初めに違和感を抱いたのは3人目の相手が音信不通になった後。いくらなんでもおかしいと疑問を抱いた。
正確には、1人目の段階からおかしいとは思っていた。デート中も好感触だったし、お互いのLANEを交換したりして次の約束まで取り付けた。
なのに、翌日送られてきたメッセージは。
『ごめんなさい』
たった一言。それだけのメッセージで、最初の相手との関係は終わってしまった。未練がましくメッセージを飛ばしてみたけど、向こうにブロックされているのか既読も付かず。一切連絡が取れなくなる。
この時は疑問を抱かなかった。
「まぁ、そう上手くはいかないか」
自分がフラれてしまった事実に傷つくけど、まだまだこれから。出会いはたくさんあるわけだし、次に活かせればいいと思っていた。
2人目の相手も同じだった。
『もうこれっきりにしてください』
1人目と同じく、一言で関係は終わりを告げた。LANEの簡素なメッセージだけで、俺の出会いは2回とも終わってしまった。
めげずに3人目、4人目とやるが……結果はすべて同じ。
「また会いましょうね~、きっとですよ~!」
「は、はい! れ、連絡、待ってます!」
何度やっても慣れない女性との会話。上ずった声で返事をして、ウキウキ気分で帰った次の日のLANE。
『もう関わらないようにします。本当にごめんなさい』
どん底へと突き落とされる。楽しかったというのは嘘で、自分の思い込みでしかなかったことを知らされて、自己嫌悪に陥りそうになる。
だけど……いくらなんでもおかしくはないだろうか。
「先輩やジャーニーも言ってたけど、トレーナーはみんな狙っていて競争率が高いはず。なのに、どうしてこんなに断られるんだ? しかも、一方的に」
自分に問題があると言われたらそれまでかもしれない。性格が合わなかったで切り替えればいいだろう。
でも、さすがに5人連続で断られるのはおかしい。たったの1回で音信不通になるのが1人ならまだしも、これだけ続くのはおかしいんだ。
「それに、次も会おうって言ってくれたのに。次の日には手のひらを返したように会わないって言ってくる。ありえないだろ、いくらなんでも」
優良物件をみすみす逃すのもそうだし、一日で心変わりするのも変だ。どう考えてもあり得ない。
俺の方に問題があったかもしれない。もしかしたら、言えないような嫌なことをしてしまったのかもしれない。知らないうちに傷つけてしまった可能性も十分にある。
「だとしても、これはおかしいって。こんなに断られるなんて」
「なにが、可笑しいのでしょうか? トレーナーさん」
「ッ!?」
誰もいないはずのトレーナー室。1人でいたはずなのに、気づいたらジャーニーがいた。俺の目の前に、机を挟んで向かい側に立っていた。
(い、いつの間に!?)
「申し訳ございません。ノックはしたのですが返事がなく。扉は開いているようでしたので、中に入らせていただきました」
丁寧にお辞儀をしながら、部屋にいる理由を教えてくれるジャーニー。どうもノックされた音に気付かなかったみたいだ。
だとしたら、悪いのは俺だ。ジャーニーじゃない。
「いや、ごめん。ちょっと考え事をしてて。謝らなくても大丈夫だよ」
「考え事、ですか。差し支えなければ、教えていただいても?」
こちらを心配している表情のジャーニー。いつもみたいに親身になって、俺の助けになろうとしてくれている。本当に、俺にはもったいないくらいできたウマ娘だ。
でも、頼るわけにはいかない。これは俺個人のプライベートな問題だから。
「ごめん、個人的な悩みだからさ。すぐに解決するだろうし、大丈夫だよ」
「……そうですか」
「うん。でも、ジャーニーが心配してくれているのは分かるから。気持ちだけもらっておくよ。ありがとうね、ジャーニー」
自分の色恋沙汰に巻き込むわけにはいかない。ただでさえここまでお世話になったんだから、後は自分の力で切り開かないと。
それにしても、どうしたものか。せめて誰か1人でも連絡が取れればいいんだけど。
ジャーニーの用件を聞きながら、今後のことについて頭を悩ませていた、その時だった。
「っ!? と、ごめんジャーニー。ちょっとスマホを確認するねっ!」
「えぇ。構いませんよ……凄い早さで取りましたね。なにか隠すような内容なのでしょうか?」
「いいい、いやいや! そういうわけじゃないよ! アハ、アハハ!」
スマホの着信が鳴って、表示された名前に焦る。ジャーニーから不審がられてしまうが、気にする余裕がなかった。
表示された名前。メッセージを送ってきたのは。
『今すぐ通話できませんか?大事な話があるんです』
つい最近マッチングアプリを通して出会い、たった一日で音信不通になったはずの女性だった。
なんで今更急に。というか、連絡してこないでと言ってきたはずじゃないか。手のひら返して電話をしてくれとはどういう了見だ。
正直怒りしか沸いてこないが、丁度良い機会だと発想を変える。
(丁度文句の1つでも言ってやりたかったところだ。なんで急に連絡してこないで、なんて言ってきたのか気になるし)
デートの件とか、気になることはいくらでもある。この際いろいろと問い詰めて、自分の改善点を見つけよう。
「ごめんジャーニー。電話が来たからさ、少しだけ席を外すね」
「分かりました。では、私はここでお待ちしていますね」
「本当にごめんね。それじゃあ行ってくるよ」
ジャーニーに聞かれるわけにはいかないし、トレーナー室を出て別の場所へと向かう。
誰かに聞かれるのもなんとなく嫌だったので、人気のないところへ。この時間なら中庭が空いてるだろうと思い、中庭へと向かった。
空は曇り模様。どんよりとして、よくないことが起こりそうな天気の中、周りに誰もいないことを確認して、相手方との通話を始める。
「もしもし? はい、そうですけど。なんで急に連絡してきたんですか? 連絡してこないでと言ったのはあなたの方で……えっ?」
今この時ほど、周りに誰もいないことを幸運に思ったことはない。ジャーニーのいないところで通話をしようと考えた自分を褒めてやりたい。
それほどまでに、電話口で告げられたことが衝撃的だった。
◇
「ジャーニー!」
「おや、どうされましたか? トレーナーさん。そんなに血相を変えて」
中庭から自分のトレーナー室へ、ダッシュで向かった。まだいるはずだと、中でくつろいでいるはずだと信じて走ってきた。
想像通り、お目当ての相手は中にいた。ソファで紅茶を嗜み、俺が来るのが分かっていたかのように表情1つ変えていない。
そんなことはどうでもいい。ジャーニーには、彼女には聞かなきゃいけないことがある。
信じられなかった。いや、信じたくなかった。
「答えてくれ、ジャーニー! 君が、君がやっていたのか!?」
「……質問の意図が分かりかねます。もう少し具体的にお願いできますか?」
「俺がマッチングアプリで出会った女性のことだ! 君は、君が! 彼女達を脅迫したのか!?」
担当ウマ娘であるドリームジャーニーが、俺の恋路を妨害していただなんて。
音信不通になっていたはずの女性から告げられたのは、驚くべき情報だった。
《実は、あなたの担当ウマ娘のドリームジャーニーさんから脅迫されたんです。これ以上あなたに近づくなって。あなたの隣に相応しくないって》
ジャーニーから脅迫されたと、もうこれ以上俺に近づくなと言われたと、そうお願いされたこと。電話口で、震えた声でそう告げられた。
勿論最初は信じていなかった。ジャーニーがそんなことをするわけがない、嘘を吐くにしてももう少しまともな嘘を吐けと吐き捨てた。
けど、女性の必死な声。間違いなくジャーニーから脅迫されたという言葉に、少しずつ違和感を抱くようになる。
(そもそも、ここまで上手くいかないのはどうしてだ?)
どうしてたった1回のデートで音信不通になるのか。なんでそれが5人も続くのか。いくらなんでもおかしくないだろうか。疑問に思っていたことだ。
誰かの妨害を疑っても仕方ない状況。俺の恋路を妨害しているんじゃないか、俺に恋人がいたらまずいと思う人物がいるんじゃないか。笑い飛ばすようなことかもしれないけど、さすがに陰謀めいたものを感じずにはいられなかった。
だけど、その相手がジャーニーだとは一度も思わなかった。だって彼女は、何時だって俺の力になってくれたんだから。
(いや、ジャーニーは祝福していたじゃないか。陰ながら応援してくれると、そう言ってたじゃないか)
信じようとしても、一度抱いた疑問は簡単に消えてくれない。少しずつ、蝕むように、ジャーニーに対する疑念が深まっていく。
トドメになったのは、女性の言葉。
《彼女、ボソッと呟いたんです。コバエの処理は早めにしておかないと、って》
コバエ。かつてジャーニーがそう呟いたのを覚えていた。その言葉を聞いた瞬間、俺は電話を切って走りだしていた。
目の前には鋭い目のジャーニー。困惑じゃない、誤魔化すような笑顔でもない。ただ、射貫くように俺を見ている。
だけど、関係ない。
「なんで、どうしてだジャーニー! なんで俺の邪魔をしたんだ!?」
「トレーナーさん。どうか落ち着いて」
「落ち着いてなんていられない! 敵と定めた相手をコバエと呼ぶのは、君だけだ! 俺の知り合いでは君しかいない、君以外ありえないんだよ!」
信じていたのに、力になってくれると思っていたのに。
「何で彼女達を脅迫したんだ! 答えてくれジャーニー!!」
俺は、一番近くにいた人物に裏切られていた。いつだって俺に協力してくれた、ドリームジャーニーに。
整わない呼吸。肩をいからせ、精一杯の力を込めてジャーニーを睨みつける。
気づけば外は雨が降っていた。トレーナー室に聞こえてくる雨の音。俺とジャーニーは、無言で睨みあう。
「──まずは誤解を解かなければいけませんね」
先に口を開いたのは、ジャーニーの方だった。この状況で、俺の戸惑いなんて知らないとばかりに。いつもと変わらない声色で窘めてくる。
「誤解、だって? なにが誤解だって」
「私がトレーナーさんの恋路を邪魔している、ということについてです。そんな意図はありませんよ」
「う、嘘だ。現に、彼女達は君に脅迫されたって」
「それは結果論というものです。私だって、本当はこんな手段取りたくはなかったんですよ?」
飄々と、あくまで自分は悪くないと、そう主張する。
今更そんな言い訳が通るはずがない。実際に被害がある以上、ジャーニーの言葉は嘘だ。
そう思ったのも束の間。
「だって──彼女達はあまりにも醜い。美しい貴方の隣に立つのには相応しくない。だから私の方から警告したんです。これ以上近づくな、と」
「……はっ?」
全く悪びれもせずに言い放ったジャーニーの言葉に、俺は一気に現実へと引き戻された。
醜い? 彼女達の、どこが?
「貴方の隣に立つのであれば、それ相応の品格というものが必要です。貴方の隣に相応しい、それ相応の品格を持つ人物が」
困惑する俺をよそに、ジャーニーは淡々と語る。
「彼女達にはそれがなかった。それだけの話です……いえ、それだけではありませんね」
いつもと変わらない調子で、普段通りの態度で。
「むしろ綺麗な貴方を汚そうとした。無垢な心を、純粋な善意を踏みにじり、純白を濁らせようとした」
ただ唯一、違う点がある。
「──そんなコバエ同然の害虫、許せるはずがないでしょう? 貴方の隣に立つのに相応しくありませんもの」
彼女の、ジャーニーの瞳が。綺麗な瞳が。
「だから、私の方から払ったんです。トレーナーさんが傷ついてしまう前に、汚されてしまわないように。貴方には、ずっと無垢なままでいて欲しいから」
今はどす黒く、濁っていた。
(なにを、言ってるんだ? ジャーニーは)
理解できなかった。彼女がなにを言っているのか、少しも理解できなかった。
隣に立つのに相応しくないとか、無垢な心とか俺の意見を無視している点とか、いろいろと言いたいことはある。
だけど、何よりも理解できないのは。
「安心して、私に身を委ねてください。貴方の旅が良いものとなるように、万全のサポートをいたしましょう。どうか、私を信じて」
今も微笑みながら手を差し出す彼女は、混じりけのない100%の善意で行動していると、なんの悪びれもなく言っていることだ。
明らかにおかしい。俺のためとか言いながら脅迫をするなんて、絶対にやっちゃいけないことだ。
なのに、ジャーニーはそれが正しいと信じている。間違っていることなのに、俺のためなら当然とばかりに口にしている。
「ま、間違ってるよ、ジャーニー。俺のためって言いながら、相手を脅迫するなんて」
「間違っている? なにがでしょうか? 貴方を誑かし、悪意で染め上げようとするコバエは払われて当然。然るべき報いを受けさせているだけです。なにもおかしなことなんてありませんよ」
「お、おかしい。おかしいよっ。なんで、疑問に思わないんだ?」
「あぁ、貴方は本当にお優しい方だ。自分を騙そうとしているコバエにさえも優しさを向けるとは……本当に貴方は愛らしい。素晴らしいトレーナーです。それでこそ、私の大好きなトレーナーさん」
会話が通じない。あまりの恐怖に、身体が後ずさる。愛らしいと言われて、大好きと言われて嬉しいはずなのに。恐怖の感情しか湧いてこない。
ジャーニーが一歩こちらに近づいてくる。同時に、俺は一歩離れる。
距離を詰めてくる。距離を離す。
追い詰めてくる。逃げるように離れる。
じりじりと、獲物を追い詰めるように。ジャーニーは俺との距離を詰めてくる。
「トレーナーさん。貴方は素晴らしい人だ。とても純粋で、誰にでも心を開く稀有な人」
「う、あっ」
「だからこそ、どうしても寄ってきてしまう。貴方を汚そうとする害虫が、善良な心に漬け込んで、綺麗な色を濁らせようとするコバエが。光に集る虫のように、わらわらわらわらと」
ジャーニーの表情は、さっきからずっと変わらず笑顔だ。
「だから、ね? 誰かが守らなければならないんですよ。純粋な心が汚されないように、綺麗な貴方でいるためにも、誰かが守らなければならないんです」
「じゃ、ジャーニーっ」
その笑顔が、どこか不気味に見えて。彼女から距離を取ろうと離れていく。
だけど、ここは部屋の中。気づけば背中に扉がぶつかり、逃げ場がなくなる。
「ねぇ、トレーナーさん」
「ひっ」
「何故、そんなに怯えているのですか? なにか怖いことが……あぁ、成程。貴方にいらないことを吹き込んだコバエのせいですね? そのせいで、貴方は怖がっている」
「ち、ちがっ」
笑顔のまま、ジャーニーは俺へと詰め寄ってくる。こちらを安心させるような優しい声で、口調で、思わず安らいでしまいそうないつものジャーニー。
退路を塞ぐように、これ以上逃がさないために。じりじりと詰め寄ってくる。
「ご安心を、トレーナーさん。貴方に近づくコバエは、私が全部払ってあげます」
「は、払うって、なにをっ」
「そのままの意味ですよ。貴方が望むのであれば、二度と姿を拝まないようにすることもできます」
力が抜ける。逃げなきゃと本能が訴えかけているのに、身体は意思に背くように動かない。へたりと、座り込んでしまった。
逃げられない。逃げなきゃいけないのに、身体が動かない。
「何も怖がる必要はありません。怖いものは全部、ぜ~んぶ……私がなんとかしてあげましょう」
「ひっ、あ……っ」
「貴方の心は誰にも汚させない。真っ白な、無垢なままでいてください。だって」
いや、そもそも逃げようなんて気持ちはないのかもしれない。
すぐにでも扉を開ければよかった。大声で助けを呼べばよかった。誰か助けてほしいと、近くにいるはずの誰かに呼びかければよかった。
それをしなかったのはきっと。
「──悪意で汚れた心は見るに堪えませんから」
混じりけのない愛情を向けられて、今も変わらず微笑んでいるジャーニーを間近に感じて、慈しむように抱きしめられて。この状況を悪くないと思う自分がいるからなのかもしれない。
◇
あれから少しして。俺はマッチングアプリをアンインストールした。もう俺には不必要なものだから。
不必要、なのもあるかもしれない。もしかしたら、これ以上ジャーニーの犠牲者を増やさないようにするためかもしれない。
ただ、最近はこう思うようになったのだ。
「トレーナーさん。あれから恋人探しの方は順調でしょうか?」
「あ、ジャーニー。恋人探しは、もう止めたんだよね」
「おや、あれほど欲しがっていたのに。どうしてですか?」
「う~ん」
隣で微笑むジャーニーの姿。彼女の笑顔に、この前の景色を嫌でも思い出す。
底の見えない不気味さ。狂気を孕んだような笑み。俺のことを本気で心配していて、俺の意見なんて聞こうともしないアンバランスさ。
歪な愛情を向けられているのは分かっている。こんなことはおかしいって、十分に理解している。
だけど。
「ジャーニーがいるからいいかなって」
「ッ! それはそれは……勘違いしてしまいますよ?」
「いいよ、勘違いしても」
あの時に感じた高揚感。ジャーニーに向けられた愛情や、気持ちを考えてみて……悪くないと思う自分がいた。
怖いはずなのにドキドキしていた。恐ろしいはずなのに、好意を向けられた時と同じように気持ちは高鳴っていた。
きっと、それが答えだ。
安心しろトレーナー。純愛だよ。