脳 筋 科 学 の 階
黒 化 の 暴 力
妖 怪 本 置 い て け
誰 よ り 赤 い 霧 の 力 を 使 い こ な す 男
管理人は非常に遅々とした進行ながらも管理をこなし、ついにはチェックポイントを刻んで踏み越えた。
ここまでに要した再挑戦回数は優に100を超え、チェックポイントに戻った回数ももう両手の指じゃ足りない。
それだけ挑戦すれば当然ながら、多くのZAYINとTETHクラスのE.G.Oを確保し、アブノマの管理作業や抽出にも慣れていって……。
そして、マルクトが下すセフィラミッションも、3つ目までは簡単にクリアしてみせた。
ただ、4つ目は残ったままだ。
マルクトの3つ目のミッションが「クリフォト暴走が発生した収容室で8回作業する」というチュートリアルに等しいものなのに対し……。
4つ目は「夕暮の試練を突破する」。
なんか急に難易度跳ね上がったな??? そもそも管理人はまだ黎明の試練すら未体験なんだけど???
……え? ダァトのセフィラミッション?
2つ目の「死者・パニックを出さずALEPHクラスアブノーマリティを鎮圧してクリア」で止まってます。
ワハハ! 俺も俺で急激に難易度上がってて草!w まあ処理チーム強すぎるからね、仕方ないね。
そんなわけで、チェックポイントを刻んだDAY6。
本日から新しいチーム、情報チームが開放されるということで、俺は再び管理人Xを伴ってその場所へと案内している最中だ。
「……アンジェラの言った通り、マルクトは不安定な人格を有していた。
アレは……設計思想上、正しいことなのか?」
俺たち処理チームによる清掃の結果ゴミ一つ転がってない廊下の中、コツコツと響く足音と共にXが漏らしたのは、深い思考の中に苦慮を残した疑問だった。
コイツもコイツで、今のマルクトに思うところがあるのかもしれん。
普段のセフィラストーリーじゃ、相変わらず表情薄くやり過ごしてる印象が強いんだが……。
果たして、その内心はどうなのかね。
「さてね。不幸なことと言えば不幸なことかもしれないが、俺は目覚めてこの方、自分たちの製作者に会ったことがない。
勿論、設計コンセプトも詳しくないし、これが正しい駆動なのかもわかんないや。
……まあ、予測で言えば、少なくとも想定通りの挙動だとは思うけどね」
嘘は言ってない。
俺がダァトとして目覚めて以来、体の設計者たるアイン(Xに非ず)とは会えていないし。
精々コミュニケーションと言えるのは、脳内に放り込まれていた激重期待メッセージと、アインが転化したXとの会話だけだ。
設計コンセプトについても、原作知識によってメタ的な理解こそ持っているものの、アインが設計した細かい意匠工夫については知らないしね。
『主くんってさ、カウンセラーと同じくらい詐欺師に向いてそうだよね』
酷いっ!
「……俺がAIを作るのなら」
アインは俺の後ろを歩きながらも、少し俯きがちに、思慮に沈むように語った。
「まず間違いなく、『人間では成せないこと』を為すために作るだろう。
アレ──アンジェラのように、高い処理能力によって、人間には不可能な演算を行わせたり。
あるいはお前のように、圧倒的な力を持たせ、安全を保障したり、だ」
「エラが天才なのはともかく、俺はただの一般通過3級フィクサー相当AIなんだけどなぁ」
「もうそれはいい」
めんどくさそうに切って捨てられちゃった♡ このノリ、懐かしいなぁ。
まあ正直、自分でも言ってて無理があると思うけどね。
俺単身ならまあ順当な評価だろうけど、アイン製の機械の体や騎士たちの協力、完全同調できるE.G.Oとかがあれば、そら前々世の俺の評価たる3級フィクサーなんて簡単に越えるわな。
Xは俺を白い眼で見た後、気を取り直すように前を向いた。
「都市において、AIに頼るくらいなら、人を使った方が安く済む。費用も、リスクもだ。
それなのにわざわざAIを運用するのだから、人には為せない何かを為させるべくそうしたのだろうと……そう思っていた。
だが、現実は違う。マルクトは事務能力・戦闘能力の両面で、人並外れた能力を有していない。
それどころか、単純なミスを繰り返す悪癖を持っている上、部下に辛く当たることが多い。
……マルクトは何のために作られた? 何のために存在している?」
「辛辣ゥ!」
今回のXは非常に順調にミッションを達成し、セフィラストーリーをきちんと進めている。
そのため、そこそこマルクトとも触れ合っているのだが……。
彼女がエリヤだった頃と変わらず、その評価はあまり芳しくない。能力面でも、人格面でも、だ。
実務能力に関しては比較対象であるX自身がぶっ壊れであり、戦闘能力では俺もいるので……まあ、悲しいかな、こういう評価にもなってしまうか。
人格面についても、頑張って明るく振舞っているマルクトは、一見して笑顔で部下を追い詰めてるように見えるんだもんな。
悲しいけど、どうしても高くは評価できまいて。
……ただ、強いて言えば一つだけ、俺から言うことがあるとするなら。
「マルクトは確かにミスを犯しがちだし、部下にも辛く当たってるが……。
彼女も必死に頑張ってることは、嘘じゃないんだ。
そこは認めてやってくれ」
「……ああ」
Xは、少しだけ迷ったようだが……最終的には頷いてくれた。
コイツだって馬鹿じゃないんだ。
マルクトが何かワケアリで、強迫的な動機を元に行動していることは見抜いている。
あの子は頑張ってるんだ。
必死に、懸命に……今度こそ何かを為そうと。あるいは何かを守ろうとしている。
そのために、自分にできるあらゆる努力を惜しまない。
怠惰故に喪われる苦痛を知っているからこそ、他人の怠惰を認められないんだ。
マルクトは本当に偉い子だ。
それだけは、決して嘘じゃない。
彼女と共に1年半、そして10,000年働いて来た俺が、保証できる。
* * *
そんな話をしている内に、俺たちは情報チームの会議室に辿り着いた。
前回会ったセフィラの荒れっぷりを思ってだろう、Xは殆ど無表情ながらも、微かに憂鬱の表情を浮かべていたが……。
幸いと言うべきか、今回会うセフィラは、上層セフィラ随一の良心と言うべき相手だ。
生真面目で真っ直ぐな性格だし、今回のXとは気が合うだろう。多分。
というわけで、俺が会議室の扉を押し開けると……。
「……17秒の遅刻ですね。指揮チームと触れ合って、気が緩みましたか」
中からは、ちょっと嫌味っぽい、そして極めて生真面目な声が届けられた。
会議室の中には、見慣れたセフィラの姿が1つ。
紫色の箱をテープにがんじがらめにし、その細っこい腕を組んでいる彼は、イェソド。
L社地下本部において2番目に開放される部署、情報チームのセフィラである。
「加えて、管理人に限って言えば、服装の乱れが垣間見えます。
職員たちの規範となるべき我が社の責任者がそのような服装では、我が部門では減点10を受けても文句は言えませんよ。
とはいえ残念ながら、規則上セフィラに管理人を評価する権限はありませんが」
そう言い、ツカツカと近付いて来るイェソド。
何事かと身構えるXの動揺を無視し、彼はその首元に手を伸ばし……。
首元のボタンを締め、ネクタイをきゅっと結び直した。
コイツいっつもネクタイ締め直してんな。
Xはそれを受けながら、何とも気まずそうにし……。
視線を逃がした先に俺を捉え、じとっとした目を向けて来る。
「……俺はいいとして。コイツはいいのか。身だしなみ」
「偽の合意やめーや」
そういえばXから見た俺って、箱の姿じゃなく生前の姿なんだった。
他のセフィラの例を見れば、俺もスーツを着せられてる可能性はあるが……。
生前のコナーは、ボディラインの出ないオーバーサイズのジャケットとデニムをラフに着て過ごすことが多かったので、アインからしても着崩した印象が強かっただろう。
それが深層心理で影響して、セフィラ・ダァトの印象も、ちょっとだらしなくなってるのかもしれない。
一方、普通に俺が箱にしか見えていないイェソドは、Xの意図を掴み損ねて怪訝そうに目を潜めた。
「? ……ああ、ダァトのことですか。彼は元よりこれが正しい姿ですので」
「そうでーす、イェソにゃんの言う通り! これは俺に許されたダァトくんの正式フォームなのだ!
というわけで、やあイェソにゃん! 僕はダァト!」
「管理人の前でイェソにゃんはやめなさい」
「じゃあ最強腕前縛られた怒りズールーコアペ打撃暴力マン」
「なんですかそれは」
多分これ、イェソドは、Xが俺の箱のボロボロっぷりを指摘したと思ってるっぽいな。
俺の箱の体は全体的にボロっちい(ように見えるデザインの)状態で、ところどころの透明素材で作られた穴っぽい部分からは俺の生まれたままの姿♡ が垣間見える。
身だしなみが整ってないと言われるとそれはそうかもしれないが、こればっかりはそういうデザインなので仕方がないのだ。
てかこれをデザインしやがったのはテメーの元になった人間だよX。
マジで何の目的でこんなんしたんだよ。初見の職員とかオフィサーには結構引かれがちなんだぞ、この姿?
イェソにゃんは満足するまでXの身だしなみを整えた後、2歩ほど下がり、改めて俺を見た。
「それでは……ダァト」
「はいな了解! それじゃあそれぞれ紹介といきましょう。
管理人、こちら先日ちらっと顔を合わせたが、情報チームセフィラのイェソドだ。
イェソド、こちらがご存知の通り、今回勤めてくれてる管理人ことX。
今日から情報チームの開放とアブノマ収容が始まるってことで、何かと顔を合わせることも増えるだろう。一緒に頑張っていこうね♡」
明らかに格式ばった重々しい雰囲気を中和すべく、わざとらしくハートマーク飛ばしてみるが、イェソドとXにはこうかはいまひとつ。
「また変なこと言ってるよ」という白い目を向けられるだけに終わった。
なお、脳内でわちゃわちゃしている彼女たちにはこうかはばつぐんだったらしく、カルメンは4倍弱点眼鏡カイオーガのしおふき喰らったような勢いで爆発四散していた。
……いや、羨ましいて。こんなてきとうなものじゃない愛想は、いつも君たちに向けてると思うけど?
俺が彼女たちにやんややんやと言われてる一方。
真面目すぎる男若干二名は、どちらも無表情で、ジリジリと相手との距離感を推し量るように言葉を交わしていた。
「我が部門では、社に関わる膨大な情報を管理しております。
例えるなら、図書館のようなものでしょうか。
毎日新たな情報が生成され、その過程においても常に正確性が求められるため、ミスは許されません。いつ何時も業務に集中する必要があります。
私たちが管理する情報の中にただ一つでも誤謬が挟まれば、取り返しの付かない事態になる可能性がある。その重要性を、管理人ならば理解できると信じます。
……あなたにとっては文字列でしかないその情報一つ一つに、我が職員たちの絶望と切望が込められている、という点も含めて」
「情報というものの肝要さは把握しているつもりだ。その過程で生まれる被害も。
俺に許される範囲において、最大限の敬意を払わせてもらおう。
また、これも俺に許される範囲の中にはなるが……職員に無駄な犠牲は出さないよう、努めさせてもらう」
「そうですか、それは何よりです。
加えて言えば……そうですね。
先日、処理チームの開放を行ったと聞きましたが、処理チームにあまり頼り過ぎないように。
これまでの管理人たちは、その多くが処理チームに過大な負担をかけていました。ただでさえ彼らは10あるチームの折衝や業務補助に追われる身、余り負担を増やすことは推奨されません」
「理解している。
職員のパニックや死といったインシデント発生抑止の際には活用するが、原則として処理チームは依存しない方針で管理を進めている。
その点においても、情報チームよりもたらされる情報は非常に役に立っている。
これからもよろしく頼む」
「ええ、よろしくお願いします」
どうやら互いに多少は認め合えたらしく、イェソドとXは無表情同士、握手している。
やっぱり気性が合うっぽいなこの2人。
アインの頃は別段そうでもなかったので、この管理人Xになってピースがハマった感じだろうか。
「…………」
アインは相手の手を離した後、僅かだが不思議そうな表情を浮かべ、イェソパイの方を見た。
管理人目線だと、イェソドは顔以外の部分は肌を晒さないよう服で覆われていて、手も黒い手袋をしていたはずだ。それを不思議がっているのだろう。
そして、イェソパイもその視線に気づき、再び腕を組んだ。
「……私のこの様相が気になりますか。
私は外部で自身の肌を露出させることが堪えられないのです」
「肌……肌という表現が正しいのかは分からないが、表面が弱いのか」
「いえ……どちらかと言えば、心因性の問題なのでしょうね。
もはや自分すら、その発端を覚えてはいないのですが」
そう言いながら、イェソドはそのテープの巻かれた体を撫でた。
……その下にある腐りは、今でも彼の心を蝕んでいるんだろうな。
今のXなら……。
ひっどい事故を起こして職員たちが全滅するような大惨事になっても、目を逸らすことなく。
自身が起こした悲劇を全て受け入れた上で、二度とこれを起こさないようにと情報を集め、それを優れた能力に基づいて活かし。
そうして、今為すべきことを為さなければと思える、今のXなら。
きっと、彼の心の膿を吐き出させることができるだろう。
……ただ、それは今じゃない。
シナリオの流れに従って、俺は軽く笑い、2人の話の軸をズラした。
「お~、思った通り気が合うみたいだね!
いやはや良かった良かった、Xって俺くらいしか友だちいないし、イェソリアスパイセンも本当は心優しいヤツなのに『毒蛇』だなんだとあらぬあだ名で呼ばれて避けられがちだからさ」
「イェソリアス、パイセン……?」
「管理人、ダァトの言葉がよく分からなかったら流すことを推奨します。こちらに伝わらない言い方をしている時の彼の発言は、大抵無意味なので」
「そんな感じで2人が互いに、そして俺とも友だちになってくれるんなら嬉しいわ~」
……もう少し待っていてくれよな、イェソド。
ソイツがきっと、お前を助けてくれるはずだから。
「…………友だち、か」
「私と彼は部下と上司という関係に過ぎず、それ以上の関係を築くことはありません」
「せっかく一緒に働くんだし、仲良くしようよ;;」
なんか友だちって言葉に思うことありげなXと、典型的なツンデレであるイェソド。
昔は少なからず仲良かったのにね。微妙に寂しくなってしまうぜ。
まあいいけどねっ! また仲良くなればいいし!
ちなみに、台本ではこの辺りでネツァクが乱入してくるんだが……。
「イェソド~、悪いんですが印刷用紙を…………う、ダァトもいるんですか……」
扉の方から顔を覗かせ、俺を見た瞬間、回れ右して帰って行った。
俺嫌われすぎで草;;
『うーん、あれは嫌われてるっていうか……』
『やめましょう、女王ちゃん。コナーって人の憶測で色眼鏡を付けるのを嫌がるからね』