渡鴉と砂狼   作:爪ワッサン

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見返して気に入らなかったので一部表現と誤字を修正しました。



始まりは積雪の下で

 

 目が覚めて最初に感じたのは、凍えるような寒さだった。

 

 まるで冷蔵庫の中に閉じ込められているかのような、全身を刺すような痛み。或いは、痛みすらも凍結されたかのような寒さ。

 しもやけた指先が赤紫色に染まり、凍えた体を温めようと震えが止まらなくなる。

 凍てついた空気を吸い込んだことで、肺いっぱいに冬が広がる。

 

 昔、12月くらいに行った長野のことを思い出す寒さに、ふと、何故こんな寒さを感じているのかと考えた。

 

 身体中を襲う倦怠感を振り解き、のっそりと顔を上げた。

 そこには慣れ親しんだベッドフレームも、飾りっ気のない天井もなく。

 しんしんと降り積もる白い雪が、ただただ視界を埋めていた。

 

「っ!」

 

 何かが起こっている。

 そう理解した瞬間に飛び跳ねるように体を起こした俺は、背中に積もっていた雪が落ちることにも気づかずに周囲を見渡した。

 

「……知らない住宅街だ」

 

 雪を被った家々が並ぶ景色を見て、そう思った。

 正確な時間帯はわからないけれど、どの家も明かりがついていないのは不気味に思えた。

 人通りのなさも相まって、まるで文明だけを残して人がいなくなってしまったかのような。

 そんな、恐怖を伴う閉塞感に眩暈がする。

 

 ポストアポカリプスという単語が脳裏を過ぎる。

 

「どこなんだよここは……何が……何が起きたんだ?何が起きている?」

 

 右も左も分からないとはこういう事なのかも知れない。

 理解を超えた現象を前に脳が沸騰している気がして、思わず頭に手を当てる。すると、さっきまで雪に埋もれていたからだろうか?手のひらから伝わってくる冷たい感触が頭を物理的に冷やして、膝を折りたくなる衝動を何とか抑えてくれた。

 

「……よし、先ずは何が起こったのか思い出すんだ」

 

 冷静になった頭を回転させ、最後の記憶を辿っていく。

 

 今日は確か何でもない日の休日だった。

 煩わしい高校生活から解放される僅かな時間。

 スマホのアラームすらもセットせず、空腹によって目覚めた土曜日の朝。冷蔵庫の中に何もないことを確認して、適当に着替えてコンビニに向かった。

 

 今日の予定を頭の中で組み立てながら買い物カゴに適当に菓子パンを詰め込んで、レジで会計を済ませようと財布を取り出していた時、後ろに並んでいた誰かの悲鳴が聞こえた俺は、事態を把握しようと顔を上げた。

 そして、外から突っ込んでくる車が見えて……。

 

 俺は。

 

「────っ!?」

 

 一心不乱に体に触れる。

 

 手、よし。頭、よし。腹、よし。

 足も……よし、ちゃんとある。つまり俺は死んでいない。

 車に潰されたはずなのに、ぐちゃぐちゃだった足はちゃんとした形を保っている。

 あんなに血を吐いたのに、俺の服には血の跡など少しも見当たらない。

 あんなことがあったのに、俺は五体満足で雪の上に放り出されている。

 

「っ…………何なんだよ、マジで」

 

 込み上げてくる死の恐怖。痛みが熱さに、熱さが寒さに変わっていくあの感覚を、俺は鮮明に覚えている、思い出せる。

 だから、あれは現実に起こったことなのだと認識できた。けどそのせいで余計に今起こっていることがわからなくなった。

 

 車と商品棚に挟まれた俺の下半身は間違いなく挽肉よりも酷い状態だったはずだ。

 仮に失血死を免れていたとしても、下半身が潰れていたのだから、今みたいに立つことなんてできるはずもない。

 そもそも自宅でも病院でもない道端で起きた時点で……。

 

「……走馬灯ってやつか?」

 

 ありえないとは思っている。夢にしてはリアル過ぎるし、あんな状態から眠れるほど俺は鈍感じゃない。

 しかし、今起こっている現象を理解しようとすると、そう言った不確かな何かに当てはめることしかできなかった。

 

「もう何が何だか…………」

 

 頭が考えることを放棄し始めた時、鼻先に乗った雪が体温に溶かされる。

 少しだけ、雑念が晴れた気がした。

 

「……とりあえず、歩くか」

 

 どうにかなりそうな頭はそのままに歩き出す。

 ここがどこで、俺に何が起きたのか。考え出すとキリがない。だから、今は人を探すことにした。

 あと寒いから暖かいものでも食べたかった。

 今の俺の格好は寝巻きでも着替えでもない、ボロ布同然の白いTシャツと黒い短パン。冬舐めてるのかって格好だ。そりゃ寒いに決まってる。

 オマケに靴も履いてないせいで、雪を踏み締める度に足が冷えて仕方がない。

 この寒さだけでも地獄なのに、もしも雪の下に尖った石とかがあったらと思うと、急ぎたいのに慎重に行動するしかない。

 

 そんなふうに一歩一歩慎重に進むこと数分。

 俺は最も近くにあった一軒家の前に立っていた。

 

「ふぅ……とりあえず着いたけど」

 

 視線の先には雪が降り積もる玄関。

 敷地内にも同様に雪が降り積もっており、掃除された形跡や上を歩いた足跡も見当たらない。

 

 このことから考えるに、どうやらこの家の人は雪が降ってからは外に出ずに家の中でずっと過ごしていたか、この家にずっと帰ってきていないようだ。

 

「……」

 

 明かりのついていない家。

 人の気配がない住宅街。

 降り続ける雪。

 自分以外の全ての音が雪に飲み込まれて、かき消される。

 

 もうこの世界には俺以外に誰もいないのか?

 

 そんな、恐ろしい考えが頭に浮かんだ。

 それを振り払うためにインターホンを押すも、家の中からは静寂だけが響いていた。どうやら電気も通っていないみたいだ。

 藁にもすがる思いで扉を開こうとドアノブに手を伸ばすも、ガチャガチャと音が鳴るだけで開く気配はない。

 

「……次だ、次の家にしよう」

 

 隣の家に向かう。

 インターホンは鳴らない。

 更に隣の家も同様。

 思い切って叫んでみる。

 反応は……帰ってこない。

 その隣も、次も、その次も……。

 

 そうして何十軒もの家を訪ねて歩くも、反応が返ってきたことは一度もなかった。

 

「まさか本当に……いや、まさか。そんなわけあるか」

 

 ポストアポカリプスなんて冗談じゃない。

 そもそも起きる前まではちゃんと人は生きてたし、一夜で人類が滅びるなんて創作の中でしか起きるはずない。

 そんなふうに己を勇気付けるも、開かない扉を前にし続けたせいか、段々と試しても無駄なのではないかと考え始めてしまう。

 

「……あれは、掲示板、か?」

 

 もういっそのこと窓を割ってでも中に入ってしまおうかと迷い始めていた時、前方の十字路に雪が積もっている掲示板を発見した。

 

 近くに寄って見ると張り紙は二、三枚しかない上に、幾つか氷柱がぶら下がっている。結構長い間誰にも掃除されていないようだが、人が生活していた痕跡をようやく発見できた気がして、嬉しくなる。

 

「文字は…………よし、日本語だ」

 

 とりあえず外国に飛ばされた可能性は無くなったな。まあ、日本のどこかはわからないんだけど。

 こんな景色見たことないし、安直だけど北海道とかだろうか?

 

「何にせよ、希望は見えてきたか…………?」

 

 見知った言語で書かれた人の痕跡に安堵したのも束の間。

 何とかなるかもしれないという根拠のない自信のままに読み進めていると、気になる単語が目に留まる。

 

「……アビドス?」

 

 アビドス。

 エジプト神話に登場する聖地だったかなんかの名前だと朧げではあるが記憶している。

 オシリスの天空竜が復活する地だとか、ファラオの遺跡が残っているだとか……Wikipediaを開いて10秒くらいで閉じた記憶があるものの、曖昧ではあるが覚えていたようだ。

 

 こんな単語、普通に生活している中では聞く機会がないのだが、俺が最近ハマっていたソシャゲの中で聞いて、気になって調べていたから知っていた。

 

 ふと、そこまで考えたところで、頭の中に一つの可能性が浮かび上がる。

 

「…………いや、まさかまさか」

 

 ありえない。

 推定走馬灯と考えている現状だが、今頭に浮かんだ突拍子もない可能性と比べれば、まだ奇跡的に生き返ったかもしれない方がありえる。

 

 そう思って記事に目を通すも、読み進める度に出てくる単語は馴染みのあるものばかりだった。

 

「アビドス自治区を襲う砂嵐と、それによる人口の減少…………マジかよ」

 

 転生、という言葉がある。

 昨今の小説原作のアニメなどでよく耳にする言葉で、トラックに轢かれた主人公が別の世界、いわゆる異世界に記憶を持ったまま生まれ変わって、第二の人生を謳歌する。そんな内容の()()

 

 もちろんこれはフィクションの話だ。

 俺もありえないという前提で「あー俺も異世界に言って魔物とか食べてみたいなー」と思ったことが何十回もある。

 

 しかし、それが現実のものとして起こるなんて、俺はさっぱり想像していなかった。

 

「…………そうか。転生したのか、俺」

 

 困惑はしていた。しかし、納得もしていた。

 車に潰されて死んだはずの俺が五体満足で生きているのも、見たこともない場所で目覚めたのも。転生したのなら納得できる。というか、納得するほかない。

 

「…………アビドスってことは、ここはアビドス自治区なのか?」

 

 そして、掲示板の貼り紙にあったアビドス自治区という文字。このことからして、ここは学園都市キヴォトスにあるアビドス自治区なのだろう。多分。

 

 それにしては景色に金色がない。見渡す限り銀世界である。

 一応一年生のシロコがポニテホシノに拾われた辺りなら、雪が降っていたような気がするが……。

 

「「っくしゅん!」」

 

 思考の海に沈んでいたせいか、込み上げてきた衝動を堪える間も無く鼻先からくしゃみが飛び出る。

 そりゃ、こんな格好だし。いよいよ風邪を引いてもおかしくないな。

 

「早いとこ、人を探そう」

「ん」

 

 とりあえずアビドス高校を目指して見よう。

 あそこにはアビドス組の誰かがいるはずだし、もしかしたら先生とも出会えるかもしれない。

 そうなったら衣食住をお世話になって…………ん?

 

 今、誰が俺に返事した?

 

「ん」

「…………わあ」

 

 声のする方に視線を向けると、そこには俺より少し小さいくらいの身長の少女、いや、幼女が立っていた。

 短い銀色の髪にちょこんと生える狼の耳。水色の瞳の瞳孔は白と黒のオッドアイに別れており、幼い顔にきょとんとした表情を浮かべて、俺を見上げている。

 

「……俺の名前は渡鴉クロト。君の名前は?」

「……シロコ。砂狼シロコ」

 

 ()()()()()()()()()名前の代わりに、頭に浮かんだ名前を名乗ると、サイズの合っていないボロ布のような黒い服を纏う少女──砂狼シロコは、腕よりも大きな黒い翼を片手に答えてくれた。

 

「……ん?砂狼シロコさん、その手に握ってる黒いのは何なんだ?」

「ん?……ん」

 

 動揺のあまりフルネームで問いかける俺に対し、シロコは「何言ってんだこいつ」って顔をしながら、俺の背後に視線を向ける。釣られて俺もそっちを向くと、黒い翼は俺の背後──正確にいうなら、腰の辺りから生えていた。

 そりゃもう、ガッツリと。何で気づかなかったってくらいに。

 

 

 

「────はぁぁぁぁ!?」

「っ!?」

 

 背景お父様、お母様。

 どうやら俺は人間を辞めていたらしいです。

 

 寒空の下、そんなふうに内心で現実逃避をしながら人生で出したことがないレベルの声量で叫ぶ俺の隣で、ちょっとびびった様子のシロコは大変キュートでした。

 

 

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