XがL社地下本部に来た翌日、DAY 1。
朝、デイストーリーやらセフィラストーリーが行われる、業務開始前の待機時間のこと。
俺は管理人Xを連れて、指揮チームに続く通路を歩いていた。
本日、管理人が辿る流れとしては……。
まずは管理室で、アンジェラからXに、本日の予定や注意事項などを諸々アナウンス。
その後、折衝役の俺による案内で、他のセフィラに挨拶しに行くことになり。
道中、俺の方から改めてXにご挨拶しつつ、指揮チームに赴いてマルクトのセフィラストーリーに繋げる、といったところだ。
とはいえ、俺の台本はかなりガバガバなので、ここで話す内容も6、7割くらいはオリチャー発動しなきゃならんのだが。
まあいいけどね! 良くも悪くもオリチャーには慣れてるから! ワハハ!
『そのオリチャーの結果、私たちが産まれたってワケ』
『3級フィクサーパンチとオリチャーは世界を救うのよ!』
変な宗教かな?
そんなわけで、俺は振り返って後ろ歩きしつつ、後ろを付いて来るXに声をかける。
「改めて、やあ管理人X! 僕はコナー!
昨日ぶりだな。頬の傷はちゃんと治ってるよな?
今日からとんでもねえブラック勤務が始まるが、よろしくニキーwww」
俺はそう言い、元気いっぱいに手を挙げて見せた。
そんな俺に対し、Xはといえば……。
……うん! 相変わらずのクソ無表情!
わは~、ホントにアインっぽいな今回のXは!
「そうか、よろしく頼む」
なんなら反応までアインらしいわ!
……いや。
この感情の籠らない瞳は、逆にらしくない……か?
アインはああ見えて、超の付く頑固者だ。
なおかつ不器用であり、頭が良いだけの馬鹿でもあって、ついでに俺と同じおこちゃまで、おまけに根っこのところが超善人である。
ま、光の種シナリオという狂気を一人で完遂しようとしてるとことか、原作50日目の発言とかを見てると、その辺は大体察しも付くだろ。
そんなアインは、自分が納得できないことを、決して呑み込まない。
要領自体は悪くないんで、表面上は呑み込んだような顔はするんだが……。
内心では決して諦めることなく、一つ一つのことをかなり引き摺って、むすっとした表情を浮かべたりする。
要するに、心の底の方では都市の苦痛や発した犠牲のことすら割り切れてはいない、「それはそれ、これはこれ」族の善良な人間なのだ。あにょ~ん(気軽な挨拶)
なもんで、正直昨日のパンチのことも、恨まれたままだと思っていたのだが……。
ていうか、今までのXたちの8割強くらいは、恨まれた状態からコミュスタートだったのだが。
意外にも、このアインによく似たXの表情には、怨恨の類は見て取れなかった。
「……む。俺が聞くのもなんだけど、いきなりぶん殴って来る頭のおかしい男に対して、何か思うところとかないのか?」
「ない、と言えば嘘になる」
あ、やっぱ引きずってはいるんだ。
当たり前か。Xから見たら、初対面でいきなりぶん殴ってくる狂人だもんに。
ついでに言えば、前世でカルメンぶん殴った時の反応もそうだったが、コイツは暴力が普通に嫌いなタイプ。自分が受けるとなれば尚更なはずだ。
表情にこそ出さないものの、むしろそのアインらしさに安堵している俺に。
Xは、無表情のままに告げた。
「……だが、その感情で思考を歪めることは、すべきではないと判断した」
「へえ?」
「察するに、お前にはその手を振り上げる理由があったのだろう。
それが製作者の意図であれ、新参者への洗礼であれ、あるいはお前の判断であれ、変わらない。
俺が為すべきは、それへ個人的な悪感情をぶつけることでなく、ただ受け入れることだろうから」
意外な言葉に驚きの声を上げる俺に、Xは訥々と語った。
「先程も言っていたが、お前は俺が一度殴られるという条件さえ満たされれば、この施設とアブノーマリティの管理に協力してくれるんだろう?
であれば、問題はない。既に傷も癒えたし、この感情は抑え込めばいいんだから」
……ふぅん?
お前が、そんな物分かりの良いことをね。
「正直、昨日のアレは、お前にとっちゃ理不尽な行いだっただろう。
叱責はともかく、皮肉や非難の一つくらいは言う権利もあると思うけど。
なんなら俺のこと1発殴り返しといてもいいんじゃない? 全然受けてやるよ?」
まあ、俺たちセフィラの箱ボディは、X社製のものと思われるガッチガチの強化合金でできてるので、一般成人男性X君のへなちょこパンチなんぞ、痛痒にも感じないのだが。
むしろXの方が痛い思いをするものと思われる。文字通り殴った方も痛いんですよ、というヤツだ。
言うならば煽りに過ぎない、相手の心底を覗くためのその言葉。
彼はそれに、俺のただ一つの瞳を見返し、当然のことのように言い返してきた。
「しない。それでお前の信頼を勝ち取れるとは思えないから」
「…………」
Xの瞳の、金色の輝きは……。
かつてのアインですら在り得なかったくらいに、澄んで見えた。
「俺は、為すべきことを為さねばならない。それを知っている。
今であれば、それはお前を殴るのではなく……俺に至らないところがあるのなら正し、そしてこれから共に仕事をする上での信頼関係を築こうとすることだろうから」
……ふぅん、そっか。
そういうことね。
『アインに似てるXって話だったけど、コナー、これは……』
『どちらかと言えば……まるで、主のような』
うん、そういうことだろうね。
あの天才の唯一と言っていい欠点は、カスみてえなコミュニケーション能力と、どうしようもない消極性くらいのもので……。
目の前のXは、後者の弱点を、少なからず克服しているように思えた。
俺は都市の外の存在ってこともあって、その辺が得意と言えば得意だったからな。
アイツなりに、俺を真似てくれて……いや、少し違うか。
俺の言葉が、多少なりとも、アイツに届いていたと見るべきかね。
「……理想は、エラだけではなかった、と」
反復の度に塗り替わるXの自我。
そのアルゴリズムとルーチンを組んだのは、当然ながらアイン本人。
ある意味でそれは、アイン自身の創作物とも言えるだろう。
だから、アインがアンジェラを製作する際に、そこにカルメンという理想を見ていたように……。
Xを作る際には、俺という理想を、その内に込めたのかもしれない。
そんなXに至るまでに、あまりに長すぎる時間がかかったのは……あるいは、アンジェラの時に味わった自責から来る反省、とかだろうか。
「? 理想?」
「ああ、いや、気にすんな、こっちの話だ。
……うん、そうだな。そっちが気にせずいてくれるんなら、俺もその分奮うとしよう」
不思議そうに首を傾げる管理人Xに、俺は笑声と共に手を差し伸べた。
「改めて、管理人X、ようこそLobotomy Corporationへ。
俺はお前に期待するよ。可能な範囲でサポートするから、一緒に頑張っていこうZE!」
返事の言葉はなく。
けれど、握られた温かな手が、言葉よりもなお饒舌に、彼の歩み寄りを告げた。
……こりゃあ、今回は結構期待できるかもしれないな。
* * *
そんなこんなで、管理人Xを連れて、指揮チームへ向かう。
X到着後のL社地下本部で、最初に開放される部署、指揮チーム。
今の俺の役割は、管理人をここのセフィラたるマルクトと引き合わせることである。
相手がアインを元にした管理人Xで、それもある程度の積極性を手に入れて会話にも前向きになっていたことで、道中の雑談は結構弾んだ。
今回のXは、コーヒーが好きな設定みたいなので、業務前には一杯淹れてやることになりました。
見てろよお前、10,000年の間磨いたドリップを見せてやるからな!
今の俺は師匠たるケセドにさえ並ぶ……いや並ぶのはちょっと厳しいかもしれないけど、少なくとも悪くないって言われるくらいには美味いコーヒー淹れられるんだからな!
『主くん、そろそろケセドくん超えたって認めない?
随分前の反復で「これはもう免許皆伝どころか、俺じゃあ勝てないかなー」って言われてたじゃん』
やだやだやだ! ケセドは俺の最高の師匠なの! コーヒーの神なの!!
千年経とうが万年経とうが、コーヒーの味と風味でケセドが誰かに負けるなんて、俺は絶対に認めないんだからねっ!!
『主ちゃんって、ケセドとかアインに対しては、時々めんどくさい厄介ファンになるよな』
『恐らく、我々が主に抱いているのと似た感情を持っているのではないでしょうか』
『推しは 綺麗に見えるもん 仕方ない 推し活は 理屈じゃない』
『などと、コナーの記憶を読めるが故に、誰よりどっぷりオタク文化に染まった道化師ちゃんは申しており……』
脳内彼女(文字通り)たちがわいわやってるのを聞きながらも、俺はXとお話しを続ける。
「ところで、俺の業務は、アブノーマリティという存在からエネルギーを抽出する、とのことだったが」
「ああ、そうだよー。
昨日はどうやら一択だったみたいだけど、本来はエラから三択の選択肢が提示されて、そのアブノマを次の日に各チームに収容する流れだ。
今日収容されたのは、識別ナンバー『O-03-03』。
お前の初仕事は、コイツの持つ特性や能力を調べつつ、職員を派遣して作業を行わせ、エネルギー抽出作業を行わせること。
俺としては、安全第一、慎重に事を進めるのをお勧めするよ。なにせアブノマってヤツは、何を起こすかわかんないからねえ」
「覚えておこう」
アインはコクリと頷いたが……まあぶっちゃけ、今日に限れば心配は不要だ。
なにせ「O-03-03」の正体は、誰あろう罪善さんこと、たった一つの罪と何百もの善。
クソカッコ良くイカつい名前や、意味ありげな茨の冠や十字を打ち付けられた骸骨という見た目はなんとも物々しく見えるものの、実は施設に一切の悪影響を及ぼさないどころかむしろメリットしか生まない、人類の味方枠筆頭だ。
ZAYINクラスの危険度ってこともあって、作業失敗時の被害さえ軽微も軽微。
故意じゃなく罪善さん相手に職員に被害出したら、逆に大したもんだよマジで。
で、この罪善さんには、ちょっとした特殊性がある。
コイツがアインにとって最たる心象の具現であるからか、管理人Xが目覚めると、その直後に必ずアブノマとして抽出されるのだ。
その際には、本来なら三択になるはずのコギト打ち込み式抽出のルールすら無視である。
ここに関しては原作通りだな。
……いや、実のところ、時々バグって他のアブノマになることもあるんだけどね。
アレ、Lobotomyのスパゲッティコードのせいで起こるバグじゃなくて、現実でも起こるんだわ。初遭遇した時はビビったね。
まあしかし、要するに、アインと罪善さんは陰と陽みたいなもんなのだ。
正確には仕組みとしては異なっているが、俺と元魔法少女たちのような感じ、とも言えるかもしれない。
そんなわけで、アブノマに関しちゃ、本日は特に問題なし。
管理作業は明日以降が本番になるだろうが……。
管理作業の他に、本日から問題になってくるだろう案件が、おおよそ1つございまして。
それが、誰あろう、ここのセフィラさんである。
はい、それじゃ指揮チームの会議室に到着したんで、台本入りまーす。
「さて、お話ししてる間に到着~。
ここが我がL社の最上層たる指揮チームフロア、その会議室だ。
そしてそして、あっちにいるのが我らが誇るセフィラの…………あれ? いや、いないな……」
この時間には既に待機しているはずだった、箱状機械の姿は見られない。
おかしいなーと首を捻っている(フリをしてる)と、後ろから軽快な足音一つ。
俺とXが振り返れば、そこには指揮チームの廊下を走って来る、黄色の瞳を宿した箱がいた。
……流石に10,000年も見てれば慣れるけど、やっぱシュールだなー、この光景。
新人職員たちは、セフィラのこういうぽてぽてした可愛い姿を見て癒されているらしい。まあすぐに悲惨な職場環境にそんなこと言ってられなくなるんだけど。
で、その黄色の箱は、俺……は管理人の陰に入ってて見えてないので、管理人に向けて楽し気に声を投げかけた。
「管理人! 管理人!」
……うん。
流石にもう慣れたけど、マルクトの第一声がこれなの、ホントにどうかと思うよ。
余りにも言動が「何もない」すぎて、ちょっと茶化せないくらいに背筋が冷えるんだよね。
『まあ……コナーの前世の死因だものね』
『くっ、私があの時傍にいれば……!』
『私がもう主くんに感化されてたら、もうちょっと警戒できてたんだろうけどな……』
『まあまあ、過去は過去だ、今は一旦置いておこう』
被害者側の俺たちでさえ、結構効くレベルの尊厳破壊、エグいぜ。
マルクトにあの日の記憶の残滓を植え付けておいて、この言葉を吐かせるよう誘導してんの、ホントアインくんったら鬼畜ね!
まあ、これも精神抑圧に必要なピースなんだろうけどさぁ! 人の心とかないんか? そこになかったらないですね。
勝手にダメージを受けている俺を他所に、マルクトはてこてこと、こっちに駆け寄って来る。
で、距離が詰まれば当然、管理人の陰に隠れていた俺にも気付くわけで。
どこか不自然な程に明るかった雰囲気は、一転。
マルクトはぴくりと小さく震え、微妙に忌避感のある瞳でこっちを見て来た。
「……あ、ダァトも、いたのね」
いやぁ、すっかり距離ができちゃったわね……。
俺とマルクトは、管理人X到着時点では、すごく微妙な関係性にある。
というのも、マルクトはこれまでの50日で、俺を守ろうと暴走する→職員にバチクソ被害が出る→アンジェラに冷淡に叱責される、という流れを何度か踏んできているのだ。
現在のマルクトには、エリヤだった頃の明瞭な記憶はない。時折薄っすらとデジャブる程度。
そのため彼女自身にさえ、何故自分がダァトを守ろうと行動してしまうのかわからない。
多分、真実としては、彼女の意識の底に封じられたあの日の光景がそうさせているんだろうが、それを思い出すこともできず。
反射的に同僚を守ろうとした、みたいな感じに解釈してるっぽい。
つまりは、明確な理由もなく咄嗟に俺を庇っちまうせいで、マルクトはアンジェラにボコボコに貶されているわけで。
そんなことを何回も繰り返していると、自然、マルクトは俺に苦手意識を持ってしまう。
元からなんとなく引け目を感じていたところに、この苦手意識が重なり、避けがちになってしまうわけだ。
ですが……!
なんと………!!
今回に限らず………!!!
そんなマルクトに、俺はいつも通りの距離感で話しかける。
俺は俺なので、当然そんな空気は読まない! 舐めるなよ、俺は半ばカルメン教だったL旧研でカルメンをぶん殴った男だぜ!!
「やあマルクト! 僕はダァトだ!」
そう言ってニコニコ笑い、手を上げて元気に挨拶。
こういう空気の時に自分まで引くと、割とマジで致命的な関係断裂に繋がりかねない。
マルクトの精神衛生的にも、今このまま放っておくって選択肢は取れないし……。
程々の距離感から、少しでも沈みがちな彼女を支えるべく、ぺかーっと明るく振る舞うのが丸いと見ている。
彼女は別に、明確に俺が嫌いってわけじゃなく、ただ自分の感情をコントロールできないだけなのだ。
そんな彼女から距離を取り、孤独にすることが、彼女の精神衛生を良い方向に向かわせるもんかよ。
『主さん、本当にカウンセラーみたいだね』
え? いや、俺は元から、L旧研及びL社の専属カウンセラーだが……?
『あっ、主よ、度重なる反復で記憶が……!』
『いや、記憶はこっちで丁寧にバックアップ取ってるし、整合性も確認してるけどね? なんなら三重にバックアップしてるわよ大事なものだから』
いつもありがとねホントにね。
更に言えば。
彼女は引け腰ではあるが、先程も言った通り俺が嫌いってわけではない。
最初が気まずいだけで、一度話し始めれば、自然と距離間は縮まるものだ。
「紹介するよ、管理人。こちら、指揮チームセフィラのマルクト。
マルクト、こちらが今日から施設を統括管理することになる管理人だ。
……しかしマルクト、ちょっと遅れての到着だったか? 何かあったかとちょっと心配したよ」
「え? ……あ~……1分くらい遅れちゃってたかな。でも、これくらいは許容範囲……よね?」
「ん、スケジュールの余裕はあるから大丈夫なはずだよ、ご安心。
さては、また時間を忘れて職員にお説教か~? ほんと、マルクトは真面目だなあ」
「ちょっとダァト、そういう言い方をしないでちょうだい。今日から配置転換で新しい職員が勤めることになったから、激励してたのよ」
「ごめんごめん、責めてるわけじゃないよ。むしろ褒めてるみたいなもん」
「そ、そう? それなら……いいけど」
まあ、配置転換っていうか、この50日で育てた職員は全員記憶貯蔵庫ですやすやなんだがね。
50日の苦労が水の泡。また一から職員育成、がんばろうね♡ 張り倒すぞX!!
俺も、今回職員になってくれたジョシュア、しっかり育てていかないとな。
幸いジョシュアは真面目で素直な後輩系職員なんで、さくっとしごいて今日中にステータスカンストさせてやるぜ! 殴られたいです? 骨が折れます。肉が弾けます? 死にはしません。
……と、そこでスピーカーから、エラのインターセプト。
『談笑しているところに悪いけれど、我が社では1分も重要な単位よ、ダァト、マルクト。
あなたたちが放っている管理人に簡単な自己紹介をして、次の会議の準備に戻りなさい』
その声には、彼女と共に長い時を過ごした俺やカルメンたちしか分からないくらいの、ほんの微量な管理人への愉悦の感情も混じっていたが……。
それに気付かないマルクトは、ぴしっと姿勢を正す。真面目ちゃんめ、可愛いね♡ しかしその職責誉高い。
「あっ……ごめんなさい、アンジェラさん。
管理人! 紹介に預かった通り、私は指揮チームセフィラ、マルクトです。
改めて、Lobotomy社へようこそ、歓迎します!
他のセフィラのみんなも、管理人に会いたがってましたよ!」
「ああ……よろしく」
求められた握手にぎこちなく答える管理人X。
これで以て、セフィラ1人目との顔合わせが叶ったわけだ。
その横から、俺は口を挟んだ。
「え、歓迎? 歓迎してる他のセフィラのみんなって誰? エノクとケセドとビナーくらいじゃね?」
「ま、まあ、正確には『みんな』ではないかもしれないけど……もう、ダァト、一々茶々を入れないでっ!
すみません、管理人。ダァトはいつもこんななので、あまり気にしないであげてくださいね」
俺のからかいを、こほんと咳払い一つで流して。
マルクトは、如何にも仕事ができそうで優し気な雰囲気を纏い、話を再開した。
「管理人さんは外部から来られたということで、何かとL社について分からないことだらけだと思います。
でも大丈夫です、それは誰しも通る道ですから。
例えば、制服の修繕でボタンを全部裏に付けちゃったり、砂糖と間違えて塩を入れちゃって、ダァトが作ってくれた食事を台無しにしたり……」
「……ダァトはコーヒーを淹れるだけではなく、食事も作るのか?」
「まあね~。今度作ってあげよっか? パジョンとか」
「ダァトのご飯はとっても美味しい……じゃなくて! もうっ!
ダァトがいると、すぐ会話が脱線するんだからっ!」
マルクトはぶんと顔(ごと全身)を振り、本題に戻った。
「とにかく、まだ不慣れな管理人さんを、私たちが支えますから!
私の担当する指揮チームは、施設全体の機能向上を企図する、責任重大のチームです。
勿論、職員たちと共に、全力で管理人さんをサポートしますよ!
まずは簡単な課題を攻略することで、新たな課題が……」
* * *
……と、そこで。
台本通り、会議室のドアが乱暴に叩かれ、一人のオフィサーが室内に走り込んできた。
あー、今回はbeta71か……。
あまり接触機会の多くないオフィサーとはいえ、真面目な子が犠牲になると、悲しくなるね。
「もっ、もう嫌だ! 耐えられない! マルクト様、助けて、出してください!!」
彼女は血走った目でマルクトに駆け寄ろうとし……。
その途中で、管理人に気付いたらしく、目が輝いた。
「っ、管理人! 管理人ですよね、あなた!
ここから出してください! あなたなら可能じゃないですか! あなたは管理人、私たちとは違う! 何でもできるはずでしょう!?」
……典型的なパニック症状。
これから管理人も、嫌と言う程に見ることになる、暴走。
それを前にして、俺は、疼く心を踏み躙り……。
貫く夜空の剣を手に、管理人に駆け寄ろうとする彼女の前に立ち塞がった。
「beta71、ストップ。
オフィサーと職員は、原則として管理人との直接的なコミュニケーションが禁じられてる。
……どうか俺に、君を斬る理由を作らないでくれ。君の作るクッキーを食べさせてもらう約束、まだ果たせてないだろ?」
「ッ、ダァト、様……」
俺を見てちょっと平静を取り戻したのか、beta71はその場に止まり。
代わりに、マルクトが彼女に近寄った。
「あれ? 君は何でここから出ようとしてるのかな?
指揮チームの仕事に飽きちゃったの? 私は毎日楽しいのに」
嘘吐け。
俺は君が毎日ゲロ吐く程苦しみながら、それでも笑顔を繕って頑張ってることを知ってる。
それがどうして楽しいもんかよ。せめて自分を騙せる嘘を吐きなさいな。
そして、パニクったBeta71の方も、もはやそんな言葉では止まらない。
「恐ろしすぎるんです!! 私はもう耐えられない!
こ、こんな仕事を続けてたら、頭がおかしくなってしまいそうで……!!」
……その言葉は、モロにマルクトの地雷だった。
その言葉を聞いて、マルクトの黄色の目から、温かな感情が失われた。
認識フィルター越しの管理人には、多分、急に無表情になったマルクトが映ってることだろう。
「それは、君……もう働けないってことなのかな?」
凄まじい圧力の……ぶっちゃけパワハラとかモラハラとかに当たる、その言葉に。
beta71の視線は恐怖に染まって、マルクトから視線を逸らし。
ただ膝から崩れ落ちて、床に向けて呻いた。
「助けてください……お願いします、ここから出して……もうここにいたくない……お願い……」
マルクトの地雷は、簡単だ。
他者が、努力を止めること。
才能のない──今の彼女は、それを認めていないが──自分でさえ、努力して喰いついている。
それなのに、才能があって恵まれている者が、何故努力を止めるのか、と……そう感じるみたいだ。
だからマルクトは、失敗やミスには比較的寛容なものの、相手が努力を止めた瞬間めちゃくちゃ冷徹になる。
職員やオフィサーが少しでも怠惰を見せようものなら、憎悪にも近しいような感情を抱いてしまうのだ。
……勿論それは、セフィラ崩壊によって本音を吐き出し切るまでの、いわば暴走状態での症状。
これがマルクトの露悪的な側面であることも確かだが、同時、誰かに寄り添える優しい女性ってのもマルクトの一面なんだけどね。
ふぅ、と。
まるで自分の熱を冷ますような息が吐かれ……。
くるりと振り返った時、マルクトは、その瞳に楽し気な表情を浮かべていた。
そう、表面上だけ取り繕い、内心の苦痛を押し隠していた。
「管理人さん。総責任者は管理人さんですけど、この職員は私の部門のオフィサーなので、私が解決しても問題ないと思います。
私に任せてくださいませんか?」
その問いかけに、ここまで無表情を貫いてきた管理人の目に、微かな戸惑いが走る。
まあ、さもありなん。
L社の情報に乏しい管理人でさえ、マルクトに任せた場合、beta71がロクな目に遭わないと理解できるだろう。
一方で任せない場合は、彼女を信じていない、信じられないという表明に繋がり、彼の当面の目標である「関係者と信頼関係を作る」ことから遠ざかる。
どっちを選んでも失われるものがあるという、酷な、そして管理人Xの性根を図るのに適したテスト。
それを前にして、管理人が選択したのは……。
「…………ダァトに任せる」
おいボケェ!! そういう時はまず自分が動けって教えたわよねェ!!!
ちょっとは俺の言葉も届いたかなって感動、返してくれるか!?!?
(Limbusプレイ雑記。10章ネタバレあります)
10章、「面白すぎ~!」という気持ちと「ムルソー;;」という気持ちと「過去先とめちゃくちゃ設定矛盾しとるやんけ!!」という気持ちが同時に湧き出て来る……!
それと、本作のメインヒロイン(?)の余罪が追加されて顔ない。
割とガッツリ後付けで矛盾の多い設定がドバドバ入って来て、ホントどうしようねこれって感じです。
特にキツいのがエノク関連とダニエルN社出身説。特に前者はこれからどうなるかが怖いですね!
それから、修正前完熟はめちゃくちゃ強くて楽しかったです。
一つ裏引いただけで即壊滅、緊張感がえげつない。