Xが地獄みてえなリブートにようやく満足し、なんとかチェックポイントを踏み越えた日の朝。
情報チームの開放を終えて、これから安全チームと教育チームを開いて行くにあたって、今日は管理人をホドとネツァクに引き合わせる予定だったのだが……。
そうも言ってられん事態が発生した。
『コナ、いえ、ダァト! 台本に反する緊急事態よ!
未知の存在が、不明な手段でこの施設を発見し、襲来している!
今すぐに安全チームに来てちょうだい!』
唐突に飛んで来たエラからの連絡に、俺は思わず呟いてしまった。
「……マジか」
L社地下本部は、完全に隠蔽された空間だ。
特異点レベルのクッソ強い隠蔽がかけられており、TT2プロトコルによって時間の牢獄と化したことで、頭の凝視や各翼による監視すら逃れられるようになっている。
そして何より、Lobotomy社本社の地下深くに作られたここには、入り口もなければ出口もない。
最初からW社の技術を以てしか出入りすることのできない、物理的に隔離された場所なのだ。
なにせ統治者たる頭すらも弾くくらいなのだ。
アインがガッチガチに固めてるこの防備を貫ける存在なんぞ、都市において存在しない。
……少なくとも、物質的な、形而下の存在に限っては。
それは俺にとって、この10,000年間、いずれ来るかもしれないと思い続けてきたイベントだった。
むしろここまで来なかったことが不思議な程なのだ。
「ついに、来たか。ずっと席を空けていた、アイツが」
完全に閉ざされたはずのこの施設に、白昼堂々と乗り込んでくる。
俺はそんなことができる存在を、ただ一つしか知らなかった。
知らず、血が騒ぐ。
ソイツは俺にとって……あるいは全ての元管理人にとって、特別な存在だったから。
O-01-45。ZAYINクラスアブノーマリティ。
ペスト医師。
いずれ白夜として、多くの使徒を作り、神の如き権威を誇る存在。
もしくは、熟練管理人のおもちゃ。
アイツが、ついにやって来たわけだ。
『コナーがずっと言ってた、超危険っていう子? なんで今になって……』
『主よ、私共も向かいます!』
いや、まずは様子見だ。俺単身で乗り込む。
アブノマに洗礼が付与されたらどうなるかなんて知れたもんじゃないし、不可逆的に騎士たちが洗脳なんかされたら俺の脳が壊れてしまう。
その点俺なら、勿論そんな事態は避けるつもりだが、万が一洗脳されたって復旧して脳をまるっと変えれば影響をなかったことにできる。
なもんで、もし俺がおかしくなってたら……まあ……王、頼む。
『……承った。だが、極力そんな事態は避けてくれよ、主ちゃん』
わかってらい!
お前たちを悲しませるようなことは、全力で避けるともさ!
「……よし、行くか」
俺はエラを落ち着かせるため、そしてペスト医師による職員の魅了を防ぐためにも、押取刀で安全チームに転移させてもらって……。
そこで、見ることになった。
安全チームのメインフロア、その中央に。
白い、胎児の如き存在が、浮いている光景を。
「……ッ!?」
その容姿は、かつての仇敵を思わせた。
ALEPHクラスアブノーマリティ、白夜。
一見無害なペスト医師が、12の洗礼の後に変化する、原作Lobotomyにおける最強最悪のアブノーマリティ。
脱走した瞬間、職員やオフィサーの大量死が確定し。
12人の使徒による即死級の攻撃の嵐、本体が放つ如何なる方法を以ても避けられない死の波動、そして余りに膨大な耐久力を以て、容易に施設を壊滅させる化け物。
それが、既に覚醒しているのかと、夜空剣を構えて……。
……なんとなく、違和感を覚えた。
「…………?」
よく見てみれば、その違和感の正体は明白だった。
目の前のアブノーマリティは、俺の覚えていた白夜の姿に確かに似ていたが、しかしその実、結構異なる外見をしていたのだ。
そのつるつるの白玉には、神聖なる光輪も、666の刻まれた首輪もなく。
仰々しい4対の翼は、1対のか弱そうな翼に変わって。
何より、最大の特徴だった、その悍ましく赤いはずの目は……。
今、微睡むように閉じられたまぶたの奥に、隠されていた。
「…………ああ……なるほど?」
俺が到着したことに気付いて駆け寄って来る、エラやホド、安全チームの職員を、視界の片隅に。
俺は一人、なんとなく、納得した。
血の風呂が、赤色のベッドになり。
雪の女王が、カイとゲルダになったりしたように……。
ペスト医師/白夜というアブノーマリティもまた、俺の介入によって、変異してしまったらしい。
「……ワハ!w」
もう笑うしかねーわねこりゃ!
* * *
思えば、当然と言えば当然のことだった。
一説には……というか、殆ど直喩的に。
ペスト医師/白夜は、カルメンという存在から生み出されたアブノーマリティだ。
まあ、さもありなん。
頼んでもねーのに「私は病を治しに来た!」っつって急にやって来たりとか。
洗礼(カリスマによる洗脳)によって、エリートたちを様子がおかしい人にしたりとか。
果てには施設(都市)にとんでもねー被害を出しかけて、治安維持組織に鎮圧されたりとか。
ちょっと一致点が多すぎるくらいだもんな。
『わ、私洗脳なんてしてないわよ!? ただ懇切丁寧にお話しただけで……!』
てめーはちょっと眩しすぎるの!
生き様とか意思を見せるだけで、簡単に相手が感化されちゃう天然のカリスマ。
そんなもんを見せ付けまくったら、そら果てには宗教じみた洗脳にも繋がるわよ! 自分の眩しさを自覚せえや!!
『あー……なるほど……』
お、なんや反発するかと思ったらするっと呑み込むやんけ。
『まあ、実例がすぐ傍にあるとね……そっか、私たちってやっぱり似た者同士なのね……♡』
……? 何言ってんだコイツ。
いや、そんなことはともかくだ。
白夜が、カルメンやそのイメージから抽出されているというのなら……。
原作と違ってカルメンが内在的なE.G.Oに覚醒し、苦痛を直視しながらも前に進み続けるなんていう超覚醒をかました以上、そりゃあコイツだって変異もするわな。
というわけで、今回いきなり押しかけて来たこのアブノマ。
今も眠り続ける、宙に浮かんだ白い胎児の如き存在。
ペスト医師/白夜の変異体と思われるコイツは、T-03-46-2……「何百もの罪とたった一つの罰」と命名され、安全チームに収容されることと相成ったのである。
やったなネツァク、今回の安全チームも相変わらず安全とは程遠そうだぜ!!
なんで安全チームいつも危険になってまうん……?(憐憫)
……しかし、何百もの罪と、たった一つの罰か。
たった一つの罪と何百もの善を思わせる、しかしそれとは決定的に異なる名前だ。
今回が完全初見の管理ってことで、何が起きるかわからん。
管理人統制下ってことで俺にできることは少ないが……一応、身構えておくかね。
願わくば人類の味方枠であればいいんだが、鬼が出るか蛇が出るか。
……ま、白夜変異アブノマがロクな奴だとは思えないけどね!!
* * *
さて、その一方で。
管理人Xは、そんな騒動を全く知らない。まあ特に教える意味ないし、当然である。
彼はただ、本日抽出されたアブノマがT-03-46-2だった、という形で事態を認識している。
ちなみに後で聞いてみたところ、罪善さんならぬ罪罰の疑似抽出文は「人が明日を迎えるために。」らしいです。なんか怖……。
そんなXは業務開始直前、管理室に入った俺に対して、何か思わし気な視線を向けてきた。
「やあ管理人、僕はダァト!
え、何? 遅刻してないよね? 間に合ってるよね? 何その目。
ああ、コーヒーか? 安心してくれ、今日はパック持ってきてるから、今から淹れるよ」
「……いや、別に、何でもない」
何でもないことないです。
……ぶっちゃけて言うと、管理人が何を言いかけたか、俺やエラは知っている。
罪罰のことじゃない。
俺たちがわやわやしている一方、管理人は管理人で色々あったのだ。
なにせ、本日はDAY 11。
デイストーリーの方で、未だホクマーならぬベンジャミンが、Xに接触を図って来る日なのだから。
ベンジャミン。
かつて共にL旧研で働いていた、アインの信奉者。
アイツは今もなお、このL社地下本部の設計チーム予定地に隠れ潜み、Xをこの地獄から連れ出そうと虎視眈々と機を窺っている。
この接触は、そのための策の一つだ。
アンジェラが不在の隙を狙って、管理室の放送システムを乗っ取って行われる密談。
その中で、彼は自らを「B」、Lobotomy社の創設者に近しい人間と名乗り、管理人と言葉を交わし……。
管理人の中に、L社への不信の種を蒔いて行く。
アインをL社から連れ出したいベンジャミンにとっての最大の難関は、実のところ俺やアンジェラではない。
現在管理人となっている、X自身の意志だ。
そもそもAは、彼自身が望んでこの地獄を始めた。
なので、本来は連れ出そうと思っても、他ならぬ彼自身に拒まれてしまう。
だからこそ、ベンジャミンは管理人が殆どの記憶を失っていることを利用し、Lobotomy Corporationへの不信感を植え付けようとする。
ダァトやアンジェラは信じられない、あなたは騙されているのだと仄めかし、この場から離れるという選択肢を思考に挟み込むわけだ。
このBとXの密談は、DAY 18まで、つまりおおよそ1週間もの間継続することとなるのだが……。
その通信を、L社のシステム全体を統括しているアンジェラが気付かないはずもない。
最終的には全て彼女の掌の上。
憐れベンジャミンは、アイン奪還計画の実行直前に、俺によってその首を断たれてしまう。
…………ってところまでが全部、Aの書き上げた台本となっております。
対等にやり合えてるかと思いきや、全部アンジェラの掌の上で、その状況すらもAの計画通り。
シナリオ恢恢疎にして漏らさず、なのである。
クソ台本だけど完成度だけは高いんだよなぁ、光の種シナリオ。
しかし、台本的に、その辺りの事情について突っ込んだ話をするのはDAY 14からだ。
初日である今日は、Xの方から積極的にアクションを起こさない限り、特段お話をすることもない。
俺は肩をすくめ、管理人の不審さをスルーした。
「まあ、ちょっと遅れかけたのは許してちょ☆ 今朝は色々立て込んでてね、始末が付かなんだ」
実のところ、俺の朝はまあまあ忙しいんだわ。
朝早めに起きて、皆とちょっとじゃれた後、今日も頑張ってくれる騎士たちに朝食を作り振る舞って、道化師とジョシュアの分の弁当を作って。
その片付けを終えたら、箱の体に移ってケセドの元に出向き、少しだけ話をしてコーヒーを一杯。
その後は、L社専属カウンセラーとして本格的に動き始める。
毎朝定例となっている、予約を入れてくれた職員たちのカウンセリングを行い。
朝発生しがちな、鬱になって出社できなくなる職員たちをどうにか勇気付け、ガス抜きして。
そんなことしてたら、なんと朝っぱらからのアブノマの襲来だ。
その収容手続きとエンサイクロペディアの久々の更新。
シミュレーターを使った観測情報の取得と、危険性の調査を行い……。
その後、穏やかながらも積極的に頑張る系セフィラのホド、穏やかながらも消極的で頑張らない系セフィラのネツァクの2人と管理人を引き合わせ、軽く紹介して。
後に回すことになったタスクを、騎士たちと手分けしてなんとか片して。
そうして諸々片付いたのが、ついさっきのこととなる。
やることが……やることが、多い……!!
まあ、カウンセリングはケセドも協力してくれるから、多少は時間も節約できるんだけど……。
これを俺個人の事業でなく、セフィラでの事業にしてしまうと、ホドもこれに一枚噛もうとしてくるのが問題だった。
いや、ホドが手伝ってくれること自体は感謝の極みではあるんだが、如何せんあの子のカウンセリングはイマイチ評判が良くなくてですね。
俺から見ても、彼女の考案する解決策はその場しのぎなものが多くて、あと苦痛から逃避することを極端に嫌ってるっぽいのも問題で……。
……なんて、そんなことを思いながらも、コーヒーを淹れていると。
俺の背中に向けて、Aの言葉が投げかけられた。
「……俺は、どこまで知ることを許される?」
「ん?」
「俺はこの施設の管理人ではあるが、この施設のことも、L社の特異点のことも、詳しくは知らない。
それらを、どこまで知ることができる?」
……思ったより直截に来たな、コヤツ。
しばらくの間、トポトポと、黒い雫が零れ落ちる音だけが管理室に響いた。
Xの目からは、俺たちの表情が窺えないだろう。
俺は管理室の壁際のケトルに向き合ってるし、アンジェラは彼の背後に立っている。
恐らくは彼を不安にする、どこか張り詰めたような時間が、数分過ぎて……。
俺が振り返った時、手には湯気立つコーヒーカップが握られていた。
「はい、お待ちど~さま。
で……どこまで知ることを許されるか、だっけ?
これまでは特に何も知ろうとせず、淡々と管理作業を頑張っていたお前が、どうして急に?」
Xは俺の淹れたコーヒーを受け取り、どこか決意を秘めたような瞳で一口含んだ後、言う。
「……そうすべきなのではないかと、思った。
何故、職員たちは死ぬのか。……死なねばならないのか。
アブノーマリティの作業を機械で行わない理由。職員たちの安全を完全には確保しない理由。
それらを知ることが……せめて、今の俺にできることかもしれない、と」
「なるほど、多少は管理作業にも慣れて来て、色々と考える余裕が出て来たわけね」
俺は苦笑を浮かべつつ、いつも通りに壁に寄りかかり。
ふと、真剣な瞳を向けて、言った。
「分かっているだろう、X。その好奇心は、虎の住む穴に自ら入って行くようなもんだぞ。
無論、お前がそれでもと望むなら、その方針自体を否定するつもりはないが」
俺の温度のない言葉に、Xは一瞬気圧されたように黙ったが……。
だからと言って、そこで言葉を引っ込めることもなかった。
「……理解している。だからこそ、許される範囲を聞いている。
無理に探るつもりはない。それでお前たちの協力を得られなくなれば、俺は本分を果たせなくなる。
だが……何もせずに蹲っても、良い結果を生むとは限らないだろう」
「ま、そこには同意するが」
なるほどね。
Lobotomy社のことを何も知らないことをBに指摘され、それを知ることが「今すべきこと」と認識したか。
……まったく。
今回のXは、本当に俺好みすぎて、困っちゃうね。
「……ふふ、いいんじゃないかな、エラ?」
「ダァト」
「彼が言うことは道理だ。管理人なのだから、多くの職員たちの命を預かる者なのだから、責任を負うために知らねばならない。
上に立つ者としては当然の思考だし、むしろめちゃくちゃ偉いと思うね、俺は」
……半分台本、半分本音という感じ。
実際俺からしても、知りたいと感じるのは当然のことだと思うし、そこで一度ブレーキをかけて確認を取りに来たのは偉い。
叶うのなら、L社の秘密の一片でも教えてやりたいが……。
俺の口にした言葉に反し、残念ながら、それは叶わない。
ひとえに、これも台本に予測された通りであるが故に。
俺に許されるのは、傍観だけだ。
「……管理人がこのまま、然るべき業績を残し続ければ、それを明かされるだけの信頼を獲得する日はそう遠くもないでしょう」
アンジェラは、俺に向けていた琥珀の眼差しをまぶたで閉ざし、無感動に管理人に向き直った。
「その日までは、目の前の仕事に集中してください、管理人。
本日のノルマエネルギーは、未だ満たされてはいませんから」
「人が明日を迎えるために。」
T-03-46-2
何百もの罪とたった一つの罰
クラス:ZAYIN
クリフォトカウンター:1
E-BOX容量:10個
E.G.O:なし
ギフト:「啓蒙」(特殊枠、全ステータス6上昇)
管理情報①:作業結果が悪い場合、クリフォトカウンターが減少した。
管理情報②:作業結果が良い場合、クリフォトカウンターが減少した。そして、何百もの罪とたった一つの罰は作業を行った職員に啓蒙を施した。
管理情報③:レベル2以上の非常事態が起きるとクリフォトカウンターが減少した。
管理情報④:クリフォトカウンターが0になると、何百もの罪とたった一つの罰に招かれた職員が収容室に入り啓蒙を受けた。
管理情報⑤:何百もの罪とたった一つの罰から啓蒙を受けた職員は、人として自分の足で歩き出すでしょう。
脱走情報:PE-Box100,000で解放