『最強』へと至る道   作:まるもも

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壱歩目

 

宿儺 Side

 

 

 

 夜明けの山を背に、俺は歩く。

 背後に転がる骸に、未練はない。

 

 ―――強かった。

 

 それだけだ。

 

 『最強』に囚われた、最早獣と称するのが相応しい傑物。

 

 四度、領域を潰し合った。

 

 五度目。

 外郭を解体した俺の領域の前で、アレは嗤った。

 

 ―――ああ、いい顔だった。

 

「来世で会おう」

 

 そう言ったのは、気まぐれだ。

 だが、あながち冗談でもない。

 

 ああいう手合いは、死んで終わらん。

 呪いのようにしぶとく、時を越えて現れる。

 

 人は祈る。

 五穀豊穣、平穏。果ては災厄にすら、自ら生を掴み取るのではなく、神などという不確かなものに自らの安寧を委ねる。

 ―――くだらん。

 

 強者は祈らん。奪うだけだ。

 

 太陽が昇る。

 アレの血が乾く。

 

 もし再び現れるなら。

 次は、さらに高みに立っていろ。

 

 最強を名乗る資格は、

 俺を楽しませてからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  δ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 転生してからおよそ十年が経過した。

 今世の名は禪院(ぜんいん) 至人(しひと)という。どうやら呪術は、平安から千年経過した平成の世でも受け継がれているらしく、特に禪院家は呪術界の御三家とも言われる名家なのだそうだ。平安の世では、まるで聞き覚えがない。菅原道真の家系なら名家として名を馳せていた。……確か、それが五条家だったか。かの家にのみ産まれる六眼(りくがん)という特異体質の存在が強力なのだそうだ。

 

 術式はまあ……平安の代物を、そう易々と衆目に晒すわけにもいかん。この体に刻まれている影の術式を使っている。

 術式名は『影操術(かげそうじゅつ)』。この家に相伝として言い伝えられている『十種影法術(とくさのかげぼうじゅつ)』の下位互換の術式、なんて烙印を押されている。

 当主の息子でありながら相伝を引き継がなかった軟弱者、と家の者に言われるのも、そろそろ聞き飽きたころだ。

 

 雑魚が何と言おうと知ったことではない。……と言いたいところだが、事情が分からんでもない。

 取説を読んだが、『八握剣異戒神将魔虚羅(やつかのつるぎいかいしんしょうまこら)』だったか。あれは無法だな。あらゆる事象への適応、最強の後出し虫拳。

 歴代の使用者に調伏したものはいないと言うが、十種の術式であれを使役するのは至難の業だろう。

 これが自爆を前提とすればいつでも好きな時に出せるというのだから、さぞ我に期待したのだろうな。

 

 しかし、相伝の術式であるに越したことはないのだろうが、違うからと言って蔑む必要はあるのか?

 前世の我は『肉体を強化する』という単純な術式一本であったが、それだけでも宿儺に敗れるまでは生涯無敗を貫いていたのだ。術式なんぞ使用者の解釈次第で如何様にも化ける。宿儺や我が使えば、そこらの術式でも常勝だろう。

 

「兄さん。また考え事かいな」

「……おぉ、直哉(なおや)か」

 

 縁側で涼んでいれば、少年特有の高い声が聞こえてくる。

 一個下の弟である、禪院 直哉が明るい顔で話しかけてきたのだ。

 我とは違い、禪院家相伝の術式である『投射呪法(とうしゃじゅほう)』を備えた少年だ。呪術の才に満ちており、我もこやつがどこまで伸びるのか期待せずにはいられない。

 

「パパが言ってたで? 兄さんはいくらなんでもマイペース過ぎるって」

「クハッ、父さんが言えたことではない気がするがなァ。……直哉、スイカでも食うか?鍛錬で疲れてるだろう」

 

 一心不乱にスイカに齧り付く直哉を見て、どこか満たされたような気持ちになる。

 『最強』という道を究めることを決めたのはいいが、こういった日常も大切にしたい。

 ……うん。家族とは良いものだな。

 前世では家族という存在を切り捨て、自ら修羅の道へと突き進んでいったがな。

 

 ……しかし、我を含め、直哉の兄の全員が術式無しや相伝ではない術式を発現させている以上、次期当主として直哉を推す声も少なくない。さっきも言ったが、当主の子でありながら相伝ではない軟弱者、なんて蔑まれている中、直哉は我を兄として敬ってくれている。他の兄弟は等しく見下しているそうだが。

 一体なぜだろうか?『(へい)』の連中にも父にも負ける気など微塵もないが、我の力を直哉が知る機会など無かったはず。

 直哉も禪院家らしく実力、血統、術式主義な一面もあるので、てっきり蔑まれるのかと思っていたが……

 

「兄さん、久しぶりに一緒に鍛錬しようや。俺も術式を磨きたいしな」

 

 直哉の提案に、思わず笑みが零れる。

 禪院家でも指折りの才覚を持つ弟。まだ幼く、術式の練度も甘いが、いずれは炳に名を連ねるだろう。

 

「いいだろう……泣いても知らんぞ」

「もう泣くかいな。兄さんこそ、俺に攻撃当てれんのちゃう?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 縁側を離れ、禪院の本邸から離れたある施設。禪院家の者が日々鍛錬を積むためにある簡素な訓練場である。

 その近場にある平原。ここら一帯は禪院家所有に敷地であり、直哉にとって最もポテンシャルを発揮できる場がここだ。

 近くには別邸があり、夏の日光がぎらぎらと差し込んでくる。

 結界も張られていないが……術式を試す程度には問題ない。

 

「先言うとくけど、鍛錬やから言うて手加減なんかせんからな」

「それは助かるなァ。オマエの本気が見れなきゃ意味がない」

 

 トン、トン、トン。

 直哉がつま先を地面に叩き、一定のステップを繰り返す。

 

「―――行くで」

 

 瞬間。

 地面が爆ぜ、我に向かって蹴りが飛んでくる。

 

 投射呪法。

 自らの視界を画角として『一秒後の動きを二十四分割したイメージ』をあらかじめ頭の中で作り、それを実際に自分の体で後追い(トレース)する術式だ。分かりやすく言えば、『一秒後の決定した未来に向かって動く』といったところか。何とも新時代的な術式で面白い。天性のコマ打ちのセンスが要求され、使いこなす難易度が高い。

 しかし、動きを作るのに失敗するか、成功してもそれが過度に物理法則や軌道を無視した動きであればフリーズし、一秒間全く動けなくなってしまうというデメリットが存在する。

 逆に言えば『ある程度物理法則や軌道を無視した動きを作ることは可能』ということだ。トレースする度に術者の動きは加速し、最高速度で亜音速に到達する。

 これを用い、父である禪院 直毘人(なおびと)は『最速の術師』という称号を手にしている。

 

 呪力で強化した肉体で、直哉の初撃を受け捌く。

 

 ―――速い。

 齢九の身でありながらで、既に禪院の凡百の術師を凌ぐ。平安の世でも、ここまでの速度での戦闘を可能とした術師はそう多くない。

 再び飛んでくる攻撃。どれもが瞬きの間に叩きこまれる神速の打撃であり、受け流すのは容易ではない。

 

 右足が床を蹴るより先に、左の踵が視界を裂いた。

 受けた瞬間、肋骨が軋む。

 次の一撃は、もう“作られた未来”だった。

 

 攻勢を強める直哉に対し、受け身で攻撃を受け続ける我。

 一歩、二歩と次第に後退し、距離を取る。

 

 受ける、流す、退く。

 一歩、また一歩。気づけば屋敷に近づいていた。

 

「どないしたん兄さん、さっきまでの威勢はどこ行ったん?」

 

 続く連打の応酬の中、弟は薄ら笑みを浮かべながら問いかけてくる。

 その本心は我に図れたことではないが、このまま図に乗らせるのも癪か。

 

 今の体では速度差は歴然。

 真正面から打ち合えば不利なのはこちら。

 

 ということで―――

 

 

 

「はぁ!? 逃げるんかいな!」

 

 

 

 退避。

 直哉の声が背後で弾むが、気にせず走ろう。

 投射呪法を用いる直哉相手に逃げとは愚かな。アレは今そう考えているだろう。

 逃げ切る必要はない。我の狙いはただ一つ。

 屋敷の障子戸を蹴破り、室内へ転がり込む。

 

「(……大広間か、丁度いい。広さは……)」

 

 空間の広さを認識する。

 大きさもちょうどいい。縦に広く、横幅が狭いのが難点だが……そこはいいだろう。

 

「室内なら投射も上手く使えん思たん? 意味ないでソレ」

「……」

 

 直哉が追いつく。

 速度を殺さず、室内へ滑り込むその動きだけで、才が分かる。

 背後で響く声に応えず、我は試す。

 

 トプッ。

 我の下から、影が伸びる。広がる。

 部屋全体を包み込む影は、半径にしておよそ十二メートルほどか。

 

「ッ、何や!? 領域か!?」

「残念、不正解だ」

 

 伸びる影に、直哉は後退する。

 しかし、もう遅い。

 

 直哉の足が、止まる。

 

 畳を踏みしめるはずのその一歩が、ほんの僅かに遅れた。

 本人ですら気づかぬ程度の違和感。だが。

 

 我には、はっきりと見えた。

 影が、追いついていない。

 

 柱の影、梁の影、障子の格子が落とす影。

 それらが部屋の中で複雑に絡み合い、一つの“場”を形成していく。

 

「(……やはり、屋外とは比べものにならんな)」

 

 呪力の流れが安定する。

 日光に引き裂かれる感覚もない。

 影が、影として存在するための条件が揃っている。

 

「領域ちゃう……? せやけど、空気が変わっとるで……」

 

 直哉が低く身構える。

 投射呪法の構えだ。

 画角を切り、未来を定めるための準備動作。

 

 だが―――

 踏み出せない。

 

「……あ?」

 

 直哉が、もう一度足に力を込める。

 それでも、動き出しが一拍遅れる。

 

「何や……足が……」

「影を見ろ」

 

 我の言葉に、直哉は反射的に視線を落とした。

 

 ―――影が、動いていない。

 

 直哉の身体は前傾している。

 次の瞬間には飛び出すはずの姿勢。

 だが、足元の影だけが、畳に縫い付けられたように静止していた。

 

「……は?」

「ここではな、人間が先に動くんじゃない」

 

 我は一歩、影を動かす。

 

 それに引きずられるように、

 直哉の身体が半歩、ずれる。

 

「影が動いて、漸く身体が許される」

 

 直哉の表情から、余裕が消えた。

 

「(今、影を完全に固定してしまえば終わる。だが―――それでは、オマエの伸び代が見えん)」

 

 少しの思案。

 その刹那は、直哉にとって十分な時間だった。

 

「……主従の逆転っちゅうわけか、影が動かな俺も動けん。せやけど影の操作権は兄さんにしかない」

「理解が早いな」

 

 だが、直哉は天才だ。

 一瞬で現状を呑み込み、別の未来を描き直す。

 

「……ほな、影ごと動いたらええんやろ!」

 

 呪力が膨れ上がる。

 投射呪法による、過度に抵触しない範囲での物理法則の無視。

 無理やり影を引きずり、投射呪法で“影が動く未来”を成立させようとする。

 

 瞬間。影が、歪んだ。

 固定が崩れる。

 流石に、直哉の呪力量では止めきれない。

 

「(……流石だ。己の術式でできることをよく把握している)」

 

 少しの関心と共に、緊張が走る。

 我のこめかみを、汗が伝う。

 影を主にするという、正に因果を逆転させる理外の行為は、想像以上に呪力を喰う。

 

「(やっぱりや……兄さんの呪力がごっそり減っとる。ずっと使える技やない。投射なら何とか動ける……が、長居はできん……!)」

 

 投射呪法を扱った直哉は動ける。

 だが、その速度は、明らかに落ちていた。

 

「兄さん……この技……」

「あぁ、万能ではない」

 

 しかし。

 我は影を踏みしめ、構えを解かぬ。

 

「だが、もう一度、オマエを止めることくらい訳はない」

 

 影が、再び静止する。

 

 直哉の未来が、定まらない。

 

 投射呪法は、“描いた軌跡”を辿れなければ成立しない。

 

 一秒のフリーズ。

 この戦闘において、致命的な隙。

 

 直哉が歯を噛み締める。

 その目に浮かんでいたのは、悔しさではない。

 

 焦りだ。

 

「……ここまでだ」

 

 我は構えを解き、影を収める。

 

「……くそ」

 

 その顔を見て、我はわずかに笑った。

 

「(いい顔だ)」

 

 強さへの執着。

 我と同じ、強者への憧れ。

 そこに立ちたいと何よりも願う無垢な心。

 

 最強には届くべくもない。

 しかし、強者の入口には、確かに立っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  δ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「投射呪法は歴史がまだ浅いからな。解釈も拡張術式も少ない」

「そこが俺の欠点やね。術式を単純に扱うのですら慣れんのに時間かかったし」

 

 桶の水を被ると、火照った身体から湯気が立った。

 夏の夕暮れ。西日が中庭の石畳を赤く染めている。

 

 直哉は縁に腰掛け、足をぶらぶらさせながら水を掬っては頭からかけていた。

 鍛錬直後だというのに、もう呼吸は整っている。

 

「取説は揃っとるんやけどな。書いた連中が全員“速いだけ”で満足しとる」

「……耳が痛い話だな」

 

 父を含め、禪院の投射使いは皆“最速”という一点に酔っている。

 だが―――

 

「オマエは違うだろ」

 

 直哉が顔を上げる。

 少しだけ、意外そうな顔。

 

「今日のアレ。影を引きずってでも未来を通そうとした。最速を捨ててでも、成立を優先した判断だ」

「……そら、兄さん相手やし」

 

 直哉は視線を逸らす。

 照れとも悔しさともつかない表情。

 

「速さは才能や。でも―――」

 

 直哉は、水面を指で弾いた。

 

「術式は考え方で化ける。兄さん見てたら、そう思う」

 

 その言葉に、我は少しだけ目を細める。

 

 ―――良い感性だ。

 

「いずれ、投射にも“領域的な使い方”が生まれるかもしれんな」

 

 軽い、それでいて淡い夢を口にする。

 古き良きを貫く、禪院の思想とは反するが。

 

「……それ、パパに言うたら怒られるで」

「だから今は言わん」

 

 二人で、短く笑った。

 

 風が吹く。

 濡れた髪が冷え、ようやく身体が落ち着いてきた頃―――

 

「兄さん」

 

 直哉の声が、少しだけ低くなる。

 

「最近、炳の連中が騒がしいん知っとる?」

「……ほう」

「当主直属の任務が増えとる。内容は伏せられとるけど」

 

 直哉は、空を見上げた。

 

「“若い術師を当てて様子を見る”案件ばっかりや」

 

 試金石。

 あるいは―――

 

「禪院だけの話やないと思うで。五条家も、動いとるらしい」

 

 その名に、我は僅かに口角を上げた。

 

「―――六眼の子か」

「そうや。無下限と六眼の抱き合わせ。五条悟、やったけ」

 

 沈黙。

 夕暮れの中庭に、蝉の声だけが響く。

 

 ――なるほど。

 時代が、少しずつ動き出している。

 

「直哉」

「何や?」

「強くなれ」

 

 短く、それだけを告げる。

 

「五条の麒麟児に、我に、オマエ。時代は変わる。加茂は聞いていないが……まあいい」

 

 話を続ける。

 

「御三家に、これだけの人が産まれた。時代は変わる……特級なんて物差しでは測れん、魔境にな」

 

 直哉は一瞬きょとんとした後、にっと笑った。

 

「言われんでも、なるつもりや。兄さんを追い越すのが目標やしな」

「ハッ、それは楽しみだ」

 

 本心だった。

 

 空が、完全に群青へ沈む。

 夜が来る。

 

 ―――次に来るのは、

 鍛錬では済まない“実戦”だ。

 

 そう確信しながら、

 我は濡れた手を拭い、立ち上がった。




禪院至人
転生したら、平安時代に全く聞いたことのない家が御三家なんて言われててビビった人。何千年後?
十種影法術の話を聞いた時、自分なら魔虚羅を調伏できるかと考えたが、まさかの影しか使えん術式で落胆。生まれ持ったものは変わらんので、このまま突き進むことに決めた。

禪院直哉
他の兄は皆ボンクラだが、一個上の至人だけは敬うべき兄だと考えている。
目標とする兄が割とまともな人間なため、ドブカスから綺麗なドブくらいにはなった。
少なくとも半端物を苛め抜いたり、出涸らしと言えない関係になったりはしない。はず。

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