウンセラーとしての自分を受け入れたわね』
『主の光は心に響きますからね。天職かと思われます』
……まあ、思うところはあるけど、実際やってることといえばエラのカウンセラー兼保護者がメインだしね。
ちなみに、コア抑制が済めば話し合いもできるとは言ったが……。
これを成し遂げた後にリブートした回数なんて、もう両手両足じゃ数えきれないんだけどな!
ワハハ! Xさんそろそろしっかりやってくれませんかね!?
『幸福の対極にあるようなシステム、作ったヤツは人の心とかないのか……?』
まあ……人の心はあったんだと思うよ。
状況と狂気が、それを捨てさせたんだろう。
結局Aも、都市の苦痛の連鎖の被害者なんだよなぁ。
勿論、ネツァクもまた。俺もそうと言えるかもしれない。
結論! 都市はクソ!!
『都市の井戸、濁り水びっちゃびちゃだからね!』
それを目の前で直視させられるカルメンもかわいそうだわな。
労わってやりたいが……何もできないのが心苦しい。
『私は平気よ! こうしてコナーと話せるんなら、何があっても大丈夫!』
流石は精神系のE.G.O覚醒者、心の強ぇ女なのか……!?
* * *
……さて。
そんなこんなで、俺がぼけーっとネツァクの働く様子を眺めていた、その時だった。
余りにも唐突に、最悪の事態が起こった。
施設中に、とんでもなく大きな、アラート音が鳴り響いたのだ。
「ん?」
「クソ!!」
困惑の声はネツァクが。
罵倒の声は俺が上げた。
リブートの記憶を持ち合わせないネツァクは、何が起きたかわからないだろう。
なにせこれは、今回の反復で初めて起こった事。
俺とアンジェラが全力で避けさせていた、起こるはずのないインシデント。
O-05-47、ZAYINクラスアブノーマリティ。
触れてはならない。
先程鳴り響いたアラートは、その起動音の一つであり……。
施設内の全ての収容室のクリフォトカウンターがゼロになったという、大惨事のお知らせだった。
今更ながら。
クリフォトカウンターは、アブノーマリティのご機嫌のようなものだ。
初期値が3とか5とかの寛容な奴もいれば、1とか2とかの狭量な奴もいて。
下がる条件も多種多様ながら、大体は作業結果が悪いと下がる。
そしてこれがゼロになれば、アブノマはブチ切れたり変容したりして……。
クリフォト抑止力を突っ切って脱走したり、特殊能力で施設や職員に影響を与えたりする。
脱走の方はまあ、管理人到着までの間は、俺とゲブラーが鎮圧すればいいし。
管理人到着後も、Xが職員をいい感じに誘導して鎮圧させればいい。
なので、単純な脱走であれば、そこまで大きな問題にはなり辛いが……。
問題は、特殊能力発動の方。
こっちは職員を問答無用に即死させたり、魅了して自分の収容室に来させたり、周りの収容室のクリフォトカウンターを下げたりと、やりたい放題で。
俺たちでは、ちょっと解決しようのないことも多い。
で、今。
とあるアブノーマリティの特殊能力が発動して……。
そんな下がっちゃダメなクリフォトカウンターが、施設全体でゼロになりました☆
どっかのアホが不用意に変なボタンに触れたせいです。あ~あ。
ちくしょう、だいなしにしやがった! お前はいつもそうだ。誰もお前を愛さない。
…………ただ。
正直に言うと、これだけであれば、まだ最悪とまでは言えない。
状況はとてつもなく悪いが、十分収束させ得る範囲、といったところか。
統括AIアンジェラの管理技術は、今や卓越していると言っていい。
熟練管理人どころか、スーパープレイとかRTAの領域に足を踏み入れているのだ。
ボタンが押されたところで、強制即死系のアブノマがいなければ、無犠牲すらあり得るレベルである。
幸い白夜は今回もいないので、即座に12人即死の大惨事とまではいかないしね。
『前から思ってたけど、白夜って誰?
聞いたことのないアブノーマリティだけど……』
原作に出て来たマジでやべーアブノマ。
……あの白大福、全然来ねえんだよな。
なんとこれまでの反復で、管理人Xが統括するタイミングも含めて、一度たりとも現れたことがない。
まあアレ、カルメンの深層心理から抽出された説もあったからな。
生前のカルメンがE.G.Oを開花させる程に変容した以上、もう白夜ってアブノマ自体が消えちゃったかもしらん。
『へ〜、あっちの私が元になった、ね。話に聞く、血の風呂と同じタイプか』
結構好きなアブノマだったし、E.G.Oもギフトも優秀だったので、ちょっと残念な気持ちもないでもない。
いや……それはともかく、今はこの施設の収容状況の話だ。
白夜みてぇな脱走=半壊滅な、大量即死アブノマは、いない。
……が、しかし。
それ以上にマズいとすら言っていいアブノマが、収容されている。
具体的に言えば、「虚無」イベントのキーパーソン、魔法少女族の最後の1人……。
憤怒の従者が。
虚無の道化師が顕現する激ヤバイベント、「虚無」。
これは、魔法少女族のアブノマが4人揃っている時、クリフォト抑止力を意図的に緩めた業務中に、4人の内3人が同時に暴走することで発生する。
……ただしこの判定、実は結構ガバガバなようで。
だいぶ昔の話だが、セカンドワーニングが鳴り響き、クリフォトカウンターが2のまま憎しみの女王が外に飛び出した時にも、この条件を満たしたこともあったし。
逆に、まだ収容室の中にいるはずなのに、クリフォトカンターが0になった瞬間に条件を満たしたこともあった。
つまり、ここから考えられる「虚無」の発生トリガーは……。
「魔法少女族のアブノマが3人以上、クリフォトカウンターが0になったor収容室の外に出ていること」。
そして……。
俺の感化を受けて繋がった騎士や女王、王もまた、この条件のトリガー足り得る。
絶望の騎士、改め正義の騎士。
憎しみの女王、改め愛の女王。
貪欲の王、改め幸福の王。
そして、憤怒の従者。
以上が、「虚無」イベントの発生トリガー。
正義の騎士は、職員育成という理由の他に、このイベントを避けるためにも、業務中は収容室にいてもらっているんだが……。
愛の女王、そして幸福の王は、処理チームの所属人員であり、就寝時以外は常に収容室の外に出ている。
……つまりは、最後の一人、憤怒の従者が脱走してしまえば。
問答無用で、虚無の道化師は顕現する。
そして、憤怒の従者は、クリフォトカウンターでの脱走タイプだ。
触れてはならないクソボタンが押された以上、彼女のクリフォトカウンターは、既に0になっているはず。
憤怒の従者としての姿を取り戻し、すぐに暴走を開始し始める。
つまり……イベントのトリガーは既に満たされている。
「虚無」の開始は、確定した。
だから憤怒の従者だけは絶対外に出さないよう徹底してたのによ!
誰ですか、絶対近付くなって言ってたスイッチに触った、即行退職処分級のアホ職員はよォ!!!
ともあれ、今すべきは犯人捜しではなく、状況への対処だ。
起こっちゃったもんは仕方がない、出来る限り抗うしかねえ!
「騎士、女王、王!」
「はい!」
「主くん、これまずいかもっ!」
「やるしかないか、行くぞッ!!」
俺が呼べば、白い光と共に、3人のアブノマが傍に現れる。
騎士はいつも以上に凛々しく、女王は焦っていて、王は覚悟を固めていた。
彼女たちがここまで張り詰めた表情を浮かべる理由は、簡単で……。
──俺たちは未だ、この「虚無」イベントを、乗り越えられたことがないんだわ。
* * *
「虚無の道化師」は、イベント系アブノマの中でも、ぶっちゃけダントツでヤバい。
イベントが始まるとまず、道化師は施設内のランダムな職員に憑依するような形で顕現する。
この時点で、憑依された職員は死亡判定で戻って来なくなる。
そして、この虚無の道化師が存在する部門にいる職員は、全てのステータスが半減する。
そう、半減だ。
仮に130まで育てた職員も、65まで弱体化する。
ギフトで正義をガン盛りして170とかにしても、85だ。
当然ながらHPもSPも半減するので、実質的にめちゃくちゃ脆くもなる。
その上、道化師の攻撃が、かなりエグい。
定期的に施設全体にBLACKダメージを与える波動を放ちながら施設内を徘徊し、職員が近付くとランダム属性ダメージの攻撃。
ダメージ自体は、ALEPHとしては普通の威力だが……同じ部署にいる職員はHPSPが半減してるので、結果としてかなりヤバい火力になる。
で、だ。
これらの攻撃で死亡orパニックになった職員は……憑依される。
お察しの通り、n体目の虚無の道化師となり、同じように活動し始めるのである。
この手の感染型アブノマは、なんだかんだ事故らない限りは大人しくて、割と優しい傾向にあるんだが……。
虚無の道化師だけは例外だ。
なにせ、新たに取り憑かれた奴も、最初に生まれた道化師と同じ性能。
実質的には、2体目のイベント系ALEPHが降臨するに等しい。
そうして施設に道化師が増えるにつれて、全体攻撃である波動の密度は加速度的に上がっていき。
ステータス半減の範囲も、どんどん広くなっていく。
最終的には、L社地下本部は、虚無の道化師(に取りつかれた職員)だけが彷徨う地獄と化すわけだ。
あ、勿論オフィサーも道化師化するよ!
もう雑用はウチのチームでやるから全員引っ込んでくれねぇかな!?
……さて。
ここまで聞いただけなら、熟練管理人は「まあこれくらいなら」と思うだろう。
実際俺も、ここまでの情報を見ただけなら、いくらでも対処法が思いつく。
その筆頭が処刑弾だ。
相手は職員に取り憑いているので、処刑弾が有効。
増える前に、取り憑かれた職員を撃ち抜いてしまえばいい……と。
ああ、俺だって最初はそう思ったさ。
なんなら躊躇うエラの代わりに、俺の手でコンソールから処刑弾を撃ち込んだ。
……だが、無意味だった。
コイツの本当にヤバい特性は、憑依や攻撃能力じゃないんだ。
虚無の道化師の鎮圧の形式は、嘘をつく大人のそれに似ている。
奴は顕現すると同時に、魔法少女族のアブノマにも取り憑いて、暴走状態にする。
これは、オズシリーズに対する嘘をつく大人みたいなものだ。
彼女たちを鎮圧すれば、道化師の鎮圧に協力してくれるようになるのだが……。
虚無の道化師は、この魔法少女たち以外からの、あらゆるダメージに免疫。
処刑弾も。
職員たちのE.G.Oも。
他アブノマによる攻撃も。
赤い霧の斬撃も。
多分調律者の特異点さえ、受け付けないだろう。
どこぞの嘘を吐く大人のように、俺だけは例外!w なんてこともない。
俺自身の攻撃も、彼女たちのE.G.Oを使った攻撃でさえ、意味を成さない。
これが、マジでヤバい。
速攻で沈めないとオフィサーたちが憑依され、施設内がとんでもねえ地獄になるっつうのに、まずは魔法少女族の鎮圧から始めなきゃいけないし。
彼女たちもそう簡単には道化師に勝てないので、また道化師に負けて取り憑かれて暴走→鎮圧→再挑戦を繰り返さないといけないし。
そうこうしてる内に、施設内の職員は加速度的に大きくなるBLACKダメージで死亡し、地獄となる。
ザケんなカスがよ!!!
超高難易度MOD並みの、クリアさせる気のない設計やめろ!
そりゃ憤怒の従者も支部送りにされるわ!!
……唯一、不幸中の幸いがあるとしたら。
俺に感化され変異した騎士たちは、闇堕ち暴走しなくなること。
彼女たちは開幕にも暴走せず、すぐさま道化師にぶつかりに行ける。
道化師に負けたとしても取り憑かれることなく、ただ卵化して、復活までにクールダウンが挟まるだけ。
魔法少女族の内3人、騎士、女王、王が仲間になってくれた今、鎮圧の難易度はかなり緩和されている。
……まあ、それでもなお。
波動よるオフィサー壊滅→道化師の氾濫→施設壊滅までに、鎮圧が間に合ったことはないんだが。
* * *
とにかく、今は速攻で道化師を片を付けるしかない。
だが、それにもやはり、少なからず時間がかかる。
まずは最低限の時間を稼ぐため、オフィサーたちを生かすことを考えなければ。
「エラ! 道化師が出たら俺に場所教えて! オフィサーたちをどこかのエレベーターに集めるからBLACKバリア! それから脱走アブノマの情報を伝達!」
『わかってるわ! 無理はしないで、ダァト!』
「王、即行でオフィサーかき集めてエレベーターに!
女王はオフィサーの避難が終わるまで、脱走した他のアブノマ鎮圧を補助!
俺はその間道化師を押さえる、騎士はその補佐!」
「おう!」
「わかった!」
「はいっ!」
幸い、ループの記憶を残した彼女たちは、状況を即座に理解して動いてくれる。
当惑や動揺は、千載一遇の好機を取り逃させる。
それがないことは、不幸中の幸いだろうか。
勿論、反復を憶えてない者たちは、そんなに即決即断はできないのだろう。
態度が急変しアブノマたちを呼び集めた俺に、目を白黒させていたネツァク。
彼の許に、安全チーム職員ユミが駆け寄り、声を上げた。
「ネツァク様っ、規制済み、黒鳥の夢、知恵を欲する案山子が脱走致しました!!」
「ッ……安全チーム、今すぐメインフロアに集合!
道中で脱走アブノーマリティに遭遇しても積極的には攻撃はせず、可能な限り被害を抑えろ!」
ユミの報告に、ネツァクは声を張り上げ、安全チーム職員たちに指示を飛ばす。
焦りからか荒い口調になっているが、正しい判断だと思う。
まずは職員たちを集合させ、情報を集めつつ、戦力を集中させるべきだろう。
……まあ、それが間に合えば、の話なのだが。
ていうか冷静に考えると、規制済みまでいるのやべえな。
安全チームは他部署に比べてそこそこ育ってるが、アイツの恐怖ダメージで弱ったところに黒波動が飛んで来たら即死しかねない。
クッソ、やっぱ安全チーム欠片も安全じゃねえわ!
頼んだぞ女王、お前のWHITEダメージ魔法に頼らせてもらう! 優先的に助けてやってくれ!
『任せて、主ちゃんっ!』
光が溢れ、女王と王がそれぞれの戦場へと飛び立つ。
残ったのは俺と騎士。
アンジェラから道化師の出現場所を聞き次第、俺たちも出発予定だ。
なんとか俺たちで注意を引き付け、被害を抑え……。
王による職員たちの退避が終わったら、一気に全員で叩く。
この鎮圧はスピード命だ、全力でやるぞ。
「行くぞ、騎士。今回こそ突破する」
「はい、主よ。どうかお気をつけを」
言葉を交わし、俺たちは準備を整えて────。
『ッッ、駄目、コナー避けてッ!!!』
これまでにない程に焦った、カルメンの声が脳裏に響き。
何か悍ましい気配に振り返った先に。
俺に襲いかかろうとしている、黒い泥の塊のようなモノを見た。
────っ、俺に憑依するつもりか、コイツ!!
「白」。
駄目だ、部屋にある、間に合わない。
仮に間に合ったとして、アレはこの手の搦め手に弱い。
逃げる。
無理、相手が速い。
道化師の憑依から逃げ切れたケースはこれまでにない。
反撃。
不可能。これは触れた瞬間に終わりだ。
言うならばこれは的中時強制混乱のみたいなもんで、反撃のために動くこと自体が不可能。
耐える。
できない。これの性質はそんなものじゃない。
騎士たち曰く、精神世界での自我への浸食だ。物質による攻撃ですらない。
「主ッ!!」
『主くんっ!?』
『なっ、主ちゃんに──ッ!』
……ああ、クソ。
この可能性は、思考になかった。
これまでずっと職員しか狙われなかったからって、今回もそうだと思い込んでいた。
俺の手抜かりだ、やらかしたな。
「みんな、リブートしたらごめん!!」
俺がそう言い残した直後。
どぼん、と、音がして──。
最後に、こちらに向けて必死に手を伸ばす、騎士だけを映し。
俺の視界は、真っ黒な闇に染まった。
ターニングポイント、その5。