「それじゃ始めます。『テレジア』からスタートで」
「昔収容されてたっていう『蒼い星』!」
「コイツ、しっかりデータベースで勉強してやがる! ダァト様、こんなチート女に負けないでください!」
「ノックスこそ頑張れよ~。一旦無難に『シャーデンフロイデ』で」
「濁点はなくてもいいですよね。なら……そう、『天の執行官の補佐』」
「『3月27日のシェルター』!」
「『た』か。……ウチには収容されてないけど、『タングル』」
「そんなアブノーマリティがいるんですね。えーと……『る』……仕方ない、『ルドル・タ』」
「あだ名はズルだろ!? クソ、た……そうだ、『たった一つの罪と何百もの善』!」
「オイ、『ん』で詰んでるぞ! ベラの負け~!」
「くそっ、ふざけんなまたかよ!! 昨日も私ばっか負けてたのに……!」
「あのねあのね、ノックスとベラ。ダァトね、そもそも300前後しかないアブノマの名前だけでしりとりするのは無理があると思うのよね。
絶対10回以上ラリー続かないじゃんこれ。次はせめてL社用語はありにしない?」
情報チーム、メインロビー。
台本通り、俺が職員たちと、アブノマ限定しりとりとかいうクッソ不毛なゲームをしていると……。
不意にロビーの扉が開いて、業務的な打ち合わせをしていたと思しきイェソドとXが顔を出した。
「「…………」」
管理人Xは常に無表情で、冷たいように見えるが……。
案外、職員に対してはそこまで厳しくはない。
今も恐らく「遊んでいるのか」とか「ダァトもいる」以外の感情はないのだろう、ただ黙って俺たちを観察しているだけだったが……。
ふと気づいたようにXが視線を投げた、彼の隣にいるイェソドは、そうもいかない。
腕を組み、俺たちすっとこ3人組を眺める彼の紫の目には、普段にはない揺れる感情があった。
それを見た情報チーム職員2人は、咄嗟に立ち上がり、彼に敬礼を向ける。
「げっ……イェソド様! いや、これはその、違うんです! 業務前の待機時間に遊んでちゃいけないって、分かって吐いたんですが……!」
「何も違わねーよ馬鹿。すんませんイェソド様、私がノックスとダァト様を巻き込みました。罰と減点は私にお願いします」
なんとか言い繕おうと、わたわたするノックス。
端から無理筋だと判断して頭を下げ、潔く懲戒処分を覚悟してるベラ。
まったくもう、この子ら、権力ってモンが分かってねーわ。
俺はやれやれと首を振りながら、イェソドの方に歩み寄った。
「やあX、イェソド! 僕はダァトだ!
それはそれとして、ベラは嘘乙www 本当は俺が暇なんで2人に遊んでもらってたんだワ、真実はいつも一つ!
職員の立場でセフィラを庇おうとするなんざ生意気なんだよォ、黙って頭下げてな!」
まあ、普通に嘘だけどね。
L社地下本部でも有数の仲良し職員ペアの、ノックスとベラ。
彼らは暇を持て余した職員の遊び、アブノマ限定しりとりを趣味にしていたのだが……。
暇になりがちな業務前待機時間、昨日の決着に納得がいかなかったベラがノックスに再挑戦した、というのが先程の事の発端だ。
俺は台本に基づいてその現場に出くわし、普通に2人とも仲良くしてたので、イェソドに黙っとく条件としてこの遊びに混ぜてもらった。
……というのが、これまでの経緯である。
そんなわけで、本来ならノックスとベラが懲戒処分を受けかねないのだが……。
まあ、んなこたやらせるわけないわな!
俺はセフィラ。直接的にではないが、彼らの上司である。
そして、人の上に立つ者の為すべきは、下に抱える者のあらゆる責任を半分背負うこと。
コイツらが何かやらかせば、それは俺の監督不行き届きであり、俺の確認不足。
つまりは、この子らがしりとりしてんのも俺が悪いよー俺が、となるわけだ。
権力、ひいては人の上に立つってのはそーいうもんだ。
部下たちは俺に庇われてりゃいーの! どーんと俺に任せんしゃい!
『わあ、各翼の代表に聞かせてやりたい言葉!』
『かつての我が王国の者たちにも伝えたいですね。主の正義を』
いやまあ、ミクロな視点の一般論・理想論だし、マクロな観点になってくると話が変わって来ることもあると思うけどね?
というわけで、なんとかイェソドに罪を赦してもらう、あるいは怒りの焦点を俺に向ける必要がある。
このミッション完遂のためにも、「うっふ~~ん処理チームセフィラよぉ~~ん♡ 許してぇ~~~ん♡♡♡」とくねくねしながらイェソドに媚びを売っていると……。
イェソドは、ぷいと俺から視線を逸らした。
こんな汚物は見ることすら不快だぜ……ってコト!?
「……はぁ。今回は不問とします。ノックス、ベラ、業務に備えなさい。
今後は5級職員として、弊社の職員の見本となる行動を心掛けるように」
まあウチの職員は新人以外全員5級職員なんで、模範もクソもないけどね!
「はっ、はい! すみませんでしたぁ!!」
「……すんません、ダァト様。このお礼は、いずれ」
2人はそれぞれ、慌てて謝罪したり俺の方に頭を下げたりしつつ、部屋の隅に行って自分のE.G.Oの調整を始めた。
イェソドや俺の話が絶対に届かないライン。これ以上のお邪魔はしません、というアピールだ。
お利口で実に結構。
職員によってはここで反発して話が拗れるパターンもあるので、話が早く済むのは個人的にも好ましい。
イェソドはそんな2人からふいと目を逸らし、俺の方にもちらりと視線を向けてきた。
「職員の間で、またしりとりが流行っているみたいですね」
「俺がしかけたんだけどね? 目と目が合えばしりとり勝負!」
「管理人はしりとりが好きですか?」
「普通に無視されて
「……まあ、嫌いではないが」
Xはイェソドの問いそのものというよりは、どこか物思いに浸るようなイェソドの様子に興味を惹かれたようで、彼の紫の瞳を見ていた。
まあ実際、怠慢な職員に対して「今回は不問とする」なんてのは、イェソドの裁定としてはかなり甘すぎるものだからね。
規則に厳格なイェソドだ、俺が執り成したとしたからといって、他にも何かしら理由がなければこんな反応はすまいよ。
……そして、その理由を、俺は知っている。
俺とエラの、そしてアインの犯した罪の一つなのだから、当然だ。
イェソドはXの視線に気づいた様子で、一度まぶたを閉じるエモートをして、心を落ち着けるような時間を置いた後……。
その黒い腕で自らの体を撫でながら、語り出す。
「たまに、幻覚を見ます。自らの体がぐずぐずに腐り落ちる、そんな幻覚を。
勿論、一度まばたきした後に見れば、私の体は正常そのもの。……酷い時は、そんな当たり前の姿に違和感を感じてしまいます。
何故自分の体は無事なんだ? 何故腐らない? ……腐ってしまって当たり前なのだと、まるでそう感じてでもいるように」
彼はちらりと、俺に視線を向けた。
「他のセフィラにも聞いてみましたが、どうやらこれは私にだけ起きている現象のようです。
そういった意味では、私は酷い欠陥を抱えたセフィラだと言えるでしょうね」
それは自らに向けた嘲笑、正しく自嘲と言うべき言葉だった。
規律、規範、正しさ。
それを誰より信仰する彼こそが、その精神に深い欠陥を抱えている。
そしてその根源は……。
「……昔、ジェームズという職員がいました」
彼が懺悔でもするかのように語り出す、その職員に由来する。
職員ジェームズ。
それが、今回の反復で、イェソドが初めて殺した職員の名だった。
事はDAY -37……今から46日前のこと。
まだ管理人が到着しておらず、セフィラが指揮していた当時のL社地下本部では、少なからぬ被害者が出ていた。……より正確には、俺とエラによって出されていた、と言うべきだが。
ジェームズもまた、その犠牲者の一人だ。
その日、情報チームが抱えるには許容量を若干オーバーしたノルマが課せられた。
もしもノルマを満たせなければ……TT2がないため残業すら許されなかった当時、それは誰かの「退職」か「処分」を意味した。
まあ実際には、そう脅すことによって精神抑圧を進めたり、今回のような事態を引き起こそたりするための大義名分。
実際にそれが施行されたことは、最初の1回しかないのだが。
ともあれ、そんな事情を知らない情報チームにとって、ノルマを満たせないことは恐怖そのもの。
しかし、情報チームの中でも飛び抜けた実力者であったが故に、自身の心の強さを信じ、無理にでもアブノマの管理を行おうとした。
当時は今よりずっと柔軟で、それこそ職員としりとりをして遊ぶこともあったイェソドは、最も仲が良く、そして信頼を置いていたジェームズに対し、苦渋の決断でそれを許し……。
当然のように、ジェームズはパニックに堕ちた。
「その日、ジェームズはアブノーマリティを2体脱走させ、3名のオフィサーと4名の職員……情報チームの全てのメンバーを殺害しました」
その日、情報チームは崩壊した。
ジェームズは、あるいはそちらの方面の才能でも持っていたのかもしれない。
イェソドが躊躇と後悔に指を震わせている間に、素早く、的確に、事を進めた。
それを止められる立場にいた俺とエラは……。
「情報チームを統制する権利は自分たちにない」だとか、「これで以後情報チームの職員を犠牲にせずとも精神抑圧が足りる」だとか。
そんなくだらない、ゴミみたいな言い訳と共に、事態を傍観して。
「既にご存じの通り、アブノーマリティ2体の脱走と4名のオフィサー、3名の職員の損失は、Lobotomy社にとってただならぬダメージであり、許容されることのない事態です。
ジェームズの頭には、不手際を犯した私自身が、弾丸を撃ち込みました」
誰もいなくなった情報チームで、震える手で、二度もコンソールを打ち込み損ねて。
その末に、喉が壊れるような絶叫と共に、殴りつけるように、彼は処刑弾を放った。
それが、イェソドが強い感情を表に出した、最後になった。
彼は自身に巻き付けられたテープの下に、より強い腐りを見出し、頻繁にその体を擦るようになった。
……俺が変えることの出来なかった悲劇の一つだ。
『パパ 背負い込みすぎ ばか あほんだら』
『そうよ、本当に! いくらリブートでデトックスできるとはいえ、なんでもかんでも背負い込むのはあなたの心に良くないわ!
いやまあ、そこがあなたの最高なところではあるけど! だから微妙に否定し辛いけど!!』
道化師やカルメンたちは、いつものように慰めてくれるけど、こればかりはね。
俺はあの研究所で、彼らの苦しみを減らそうと、そう決断したはずなのに。
こうなってしまったのは、ひとえにあの日クソ油断して死んだ俺のせいだ。
せめて後悔と懺悔と、そして反省くらいはしなければね。
「私は、私たちがどのような世界で仕事をしているのかを知っていました。
ここでは、たった一つの妥協、簡単な判断ミスで、職員の命が喪われる。それが日常茶飯事でしたから」
イェソドは管理人がここに至るまでの50日を、俺はここに至るまでの10,000年を思い出し……。
しかし、両者共に、表情を歪めることはなかった。
そうして感情を表に出したところで喪失が覆ることはないのだと、俺も彼も、既に知っているから。
イェソドはその膿んだ感情を、心の奥深くで包帯を巻くように覆い隠し。
ただ、淡々と言葉を紡いだ。
「その意味では、あなたは本当に上手くやっていると思います。
ここまでの8日、パニックになった職員も死んだ職員もいない。
……私も、勤め始めて12日目まではそうでした」
当時のことを懐かしむでもなく。
恐ろしい過去に頭を抱えるでもなく。
ただ、己の疵を再び理解し、決して忘れないよう刻み直すように。
「私は、彼を止められなかったことを悔いているのではありません。
彼と個人的な交流を交わしてしまい、判断を誤り、彼に負担をかけ過ぎた己を悔いています。
その刹那、私は自分の立場を忘れていたのです」
「実のところ、無意味な雑談を交わす時間は、楽しかったです。
彼のくだらない冗談は愉快で、しりとりをする時間は悪いことを忘れられた」
「……そうした個人的な感情で、私は判断を誤り。
彼の『些細な』規則違反に目をつむり、彼に大きすぎる負担を強いた」
「その対価は、決して些細なものではありませんでした。
私はそれを授業料として支払い、かけがえのない教訓を得たのです」
その皮肉交じりの独白を聞くのも、もう何度目になるか。
何度聞いても、心が沈み込みそうになるそれに、俺の脳内でも反応する者が一人。
『……やっぱり、ちょっと、気持ちがわかっちゃうな。
正しさが、均衡が、ただ一度の判断で喪われて、腐り果てる。
それはとっても、辛いことだから』
従者は、実感の籠った同情を、イェソドに向けてくれているようだった。
少なからず共感する部分があるからこそ、彼女がイェソドを担当してくれてるんだろうな
そうしてイェソドは、管理人に、熱くも冷たくもない無感情な視線を投げかける。
「管理人、ここはLobotomy Corporationです。
今この時さえ、名も無き職員たちが死に行くかもしれません。
それこそ……ノックスやベラが、今日の業務で死ぬこともあるでしょう。
それは川の流れのようなもの。押し留めようとしても、並大抵の労力では決して成し得ないものですから」
実際、Xはこれまでですら、数えるのが馬鹿馬鹿しくなる程の再挑戦を繰り返している。
これからも無犠牲を貫くのであれば、彼はその数十数百倍の労力を注ぎ込むことになりかねない。
「だから、あなたはその漠然とした不安を、他の者と共有したい衝動に駆られると思います。
ですが、ここは残酷であると同時、孤独であるべき場所でもある。
管理人、あなただけは、私のような過ちを繰り返さないで欲しいと願います。
そうすれば、無意味な死でさえ、何事もなかったように流すことができるでしょうから」
……馬鹿なこと言うなよ。
どれだけ慣れたって、間違わなくたって、孤独だからって。
誰かが死ぬ姿を見れば、悲しくならないわけない。
お前が今も、他の部署の職員たちの犠牲を見て、その腐りを増やし続けているように。
……とはいえ、だ。
いくら傷心中とはいえ、言っていいことと悪いことはある。
「私はアンジェラが羨ましいです。彼女は真の意味で血も涙もない方ですからね」
それは違うよ!(超高校級の折衝)
というわけで、ラインを超えたイェソドの一人舞台にツッコミを入れることにする。
「おいおい、そりゃ流石に言い過ぎだ。
エラは……まあ物質的に言えば、確かに天然由来の血や涙はないわけだが、だからといって感情までないと断定するのは早計が過ぎるってモンさ。
彼女だって表に出してないだけで、感情はあるかもしれない。……お前と同じように、必死にそれを殺して、この施設を管理しているかもしれない。そうだろ?」
ずっと聞き役に徹してきた俺が急に口を挟んだことに、Xは驚いているようだったが……。
イェソドは、相変わらず無感情で……しかし、薄っすらとした当惑だけをその目に乗せて、俺の方を見て来た。
「……彼女に、人間のような感情があると?
曖昧な情けを持たず、ただ冷徹に判断を下す、誰よりAIらしい彼女に?」
彼が見て来た地獄は……全て、エラが主導して引き起こした。
俺にそれをしてほしくない、自分の役目だと、譲らなかったから。
だから、俺にできる恩返しは、せめて彼女の味方であり続けることだけだ。
……今この瞬間に強く言い返すことは、残念ながら難しいけれど。
「少なくとも……俺たちが純粋な演算装置ではなく、限りなく人間に近い存在として作られたように。
エラもまた、あるいは誰よりも、人間に近い存在として設計されてる。
そこには何か意図がある。お前もそれは薄々察してるだろ」
「……ええ。何かしら、酷く残酷な意図があるとは思っていますよ。
私たちがただの機械であれば……あるいは、あなたにとっては、もっと楽だったでしょうに」
イェソドは俺に向き直り、静かに言った。
「誰より職員の死に感情を揺らしていた、あなたにとっては」
「……期待してもらってなんだけど、俺はそんなに優しいヤツじゃないよ」
お前たちの苦痛を受け入れてる、クズだもん。
苦笑を以てそれに応えていると……。
俺と、そしてきっと彼の中で、ピピピと、アラームが鳴った。
業務開始前のアラートでもあり、そして今日のセフィラストーリー終了のお知らせだ。
「さて、っと。そろそろ業務時間だ、管理人。
時間を取ってすまなかったね、イェソパイ。管理人は俺が責任持って送り届けよう」
「あなたにこれ以上の負担はかけられません。情報チームの職員を出します。それとイェソパイはやめるように」
「いやいや、むしろそっちが問題だろ、職員と管理人の接触はあんま良い結果にならん」
まったく、相変わらず俺や処理チームに対して過保護なヤツだ。
パパッ、もうやめてって言ってるでしょッ! 洗濯物分けてッ! 過保護ウザイッ!!
『は? パパ うざくない むしろ もっと過保護しろ 甘やかせ』
謎にキレるのやめてね??
「いーから俺に任せんしゃい! 心配しなくても、ウチの職員たちのおかげでだいぶ楽させてもらってるから、全然よゆーよよゆー!
ほーら行くぞ管理人! 急がんとマジでエラに怒られるからねぇ! いやホントに」
そう言い、俺はけらけら笑いながら、管理人の腕を取って駆けだした。
管理人は道中、俺の方に、何か言いたげな視線を向けてきていたが……。
俺が何も答える気がないことを悟ると、諦めて付いてきてくれた。
そうそう、それでいーの。
真意は俺から聞き出すんじゃなく、いつか彼や俺の暴走を受け止める過程で知ってくれ。
ま、俺には真意もクソもないけどね! 単純な男ですのでっ!
X(各セフィラのダァトに向ける感情がやけに重い……何故かなんとなく気持ちはわかるが……)