「宝くじで一等賞を」と願ったら、外れのサイコロ魔法を引かされました。 ~黒羽根に堕ちた私に救いなんてありません~   作:黒陽石

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アニメならば、第1話Aパートの終わりで、まどか☆マギカ定番の真実劇場開演というRTAです。


注文:幸福。お届け:絶望……返品は「魔女」で。

 

 七見(ななみ)吾妻(あずま)の初陣は、惨敗だった。

 使い魔に敗れて、結界から逃げ出した。

 魔女の影すら拝めなかった

 それから、数日が経過した。

 

 放課後、人の立ち入らない森林公園。

 私はキュゥべえにガイドされながら、魔法のダイスを使って、魔法少女としての訓練をする。

 

「過負荷はいけないよ。

 魔力の消費が激しい割に、魔法の制御が甘くなる。

 ……少し休憩しよう」

 

 キュゥべえの助言に従って、私は訓練を中断した。

 切株に腰を下ろし、麦茶で喉をうるおす。

 キュゥべえは、私が放り投げたエネルギースティックをモソモソと食べている。そして口のまわりについた破片を舐めながら、問いかけてきた。

 

 

「宝くじの当選は、君を幸せにしたかい?」

 

「もちろん。お母さんは、いつも笑うようになったし。

 将来に不安がないって凄い幸せ」

 

「ふーん。でも、その未来を掴むために、まず君がすべきことがある」

 

「使い魔を倒せる程度には、強くならなきゃね」

 

 キュゥべえと話していると、ふと、最初の魔女戦での逃走が思い出してしまう。魔法少女になって得られた幸福の儚さ、安易な決断がもたらしたリスクの大きさ、願いがもたらした虚無感を意識してしまう。ほんの少し、ソウルジェムの穢れがたまった気がした。

 

 水筒の麦茶を飲み干した私に、キュゥべえが突拍子もない提案をしてきた。

 

「チーム……? 私が、誰かと?」

 

「そうだよ。魔法少女同士、縄張りを争うこともあるけれど、協力して魔女を倒し、 戦利品のグリーフシードを分け合うのは効率的な手段だ。僕の経験からしても、珍しいことじゃない」

 

「……でも……私なんかじゃ」

 

 路地裏での惨めな敗走が脳裏をよぎる。

 

「先輩たちの足を引っ張るだけじゃないかな」

 

 私には、ダイスを投げて花火を鳴らす程度の力しかない。強い魔法少女たちと一緒に並んだら、私がどれほど無力で、出来損ないか、突きつけられるだけじゃないだろうか。

 

(なぜ、私だけこんなに弱いんだろう。

 みんなの役に立てなくて……。

 ううん、それどころか、足を引っ張って。

 私のせいで、誰かを傷つけてしまったら……)

 

 暗い想像が膨らんで、下を向いた。

 キュゥべえは、理想の教師のような口調で語りかけてくる。

 

「君の個性……魔法少女としての特性は、チームでこそ発揮されるはずだ。野球を見てごらん。全員が四番バッターである必要はない。ピッチャー、捕手、外野手……それぞれが役割をこなして、勝利を目指すんだ。今は孤独を抱え込む時代じゃない。共に助け合うのが、最新のトレンドだよ」

 

「……誰かと一緒なら」

 

「もちろん。仲間がいれば、不安もシェアできる」

 

 キュゥべえの言葉は、冷え切った私の心に、縋るような希望を灯した。たとえ自分の未熟さを思い知らされることになっても、あの鋼鉄の胃袋のような結界に、たった一人で踏み込むよりはマシだ。

 

 一人じゃない。

 仲間がいれば。

 きっと、なんとかなる。

 

「……わかった。私、頑張ってみる。

 迷惑にならないように、練習しなきゃ」

 

「いい心がけだね、吾妻。君ならそう言ってくれると信じていたよ」

 

 キュゥべえは、どこか満足げに私を見上げた。彼がさっきから繰り返す「効率」や「役割」という言葉の裏側に、どんな計算が隠されているのか。そんなことを疑う余裕すら、今の私には残っていなかった。

 

「さあ、吾妻。修行を再開しようか」

 

 立ち上がった私の影を、夕闇が静かに飲み込んでいく。

 これから出会う仲間という存在が、私をさらなる地獄へ引きずり込むための罠だとは、夢にも思わずに。

 

 

 

 

 今日の訓練を終え、私は家に足をむけた。

 家の近くの裏路地だった。私は異変を感じた。

 尋常じゃない、淀んだ空気が漂っている。空間が歪み、どろりと変色し、まるで脈打つように震えている。

 

「キュゥべえ、あれ……!」

 

「魔女の結界だね」

 

 キュゥべえの口調に濃淡はない。

 

「色が変わってるよ! どうして?」

 

「他の魔法少女が中に侵入して、魔女と戦っているからだよ。魔力と魔力がぶつかり合って、入り口まで波及しているのさ」

 

 心臓が嫌な音を立てる。

 あの鋼鉄の胃袋のような恐怖が蘇る。

 それなのに、立ち去れない。

 この奥で、私と同じ魔法少女が一人で戦っている。

 

「うっ……また、あの嫌な感じ……。

 ねえ、キュゥべえ。中に、本当に誰かいるの……?」

 

「その通り。ただ、魔女は手強いよ。今の君にはまだ荷が重すぎる。魔女退治は、いま戦っている彼女に任せて、君はここを離れるべきだ」

 

 怖い。足がすくんで動けない。

 でも……もし私が行かなかったら、あの子はどうなるの?

 私と同じように、鼻水と涙で顔を、ぐちゃぐちゃにしているのかな。

 誰にも助けてもらえず食べられちゃうの……?

 

「ねえ、キュゥべえ。私……あの子を助けたい。

 サポートくらいなら、私にだって……」

 

 キュゥべえは無表情なまま、私の言葉を遮るように淡々と言い放った。

 

「七見吾妻。君のその気持ちは素晴らしい。でも、戦いには冷静さが必要だ。今の君が飛び込んでも、足手まといになるだけじゃないかな」

 

「……っ」

 

「むしろ、魔女とギリギリの戦いを繰り広げている魔法少女の邪魔をして、共倒れになる可能性すらある。結果として、誰も救えない。それより、今すぐここから遠ざかるんだ。魔女に次のターゲットにされたら、君は今度こそ逃げられないよ」

 

 足手まとい。

 

 邪魔。

 

 キュゥべえの正論が、私のわずかな勇気を冷たく切り捨てていく。私は……助けに行く資格すらない、お荷物なんだ。

「……そうだよね。私が行っても、迷惑なだけだよね……」

 結界の入り口が脈打つたび、私の心臓も嫌な音を立てて跳ねる。喉の奥まで酸っぱいものが込み上げてくる。怖い。本当は今すぐ、ここから逃げ出したい。

 

(弱い魔法少女が行っても、足を引っ張るだけ。キュゥべえだって、無理しなくていいって言ってくれたじゃない)

 

 自分を守るための言い訳が、脳内でうるさく鳴り響く。なのに、私はどうしても足を動かせなかった。この奥で、私と同じ魔法少女が、たった一人で戦っている。

 

「ねえ、キュゥべえ。あの子を助けたら……」

 

 共感と憧れが、私の臆病な心に小さな火を灯した。

 

「私……友達になれるかな。一人じゃなくて、仲間になれるかな?」

 

 宝くじに当たっただけの、中身は普通の中学生の私。ここで見捨てたら、私は何のために魔法少女になったんだろう。

 

「私だって……誰かの力になりたいんだ」

 

 キュゥべえは、相変わらず不思議そうに私の顔を覗き込んできた。

 

「なぜ虚勢を張るのかな? 吾妻、君の脈拍も震えも、ここから逃げろと告げているよ。君のダイスは、まだ制御不能だ。悪いゾロ目を出して、彼女まで巻き込むリスクを考えたかい?」

 

「あ……」

 

 そうだ。

 

 私のダイスは、投げるのが精一杯だ。数字なんて選べない。もし、『44』みたいな目が出たら? 私だけじゃなく、あの子まで地獄に叩き落としてしまったら?

 

 

 足がすくむ。

 

 一歩が踏み出せない。

 

 

 助けたいという思いが、自分の無力さという重りに負けて、じわじわと諦念に変わっていく。その足元で、キュゥべえが何を考えているかなんて、私は露ほども知らなかった。

 

「ねえ、吾妻。ソウルジェムを出してごらん。

 ……ああ、ずいぶんと濁ってきたね。魔力が減っている証拠だよ」

 

 差し出した手のひらで、宝石がどす黒く淀んでいた。

 

「なんで……? 私、そんなに魔法使ってないのに!」

 

「魔法少女の力は有限だ。魔法を使えばつかうほど、ソウルジェムに穢れは溜まり続ける。(すす)のようなものだ。やがて魔法少女としての機能不全を引き起こすだろう。つまり、君の命を(むしば)む」

 

「なんで! どうして言わなかったの!?」

 

 私が責めると、キュゥべえは飄々と言い放つ。

 

「最初に予知の魔法をつかったとき、ソウルジェムにすこしだけ(けが)れが溜まったじゃないか。吾妻がそれについて詳しく聞こうとしなかったから、興味がないのかと思って、僕は説明しなかったんだよ」

 

 キュゥべえは、まるで私が悪いような口調で語り続ける。

 

「改めて解説しよう。魔法少女の魔力は、魔女を倒した時に入手できるグリーフシードが鍵だ。ソウルジェムの穢れを祓えるのはグリーフシードだけ」

 

「嘘でしょ、キュゥべえ……。

 グリーフシードが、そんな重要なモノだなんて……」

 

「だから、魔法少女は魔女と戦って、グリーフシードを得ようとする。この結界の中で戦っている彼女のように」

 

 手足がどこにあるかわからないほど、世界が歪んで見えた。その中で、キュゥべえの輪郭だけが縁どられている。

 

「魔法少女の人生はね、吾妻。魔女を倒して生き延びるか、それとも魔力が尽きて、魔法少女としての生き方を終えるか。どちらかしかないんだよ」

 

キュゥべえの解説は、もはやアドバイスではなく、私への宣告のように聞こえた。結界の中で戦う彼女を助けられないばかりか、私自身の命の灯火さえ消えかけている。

暗い穴のような結界の入り口を見つめながら、ただ、濁ったソウルジェムを握りしめることしかできなかった。私の手の中から、毒々しく、淀んだ光が溢れている。

 

「……とれる手段は限られているね。無いこともないが、お勧めはできない。君にその覚悟があれば、の話だけれど」

 

 キュゥべえの、わざとらしい、ためらい。

 私はそれに、縋りつくように叫んでいた。

 

「やる! やるよ、キュゥべえ! 私、死にたくない……!」

 

「わかった。なら、僕の提案を実行に移すんだ」

 

 キュゥべえは、私の覚悟を促す。

 

「今、この結界の中では、一人の魔法少女が魔女と戦っている。かなり苦戦しているようだね」

 

 淡々と、けれど残酷な正解を口にした。

 

 

「仮に彼女が魔女を倒し、戦利品を入手したとしよう。吾妻、君は……満身創痍の彼女から、グリーフシードを譲ってもらえばいい。力ずくで、ね」

 

 

 心臓がどくん、と大きく跳ねた。

 譲ってもらう? 違う、それは……。

 

「それって……強盗じゃない!!」

 

 戦ったのはその子なのに!

 私が横から奪うなんて……!!

 

「吾妻が魔法少女としてやっていけるか……未来がかかっているんだよ? 彼女には、次の魔女を倒すだけの『実力』がある。でも君には、それがない。弱い者が生き残るために、強い者から分け前を預かるのは、生物として合理的な判断だ」

 

 キュゥべえの声は、どこまでも透き通って、正しい。

 その正しさが、私の心の一番汚い部分を、鋭利なナイフで抉り出していく。喉の奥がヒリヒリと焼ける。あの子が死に物狂いで手に入れた救いを、私が、奪う?

 

(嫌だ。そんなの、人間じゃない。

 お母さんの顔が見られないよ……。

 ……でも。私は、グリーフシードをどうやって?)

 

「……彼女のことは、彼女自身に任せておけばいい」

 

 私は、自分の手がひどく震えていることに気づいた。その震えは恐怖からなのか、それとも、キュゥべえが差し出した選択肢に、どこかで安堵してしまった自分への拒絶なのか。

 

「私に……できるかな」

 

 絞り出すような私の声に、キュゥべえの無機質な瞳が、一瞬だけ嘲笑うように細まった気がした。

 

「大丈夫だよ、吾妻。君には、そのための『ダイス』があるじゃないか。おや、ちょうど魔女が討伐されたね」

 

 キュゥべえが顔を向けた先、歪んでいた空間が霧散し、一人の少女が吐き出された。魔法少女だ。手には、輝くグリーフシード。けれど彼女は、勝利の余韻に浸る間もなく、糸が切れた人形のように崩れ落ちた。

 

「……っ!?」

 

 私は駆け寄ろうとして、その足が凍りついた。遠目にもわかる。ボロボロの衣装、無数の切り傷。そして、彼女が倒れたアスファルトに、どす黒い血だまりが急速に広がっていく。

 

(嘘でしょ……これが、魔法少女の戦い?)

 

 うつろな瞳。

 焦点の合わない視線。

 呼びかけても、血の混じった呻きが返ってくるだけ。

 

 もし、あの時私が結界に入っていたら。最初の日、あの結界で使い魔に捕まっていたら。今の彼女は、数分後の私だったかもしれない。

 

「な……なに、これ……。キュゥべえ、助けなきゃ……! 魔法で、なんとかならないの!?」

 

 キュゥべえは、まるで壊れた機械を見るような冷ややかな目で彼女を見下ろしていた。

 

「治癒魔法を使える者は、ここにはいない。君だって使えないだろう? それに、彼女……秋月スミレを直すのはもう不可能だ。ほら、お腹の部分を見てごらん。内臓が……」

 

「やめて!!」

 

 見たくない。

 日常生活ではありえない、鮮やかなサーモン色の肉。

 頭が真っ白になり、震える手でスマホを取り出す。

 

 救急車を、早く。

 ああ、なんで。

 

 指がガチガチと震えて、暗証番号すらまともに入力できない。

 

「救急車を呼ぶより、君に見てもらいたいものがある」

 

 キュゥべえが私の肩に飛び乗り、強引に視線を固定させる。視線の先、スミレさんの太ももにあるソウルジェムが、見たこともないほど真っ黒に澱んでいた。

 

「スミレは魔力を使い果たし、自分が助からないことを悟った。彼女は今、絶望している。そして、魔法少女が絶望すると、必然的にある変化が引き起こされるんだ」

 

 嫌な予感。ソウルジェムが、内側から爆発しそうなほど禍々しく脈打つ。

 

 

 

 

 バキッッ!!

 

 

 

 

 宝石にクラックが入る不吉な音が響いた瞬間、それは真っ黒な棘に覆われ、醜い卵のような形へと変貌した。

 

「あれは……グリーフシード……?」

 

 目の前で、人間が、私の知らない生物に変わっていく。

 そのおぞましい光景に、私は悲鳴を上げることすら忘れて、ただ息を呑むことしかできなかった。

 

 

 

 パリンッッッッ!!!

 

 

 

 鼓膜を突き刺すような、ガラスが砕ける硬質な音。

 その衝撃波に弾き飛ばされ、私は無様にアスファルトを転がった。

 

「……っ、がはっ!」

 

 肺の空気を絞り出しながら顔を上げると、横たわったスミレさんの身体から、どろりとした漆黒の泥が噴き出していた。それは立ち昇ると同時に、歪な幽霊のような形を成し、天を仰いで、耳を(つんざ)くような、名状しがたい咆哮を上げる。

 化け物は、夜の闇へと溶けるように飛び去っていった。

 

 後に残されたのは、尻もちをついたまま震える私と――。

 

 そして、血まみれの制服を着た、ただの物に成り果てたスミレさんの残骸。

 

 恐る恐る覗き込んだ彼女の顔には、もう何の感情もなかった。半開きの口からは呼吸音ひとつせず、ただ、生暖かい鉄の匂いだけが漂っている。

 

「見たかい、吾妻。それが魔法少女の真実だよ」

 

「……え?」

 

 隣に座るキュゥべえが、夕飯の感想でも言うかのように淡々と告げた。

 

「ソウルジェムは燃えつききるとグリーフシードになり、君たちは『魔女』になる。さっき飛び去ったのが、かつて秋月スミレだったものだ」

 

「……魔女……? 何を言ってるの……?」

 

「僕が告げているのは、真実さ」

 

 

 私と同じ、魔法少女だったのに……。

 身体、だけ……残って……。

 これが、私たちの末路……!?

 

 

 心臓が、早鐘のように肋骨を叩く。

 そんなの嫌だ。嘘だ。宝くじに当たって、これから幸せになるはずだったのに。 どうして、死ぬよりも酷い魔物にならなきゃいけないの。

 

「嫌……嫌だよ! なんとかして、キュゥべえ! 私、どうすればいいの……!?」

 

「どうにもならないさ。魔法少女は魔女へ堕ちる。それが、君が望んだ高額当選の対価だ。僕は契約の前に確認したはずだよ。『その願いは、魂を差し出すに足る物かな?』……とね。だから、これは正当な取引さ」

 

 頭の芯が、氷水を流し込まれたように冷え切っていく。キュゥべえの無機質な瞳が、初めて死神の眼窩に見えた。無理しなくていい……という彼の優しさは、私が成長するのを待っていたんじゃない。ただ、私が美味しく熟して、魔女になる日を、食卓で待っていただけなんだ。

 

「……っ、あ、あ、あああああ……っ!!」

 

 私は自分のソウルジェムを、引き剥がすような勢いで握りしめた。この綺麗な宝石の中に、あのおぞましい化け物が詰まっている。そう思った瞬間、私は自分の魂そのものが、吐き気がするほど薄汚いものに感じられた。

 

 砕けるソウルジェム。

 産まれた魔女。

 残された魔法少女の死体。

 すべてが私の心を抉り、かき乱す。

 

 お母さんと幸せになりたかった、ただそれだけの願いが、砂のように崩れていく。

 

「こんなの、嘘だ。嘘だよね!?

  ……キュゥべえ、助けてくれるって言ったじゃない!」

 

 私は叫び、キュゥべえの喉元を掴み上げた。

 彼は瞬きひとつせず、淀みなく答える。

 

「僕はいつだって君たちを助け、導いているよ。今は、魔法少女という存在の真実を教えているんだ」

 

「真実……? こんな……血だらけになって、化け物になるのが!?」

 

「もう一度、復習しよう。魔女とは、君たち魔法少女のなれの果てだ。希望が絶望に転じ、ソウルジェムが燃え尽きる。その時、魂の器は、グリーフシードへと置き換わるんだよ」

 

 指先から力が抜ける。

 なれの果て。

 私たちが倒すべき敵は、私自身?

 

「……聞いてない。そんなの、聞いてないよ!」

「今、説明しているじゃないか」

 

「私はただ、宝くじが当たって……っ」

 

「君は願いを注文した。

 僕はそれを提供した。

 契約は正当だ」

 

 キュゥべえは一歩、私に近づく。その瞳はどこまでも無機質だ。

 

「君たちの感情が絶望へ変わる瞬間のエネルギーが、宇宙の寿命を延ばす。誇りに思うべきだよ。君の軽薄な願いが、宇宙の維持に貢献しているんだから」

 

 喉が鳴る。吐き気がする。

 私はへたり込み、自分のソウルジェムを見つめた。

 綺麗なはずの宝石の底に、どろりとした黒い靄が浮いている。

 

「ほら、君の中にも魔女の種が芽生えているよ」

「……うそ…だ……」

 

 

 

 

 警察の事情聴取から解放され、家に戻ったのは、日付がかわりそうな時分だった。

 魔法少女の真実を知った日の、翌朝。

 私は、お母さんを心配させないために最後の力をふりしぼって朝食をとり、笑顔をはりつけて家を出た。

 

「顔色が悪いわよ。休んだ方がいいんじゃないの?」

 

 心配してくれたお母さんに、「少し体調が悪いだけだから」と嘘をついて、逃げるように家を出た。

 公園の隅、人気のないベンチ。

 私はただ、自分の手のひらで毒々しく濁りきった翡翠色の石――ソウルジェムを見つめていた。

 内側からヘドロがせり上がってくるような、不浄な黒。数日前まであんなに輝いていた奇跡の証が、今は死を待つ患者の、膿のように重い。

 秋月スミレさんが命と引き換えに入手した薔薇園の魔女のグリーフシードは、とっくに使ってしまった。

 

 半日、もたなかった。

 穢れをためきって、キュゥべえに「このまま放置しておくと、また魔女が発生するね。この家の中で魔女を孵化させたくなかったら、グリーフシードを僕に回収させてくれ」と促され、それはキュゥべえの背中に収容された。

 私と秋月スミレの絆は、たった一つ。

 形見として貰ったミサンガ。

 手錠のように、手首に巻き付いている。

 

 ベンチの隣、いつの間にか座っていた白い獣が、私の絶望を覗き込むように声をかけてきた。どこか弾んだような少年のような声だ。

 

「……ずいぶんと、いい色に濁ってきたね」

 

 キュゥべえは尻尾をゆっくりと揺らし、まるで丹精込めて育てた野菜がいつ収穫できるか……それを確かめる農夫のような口調で続けた。

 

「ソウルジェムが燃え尽きてグリーフシードに変わる瞬間、君という個体の希望から絶望への落差により、莫大な感情エネルギー(エントロピー)が生じる。僕たちは、回収したエネルギーを、宇宙の延命に役立てる。吾妻。最後の最期で、最高の仕事を成し遂げるんだ」

 

 

 孵化。

 

 

 それは私という人間が終わり、あの秋月スミレさんのように、おぞましい生物へと作り替えられることを意味していた。

 私が魔女になったら、どんな姿になるんだろう。あんなに弱くて、使い魔にさえ、泣きべそをかいて逃げ出した私だ。きっと、ひどく惨めで、情けない姿の魔女になるに違いない。

 他の魔女にさえ馬鹿にされるような、最底辺の怪物。

 遠くで、学校のチャイムが聞こえた気がした。

 先生は、お母さんに電話をしているだろうか。

 お母さんは、宝くじを握りしめて、私の帰りを待っているだろうか。

 

(ごめんね、お母さん)

 

 喉の奥が熱い。

 涙はもう出なかった。

 胸の奥で、ダイスがカラカラと回る音がする。

 一等賞の幸福を引き当てた代償は、私の魂そのものだった。不確実な未来なんて、もうどこにもない。この音が止まる時、私の世界は終わる。私は、ソウルジェムから溢れ出した漆黒の靄に視界を奪われながら、ただ静かに、確定値が出るのを待った。

 

「……最高だよ、吾妻。君も、秋月スミレと同じ末路を辿ってくれるね」

 

 

 隣で語りかけるキュゥべえ。

 

 

 その白い喉笛が。

 

 

 突如として。

 

 

 内側から。

 

 

 弾け飛んだ。

 

 

 

 

 

 




吹き飛ぶ首。霧散する絶望。硝煙の香りと共に現れたのは、美しく、高潔で、残酷なほどに正しい魔法少女。巴マミという名の、眩しすぎる暴力。彼女が語る魔法少女の救済(マギウスの翼)。その行き先は、不気味なほど瀟洒な、巨大な監獄(ホテル・フェントホープ)だった。


第3話予告【私をどこへ連れて行くつもり?】
――ねえ、マミさん。 助けてくれたあなたを、私はどうして「怖い」と思ってしまうんだろう。


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