渡鴉と砂狼   作:爪ワッサン

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善意の擬人化と出オチした最強

 

 ガタガタと風に揺れる窓の外。アビドス高校の校庭を、未だに止まない雪が埋め尽くしていく。

 薄茶色の地面がだんだんと白い雪に塗りつぶされていく光景を目にして、ここに辿り着くのが僅かに遅れていた場合、あの静寂に包まれた住宅街で凍死していた可能性に寒気がした。あんな寒さを感じながら死ぬくらいなら、暖房が効いていた分前世の死に様の方が遥かにマシである。

 

 そんな見ているだけで凍えそうな景色から目を逸らし、「ここで待ってて、直ぐ戻るから!」と促されるままに入室した室内を見渡す。

 

 入って直ぐの正面には山積みされた資料と教科書で埋め尽くされた縦長の机と、パイプ椅子が二人分。

 それらを囲うように部屋の壁際に追いやられているのは、乱雑に紙が詰め込まれた形跡が見える無数の引き出しと段ボールの山。

 そして、入り口から見て1番奥の窓際に設置された来客用のソファに、俺たち二人は腰掛けていた。腰掛けているとは言ったが、辛うじて座れる空間に無理やり入り込んでいる上に、窮屈を嫌ったシロコが再び俺を椅子にした状態で眠ってしまったので、座っているとも言い難い。まあ、視界の確保すら危うい外と比べれば、暖房が効いている生徒会室は楽園そのものと言っても良かった。

 

 そう、現在俺たちがいるここはアビドス高校の校舎内にある生徒会である。

 

 何故生徒会室にいるのかといえば、俺たちが無事にアビドスに辿り着き、ユメ先輩()()()()()()にこの部屋に連れて来られたからだ。確証がないのは名前を聞き忘れたからで、俺たちの格好を見た時点で血相を変えて慌て出したユメ先輩に連れられて、流されるままにここに来た。

 

 アビドス高校を発見するまでにあった道中のゴタゴタは説明するに値しない。ヘルメット団を相手にメタルギアソリッドをしただけだし、ヘルメット団をやり過ごすよりも、暴れたそうにするシロコを諌めるのに苦労したほどだ。

 何なら押さえつけた反動のせいか、校舎から出てきたユメ先輩を目にした瞬間、シロコが飛びかかって押し倒す始末。突然の暴挙に思考停止に陥った俺が再起動する頃には、ユメ先輩の上で踏ん反り帰るシロコの姿があった。もちろん、直ぐに引き剥がした上で一緒に頭は下げたのだが……。

 

『弱そうだったから、つい』

『“つい“で人を襲うな、獣かお前は!?』

『ん、狼』

『ひぃん……!私は食べても美味しくないよぉ……!』

 

 そんなやり取りをした直後に俺たちの格好を見たユメ先輩に校舎に連行されるってわけだ。

 ……思い返すと、自分を襲った相手を校舎に招き入れるとか、ユメ先輩も大分不用心だな。まあ、原作でも相手を疑うよりも信じて裏切られる方がマシって感じの人だったし、この行動にも違和感はないのだが。

 

「……ん!」

 

 そんなふうに過去(数分前)に思いを馳せていると、廊下の方から響いて来た足音に反応してシロコが目覚める。そうして直ぐに、ドタドタと走る足音の主が生徒会室の扉を開け放った。

 

「ごめん、制服、これしか、無かった……!」

「ん、おかえり」

「あの、本当にありがとうございます。突然押しかけた上に制服まで……」

「気にしないで、いいんだよ。そんな薄着じゃ寒いでしょ……ふぅ」

 

 肩で息をしながら荒い呼吸を整えているのは、腰元まで伸ばした浅葱色の髪を揺らす少女。推定ユメ先輩であるその人は、息を整え終えると同時に、両脇に抱えた物を俺たちに手渡した。シロコの方に渡されたのは、原作のアビドス生が着ていたものと同じ紺色の制服。一方、俺の方に手渡されたのは……ん?

 

「一応、余ってた予備の制服を持ってきたけど……」

「ん、ピッタリ」

 

 渡された服に気を取られている俺の横では、いつの間に着替えていたのか、俺にとって馴染み深い制服姿のシロコが立っていた。淡々とした口調とは裏腹に、目がキラキラと輝いている様子からして原作同様に気に入ったみたいだな。これでマフラー以外は過去シロコの姿になってきたのだが……やはり気になるのは俺に用意されたであろう服だ。

 

「……何故執事服?」

 

 学制服ではないことは予想できていた。

 ブルーアーカイブに男子生徒の存在は確認されていなかったし、仮定ユメ先輩も俺を見て「男の子だ……」と言っていたくらいだ。アビドスに男性用の制服がないのは想定していた上で、最悪の場合は余っている制服の上着だけでもいいか、そう考えていた俺の前にあるのは仕立ての良い白いシャツと黒スーツ。俗に言う執事服があった。何故こんなものがアビドスにあるんだ?

 

「あ、その服は前にホシノちゃん……私の後輩なんだけどね、その子が執事喫茶のアルバイトに行った時の服なんだ!バイト先の店長さんが、ホシノちゃんのスーツ姿を気に入って、譲ってくれたの!それはその時もらった予備のスーツだよ!」

 

 楽しそうに話す予想ユメ先輩のお陰で、こんな物があった理由については理解したが……なんだその面白そうな話。滅茶苦茶気になるんだが?俺が死んだ後のイベストの話か?ホシノ(バトラー)でも実装したのか?

 

「とりあえず服はこれでよし……っと、そういえば二人の名前ってまだ聞いてなかったよね?」

 

 そんなふうにホシノの幻の四着目を想像する俺をよそに、ホシノの名前で思い出したのか、俺たちの名前を聞いていなかったことに気づいた暫定ユメ先輩が尋ねてきた。

 

「あ、自己紹介が遅れて申し訳ありません。俺の名前は渡鴉クロト。そっちの喧嘩っ早いのが砂狼シロコって言います」

「ん」

「クロトくんとシロコちゃんか……あれ、そういえば私も名前言ってなかったっけ?」

 

 噛み締めるように俺たちの名前を呟いた後、想定ユメ先輩が口を開く。

 

「私の名前は梔子ユメ。アビドスの生徒会長をやってるんだ。よろしくね」

 

 額から流れていく汗を拭いながら、満月のような瞳を持つ確定ユメ先輩はそう告げた。

 

 

*******

 

 

 ──梔子ユメ。

 ブルーアーカイブに登場する学園「アビドス高等学校」の三年生にして、当時は彼女を含めても二人しかいなかった生徒会の生徒会長を務めていた生徒。

 見た目の通りの器の大きさと包容力を兼ね備えており、人間味豊かかつ寛容で温かな性格を有している、キヴォトスでも類を見ないほどの生粋の善人。

 本人の頭の出来は良いか悪いかで言えば悪い寄りなのだが、それを補って余りある善性が特徴の少女だ。

 

 原作での出番はホシノの回想が主になっていて、本編開始時点で本人が登場した回数は殆ど0に等しい。何なら数少ない出番も本人かどうか怪しい上、彼女の詳細を知っている人物は後輩だったホシノくらいという悲惨なもの。

 

 何故学園の生徒会長にも関わらず、ここまで出番が少ないのか?

 その理由は単純で、彼女が原作開始時点で亡くなっているからだ。

 更に言えば彼女の死亡時期はシロコがアビドスに入学する前のことで、本来であれば二人が出会うことは絶対にあり得ないのだが……。

 

「そうなんだ……二人は記憶喪失で、どこの学園にいたのかも分からないんだ」

「ん、気づいたらここの近くにいた。名前以外……分からない……」

「そっか……それであんな格好だったんだね」

 

 机を挟んで座るユメ先輩の頭上には、金色に輝くヘイローが浮かんでいる。

 そう、何故かは不明だが、ユメ先輩は普通にバリバリ生きている。何なら俺たちの境遇を聞いて頭を悩ませていた。

 

 まあ、ユメ先輩がシロコと出会うことは原作ではなかったが、この世界はあくまでも俺の知るブルーアーカイブに酷似しているだけの世界だ。こういうこともあるのだろう。

 それに、シロコが入学したのはユメ先輩が死んだ後だが、それより前からアビドスにシロコがいてもおかしくはないのだ。本来なら出会わないはずの二人を俺というイレギュラーが引き合わせただけで、この状況は充分あり得る範疇の出来事なのだ。……ただ、この行動が何かしらのバッドエンドの引き金になっていたらと思うと胃が痛くなるが、既に起こってしまった以上、気にしても仕方がないと割り切る他ないだろう。

 

「何か他に覚えてることとかある?その、建物とか?」

「……覚えてない」

「そっかぁ……スマホ……は、持ってなさそうだし。そもそも学校も分からないなら連絡のしようもないし……うーん……」

 

 ちなみに俺は前世の記憶とか普通に思い出せるのだが、そんなことを伝えても余計な混乱を招くだけなのでシロコと同様に記憶喪失ということにしている。まあ、実際に俺がキヴォトスで生きてた時間はここ数時間しかないため、それ以外の記憶がないというのも嘘ではない。

 

 それに、余計な不信感を与えてしまうと、シロコはともかく俺は入学拒否されるかもしれない。もちろん、ユメ先輩はそんなことしないだろうけど、今のホシノが許すかどうか──。

 

「──よし、決まり。二人とも、うち(アビドス)においでよ!」

「…………え、いいんですか?」

「丁度アビドスは新入生募集中だったし、二人みたいに可愛い子は大歓迎だよ!」

 

 可愛いのはシロコだけだろ。という反論を内心に留めつつ、そんな簡単に決めていい話ではないと思って、口を開く。

 

「気持ちは嬉しいんですが……その、後輩の人に聞かずに決めてもいいんですか?」

「ホシノちゃんは優しい子だから、なんだかんだ言っても最終的には納得して賛成してくれるよ。だから、心配しなくても大丈夫!」

 

 懸念事項であるホシノについて尋ねてみるも、返ってきたのは何とも頼もしい言葉だった。……まあ、ホシノについて1番知っているのはユメ先輩だろうし、本人がそう言うなら大丈夫だろ。多分。

 

「……ん」

 

 と、そんなふうに話が纏まったところで、シロコの耳が再びピクッと動く。それから数秒を置いて、廊下の方から足音が聞こえてきた。数は一人分。

 

「クロト、ユメ、誰か来た」

「誰かって……」

「ホシノちゃんじゃないかな?パトロールから帰ってきたんだと思うけど……」

 

 そうこうしているうちに足音の主は生徒会室の前に到達しており、足音が止まって直ぐに扉が開かれる。そこにいたのはユメ先輩の予想通りの人物だった。

 ユメ先輩とは対照的にすらっとしたシルエットを、袖のない紺色の制服で着飾った体は俺やシロコと同じくらいの背丈だった。

 短く切り揃えられた桃色の髪から覗く、オレンジの色の右目と青色の左目のオッドアイが特徴的な少女は、ここアビドス高等学校の一年生にして、二人しかいない生徒会の副会長を勤めている生徒。

 

「先輩、ただいま帰りました……って、誰ですか……?」

「あ、ホシノちゃんおかえり!この子たちはクロトくんとシロコちゃんって言って、記憶喪失なんだって。だからアビドスに入学させることにしたんだー」

「────は?」

 

 ユメ先輩にホシノと呼ばれた少女は、本名を小鳥遊ホシノといい、原作でもトップクラスの実力を誇るのだが……言葉の洪水をワッと一気に浴びせかけられたせいか、一瞬浮かんでいた疑いの眼差しは即座に困惑に塗り替えられ、部屋に入って直ぐの所で硬直していた。

 

 ま、なるわな……と思っていた束の間、だんだんと硬直が解けたホシノが確認するかのように室内を見渡した後、

 

「詳しく……説明して下さい。今、私は冷静さを欠こうとしています」

 

 そう告げるホシノの瞳は妙に座っていて、暖房が効いているはずの室内の温度が下がった気がした。

 

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