ギョンミィ
あかん、なんか変な感じでカルメンに執着されてもうた。
前世の人格が残ってる時点でカルメンの興味を引いてしまうとか、とんでもねえトラップだ。
「てきとうに追い払えばすぐ興味なくすやろ」くらいのガバガバ意識だったので、割とマジの想定外である。これを専門用語でガバと呼びます。
とりあえず再走や後進のため、チャートにちゃーんと書き加えておこう。
となれば、もっと演技力にステ振りするか、今後のオリチャーでリカバリするしかないか。
個人的には、その2つであれば、前者を推奨したいところだ。
何故かと言えば……。
カルメンに興味を持たれると、非常に面倒くさいことになるからである。
その面倒事の筆頭が、ここ最近の俺の状況だ。
あんのイカレ野郎めが、最近これまでにも増して俺に絡んで来るのだ。
マジでめんどくさいよ、勘弁してくれ~~~;;
ふとその赤い瞳が俺の姿を見つければ、その時してた相手との話を切り上げて、わざわざこっちを追いかけて来るんだぜ?
相手の職員の顔と視線がすげーのよ。嫉妬と羨望と悪意と殺意がWhiteダメージ(5~7)となって襲い掛かって来るんだよ。徘徊性パニックで研究所滅ぼしたろか。
「こんにちは、コナー! その資料、どこかに運ぶ途中かしら?」
「やあカルメン! 僕はコナーだ! お前話し相手雑に扱うのやめろ、俺なんて呼びつけりゃあいつでも話せんだから、あっち優先したれや」
「あら、優しいのね。大丈夫、丁度話が終わる頃合いだったから!」
「嘘吐けアイツの顔見ろ、どう見たって『あのコナーとかいう奴どう殺してやろうか』って顔だろ」
「? ……いつも通りの仏頂面じゃない」
「視線を向けたら大人しくなる……喰い込む天国かな?
驚いたな、アイツついに罪善さんと静オケと雪の女王だけじゃなくて天国まで抽出できるようになったのか。むしろカルメンだろうにそっちは」
「?? ……まあそれはともかく! 呼びつけていいって話だったわね。それを運んだ後で私の研究室に来てくれない? あなたに見せたいものがあるの!」
「まあ行きはするけど、その前にアインのことどうにかしろってヤクソギはどこに行った!? ヤクソギさえ守ってればこうはならなかったはずだァ! ヤクソギの! 大切さを! 叩き込む必要が! あるかなァ!?」
「暴力反対!! 腹パン反対!!」
しねーよ流石にこの程度なら。俺野蛮人だと思われてる?
しかし、あ~アインァ……俺、涙が出そうだよ。
なーんで未来の上司に恨まれにゃならんのだ。頭が痛いぜ。
カルメンという女は、この研究所の中核だ。
心の病の治療という最終目的を発想した人物であり、皆に慕われるリーダーであり、何かとダウナーに沈みがちな研究者たちを引っ張る精神的支柱でもある。
そして同時、この女、かなりの自由人でもあった。
部屋にノックもせず入って来るわ、研究に夢中になる余り会議を忘れるわ、興味のある物事には危険とか度外視して突っ込むわと、本当にやりたい放題。
周りにいる人間は、その奔放さにほとほと頭を痛めることになる。ソースは俺。
カーリーをスカウトした時なんざ、単身裏路地に乗り込んで大演説かましてたらしいからな。全然あそこで刺されて死んでもおかしくなかったんだぞ。
絶対早死にするだろコイツ……いや実際してたわ、うん。
皆の中心の愛され系で、わがままな自由人。
行動力に溢れすぎてるカルメンを止められる人間は、ぶっちゃけこの研究所に殆どいない。
皆カルメンのことが大好きで甘やかしがちだし、仮に軽く言ったって止まるようなタマじゃない。L旧研においてカルメンは基本的に自由。
そんなバケモンに興味を持たれた俺は、窮地に立たされることとなった。
カルメンに絡まれたら職員(特にアイン)からのヘイトがヤバい。
でもその行動を否定したら「てめぇカルメンの意思を無下にする気か」ってなってヘイトがヤバい。
他の奴に押し付けても呪いの人形の如く平然と戻って来るため「なんでてめぇが」ってなってヘイトがヤバい。
カルメンとかいう女ァ、俺に迷惑をかけることしかできねぇのか!?
* * *
「……って感じで、最近はとにかくカルメンに絡まれて困ってるんだよ」
「あはは……なんというか、私から見ると羨ましい環境だからね、それ?」
「まあ美人ではあるし、能力もあるからな。一般的に見れば役得ってヤツかもね。
でもさ、それでアインとかカーリーからめちゃくちゃ睨まれるんだぜ? なんならカーリーとの模擬戦なんか、普通にぶった斬られそうになったりもするんだから、ちょっとやってらんないよ」
「ああ、それは確かに……ちょっと辛いかも」
どこからか神出鬼没に現れては襲い掛かるカルメン爆弾を回避するため、俺はさる職員の研究室に避難することにした。
勿論、手土産もなしというのは無作法だし、コーヒーと軽く摘まめる菓子を片手にね。
どの職員のところにお邪魔するかは、検討の余地ありだったが……。
ガブリエル→「サボるな」って追い返される可能性大。
ミシェル→カルメンとパイプが太すぎて密告されかねん。
カーリー→訪問は
ダニエル→俺との仲が周知の事実すぎて網を張られる。
ベンジャミン→ほぼ確実にアインが近くにいる。
アイン→論外。
……というわけで、悩んだ挙句、安牌に至った。
将来マルクトになる予定の女性職員、エリヤだ。
薄茶の長髪を赤いカチューシャで纏めた笑顔の似合う女性、エリヤ。
彼女の性格を端的に纏めれば、純粋で元気で快活、だがせっかちでドジ、それからちょっと自信なさげ。
そんな自信のなさを克服するため、目の前のことに前向きに取り組める偉い子でもある。……せっかちだから功を焦ったりもしがちなんだけどね。
能力面で言うと……決して無能ってわけではないが、肝心要なところでミスを犯しがちで、あんまり周りから高い評価は得られていない、って感じ。
というかこのL旧研がおかしいんだよ。世界を変え得る天才共の集まりなんだぜ? フィクサーに例えれば12フィクサーことチャールズ事務所みてえなもんで、平均値があまりに高すぎる。
これが普通の翼であれば、エリヤは十分評価に値する活躍が出来てたはずだ。……トップに立つのは、少し難しかったかもしれないが。
ちなみに俺は、そんなエリヤより更に事務能力が低い。
仕方ねーだろ用心棒なんだから。本職じゃねえんだよ。
まあエリヤを筆頭に、研究所メンバーはそんな俺でも使ってくれることが多いので、書類整理やらデータ入力やらを手助けすることもあるんだけどね。
……最近、用心棒やってる時間よりオフィサーとして働いてる時間の方が長い気がするな?
さて、そんなエリヤは、俺の愚痴にどこか思うところがあるようで。
カップを包んで冷えた手を温めながら、俯きがちに語った。
「私たち、みんなカルメンさんに惹かれてここに来たようなものだから。
あの人が誰かとばっかり関わってるとなると、やっぱり意識しちゃうところはあるかも」
苦笑と共に届けられるのは、普段の彼女のそれより、いささかラフな言葉。
エリヤは基本、誰にでも敬語で話す。
それは彼女の真面目さと、そして内に抱え込む劣等感が故の言動なんだけど……。
俺は一昨日くらいから、例外的にタメ口で話してもらえてる。
彼女がそうしてくれる理由は、何もここ数日避難所として使わせてもらって、彼女と話す機会が増えて多少打ち解けたからってだけではないだろう。
なにせ仲の良さだけなら、俺以上の相手が研究員に何人もいるわけで。
一番の理由は、多分……。
俺がこの研究所の中でほぼ唯一、彼女が劣等感を覚えずにいられる存在だからだろうな。
彼女から見て、俺はこの研究所でも有数の、能力的に「下」の存在。
アインたちのようにアホみてえな実務能力を持ってるわけでもなく、カーリーみたいにありえん強いわけでもない、特別な力のない凡人だ。
戦闘能力で見ればそりゃあ俺が上だが、彼女の個性である研究能力で見れば、俺はかなり劣ってる。
だからこそ、彼女は俺のことを対等以下の存在として見ることができ、劣等感もそう覚えないんだろう。
勿論、そう思ってもらえるよう、俺がフランクに弱みを見せつつ接してきたからでもあるけどね。
いつも上を見上げて首を痛めていた彼女にとって、こんな会話が一時の慰め程度にはなればいいな、と思ってのことだ。
そんなことをぼんやり思いながら、コーヒーを軽く揺すって口に含む。
ダニエル程の腕じゃあないが、俺だって文化人らしく、コーヒーの淹れ方くらいは知っている。
自前のそれの仄かな酸味を舌で転がし、ゆったり満足した後、相手の言葉に応えた。
「ま、わからんでもないよ。カルメンは魔性の女だ、性じゃなく人で周りを引き寄せるブラックホール。
……ブラックホールならブラックホールで、引き寄せるだけでいてほしいんだけどな。あっちから突っ込んで来るとかどう避けろっていうんだ」
どうしようかなーなんて呟く俺に、エリヤは腕を組んで唸る。
「うーん……そうね、こういう時は原因の切り分けと対策から始めましょう!
コナー、あなたとしては、何かカルメンさんの興味を惹くようなことをした自覚はある?」
上目遣いにこちらを覗き込んで来る彼女は、とても真面目な表情。
流石の研究者気質というか、理論尽くで俺の問題を解決してくれようとしてるらしい。
Lobotomy時代のマルクトは冷徹に職員を使い捨てる言動が目立ったが、アレは光の種シナリオによる精神抑圧とセフィラ化の負荷などが重なった結果。
Ruina時代には「あの時の私はどうかしていた」と反省している通り、本来のエリヤ/マルクトは真面目で心優しい女性だ。ミシェルとはまた違う形で相手の心に寄り添ってくれる。
……いやまぁ、良くも悪くも竹を割ったような性格なので、「うんうん、それはあなたが悪いね!」となる可能性もあるタイプだが。
そういう部分も含めてドジっ子なんだわ。かわいいね♡
ただ、真剣に相談に乗ろうとしてくれているエリヤには申し訳ないが、まさかここで「カルメンの言ってる心の病なんだけど、俺実は罹患してないんだよね^^」とか言うわけにもいかない。
ちょっと申し訳ないけど、てきとうに誤魔化す他ないな。
「さて、その辺りはなんとも。カルメンはあれでいて結構視座が高い。俺のような半端な凡人からは、アイツが何を見据えてるかはよくわからんね」
「ああ……うん、確かに。カルメンさん、そういうところあるかも」
エリヤは同意しつつ苦笑いを見せた。
未来の上層セフィラ組──つまりはエリヤとガブリエル、ミシェルの3人だが──は、研究所の中でも比較的視野が狭い方だ。
カルメンの輝きに、そして降りかかる苦痛に目を奪われ、全体を俯瞰することができない。
言うならば俺と同じ凡人たちである。能力ではなく精神的な意味でね。
なもんで、俺の雑魚らしい文句には、一部同意できる部分があるんだろう。
あるいは……思うところがある、と言うべきかもしれないが。
「……私ももっと、カルメンさんの言葉とか、意図とか、行動とか……上手く理解して、効率よく事を進められればいいんだけど。
私、色々と駄目だからなぁ……」
再び、彼女の視線がカップの黒色に落ちる。
あらら、今度はエリヤが落ち込んじゃった。
ちょっと彼女の傷を抉っちゃう言葉だっただろうか。
次回に続きます。