「宝くじで一等賞を」と願ったら、外れのサイコロ魔法を引かされました。 ~黒羽根に堕ちた私に救いなんてありません~ 作:黒陽石
巴マミに助けられ、黒羽根になる。
そこから絶望のダイスを振り直して、神浜の偽善をぶち壊すお話。
※Pixiv投稿版の全面改訂版。結末、登場人物も全面改訂。
※独自設定・残酷描写あり。
キャラの否定的な捉え方を含みますが、キャラヘイトではありません。
中学2年生から見た高校3年生や、OBという捉え方です。
「
アズマと呼んでいいかな。
僕はキュゥべえ。
君の願い、なんでも1つかなえてあげる。
そのかわり、僕と契約して……
魔法少女になってほしいんだ!」
染めてないミディアムショート。
小柄で、ちょっと薄い体型。
どこにでもいる、女子中学生。
なのに私の人生、逆風ばかり。
今度の引っ越し先は、見滝原市と神浜市に挟まれた、厚本市。
お父さんがいなくなってから暗い顔ばかりだったお母さんに、ここに来て笑顔が増えた。
対照的に、私は疲れていた。
だから目の前に、白ウサギと白ネコとオコジョをかけあわせたような、奇妙で可愛らしい生き物があらわれた時も。
驚かなかった。
「僕の名前はキュゥべえ。僕と契約して魔法少女になるなら、僕は君の願いをなんでも一つ、かなえてあげるよ!」
キュゥべえと名乗った白い小動物は、少年とも少女とも判別できない声だった。
陽気で、気さくな口調で喋りかけてきた。
私は、キュゥべえの口車に乗った。
キュゥべえの力は、本物だった。本当に奇蹟が起きた。どんなクジにも外れっぱなしのお母さんに、幸運が巡ってきた。一生苦労せずにすむ、とんでもない大金が入った。
誰かが、その代償を払わなくてはならない。
私は魔法少女となり、可愛い衣装を身にまとう。
こんなアイドル風のコスチュームを着ていいの?
鏡に映した自分が、私じゃないみたい。
戸惑うような姿で、私は、魔女というバケモノと戦うことになった。
私の武器は、二つの六十面ダイス。
赤のダイス、青のダイス。
……それだけ。
キュゥべえは私の肩に乗り、しげしげと眺めていた。
「面白いね。『宝くじに当たりたい』という願いが、確率を操る力になった。実に効率的だよ」
試しに、空き地に転がっていたゴミの椅子に向かってダイスを投げてみた。
手から離れた瞬間、脳裏に数字が閃く。
――赤『37』。青『53』。
ドォン!!
鼓膜を震わせる轟音。
煙が晴れた後に残っていたのは、表面が少し煤けただけの、無傷の椅子だった。
「キュゥべえ。これ、外れだよ」
音だけは一等賞。
されど実害はない。
「威力の期待値が分散しすぎているのかな」
キュゥべえは、勝手に頷きながら分析している。私の手元には、次のダイスが魔力を消費して補充された。
「君の願いが『安易な大金』だったから、魔法も中身の伴わない虚飾になったのさ。たぶん、出目によって威力はかわると思うよ」
キュゥべえは淡々と、私の浅ましさを指摘する。
「さあ、もっと試行を繰り返してデータを集めないと……おや?」
キュゥべえは言葉を切って、耳をパタパタと動かした。
パトカーの、サイレンが近づいてくる。
「君の力は、戦うためじゃなく、君を追い詰めるために回っているようだね」
「――最悪」
吐き捨てて、キュゥべえを肩に乗せて走り出した。
家の近くの公園にむかうことにする。
大通りの横断歩道。
信号が青になるのを待っていた、その時だ。
赤と青のライトを眺めていて、ふと閃いた。
二つのダイスを、同時に握りつぶす。
すると、その出目の『瞬間』だけ、未来の静止画が脳内に浮かぶ。
「それは面白い。僕にも想定できなかった使い方だ。すぐに試してみなよ」
キュゥべえに促され、掌のダイスを砕いた。
赤『00』、青『03』。
脳内に、鮮明な『静止画』が叩き込まれる。
そこに映っていたのは、反応のない屍。
歩道に乗り上げたダンプに轢き潰され、片腕は千切れ、ボディは「くの字」に折れ曲がり、柔らかいピンクと灰色の何かを晒して転がる、私の死体。
「ひっ……あああああああっっっっっっ!!!!」
悲鳴を上げ、全力で後方へ飛び退く。
その刹那。猛烈なエンジン音と共にダンプが左折し、さっきまで私が立っていた場所を――猛然と駆け抜けていった。
「魔法で、三秒後の死を的中させたね」
キュゥべえは、他人の不幸を祝うように謳う。
「君は『確定した未来』を無理やりねじ曲げた。人類の新たな一歩だよ。ところで吾妻。そのツケがどこに行くか、考えたことはあるかい?」
震える手で、ソウルジェムを確認した。
宝石の底に、どろりとしたヘドロのような濁りが溜まっている。
「魔法を使うと、ソウルジェムに『煤』が溜まるんだよ」
「宝くじを当てた代償が、これ……?」
ヘドロよりも、予知の『使い勝手の悪さ』に吐き気がした。
赤が59、青が59なら、約一時間後の未来をピンポイントで予知する。そんな一瞬の『点』だけ見えても、戦いどころか日常生活でさえ使い道がない。見たくもない自分の死を、一秒単位で突きつけられるだけ。
最悪だ。
とんでもないハズレを引いてしまった。
「夢と希望をかなえる魔法はどこ!?」
抗議すると、キュゥべえは小首を傾げた。
「君はもう、完食したじゃないか」
「……え?」
「注文した料理を食べてしまった後で、取り消しはできない。君は、食べた料理の代金を払わなくちゃならない。それが君の選んだ『代償』だよ」
結局、私の攻撃手段は……嫌々だけれど……サイコロを投げる事に落ち着いた。
「君は、その希望と代償によって『運』を操る力を得たわけだ。残念ながら、ダイスというものは、常に君の意図通りに転がるわけではない」
キュゥべえのいうとおりだ。威力は出目によって変動がある。ロケット花火程度の爆発を何百発当てたところで、モンスターは倒せない。
「出目が大きければ、一撃で魔女を倒せるかもしれない。君の願いが『宝くじ一等当選』という明確な目標だったように」
キュゥべえのアドバイスが具体的になった。
「攻撃の際も、強い意志持った方が良いかもしれないよ」
「ゾロ目が出たら、どうなるの?」
「それは実際に体験してみないと、僕には何とも言えないね。君の願いの報酬であり、代償の一部なんだから」
キュゥべえは、瞬きのない、つぶらな赤い瞳で私を見つめる。
「大丈夫だよ、吾妻。誰だって最初は初心者だ。さあ、始めよう。君の『運命のダイス』で、この世界から絶望を刈り取るんだ」
魔法少女になって、まだ数日。
西日が死に絶えようとしている時刻。
私は、薄暗い路地裏に導かれていた。
「これが魔女の『結界』だよ」
私の肩にのって囁くキュゥべえの声が、死神の
目の前のビルの壁――ひび割れたコンクリートの隙間から、澱んだ魔法陣が脈打つように浮かび上がっている。
「さあ、吾妻。魔法少女に変身して、中に入って。ダイスを試す絶好の機会だ」
鼻を突いたのは、湿ったコンクリートの臭いに混じった、腐った果実のような、吐き気を催す薔薇の甘い香り。結界から漏れ出してくる、悪意の混合臭だった。
ビルの隙間を抜ける風が、まるで巨大な怪物の呼吸のようにヒュウヒュウと唸り、私の肌を冷たく撫でてゆく。
「待って……まだ心の準備が……」
震えが止まらない。練習でダイスを投げた時は、錆びた椅子を少し焦がしただだった。あんなオモチャを投げるのだ。壁の向こう側で虎視眈々と獲物を狙う、名状しがたき化け物に、勝てるわけがない。
「キュゥべえ、もし変な目が出たらどうなるの? ゾロ目とか……」
白い獣は、説明書を読み上げるように答えた。
「おそらく『0と0』が出れば敵は消滅する。
究極の幸運だ。当然ながら、逆もあるよ」
キュゥべえは、数秒間沈黙する。
「そうだね……たとえば『44』や『99』。
死や苦しみを連想させる数字。
この場合、負荷は君へ直接跳ね返るだろうね」
「跳ね返るって……どういうこと?」
「幻覚、幻聴、あるいは精神の崩壊。ソウルジェムへの負荷」
「……」
「君の願いである『宝くじの高額当選』には、常に破滅のリスクが付きまとう。その負の側面が、ダイスに具現化されただけだよ」
キュゥべえは、自販機でジュースを買うかのような軽さで言い放つ。私の指先は、自分の意思に反してガチガチと音を立てていた。
「回避できないの……?」
「幸運と不運は、あざなえる縄のごとし、だ」
後悔が、どろりと胸の奥に広がった。私は、とんでもない契約をしてしまったんじゃないか。掌の中の二つのダイスが、今は毒蛇の卵のように感じられた。雪の下から掘り出した鋼のように、容赦なく指先を刻んでくる。
そのくせ、ひどく脆くて、頼りない。
「さあ、行ってごらん。君の運を証明するんだ」
一歩踏み出せば、もう戻れない。
結界の縁が、じりじりと空間を削り取る。路地裏の景色が、異形の庭に書き換えらえる。
私は、胃の底からせりあがる恐怖を飲み込み、引きずり込ませるように、闇の中へ足を踏み入れた。
そこは工事現場とお化け屋敷を継ぎ接ぎしたような、迷宮だった。
重機がのたうつ。
鉄骨が骨肉のようにうねる。
コードとホースが、血管や神経の束みたいに電信柱に絡み付いている。
「……ここが、魔女の胃袋なの?」
無機質な鉄錆の匂いと、生温い臓物の甘い腐臭が、肺の奥まで侵食してくる。反射的に食道を逆流してきたものを、なんとかこらえた。
「そうさ。魔女の結界は、魔女の住処なんだ。
同時に、迷い込んできた餌の狩場でもある」
キュゥべえの説明で、ここが敵地なのだと肌で理解した。
未完成の足場が奈落へと伸び、壁には錆びたシャッターが列になっている。剥き出しの配線が血管のように壁を這う。そこにぶらさがった裸電球の明滅が、断末魔のようにチカチカと、私の影を刻んでいた。
重機が噛み砕くのは、鉄ではない。無造作に積み上げられた、かつて「人間」だったかもしれない残骸。
「誰か、いませんかぁ?」
私の震える声は、シャッターが巻き上げられる悲鳴に、一瞬で飲み込まれた。
綿毛のような頭に、ミミズの胴体、蝶の羽根の脚。奇怪な虫たちがガレージの奥からゾロゾロとあらわれ、工事現場を埋め尽くす。
そいつらは、ハサミとイバラを振りかざして一斉に飛びかかってきた。
「ひっ……あああああ!!」
無我夢中で、生成したダイスを投げつけた。
出目は……『19』 と 『19』。
最悪。
よりによって、中途半端な外れ値。
パチンッ!
ダイスは、クラッカー程度の情けない音を立てて弾けた。使い魔のヒゲが、少し焦げた。私の攻撃は、化け物たちを怒らせるための呼び鈴にしかならなかった。
キシャアアアアアッッ!!
奇怪な絶叫に耳を覆う。
逆上した綿毛たちが、一斉に青黒い唇を歪ませて嗤う。
強い魔法少女なら、百体いても一掃するような、ただの「手下」。
私にとっては……。
「こないで……っ、こないでよぉ!!」
雨のように降り注ぐ黒いハサミが、私の頬を、腕を、容赦なく切り刻もうとする。奇怪なハサミが耳元でガチリと鳴る。イバラの蔓が足首に絡み、重機の音が、私の骨を噛み砕く音に聞こえて——。
狂ったようにダイスを召喚し、投げ、叫ぶ。
ゾロ目が出たら死ぬ?
ソウルジェムが汚れる?
知るもんか!
この瞬間の恐怖から逃げ出せるなら……。
全部 捨てたっていい!
……何匹倒したかなんて、覚えていない。
気づいた時には、鼻水と涙でぐちゃぐちゃになった顔で、壁に体重を預けていた。
結界の外。
現実の、冷たい、けれど安全な路地裏。
私はそこから一歩も動けず、汚れた手のひらを見て、ただ、ガタガタと震え続けていた。
「あんなに投げたのに、撃破したのは2体だよ。効率が悪いね」
キュゥべえの批評を聞いて、膝が折れる。
路地裏のコンクリートに這いつくばる。
込み上げる酸っぱい胃液を吐き出す。
死ぬかと思った。
あんな、おぞましい場所が、この世に、あるなんて。
「……大丈夫かい、吾妻」
頭上から、穏やかな声が降ってきた。
キュゥべえは私のすぐそばに座り、まるで私の震えを観察するように見つめていた。
「もう嫌……。警察とか、学校の先生に相談すれば、なんとかしてくれるかな……」
「それはお勧めしないね。魔法少女のことは、普通の人間に話しても理解されない」
「お母さんに、全部話して……」
「うーん。君が狂ったと思われるか、大切な人を魔女の呪いに巻き込むことになるよ」
キュゥべえの冷静な言葉が、私の唯一の逃げ道を塞ぐ。彼は次に、驚くほど優しいトーンで話題を変えた。
「……謝るよ。君をいきなり実戦に放り込んだのは、僕のミスだ。今の君には、魔女との戦いは、まだ早すぎたみたいだね」
その言葉に、熱くなっていた頭が ふっ と軽くなった。
戦わなくていい。
あんな恐ろしい場所に行かなくていい。
生存本能が、彼への警戒心を一気に解いていく。
「キュゥべえ、本当なの……?
私、魔女と戦わなくてもいいの?」
「当面は、弱い使い魔を相手に慣れていこう。
僕も全力でサポートする。
君は素晴らしい可能性を秘めているんだ」
キュゥべえの瞳には、感情のかけらも見えない。
「どんな天才だって、使いこなすための訓練が必要だ。そうだね……まずは、自分の力を把握することから始めよう」
私には、それが冷静で客観的で優秀なコーチの態度に見えた。
「君の願いは、とても尊いものだよ。その希望を今から絶望に変えてはいけない。さあ、一歩ずつ始めよう。僕がずっと、君の側にいてあげるからね」
孤独な戦いだと思っていた。
魔女の結界で味わった心細さ。
それを埋めるように、この白い生き物だけは、私の味方でいてくれる。
宝くじの一等当選。
あんな安易な願いで魔法少女になった後悔も、彼の「サポートする」という言葉で、溶けるように消えていった。
キュゥべえがいれば、きっと大丈夫。
立ち上がった私の背後で、キュゥべえが何を思っていたのか。私は、それを知る由もなかった。
【第2話予告】溺れる者は藁をつかむ。すがった奇跡の正体が明らかになるとき、開かれるのは新たな希望か、それとも絶望か。一瞬の判断が運命を変える。
次回:『注文:幸福。お届け:絶望……返品は「魔女」で。』 魔法少女は、いつだって孤独だ。
キュゥべえ(薔薇園の魔女の手下も倒せないようじゃ、先が思いやられる。このままじゃ、早晩、戦死するだろう。そうなったら大損だ。上手くナビゲートしないと)