ヤンデレウマ娘に迫られて   作:カニ漁船

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よーし少しずつ意欲が回復してきたぞ。


case.1 ドリームジャーニーの場合 ④

 トレーナーさんの恋人探しから数ヶ月ほどの月日が経ちました。今日の天気は曇り空。それも、雨が降る気配を感じさせる曇天。廊下の窓から眺める外の景色に、思わず気が滅入ってしまう空が見えています。

 

 まぁ、トレーナーさんの心情にも合っていますね。

 

(今もまだ、恋人は見つかっていない。というよりは、私が見つけられていないのですが)

「中々いないものですね。彼に相応しい人物は」

 

 月日が流れた今でも、トレーナーさんは恋人を見つけられていません。あれほどの方が難航するなんて、世の中は不条理ですね。

 私の方でも見繕っているのですが、これがまた上手くいきません。彼に相応しい女性は中々いないものです。

 トレーナーさんのマッチング相手? あんなものは論外です。

 

(思い出すだけでも汚らわしい……トレーナーさんの地位やお金にしか興味を持たず、自らのステータスにすることにしか価値を見出せないコバエ共。あんなものと付き合っていたら、トレーナーさんが汚れてしまいます)

 

 彼女達は私のトレーナーさんの素晴らしさを理解していません。己の顕示欲を満たすことしか考えておらず、共に歩もうとする気が全く感じられない害虫同然の存在。

 あんな方々と付き合ってしまったら、トレーナーさんが可哀想だ。無垢な心を汚されて、悪意で満たされて、良さが失われてしまう。

 そんなことは断じて許せない。私がさせません。この命に代えても、絶対に。

 

 ま、もう会うことはないでしょう。私の方でキッチリと、お話しておきましたので。えぇ、それはもうじっくりと。

 

「ですが、えぇ。1人とは特別なお話をしていました。何時頃仕掛けてくれるか……っと、着きましたね」

 

 廊下を歩いて、トレーナー室へと着きました。勿論、私のトレーナーさんの部屋。

 入る前に、そっと耳を立てる。中の物音を聞き逃さないために、彼の声を聞くために。

 

「……してこんなに断られるんだ? しかも、一方的に」

 

 少しの間聞き耳を立て、中に誰がいるのかを確認します。聞こえてくる声は1つだけ、愛しのトレーナーさんの声のみ。つまりは、誰もいないから独り言を呟いているのでしょう。

 このまま彼の独り言を聞くのもいいかもしれません。甘美なる美酒に酔いしれて、夢見心地の気分を味わうのも悪くない。

 

 ただ、今回は用事があってここに来ました。名残惜しいですが、入るとしましょう。

 扉をノックする。返事はない。

 

「失礼します、トレーナーさん。ドリームジャーニーです。今後の打ち合わせのためにっ?」

 

 扉を開けて入室しますが、開いた音にすら気づいていないのでしょう。トレーナーさんはこちらを向くことなく、ブツブツと独り言を続けていました。

 よほど集中しているのでしょう。私が彼の声を堪能するために、コホン。考え事の邪魔をするのも悪いですし、このまま待ちましょうか。

 

 独り言の内容は、マッチングアプリのこと。とりわけトレーナーさんがこれまでマッチングした、5人の女性のことについてでした。

 

「それに、次も会おうって言ってくれたのに。次の日には手のひらを返したように会わないって言ってくる。ありえないだろ、いくらなんでも」

 

 この口ぶりから察するに、コバエ共はしっかりと約束を守ってくれているようですね。聡い子は好ましい、好感が持てます……私のトレーナーさんを狙った時点で、評価は下の下ですが。

 その後もどうしてか、なんで上手くいかないのかを反省する言葉が次々と出てきます。彼女達に振られた理由を探している。

 

(申し訳ございません、トレーナーさん。私の力が至らないばかりに、貴方を苦しませてしまっている)

 

 私がもっと良い相手を見繕えればいいのですが。そうすれば、トレーナーさんの悲しい表情を見なくても済んだというのに。己の力不足を嘆くばかりだ。

 

 さて、このままだと私も一人反省会をする羽目になる。

 

「だとしても、これはおかしいって。こんなに断られるなんて」

「なにが、可笑しいのでしょうか? トレーナーさん」

「ッ!?」

 

 機会を窺って、ここだというタイミングで割り込む。私がいたことに気づいていなかったトレーナーさんは、とても驚いた表情を浮かべていました。

 

「申し訳ございません。ノックはしたのですが返事がなく。扉は開いているようでしたので、中に入らせていただきました」

 

 頭を下げ、驚かせたことを謝罪する。向こうの返事がなかったからとはいえ、無断で入室したのは事実。重ねて謝罪をしなければなりません。

 ですが、トレーナーさんは叱るどころか自分が悪いと言いました。

 

「いや、ごめん。ちょっと考え事をしてて。謝らなくても大丈夫だよ」

 

 あぁ、なんとお優しいのでしょうか。失礼を働いた私に対してなんて寛大なお言葉。聖人という言葉はこの人のためにあるのだと、私の頭により深く刻まれます。

 

 それにしても、考え事ですか。十中八九、恋人がまだできていないこと、ひいてはこれまでのマッチング相手のことを想っているのでしょう。あのようなコバエにも優しさを向けるとは。

 気づいていないふりをして考え事の内容を探りましたが、教えてもらえず。私の負担にならないようにと、気を使ってくれているのですね。本当に素晴らしいお方だ、貴方は。

 

 素晴らしさを再確認しているその時、スマホの着信が鳴りました。発信源はトレーナーさんのスマホ、そして表示された名前は……おやおや。

 

(5番目のコバエですか)

 

 トレーナーさんとマッチングした相手でした。一度デートに行って、私が警告をしたコバエ。彼女からの通話が来たようですね。

 私が名前を見ていただなんて思わなかったのでしょう。トレーナーさんはスマホを隠すように取ります。まだバレていない、隠し通せる。そんな風に思っている姿もまた愛らしい。全ては筒抜けだというのに。

 

「ごめんジャーニー。電話が来たからさ、少しだけ席を外すね」

「分かりました。では、私はここでお待ちしていますね」

「本当にごめんね。それじゃあ行ってくるよ」

 

 電話をするために席を外すトレーナーさん。さて、手筈通りに頼みますよ? コバエさん。

 

 

 

 

 

 

「ジャーニー!」

 

 トレーナー室で帰りを待っていました。電話をするために外へ出たトレーナーさんを待ちつつ、先ほど録音した音声を回収してデータをインストールしようとした矢先のことです。

 血相を変えたトレーナーさんが帰ってきました。私の名前を呼んで、信じられないといった表情で私を見つめています。

 この様子だと……知ったみたいですね。私がやってきたことを。

 

(あのようなコバエの、妄言かもしれない言葉を信じてしまうとは。あぁ、その純粋さはとても好ましいですよトレーナーさん)

「おや、どうされましたか? トレーナーさん。そんなに血相を変えて」

 

 ですが、あえてしらを切ります。何も知りませんよと、言っている意味が分かりませんよと口にしない。はぐらかします。

 

 そこからは想像通りの言葉が並べられました。

 

トレーナーさんがマッチングした相手の女性を脅迫したこと

私がトレーナーさんの恋人探しを妨害していたこと

自分が知る中でコバエなんて呼び方をするのは私しかいないこと

何でこんなことをやったんだ、信じていたのに、と

 

 気持ちのいいくらい予想した通りの言葉を並べてくれる。こちらに近づいてくれる。

 本当に、本当に。

 

(とても素敵なお方だ。やはり貴方は素晴らしい)

「──まずは誤解を解かなければいけませんね」

 

 純粋で、無垢で、穢れを知らない人だ、貴方は。

 

 とはいえ、誤解は解かなければいけません。私には邪魔する意図はありませんから。誤解されたままトレーナーさんの悲しい表情を見るのは、さすがの私にもクるものがある。立ち直れなくなります。

 説明をしなければなりません。彼女達がいかに醜いか、私が貴方のためにやったことを告白しなければ。

 

「彼女達はあまりにも醜い。美しい貴方の隣に立つのには相応しくない。だから私の方から警告したんです。これ以上近づくな、と」

「……はっ?」

「貴方の隣に立つのであれば、それ相応の品格というものが必要です。貴方の隣に相応しい、相応の品格を持つ人物が」

 

 淡々と、業務を報告するかのように。彼女達の醜い側面を語っていきます。思い出すだけでも吐き気がする、彼女達のおぞましさを。

 

 最初の1人目はトレーナーさんのお金が目当てでした。トレーナーは高収入、一生働かせて金だけ吸い取るつもりのコバエ。

 2人目はトレーナーさんのことをなにも理解していませんでした。彼の優しさを無下にして、対等であろうとしたコバエ。

 3人目は酷かった。金を使わせるだけ使わせる外道、隣に立つことすら不快になるようなコバエ。

 4人目は同情心でトレーナーさんの気を惹こうとした卑怯者。嘘の境遇を塗り固めて、取り入ろうとしたコバエ。

 5人目はそもそもトレーナーさんを詐欺の標的にしようとした、最も唾棄すべきコバエ。この世から存在を抹消されても文句は言えない、醜いコバエ。

 

 あぁ、腹立たしい。あんなコバエ共と、一度でもデートをしてしまったトレーナーさんが可哀想です。

 おぞましい、純粋なトレーナーさんを汚そうとするなんて。穢れのない純白を、悪意で染め上げようとするなんて……!

 

(えぇ、えぇ。許せるはずがありません。あっていいはずがない、汚れていいはずがないッ!!)

 

 汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい汚らわしい! 私のトレーナーさんを、聖人を、偉大なトレーナーさんを汚そうとするなて!

 許さない許さない許さない許さない許さない! 許されていいはずがない! 万死に値する、末代まで祟り殺されても文句は言えない所業!

 

「綺麗な貴方を汚そうとした。無垢な心を、純粋な善意を踏みにじり、純白を濁らせようとした」

 

 そもそも、あれほどまでに素晴らしい人を汚そうとする発想が理解できません。なんで理解できない? 醜いコバエは理解しようとしないのか?

 

「──そんなコバエ同然の害虫、許せるはずがないでしょう? 貴方の隣に立つのに相応しくありませんもの」

 

 あぁ、理解できないからコバエなのか。いっそ冷静になれましたね。怒りが一周して。

 

 激情に身を任せそうになりましたが、すんでのところで戻れました。危なかった、トレーナーさんを怖がらせてっ?

 

(どうしてですか? 何故、貴方は怯えているのですか?)

 

 自分の体を抱きしめて、愛らしいポーズを取っている私のトレーナーさん。表情は恐怖に染め上がっていて、なにかに怖がっている。

 

 ……成程。理解しましたよ。

 

(あのコバエ共が怖いんですね? それも仕方ありません、まさか自分が騙されているだなんて思わなかったでしょうから)

 

 原因は、私が語ったコバエ共の醜さにある。あまりの醜さに、トレーナーさんは怖がってしまっている。そんなつもりはなかったというのに、これは私の失態ですね。

 可哀想なトレーナーさん。優しさを利用されていただなんて、恋人に考えていた相手がそんなにも怖い相手だったなんて、夢にも思わなかったのでしょう。

 

 では、私が安心させてあげないと。

 

「安心して、私に身を委ねてください。貴方の旅が良いものとなるように、万全のサポートをいたしましょう。どうか、私を信じて」

 

 笑みを浮かべて、警戒心を解くように手を差し伸べます。彼の柔らかくも男らしさを感じさせる手を握るために。

 

 ただ、どうもトレーナーさんはまだ怖がっている様子。余程コバエ共の醜さが頭に残っているのでしょう。なんて可哀想なトレーナーさんでしょうか。

 

 近づく。一歩ずつ、一歩ずつ彼との距離を詰めていく。

 近づけば離れる。なら私はその分だけ彼に近づく。

 近づいて近づいて……やがて、トレーナーさんは扉にぶつかった。

 

 その隙を見逃す私ではありません。彼を捕縛して、優しく抱きしめる。雨の音が室内に響く中、そんな音よりも私の心音に身を委ねさせるために、安らぎを得るために。

 

(怖い思いをしたのでしょう。申し訳ございません、私の配慮が足りませんでした)

 

 優しく、慈しむように。かつて家族をあやした時のように、彼を甘えさせてあげましょう。

 怯える彼を救うのは私の役目。傷ついた彼を癒すのは私の役目。彼の望むことを叶えるのは私の役目。

 私の存在意義は彼のために、トレーナーさんのためにある。私の全てはトレーナーさんのもの、この体の細部の至るところまで、全てトレーナーさんが思うがまま。

 

 なんでそんなに尽くすのか? 答えは決まっています。

 

「何も怖がる必要はありません。怖いものは全部、ぜ~んぶ……私がなんとかしてあげましょう」

「ひっ、あ……っ」

「貴方の心は誰にも汚させない。真っ白な、無垢なままでいてください。だって」

 

 そう、だって。

 

「──悪意で汚れた心は見るに堪えませんから」

 

 貴方は私の、トレーナーさんなのですから。

 

 

 

 

 

 

 トレーナー室でのやり取りからしばらくして。トレーナーさんはマッチングアプリを止めてしまったようです。

 恋人探しは諦めたのか? そう聞いたところ。

 

「ジャーニーがいるからいいかなって」

 

 私がいるからいいと、恋人探しは諦めると言ってくれました。

 

「ッ! それはそれは……勘違いしてしまいますよ?」

「いいよ、勘違いしても」

 

 とても素晴らしい報告。私の気持ちは天へと上ります。ここが人生の最盛期、いえ、もっと上へ行くことができる。

 

(この反応は予想外でしたが、最高の結果をもたらしてくれました。フフ、フフフ)

 

 これは事実婚のようなもの。トレーナーさんは私を選んだ、ということでしょう。どういう心変わりがあったのかは分かりませんが、私も恋人探しをする必要はありませんね。

 スキップを刻みたくなるような報告。私の耳と尻尾は忙しなく動いている。隠したくても隠しきれない思いを抱えている。

 

 あぁ、今日は素晴らしい日だ。

 

 

 そんな素晴らしい日を提供してくれたコバエには、それ相応の報酬を与えなければなりませんね。

 

「おや、着信が来ましたね。トレーナーさん、少しの間席を外します」

「分かったよジャーニー」

 

 トレーナー室を出て、校舎を出て、学園を出て。私はある場所へと向かう。

 人目のつかない路地裏。そこに彼女はいました。

 

「お久しぶりですね。その節はお世話になりました」

 

 5番目のコバエ。私にとって最も唾棄すべき存在、害虫の中の害虫、おぞましいコバエ。恐怖の感情を顔に張り付けた彼女が、私の前に立っています。

 誰も通らないような路地裏、彼女と私しかいない空間ですが、大きい声を出せば誰かしら気づくかもしれない。そんな裏路地。

 

「……いいから、アレ渡してよ」

「アレ、とは? あいにくと、見当が」

「早く渡してよ! 彼氏に見られたら……っ!」

 

 もっとも、彼女は周りの状況なんてお構いなしに大声を上げました。早く渡せと、私に掴みかかろうとする。

 掴みかかろうとする彼女を躱して、私は制服のポケットから約束のブツを取り出します。とあるデータが入ったUSBを。

 

「慌てないでください。貴方が欲しいのは、これでしょう?」

「ッ! 早く渡して!」

「うるさいコバエですね。慌てなくてもちゃんと渡しますよ……貴方はとても素晴らしい働きをしてくれたのですから」

 

 USBを彼女に手渡す。受け取ると、安堵の息を漏らした彼女。

 その反応も当然でしょう……自分の浮気の証拠が揃っているデータなど。もし見つかりでもすれば、彼女の人生は破滅にまっしぐらなのですから。

 

(夫を抱える身でありながら詐欺に加担し金をむしり取ろうとする……なんて醜い存在なのでしょうか)

「これがあれば、これがあれば……っ!」

 

 別に彼女の今後については私の知ったことではありません。好きにすればいいでしょう。

 

 ですが、しっかりと釘を刺しておかないと、ね?

 

「今度私のトレーナーさんに近づいたら……分かっていますね?」

「ヒッ!?」

「その時は、この程度では済まないかもしれません。貴方は無事でいられなくなるかも」

 

 コバエを二度と見なくて済むように、警告しなければ。

 私の警告が効いたのか、彼女は逃げ帰るようにこの場を後にしました。壁にぶつかりながら、転びながらも必死に逃げ惑う。何て滑稽な姿、笑いが出てしまいます。

 

 あぁ、それにしても今日は素晴らしい日です。まさかトレーナーさんから告白と同様の言葉を貰うだなんて。

 

「フフフ」

 

 素晴らしい日、神様に感謝をしなければ。




これでジャーニー編は終わり。きっと甘々な生活が始まるんだろうなぁ。
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