「宝くじで一等賞を」と願ったら、外れのサイコロ魔法を引かされました。 ~黒羽根に堕ちた私に救いなんてありません~   作:黒陽石

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巴マミ「抜け忍は許しません」


私をどこへ連れて行くつもり?

 

 

 

――バァンッ!!

 

 

 

 乾いた銃声。

 風穴の空いたキュゥべえが、血も流さず地面に転がる。

 呆然とする私の前に、一人の少女が立っていた。

 亜麻色の髪を縦ロールに巻き、手には銀色の装飾がまぶしく輝くマスケット銃を構えている。銃口からは、春の日差しのような香りの煙が立ち上っていた。

 

「消えなさい、キュゥべえ」

 

 魔法少女の冷徹な一言に応えるように、ツツジの生垣から新しいキュゥべえが姿を現した。それは穴のあいた前の個体を咀嚼して片付けながら、酷く退屈そうに尾を揺らす。

 

「巴マミ、また君か……。いい加減、僕を無駄にするのはやめてほしいな。せっかく吾妻が魔女になりかけていたのに」

「まだ個体を無駄にしたいの? 撃ち抜くのは、その口だけで十分かしら」

 

マミと呼ばれた少女の瞳には、逃げ場のない正義が宿っていた。

 

「わかったよ。ここは退くとしよう。

 吾妻、用があったらいつでも呼んでくれ」

 

 キュゥべえは残骸を咥えたまま、植込みの中に消え去った。

 静寂が戻る。彼女は手に持っていたマスケット銃を消すと、私の隣に静かに腰を下ろした。

 

「大丈夫……もう、貴女は一人じゃないわ」

 

 巴マミ……とキュゥべえが呼んでいた魔法少女は、見滝原中学の制服を着ていたけれど、とても中学生には見えなかった。

 大人びて、でもやはり少女の面影があって、暖かい雰囲気の人だった。亜麻色の、色素の薄い髪は縦にカールして、両肩に垂れている。

 お日様の光でフワフワになったお布団のような香りがした。

 

 彼女が隣に座っただけで、(よど)んでいた私のソウルジェムが、すうっと清められていくのが分かる。そして無言で差し出された、グリーフシード。魔法少女の生命線を、巴マミはためらいもなく、弱すぎる私に使ってくれた。

 

「さあ、あなたの穢れを浄化しましょう。このグリーフシードには『貴女を助けたい』って、強い願いが込もっている気がするから」

 

 なぜか、秋月スミレさんの顔が浮かんだ。

 私は、彼女を助けられなかったのに。視野が涙にくもる中、私のソウルジェムから穢れがグリーフシードに移る。

 

「大丈夫…もう、貴女は一人じゃない。

 この運命から逃れる道があるの。

 私が……いえ、私たちマギウスの翼が、貴女を救うわ。私も、魔法少女の絶望がどういうものか、よくわかるから」

 

彼女は、改めて、巴マミ……と名乗った。

 

「秋月さんのことは……本当に悔しい。

 私、秋月さんのことを探していたの。

 そうしたら、キュゥべえから秋月さんの事を聴いて……」

 

 秋月スミレの魔女化。

 そして私自身も魔女になりかけた感触を思い出し、全身に鳥肌がたつ。

 

「キュゥべえったら、何か隠している風だったの。問い詰めたら、あなたの事も喋ったわ」

 

 巴マミは、私の手を取る。

 温かく、力強く、語りかけてくれた。

「落ち着いて。貴女が見たものは、魔法少女の過酷な運命の、その片鱗に過ぎないわ」

 

「私は……ただ、お母さんと!

 幸せになりたかっただけなのに……!

 騙された……!」

 

 マミさんは、私に共感を示すように頷いてくれた。

「あなたけじゃない。私たち魔法少女は皆、キュゥべえに都合よく利用されてきた。それも、昨日までよ。『マギウスの翼』は、この理不尽な運命に抗うために、神浜市で立ち上がったの」

 私は顔をあげ、マミさんの真剣な瞳を見つめた。

「マギウスの翼……? それは希望なのですか?」

 

「私達は、魔法少女が、魔女になる運命から解放される方法を知っている。そして、この世界のどこかで絶望している、あなたのような魔法少女を救うために、活動している。

 秋月さんは私達の救いを拒んで逃げたけど、今日のあなたの姿を見て、私は確信したわ。あなたを、絶望の運命から救い出すことができる」

 

 私はソウルジェムを握りしめる。

 魔女になる恐怖。

 裏切られた夢。

 詐欺師を無邪気に信じていた自分の愚かさ。

 目の前のマミさんが差し伸べる、救いという光……。

 

「……私なんかが……弱くて……自分勝手な願いで、魔法少女になって、そのくせに何の役にも立たないのに……」

 

 マミさんは、私の肩をそっと抱き寄せて、だきしめてくれた。

 その温もりは本物で、だからこそ、私は震えた。

 

 彼女の瞳には、一切の迷いがない。

 自分の差し出す光が、暗闇にいる私を焼き尽くす可能性なんて、微塵も疑っていない。

 

「……こんな魔法少女が、救われていいの?」

 

「弱くてもいいの。大切なのは、この運命を変えたいと願う心よ。

 私たちマギウスの翼はあなたを決して一人にはしない。

 さあ、神浜市にいきましょう。あなたの絶望を、希望に変えるために」

 

 マミさんの聖母のような態度に、凍り付いた心が少しずつ溶けていくのを感じる。私は堰を切ったように泣きじゃくった。彼女は、孤独と恐怖の中で見つけた、唯一の救いの手だったから。

 

 

 

 

 巴マミさんに、命を救われた。

 

 七見吾妻という魔法少女は、魔女にならずにすんだ。

 それからは、目まぐるしかった。マミさんに導かれ、私は神浜市の地を踏む。そこには、魔法少女の解放を目指す組織『マギウスの翼』の拠点があった。

 

 神浜駅――いつまでも続く工事によって迷宮と化したこのターミナル駅の雑踏は、私にとって馴染み深い場所だった。なのに、巴マミさんの手に引かれた今日は、景色が歪んで見える。

 

 隣を歩くマミさんは、絶望の淵にいた私を救い出してくれた、正義の魔法少女だ。すらりと背が高くて、歩くたびに揺れる金色のロール髪が、神浜中心の濁った空気の中で、そこだけキラキラと輝いている。

 

「さあ、行きましょう。新しい未来が待っているわ」

 

 そう言って私の手を引くマミさんの横顔は、後光がさしていた。身長差があるから、見上げる彼女の姿はとても神々しい。命の恩人と手を繋いで歩く高揚感で、私の胸は期待とはち切れそうだった。

 

 私達は、繁華街の主要通りから脇道に逸れ、毒々しいネオンで飾られたビルが立ち並ぶ歓楽街に差し掛かった。私の心拍数は、期待とは違う理由で跳ね上がり始めた。

 

「あ……マミ、さん……っ」

 

 マミさんの歩幅は広く、迷いがない。

 小柄な私の足では、小走りでなければ追いつけない。

 私は彼女に置いていかれないよう、必死に小走りでついていく。マミさんは一度も後ろを振り返らない。繋いだ手から伝わってくる力は、優しさだけじゃない。目的地へ連れてゆくまでは逃がさない……という意志の塊みたいで、私を気遣う様子が、まるでない。

 

 目の前のマミさんは、ただ前だけを見つめている。

 その足取りに迷いがないのが、逆に怖くなった。

 

(……マミさんの導く先に、私の居場所があるの?)

 

 救われたはずの安心感が、冷たい感触にかわる。

 疑っちゃいけない……と、私は首をふる。

 マミさんがグリーフシードを譲ってくれなければ、私はとっくに魔女になって死んでいた。命の恩人なんだ。そんな人が、私を騙すはずがない。

 マミさんは、闇の奥へと分け入ってゆく。

 私は、彼女の手を振り払う勇気もないまま、ただ必死にその背中を追いかけるしかなかった。

 

 いかがわしい雑居ビルが立ち並ぶ、薄暗い路地裏。

 神浜駅に降り立った時に夢見ていた、救済の輝きは、この湿っぽくて不気味なコンクリートの壁に吸い込まれて、跡形もなくなっていく。

 

「あの……マミさん」

 

 思わず足が止まる。

 

「私……ちょっと用事を思い出して……」

 

 繋がれた手がぐいと引っ張られ、マミさんの歩みが止まった。

 彼女は、ゆっくりと、まるでスローモーションのように私の方へ体を向けた。

 その時のマミさんの瞳は、初めて会った時よりずっと深く、吸い込まれそうなほど静かだった。

 

「どうしたの、吾妻さん?」

 

 彼女はかがんで、私に目線を合わせてきた。

 その動きは、まるで傷ついた子供をなだめる保母さんのようで、非の打ちどころがない。その完璧さが、冷たい刃物のように感じられて、震えが止まらない。

 

「大丈夫よ。怖がることは何もないわ。

 ……あなたは、選ばれたのよ」

 

 マミさんの手が、私の頬をそっと包み込む。

 指先は温かいはずなのに、氷のように冷たい。

 

「あなたはもう、一人で戦わなくていい。魔女に怯え、魔女になることに絶望し、震える日々は、もう終わったの。私たちが、あなたを本当の意味で『魔法少女』から解き放ってあげる」

 

 反論しようと口を開くが、言葉が出てこない。

 マミさんの瞳には、一点の曇りもなくて、そこに私の不安が入り込む隙間なんてどこにもなかった。彼女の囁きは、甘い毒のように私の耳を塞いでいく。

 

「あなたはただ、私の手を握っていればいいの……ねえ、わかるでしょう?」

 

 彼女は再び、何の疑いもない、眩しいほどの笑顔を見せた。

 私の心の中で鳴っていた警鐘は、強制的にかき消された。この人がこれほどまでに確信を持って笑っているなら、きっと私が間違っているんだ。私が臆病なだけなんだ。

 

「……はい、マミさん」

 

 私の意志は、彼女の柔らかな身体に飲み込まれていく。再び歩き出したマミさんの大きな歩幅に、私はもう、ためらうことなくついていった。

 

 

 

 マミさんの言葉に、一度は納得して頷いた私だったが、彼女に曳かれ、後ろ姿を追いかけて辿り着いたその場所を見て、私の心は再び激しく波立った。

 

「ここが私たちの家族が待つ、約束の地への入り口よ」

 

 繁華街の喧騒から完全に切り離された、冷たいタイルの壁に囲まれた袋小路。人気のないビルの裏手に、監獄は口を開けてた。

 およそ「ホテル」という言葉からは、想像もつかなかった。雨樋が這い、古びたポリバケツが置かれ、監視カメラが目を光らせる。

 救済や希望といった理想郷とは程遠い。

 うらぶれた景色だった。

 

 大きな錠がかかった、錆びた鉄格子の扉があった。その向こう側には、昼間でも光の届かない、湿った地下階段が続いている。壁に貼られた古ぼけた注意書きや、無機質な消火設備が、ここが華やかな場所ではないことを強調していた。

 

「ここに入るんですか……?」

 

 声が震える。その入り口は救済の地などではなく、一度入れば二度と光を拝めない地獄か、あるいは牢獄にしか見えなかった。

 

「そうよ。この先に、私たちがずっと待ち望んでいた『解放』があるの」

 

 対照的に、マミさんは迷いのない足取りで格子戸の前へ立つと、マギウスの紋章をかたどった金のブローチを掲げた。カチリ、と硬質な金属音が響く。どれほど力を込めても動かないはずの重い扉が、マミさんの魔力に跪くように、ゆっくりと内側へ向かって開かれた。

 

 扉の向こう側に広がっていたのは、深い闇へと続く急勾配の階段だった。

 湿った空気と、地下特有の重苦しい静寂。

 一度入れば二度と戻れない奈落の口のように映り、思わず足がすむ。

 

(……怖い。ここに入っちゃいけない。だって、これじゃまるで牢屋じゃない。マミさんはここが『救い』だって言うけれど、この先に本当に光なんてあるの……?)

 

 改めて逃げ出そうか……と思い始めた私の心を見透かしたように、マミさんが振り返る。相変わらず、柔和な微笑だが、その瞳だけは焦点があっておらず、私の躊躇と疑念と恐怖を、一切共有していない。私が、マギウスが提供する救済を100%受け入れるはずだと信じて疑っていない。

 

「大丈夫よ、吾妻さん。私がついているわ」

 

 一歩後ずさろうとした私の手首を、マミさんの温かく、しかし拒絶を許さない強い力が掴んだ。

 

「怖がらなくていいの。あなたの痛みも、孤独も。

 全部、この先に待っているものが消し去ってくれるわ」

「あっ……マミ、さん……! や、やだっ……!」

「……さあ、行きましょう」

 

 マミさんは、私の抵抗にいらだつどころか、高揚感をもって包み込もうとしている。私が怯え、抵抗すればするほど、救済の喜びも大きいのだと。マミさんに連れられて、私は崩れるように、地下への階段へと足を踏み入れる。

 背後で重い鉄格子の扉が閉まる。

 錠が降りる音が響いた。

 

 階段を降りた先には、想像を絶する殺風景な光景が広がっていた。

 閉塞感に満ちた、虚無の待合室……。

 窓一つない、十畳ほどの狭い地下室だった。

 壁は殺風景な、むき出しのコンクリート、床は汚れ一つない白一色。天井の四隅には監視カメラが設置され、私達の動きを無機質に追ってた。

 部屋の奥には、装飾を一切削ぎ落とした簡素なエレベーターが一台、沈黙を守っている。

 

「現実と神話の境界線よ、吾妻さん」

 

 巴マミは、その場違いなほど美しい所作で、再びマギウスのブローチをエレベーターのパネルにかざした。ボタンに明かりがともり、扉が左右に開く。その内部もまた、金属の質感が剥き出しになった、逃げ場のない小部屋だった。

 

 マミさんに手首を掴まれたまま、私は引きずられるようにエレベーターの中へ入る。マミさんの握力は、彼女が抱く確信と同じくらい強く、決して解かれることはなかった。

 内部のパネルには、二つのシンプルなボタン。

 ……「上」と「下」だけが並んでいる。

 マミさんの指先が、迷うことなく「下」のボタンを押し込んだ。

 

(まだ地下に行くの? どこまで連れて行かれるの……?)

 扉が音もなく閉まった。

 私たちは狭い密室の中に閉じ込められた。

 エレベーターが動き出した瞬間、胃の底が浮き上がるような不快な感覚が私を襲う。箱の中は、耐え難いほどの沈黙に包まれていた。

 

(どうしよう、もう戻れない。

 ……どうしよう……帰りたい)

 

 マミさんは何も言わず、ただ前を見つめて微笑んでいる。その横顔は美しくて、でもどこか人形のように血が通っていないように見えて、私は繋がれた彼女の指先が温かいのか冷たいのかさえ、もう分からなくなっていた。

 数字の表示も、外の景色も、何もない。

 ただ「下」へ、光の届かない場所へと落ちていく感覚だけが、私の全身を支配している。

 

(私、本当の奈落に連れて行かれるんだ……)

 

 本能が叫ぶ恐怖を押し殺しながら、私は震える指先でマミさんの手に縋ることしかできない。その時、エレベーターがゆっくりと、最深部への到着を告げるように減速し始めた。

 

「深く降りれば降りるほど、魔法少女の苦しみからは遠ざかることができるの。私たちが辿り着く場所は、もうすぐそこよ」

 

 エレベーターが静かに停止した。

 金属質の扉が左右に分かれた瞬間、視界は一変した。

 地下深くという物理的な制限を嘲笑うかのように、見渡す限りの広大な空間が広がっていた。その中心には、荘厳な西洋風の宮殿が聳え立っている。

 

(……嘘。こんな場所が、あんな汚いビルの下にあるなんて。地獄だと思ってた場所は、こんなに綺麗だったんだ)

 

 私がマミさんに連れられて神浜駅に降り立ったのは、清々しい青空の午前中だった。しかし、この隔離された異空間では、すでに沈みかけの太陽が空を赤く染め、夕闇が迫っている。

 霧の中に浮かび上がる巨大で瀟洒な建築物と、人工的な夕暮れ。

 その壮大さに圧倒された私は、先ほどまでの疑惑、恐怖、後悔を忘れ去っていた。

 

「驚いたかしら? ここが私たちの、本当の希望よ」

 

 唯一の正解を示すように、マミさんが私の側に立つ。私は、今度は躊躇することなく、縋るような気持ちで自らマミさんの手を強く握りしめ、指を絡めた。

 今度のマミさんは、私の歩調にあわせてくれた。

 二人で白亜の館のエントランスホールに入る。玄関の重厚な扉が開いた瞬間、鼻腔を突いたのは、むせ返るような百合の香りだった。それを味わう暇もなく、甘い、毒のような声が私を溶かした。

 

「おかえりなさい、マミさん……。

 そして、その方が、ワタシたちの新しいお仲間かしら?」

 

 梓みふゆ。19歳。

 マギウスの翼の大幹部。

 

 

「ホテル・フェントホープへようこそ」

 

 

 




【第4話予告】最強の弱者の手は、いつだって白く、血塗られている。7番。それが私の新しい名前。美しき大幹部、梓みふゆが施す甘い毒に溺れながら、私は自分を見失っていく。背後から私を呼ぶ声があるまでは――。

次回『7番という記号、8番という体温』 そのミサンガは、彼女が生きていた証だった。
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