3級フィクサーパンチ   作:アリマリア

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 今回と次回は別視点になります。
 本当は1話で済ませようと思ってたんですが、文字数がいくらなんでも膨らんでしまったため2話構成。お許しを。





守る剣

 

 

 

 何も変わらない。

 

 私たちが、愚者と戦った日のように。

 ガリオンが、あの研究所を襲った日のように。

 

 残酷な瞬間は、いつも唐突に始まり、終わる。

 

 

 

 その日も、その瞬間も、まさしくその通りで……。

 

 私は、目の前で、見ることになりました。

 

 

 

 あの日、私たちが呑まれた虚無に。

 

 我が最愛の主が、呑み込まれていく様を。

 

 

 

 必死に手を伸ばしました。

 剣を飛ばし、その闇を斬り裂こうとしました。

 

 けれど闇は、凄まじい速度で主の身を呑み込み、覆い切り。

 剣は主の身を傷つけることが出来ず、空中で制止して。

 

 

 

 ────私は、何も、成し得なかった。

 

 

 

 主が、目の前で虚無に飲み込まれる様を。

 あの日の私たちと同じように、闇に堕ちる、その様を。

 

 ただ……見ていることしか、できなかった。

 

 

 

「あ、あ、あああ……」

 

 知らず、声が口から漏れ出しました。

 

 私は、知っています。

 

 その、昏い虚無を。

 その、底のない絶望を。

 

 その中で行われるのは、永遠に続く、自我への責め苦。

 

 まともに抵抗することも許されず、脱出することも能わず、支え合うことすらも出来ないまま。

 ただただ何時までも、己の瑕となった過去を、黒ずんだ欲望を、他者を苦しめる悪徳を……。

 人の、そして己の中の悪たる本質を、直視させられ続ける。

 

 それはいつまでも終わらない。

 いずれ虚無に呑まれるまで、永遠に続き、決して解放されることはない。

 

 遅効性の毒のような理解が、自身の本質を侵し、変えていってしまう。

 信じていたものが丹念に塗り潰され、風化し、黒ずみ、腐ってしまう。

 

 そんな、この煉獄にも等しき、無間地獄。

 

 

 

 あれだけは……。

 あれだけは、主に、味わってほしくはなかった。

 

 主の正義の穢れなきことを、私は知っています。

 

 私の抱いていた正義よりも遥かに頑強で絶対的な、カルメンの言う「月の光」。

 それは、単純な痛みによって曇ることは、決してない。

 

 幾度となく戦場を共にし、最後の最期まで私の誇りを想ってくださったことで、私はそれを知ったのです。

 この人は決して私を裏切らず、決して自分を裏切らず、最後まで正義を貫くのだと。

 

 

 

 ……けれど。

 

 主とて人の身、人の心。

 かつて、「10,000年もあれば、俺の自我だって簡単に狂うだろう」と言っていたように……。

 永劫は、主の心をしてもなお、耐え難いものなのでしょう。

 

 そして、今回、光の種シナリオは……きっと主を守らない。

 

 

 

 本来であれば、主は光の種シナリオというシステムに保護されている。

 もしも強い精神汚染を受けることなどあれば、すぐさまリブートが働き、舞台を初めに巻き戻すでしょう。

 

 けれど……。

 エレベーターを使った際の異次元のように、こちらの時間を基準とした一瞬の間に永劫が過ぎるならば、時は巻き戻らない。

 シナリオは、その須臾の違和感を感知できない。

 

 道化師の精神汚染は、それに近い性質を持っている。

 

 私がそれに呑まれたのは、外の世界では、ほんの2分程度の間で……。

 けれど私の体感では、3か月を数えていた。

 

 

 

 再起動もそう。

 本来、セフィラである主は、その命が絶えた瞬間に予備の機体で目覚める。

 

 けれど……道化師に呑まれた者は、死ぬわけではない。

 ただ、その心を捕らえられ、無理やりに変質させられ、道化師の一部となるだけ。

 

 だからきっと、再起動は機能しない。

 ……無理やりに、主を取り戻すことは、できない。

 

 

 

 もう、避けられない。

 

 主は、今から……それを、味わうことになる。

 

 

 

 あの暗がりに、主が、引きずり落とされてしまったら。

 

 主の光が、主の誇りが、主の正義が……。

 永遠の暗闇の中で、虚無の中に引きずり落とされてしまったら?

 

 

 

 あの時、私が絶望の種を植えられ、いつかそれを花開かせたように。

 

 輝かしき主の誇りが、風化し、空虚に堕ちてしまったら……。

 

 その時、主は……私の愛する主と、その誇りは、どれだけ穢されてしまうのか?

 

 

 

 勿論、同期する記憶さえ選べば、次の主にその穢れは引き継がれないでしょうが。

 それでも……主の味わう苦痛は、絶望は、決してなくなるわけではない。

 

 私はそれから、主を……私の大切な人を、守らなければならなかったのに。

 

 

 

「主、主、主……ああ、そんな……!」

 

 咄嗟に、闇の浸食を少しでも止めようと、手を伸ばす。

 私を温めてくれたその人の体温を、私を救ってくれたその人の心を、繋ぎ止めようと。

 

 しかし、私の手に触れたのは……。

 

 どこまでも冷たい、虚無の闇だけ。

 

 そこにあるはずの、主の箱状の体は、既に闇に包み込まれていた。

 

 

 

「────っ」

 

 主、主よ、どうかお答えください!

 無事であると、一言でもお声を聞かせてください!

 

 そう、剣を通して語りかけても、返って来る言葉はなく……。

 

 主が常に、その腰に提げてくださっていた、剣までもが。

 私と主を繋いでくれていた、その誇りの象徴までもが……黒く、染まってしまっていて。

 

 

 

 

 

 

 そうして、プツリ、と。

 

 その表面にあった電光表示が、途絶え。

 

 「Daat」という名と、その灰色の瞳までもが、消えて。

 

 

 

 今や、私の前には。

 

 暗黒の闇に染まり、ぼんやりと俯く……主であったはずのモノが、いた。

 

 

 

 

 

 

 

 今すぐに鎮圧しなければならないと、そう、分かっているのに。

 

 ……ああ、駄目だ。

 

 私は。

 主の騎士であると同時、あの方を愛する女である、私は……。

 

 

 

「……ある、じ……」

 

 

 

 主だけは、斬ることが、できない。

 

 

 

 カランと。

 宙に浮かせていた剣が、床に堕ちた音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 * * *

 

 

 

 

 

 

 ──あるいは。

 彼女がそうしてくれたのは、必然であったのかもしれません。

 

 

 

 私たちが迷い、足を止めた時。

 何時だって彼女は、誰より先に立ち上がった。

 

 かつて私たちを率いていた彼女は、誰よりも心が強く、リーダーシップに優れ。

 故にこそ主から、「もしもの時は頼むぞ」と……そんな言葉を頂いていたのですから。

 

 

 

 

 

 

「馬鹿野郎がッ!!」

「ぐッ!?」

 

 唐突に、後頭部に強い衝撃が与えられ、忘我していた私は正気を取り戻しました。

 

 続けて、温かい手に、後ろへと引っ張られる感触があり……。

 

 ……直前まで私がいた場所を、黒い軌道が通り過ぎる。

 

 道化師による、攻撃。

 その軌道から、温かい手が、私を間一髪で逃がしてくれた。

 

 そう気付けたのは、全てが終わった後で。

 

 

 

「主ちゃんを想うなら、あの人を1秒でも早く取り戻す方法を考えろッッ!!!

 あの人のおかげで私たちは救われたんだぞ!? 今更絶望に沈んでる場合かッ!!」

 

 耳元に響く、聞き慣れたそれは──王の、幸福の王の一喝。

 

 それを受けて、私はようやく、ここが戦場であることを思い出しました。

 

 

 

「王、よ……ですが、主を……!」

 

 震える言葉を投げる私に。

 

 いつも私たちを支え、先導してくれた彼女は、叫びます。

 

「怯むな! 堕ちるな! あの人の献身と想いを無駄にするなッ!!

 殺す必要はない! お前の本懐は守ることだろ、攻撃を防いで時間を稼いでくれ!!

 主ちゃんを助けられる可能性は、ある!! 諦めるな!!!」

 

 

 

 「助けられる」。

 

 その言葉に、意識にかかっていた霧が、一気に払われたように感じました。

 

 

 

 体勢を立て直して横を見れば、王は既に黄金の道を開き、どこかへと向かおうとしています。

 明らかに何かの策を持って……主を、救おうとしている!

 

「何を……どこへ行くつもりですか!?」

「主ちゃんから『愚者』を切り離す!

 そのためには、アイツを……従者を頼るしかない!

 確証はないけど、アイツなら、主ちゃんを包んでる愚者を『溶かせる』かもしれない!!」

 

 ハッと、しました。

 

 その可能性は、ある……かもしれない。

 

 愚者の闇は、私の剣や王の拳でも払うことはできない。

 

 けれど、彼女──今や憤怒の従者と呼ばれる、彼女であれば。

 毒と腐食のエキスパートであり、例外なくどんな物でも溶かすことのできた、彼女ならば。

 

 あるいは、愚者の闇すら溶かし、脆くすることができるかもしれない。

 そうすれば……あるいは、ほんの少しの可能性は生まれ得る。

 

 

 

 ですが……。

 それはあくまでも、従者の力を借りられたら、という仮定の話でしかない。

 

 彼女はまだ、虚無の中にいる。

 助けを求めようにも、今は憤怒に呑まれ、暴れ回っているはず。

 

 そう思った私に、しかし、王は首を横に振りました。

 

「いや! アイツはもう、主ちゃんと繋がり始めてたはずだ!

 精神の均衡を欠いてた女王や眠っていた私と違って、アイツはずっと主ちゃんにたぶらかされたんだ。

 必要なのは、あと一歩……それを埋めるしかない!」

 

 

 

 その必死な声は、確信があるという風ではなく。

 そう推理しているという訳でも、あるいは自分の言葉を信じてすらいないようで……。

 

 頼むからそうであってくれと、祈るようなもの。

 

 王もまた追い詰められているのだと、私は今更ながらに悟ることとなりました。

 

 

 

 ……それは、本当に、仮説の多い話で。

 

 従者が既に、主に感化されかけているかも。

 私たちが彼女と話して、それを埋められるかも。

 彼女の腐食が、愚者に有効かどうかも。

 それによって、主が助けられるかも。

 

 何一つとして、確証はありませんでした。

 

 

 

 ────ですが。

 

 それでも王は、自らの信ずる人のため、立ち上がった。

 

 それならば……主の騎士たるこの身が、どうして膝を折っていられましょうか。

 

 

 

 それに、何より……。

 

 きっと、我が最愛の主なら、立ち上がるはずなのです。

 

 「すべきことがあるんなら、やらないとか馬鹿だよなぁ!」なんて笑って。

 当然のように、誰かのために、死力を尽くすのでしょう。

 

 そんな方だからこそ、私たちは救われたのです。

 そんな方だからこそ、私たちは愛したのです。

 

 

 

 私は、あの方の騎士。

 あの方に誇りを預ける者であり、あの方の正義を体現すべき者。

 

 であれば、あの方の忠節の騎士として、私が今為すべきは。

 絶望に膝を折り、屈することではない。

 

 残酷な現実にも、諦めずに抵抗する。

 主の言葉を使うのなら……今、できることをする。

 

 ……まったく。

 その答えにすぐさま至れないとは、なんと情けないことでしょう。

 これからも、もっと多くのことを、主より学ばねばなりませんね。

 

 

 

 そのためにも……ええ。

 

 必ずや、我らが主を、取り戻す。

 

 

 

「……ありがとう、王よ。

 そちらは、お任せします。この道化師は、私が食い止めてみせます」

「おうッ、頼んだぞッ!!」

 

 王は私の言葉に笑顔を浮かべ、すぐさま転移魔法の向こうへ。

 

 互いが互いの役目を果たすため、異なる方向を向きました。

 

 王が向き合うべきは、憤怒に呑まれた我らの友。

 私が向き合うべきは……主の体を乗っ取る、不逞の輩。

 

 

 

「いざ」

 

 私は再び、地に墜ちた剣を飛ばし……揃って、剣先を下へ。

 

 既に、主の同僚たるネツァク様やその部下の方々も退避し、2人きりとなったメインフロアの中で。

 不気味にその身を揺らす、かつての仇敵と向き合いました。

 

 

 

 道化師よ。

 かつて私を突き落としたあなたよ。

 ……そして、主と出会う前の、私自身よ。

 

 以前のように、あなたを受け入れず、拒絶するためにこの剣を突き立てはしません。

 

 この度は、自らのためでなく、我が主と誇りを守るために。

 私は今、再び、剣を振るいます。

 

 

 

「主よ。あの日、あなたから剣を賜ったように……。

 あなたの正義と誇りを守るため、この剣をあなたへと向けること、どうかお許しください」

 

 

 

 ……あぁ、目に浮かぶようです。

 きっとあなたは、「やっちまえ!」なんて言って、笑ってくださるのでしょうね。

 

 

 







 愛の女王はボロボロ涙を零しながらも、職員を助けるために施設中を走り回ってます。

 エラはリブートも発動せず、再起動もしないのを見て、頭が真っ白になってます。
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