GET BACK   作:今津

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#3 2nd.STAGE

 

 

 

 

 

『二位は惜しくも優勝候補『アメリカ競馬の星』ニコラス・ジョースターッ! 三位は“これが人間の走り”か!『大地の瞬足』サンドマンッ!』

『なおスティール・ボール・ランレースは「ポイント順位制」となっていますッ!

 一位100ポイント! 二位50ポイント! 三位40ポイントと21位までの着順にポイントが与えられ、目的地ニューヨークの第九ステージまでの合計獲得ポイント数で王者の中の王者が決定しますッ!』

 

 

 

1st.STAGE(ファーストステージ)決着の直後。

 

僕は、レース運営に決められた宿の近くで馬から降りた。

一着を逃してちょい不機嫌なB-グッドの手綱を水飲み場に繋ぐなり────背後から、見計らったかのように肩を殴られ、胸ぐらに掴みかかられて怒鳴られる。

 

「フザけるなよッ!!」

 

ディエゴ・ブランドーだった。

元からキツい目付きをさらにキツくして、眉を吊り上げ、汗を滲ませながらギリギリと歯を食いしばっている。

僕の襟ぐりを掴んでいる拳が、怒りにわなわなと震えていた。

 

「おまえ──ニコラス・ジョースター──お前ほどの男が……ッ!! あんなイナカもののためにッ……!!

 ()()()()だとッ!!」*1

 

僕とジャイロの着順はクビ差。僕としては、ほぼ完璧な位置でゴールできた。

観客の誰も、僕が一位を取る気がないことなど、想像すらしない。だからバレることはない。

 

だがディエゴもまた才能あるプロのジョッキーだから、僕の『B-グッド』にまだ体力の余裕があって、全力を出していないこと。

一着を取ろうと思えば『彼』を差せたが、僕があえてそうせずに『彼』に勝ちを譲ったことが、分かるのだ。

 

「オレは──お前との決着を──こ……、こんな…………ッ!

 オレはッ! こんなことのためにここまで来たんじゃあないッ!!」

「…………」

「なにか言ってみろッ! ニコラス・ジョースタァーーッ!」

 

彼のただ事ではない剣幕に、周囲のレーススタッフや選手たちが、チラチラとこちらの様子を伺っている。

 

「……僕は……」

 

 

『ただ今! 順位結果が確定しましたッ! 発表しますッ!』

 

 

放送の声と、それに反応した歓声がワッと聞こえてくる。

ディエゴは空を睨みつけるようにキッと顔を上げた。

 

 

『審議によりィ…………一位ジャイロ・ツェペリ選手のォ…………サンドマン選手に対するゥーー……『走行妨害行為があったためェ』…………

 ツェペリ選手にペナルティが課せられますッ! 順位降格のペナルティですッ!』

 

 

「……なに?」──ディエゴの拳の力が緩む。

 

 

『繰り返しますゥー……気球上審判員からの報告によりジャイロ・ツェペリ選手の“武器による走行妨害行為”が認められましたァ………………場所は13,000メートル付近の下り坂終了地点ッ!』

『よってーっジャイロ選手は二十位降格のペナルティが課せられ……! 二位の選手以下が順位“繰り上げ”となりますッ!』

 

 

「…………」

 

僕は目を伏せた。『彼』の順位降格を防ぐことができなかったのは惜しかった。あとのことを考えると、タイムボーナスはあればあるほど良いのに。

 

 

『優勝は繰り上げてニコラスッ!確定しましたッ! 1st.STAGE(ファーストステージ)王者はニコラス・ジョースターだぁぁぁーッ!

 二位はサンドマンッ! 三位はディエゴ・ブランドーッ! 四位はポコロコ! おっと五位にマウンテン・ティムが入ってきているッ! いつのまにかキッチリと馬の鼻をねじ込んで来ていたぞッ!』

 

 

「……………………」

 

ディエゴの震えは止まり、現実を疑うような目で呆然と僕を見ている。

僕は彼の手首を掴んで──記憶の中のあどけない子供から、母親似の美しい青年に育った彼の目を、まっすぐに見て言った。

 

「僕には僕の考えとやり方がある。

 僕は、君と()()つもりでこのレースに来た」

「……、……!!」

 

彼は大きく目を剥いて、僕の胸ぐらから手を離す。

そして、顔を顰めて何かをこらえるように俯いた。

 

「………………クソッ」

 

乱暴に手を振り払われる。

ディエゴは最後に悪態をついて、足早にどこかへと歩き去っていった。

 

 

 

 

 

 

2nd.STAGE(セカンドステージ)は明日の朝10時からのスタートだ。今日のところは、この教会付近がキャンプ地になっている。

あまりに参加者が多いので、金の無いものはテントで野宿だったが、僕は屋根がある建物をあてがわれている。

 

 

「やあ、ジャイロ」

「…………」

 

僕がスタッフの者に居場所を聞いて、ジャイロを見つけ出して声をかけたときには、彼の様子は落ち着いていた。

途中で見たパーティー会場は水浸しのてんやわんやで、繰り上げ優勝になった僕が横切るのを、誰一人として気付く様子もなかった。

彼は既に、順位降格の鬱憤を晴らしてきた後のようだ。

 

「優勝オメデトさん」

「どーも。次のステージでは確実に君が一位を取らなくちゃあな。僕も尽力するよ」

「………………」

 

ジャイロは帽子のつばの影から僕を見ている。

気が立ってはいないにしても、機嫌が良さそうにも見えない。

 

「おたくの助言が当たったな」

「……」

「さっきので分かった……あのとてつもなくネアカな野郎……ヤツはオレの『敵』だ。

 オマエはあれの何を知ってる?」

「さあ……知り合いではないしな……」

 

正直に答えたのに、彼は分かりやすくムッとした。

僕は軽く両手を上げて、降参のポーズをとる。

 

「僕が()()()いるのは、彼が農夫であることと、とてつもなく『幸運』であるということだけだ。

 君も気付いたろ? あれは実力じゃあない。バカ()()ってやつだ」

 

ポコロコは、騎乗についてはド素人だ。だからこそタチが悪い。“幸運”は理屈がないから“幸運”だ。

『運命』が奴を守っている。

 

「触らぬ神に祟りなしってね。それ以上のことはなにも」

「ケッ……。なあ、ついてくる気か? 次のステージでも……『アメリカの星』さんよ」

「……」

 

どうやら、僕の最初のタスクは完了したようだった。

 

「もちろん。だけどその呼び方は金輪際やめてくれ。恥ずかしいったらありゃしない」

2nd.STAGE(セカンドステージ)は砂漠越えだ。距離も1,200km以上……。過酷になりそうだ。

 協力関係を結ぼうぜ……ニコラス・ジョースター」

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝十時。

僕たちは1st.STAGE(ファーストステージ)のゴール地点かつ2nd.STAGE(セカンドステージ)のスタート地点である、サンタ・マリア・ノヴェラ教会を発った。

 

アリゾナ砂漠の気温は日中で摂氏五十度を越え、場所によっては六十度近くになるようだ。

この2nd.STAGE(セカンドステージ)は、途中のチェックポイントを通過しさえすればその他のルート取りは参加者の自由だが、もし砂漠で水場にたどり着けなければ、リタイアになるどころか脱水で死ぬだろう。

なので予め入手した地図を見て、常に方角を確認し、水場の印を目指さなければならない。

 

 

……まあそんな常識的な考えは、ジャイロ・ツェペリにはない。彼が選ぶのは常に最短のルート。水場を経由するための遠回りなんてしない。

 

そして僕がそれに反対することはない。僕が口出しして邪推が入るより、彼が生む『流れ』に身を任せたほうが逆に安全だと、僕は考えていた。

 

 

スタートから既に六時間。

僕とB-グッドは、ジャイロとヴァルキリーの背を追って、150km先にも水場があるかどうかわからない方角に進み続けていた。

 

 

────遠くから付かず離れずついてくる刺客に、じわじわと追われながら。

 

 

 

 

見渡す限り砂と岩山とサボテンしか見えない、アリゾナ砂漠のど真ん中。

小高い岩場の上で、僕は後方に向けた双眼鏡を覗き込むのをやめた。

 

「ミセス・ロビンスンって……見る限り男なのになんで『ミセス』なんだろうな……」

 

ほとんど独り言だったのに、少し前で待っていたジャイロは律儀に返事をしてくれる。

 

「フクザツな事情があんだろ」

「それにしても既婚者ってコトォ〜? 頭絡から手綱までびっしり『TRUE LOVE』って書いてあるんだぜ? 耳から目玉ぶら下げてさぁ〜〜……あんなセンスのも結婚できるセカイなのか? ここって」

「オマエ……見えてんの? この距離で」

 

別に、双眼鏡で見えているわけではない。

ただ僕は奴の外見を元から()()()いるだけだ。名前だけはゼッケンと選手リストを照らし合わせればちゃんと調べることができるが。

 

「ちょっと確認したいんだけど」

 

上空に浮かぶ監視用気球の位置を確認して、パッカパッカとジャイロの隣に並ぶ。

 

「僕は先を急いでいる。それは君も同じだと思う」

「ああ」

「そして無闇やたらに痛い思いをするのはいやだ……いくらすぐ治るっていってもな。君がケガしてくのを黙って見てるのも気分が悪いしなるべく避けたい」

「要点だけ言え」

「……」

 

僕はジャイロの顔面の前に、スッと手を伸ばした。

説明もなく視界を遮られた彼が僕を睨む。

 

「オマエと組んだの間違いだったかもな」

 

────ドシュウッ!と前方から飛んできた()()が、彼の顔の前にかざした僕の腕に突き刺さる。

 

「うッ」

「!」

 

痛みで反射的に腕を引っ込める。

だがこの程度大したケガではない。僕は落ち着いて、腕に深々と刺さった何本かの()をジャイロに見せつけた。

 

「この針はサボテンの針だ。名前を『チョヤッ』といって、動物とかが近くを通ったときの空気の振動に反応して針を飛ばす。ああいう感じに……この辺りに群生してる」

「…………」

 

意識すれば、周囲にけっこうたくさん生えているサボテンをいくつか指さす。

 

「で、これを故意に僕たちに向かって飛ばしてくるのがあのミセス・ロビンスンって言ったら君、信じるか?」

 

腕に刺さった『チョヤッ』の針を一本ずつ摘んで、抜いて捨てる。

もう痛みは感じない。

 

「植物の力を使えば、気球の監視員にバレずに、相手を始末できるからな」

 

…………傷から流れ出た血を服に擦り付けて拭う僕を、彼はヤバいやつを見るような目で見てきた。

 

「証拠は」

「ない」

「オマエな……」

 

前触れもなく“シュッ”と腕の皮膚が裂けて、服が破れる。

また前方から針が飛んできていた。顔を庇いながら、二人と二頭で岩陰に身を寄せる。

 

「くそっ!」

「信じるのか? 信じないのか? あいつはこの六時間、僕たちが「チョヤッ」の群生地に入るのを待ってたんだ。

 だから今、こっちに向かって走ってきてる!」

 

六時間ものあいだ様子を見ていたミセス・ロビンスンが突然、馬を走らせて一気に距離を詰めてくる。どう考えても怪しすぎるタイミングだ。

 

「あいつは後方にいる! 攻撃は『前方』からだッ!

 オマエ何を知ってる!? 昨日の()()といい────」

「奴は目ん玉の穴に虫を飼って操ってる。ビックリ人間だな。虫の羽ばたきの振動でサボテンの針が発射されるんだ」

「キモッ! ……ああ、ったく!」

 

ジャイロはホルスターから鉄球を取り出し、シュルシュルと回転させる。

 

「『護衛』やれってんだろ!? このボンボンがよォーッ」

 

彼は鉄球を、敵がいる方向に地面に滑らせるように投擲した。

そして僕の頭をガッ!と押さえつけてきた。

 

「うっ!?」

 

 

──うぼあああああ──

 

 

男の絶叫が聞こえる。

 

……そっと岩陰から頭を出してみると、ミセス・ロビンスンがいたはずの場所には空馬がいた。

馬のそばに、血溜まりに倒れている黒い人影がある。

 

「回転の振動を地面から伝わらせて針を飛ばした。直接は投げてないからな……『武器による攻撃』にはならないだろうぜ」

 

鉄球が、彼の手のなかに戻ってくる。

 

「……行くぞ。このルートに()いてきてんのは変なヤツばっかりだ。全員オマエへの刺客かもな」

「ジャイロ」

「まだ何かあんのかよッ?」

 

僕は『敵』が──ミセス・ロビンスンが倒れている方に体ごと向いて、胸の前で十字を切る。

自己満足でも、これくらいはしておく。放置してあとで呪われても困る。

 

ジャイロの方に振り返った。

ジト目で見てくる彼に、にっこりと微笑んでみせる。

 

「ありがとう。信じてくれたな」

「………………」

 

彼はやけに疲れきったような顔をしていた。

この暑い砂漠を六時間進んだ後だからか。

 

「さっきのは撤回してやる」

「ああ」

「その代わり! あとでキッチリ説明しろよ。オマエがいったいなにをどこまで知ってるかをな」

 

そう言うと、彼はルートの先の方に向かって、馬の歩みを進ませ始めた。

ちなみに、彼も僕も、砂漠に入ってからこれまで一度も地図を確認していない。もし方角を間違っていたり、周囲の地形が変わっていたりしてもわからない。

 

「確かめなくていいのかい? ──あいつがホントに目に虫を飼ってるか」

「ぜってぇーー見ねぇ。想像するだけでトリハダ立つわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

太陽が、地平線の向こうに落ちた。

 

()()()刺客、ミセス・ロビンスンを倒した地点から更に30kmほど進んだところで、僕たちは馬の足を止めた。

 

夜に進むのは危険だ。馬の足元が見えないと、事故の危険性がぐっと上がる。ただでさえ地図を見ていないし。

完全な夜の暗闇になる前に、なるべく水平で見晴らしが良く、敵が近付けばすぐに分かる場所を選んで、そこをキャンプ地にすることにした。

 

 

夜は、日中に肌を焼いていた厳しい熱射がないので、うってかわって驚くほど過ごしやすい。

僕はパチパチと燃え上がる焚き火の前に座って、火のゆらぎを眺めた。

 

「『勘』だよ」

「……………………」

「そう怖い顔するなよな……。占い師の言葉は信じるだろ。それと何が違う?」

 

ジャイロは立ったまま、周囲を──レースは僕たちがトップで走っているので、主に「来た方向」を警戒していた。

 

「わかったよ……。僕は占星術士で、星を見ればちょっとした未来が分かる。ジョー“スター”ってね……そういうことにしとこう」

()()()()ってなんだよ」

「説明したってしかたのないことだよこればっかりは」

 

この『世界』の占い師は、基本的に当たるので、予言じみたことしか言わない。

 

前世の記憶があるとか、その()前世の記憶があるとか、その()()前世の…………数え切れないほど()の世界でこの物語を『マンガ』として読んだ────とかいう説明より、星読みを自称した方が、よほど信憑性があるというものだ。

 

「おたくが適当こいたって実際に手を下すのはオレなんだ。納得できねえ」

「人には人の事情。『君がこのレースに参加した理由は』?」

「ニコラス、あそこに誰かいるぞ」

「……」

 

ジャイロは露骨に話を逸らした。

背伸びして、彼が見ている方向に目をこらすと確かに、夕暮れ色の砂漠に馬に乗った人影がぽつんと見えた。

 

「『敵』だろうな」

「武器は持ってきてるか?」

「銃はある」

「出しとけよ。あいつ……近付いてきてるぜ」

「ふうむ……」

 

言われた通り、バッグから取り出したリボルバーを腰に収めてから、立ち上がって彼の隣に並ぶ。

遠くの人影は、馬が歩くスピードで近付いてきている。

 

「まさかとは思うがよ。あいつの事も知ってんのか?」

「名前と手口くらいは」

「オイオイオイオイ」

「…………君に()()……」

「よオーーーしそこで止まれェェーーーッ! それ以上こっちに近づくなッ!」

「……」

 

ジャイロは『敵』に呼びかけた。

そいつが止まる気配はない。

 

「オメーだよッ! オメーに行ってんだッ! そこで止まれと言ったんだッ!」

「う……撃たないでくれェ〜〜〜〜」

 

やっと返ってきたのは情けない男の声だった。

キャップを被った、外ハネの髪の若い男。

 

「怪しいもんじゃあないッ! 火が見えたから来たんだよォォォ」

「怪しいかそうじゃあねーかはおめーがいなくなってから評価してやるよ」

「噛まれちまったんだよォ〜〜〜。ヤバいんだ……!! すっげぇヤバいッ! しゃがんでクソしてたらよォォ指をやられたッ! チクショオオッ! 左手二本だぁぁ」

「おいッ! なに馬おりてんだ!? この野郎ーーッ! 近づくなと何度も言わせるな!!」

「それで君に()()しておきたいんだけどさ」

 

夕暮れなのでよく見えないが、奴の左手の薬指と小指は変色して大きく腫れていた。

さすがに、馬から降りたあとはそれ以上近づいてこなかった。僕たちから十メートルくらいの距離だ。

 

「毒トカゲだよォォ〜〜〜、黄色と黒のシマのやつだッ! ケツふこうとしたらよォ〜〜クソの影に隠れてやがったんだぁぁ」

 

「君が『引力』をどれくらい信じるかって話だ」

 

「なあたき火の“火”をくれよォォ〜〜〜その“火”でキズを焼いて消毒したいんだああ〜〜〜っ」

 

「ウソの傷かもな……で、なんだって?」

「言葉の通りだよ。君は『引力』をどのくらい信じる? それであいつの処遇を決める」

「………………それはあいつを見殺しにするかって話か?」

()()()()()()()?」

 

僕が奴に銃を向けると、そいつもジャイロも顔を引き攣らせた。

 

「監視の気球はもう着陸してる」

「おい待てニコラス……」

「『アメリカドクトカゲ』の毒の致死性は低い。放置しても死ぬことはないだろうな……たぶん」

 

『アメリカドクトカゲ』の毒は、患部の腫れと激痛、めまい、吐き気なんかが現れるらしいが、死亡例はほぼないと聞く。

“たぶん”と付け加えた理由は……僕が知ってる常識と、()()()()()常識が異なる場合、前提条件から違ってくるからだ。『チョヤッ』があるように、僕が知らないだけで、この世界には、致死性の毒を持つアメリカドクトカゲがいるのかもしれない。

 

「だ、そうだ……「たぶん」らしいが……良かったな。救援隊を待ちな」

 

「ま……待ってくれよォ〜〜〜ッ! そうだ……『スポテッドサラマンダー』って種類を聞いたことがあるッ! 猛毒のトカゲだって! それじゃあねえのかぁぁ……

 ナイフで毒を切り取ったあとよォ、消毒したいんだ……火をくれよォオオ〜〜〜〜ッ!

 そうしねぇと朝までにオレは死んじまうよォオオオ〜〜〜〜ッ」

サラマンダー(サンショウウオ)が砂漠にいるか! 両生類なんだよマヌケ」

 

もう少し「物知り博士さん」になる努力をした方がいい。あえてのバカっぽい演技なら知らないが。

 

「はぁあぁ〜〜……もうやめろニコラス。人は思い込みで死ぬこともある……」

 

ジャイロは医者のようなことを言いながら、拳銃を構えた僕の腕を押さえてゆっくり下げさせてきた。

 

「近づくことは許さねえ! ただしマキについた火はくれてやる! 勝手にたき火でも起こして消毒するんだなッ」

「ありがとう〜〜〜〜ありがとう〜〜〜〜」

 

そいつは大袈裟に膝を着いて、救いを得たかのように天を仰ぎ、くりかえし何度も「ありがとう」と言った。

────かと思えば、スンと表情を消して、おもむろに自分の首に自分のベルトを巻き始める。

 

「おい何やってるッ?」──目を疑う光景に、たまらずジャイロがツッコミを入れる。

『敵』はそばの枯れ木と、自分の足にベルトの端を結んで固定したあと、大ぶりなナイフを取り出した。

 

「ま……麻酔だよォ〜〜〜麻酔ィ……今から肉のよォー毒のとこだけえぐり取っからさああ〜〜〜痛み止めが必要だろう。

 オレだけがあみ出した方法だぜ……。ブッ飛んだ。マネすんなよ。女の子たちにもいっつも絞めてもらってる……

 意識が遠のく限界のとこがよォオオオオオオ」

何言ってんだこいつ!?

 

メチャクチャな発言に対するジャイロの至極真っ当な感想の後、『敵』は──自分のベルトで首を絞めながら、左手のトカゲに噛まれたとこの患部あたりの肉を、ナイフでえぐりとった。

本人曰く首を絞めて感覚を麻痺させているようだが、あまりの激痛からとんでもない悲鳴が出て砂漠にこだまする。

そして気絶したのか痙攣している。

 

「あーあー」

「くそっ! 寝る前だってのに変なもの見せやがってッ!!」

 

ジャイロは焚き火の中から、火のついた薪を一本取り出し、敵が倒れている方に投げた。

 

「ほらあ火はやるぜーッさっさとこっから失せろッ!! コラァーッ!!」

「ジャイロもういい、放っておこう」

 

ジャイロは常識破りだが、常識知らずではない。

根が常識人なので迫力負けしている。

僕が彼の肩を押さえて下がらせようとすると、踏みとどまって拒んできた。

 

「なんなんだよ! 気味わりぃッ……ありゃマジにトカゲにやられてただけのヤツじゃあねーのか!?」

「マジにトカゲにやられてでも近付いてくるような、イカれた『敵』なんだよ……いいから放っておけばいい。罠だから」

「証拠はッ!」

「ある」

「あんのかよ!」

 

キレキレのツッコミをかますジャイロを引っ張って、下ろして置いていた荷物の方に連れていく。

僕は自分のバッグを開いて、1st.STAGE(ファーストステージ)の順位表の紙を取り出し、彼に見せながら指でなぞった。

 

「あのイってる野郎は、ゼッケンの番号からして10位の『アンドレ・ブンブーン』。

 そして見ろ……9位と11位に、同じ『ブンブーン』という姓の選手がいる。つまりアイツは家族で三人組グループなんだ」

「…………マジにトカゲに噛まれたとして……他の二人がまったく見当たらないのはおかしい……っつーことか」

 

ジャイロは辺りを見渡す。

……砂漠は静寂だ。

 

「急いで荷物を馬に積もう。僕たちがあのイカレ野郎の『罠』に近付くそぶりがなければ、残りの二人も出てこざるを得ないだろ」

「…………そうだな」

 

彼も納得してくれて、広げた荷物を片付けようとした、その時だった。

 

遠くから馬の蹄の音が聞こえてくる。ハッと顔を上げれば、人影が二つ分、なにか大声で話しながらこちらの方に向かって走ってくるのが見える。

 

「判断が早いな……手馴れてる」

「おい──」

「ジャイロ! まだ話は終わってない。つまり、君がどの程度、『引力』を信じるかってことだけど」

「だからそれなんなんだよッ!?」

「すごく簡単に言えば、“自分を『ラッキー』だと思うか”かな」

 

────彼は虚をつかれたような顔をした。

 

「────そうでもねえよッ!」

「オーケー、じゃあ逃げよう」

 

 

急いで馬具をつけ、荷物を積み、僕とジャイロがそれぞれの馬に跨る頃。

『敵』の残りの二人、ブンブーン一家の父と弟の方が、兄の元にたどり着いていた。

 

「アンドレ兄さぁぁぁん」

「アンドレッ! 早く起きやがれこのマヌケッ! あのブタ野郎共ワシらが敵だと勘づいてやがるッ!! 作戦変更だァ!!」

「アンドレ兄さんが死んじゃうよぉ〜〜〜〜〜〜父さん」

「うるせえぞボゲッ!」

 

弟が兄を抱き起こしてメソメソしているのを、父親は怒鳴りつけた。

奴らを置いて僕たちは走り出す。

 

「逃がすかーーーーーッ」

 

振り返りもしなかったから彼らがどんなやり取りをしていたか知らないが────。

 

後ろの方から数発の銃声が聞こえたことだけは、確かだった。

 

 

 

 

*1
欧州競馬における、同じオーナーの本命馬に得意な展開を作るためペースメーカーに徹する捨て駒のこと。その通称。

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